特別な人

鏡由良

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恋しい人

恋しい人 第57話

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「今写真撮りました? って、何する気ですか!?」
 斗弛弥さんが自撮りとかするわけないし、明らかに僕達に携帯向けてたし……って考えていたら、斗弛弥さん、薄く笑いながら携帯を弄ってる。
 僕はすぐに相手が虎君だと察して、斗弛弥さんから携帯を取り上げようと駆け寄った。
 すると斗弛弥さんは手を伸ばす僕を躱すことなく手を上に掲げて携帯で操作し続ける。
 携帯を追うように手を伸ばすも、茂斗よりも虎君よりも背の高い斗弛弥さん相手に僕の手が届くわけもなく、「携帯が見たいのか?」と差し出された時には既に何かを送信した後だった。
「虎君に送ったでしょ!?」
「ああ。授業をサボって逢引きしていたことはちゃんと報告しないとな」
「酷い! どうしてわざわざ虎君が不安になるようなことするんですか!!」
 僕は携帯を斗弛弥さんに押し付けるように返すと虎君に誤解だと弁解しないとと自分の携帯をポケットから取り出した。
 でも、僕が携帯の電源ボタンを押す前にそれはひょいっと僕の手から無くなってしまった。
「! 返してください!」
「落ち着け落ち着け。余計な心配をさせたくないんだろ?」
「だから斗弛弥さんの悪ふざけだって―――」
「さっきのは冗談だ。写真は送ってないし内容も『授業に遅刻して今保健室にいる』ってだけだから」
 そういうところは素直なままなんだな。
 苦笑を漏らす斗弛弥さんは念のためと言って僕の携帯を白衣のポケットに片づけてしまう。
 疑いの眼差しを向ければ、自分の携帯を手に取ると送信履歴を画面に表示して僕に見せてくれる斗弛弥さん。
 其処には虎君宛てのメッセージが表示されていて、内容も言っていたとおりのものだったから、僕は漸くホッと胸を撫で下ろすことができた。
「よかった……」
「漸く纏まったお前らを無意味に引っ掻き回すなんて面倒なこと俺がするわけないだろ」
「そのくせ葵のことイジメて楽しむとか性格悪っ……」
「聞こえてるぞ、藤原君」
 面倒事はごめんだと言うと、斗弛弥さんは保健室の奥にある小さな給湯スペースに足を向けた。
 警戒する僕と慶史に向けて何か飲むかと尋ねてくる声は意地悪なものではなくて、『柊先生』の時のもの。
 僕は小さく溜め息を吐いて「ココア飲みたいです」と生徒に戻ることにした。
「ココアね、了解。……藤原君は?」
「……葵と一緒でいいです」
「そんな風に警戒しなくても良い。もう苛めないから」
 そんなに睨まなくていい。なんて、こちらを見たわけじゃないのにどうして慶史が睨んでいると分かるんだろう? 背中に目が付いていても斗弛弥さんなら驚かないぞ。
 慶史はバツが悪そうに髪を掻くと近くに置いてある椅子に座って僕を見た。
 隣に座れと言わんばかりに椅子を叩く慶史。僕は肩を竦ませ慶史に従う。
「ねぇ、本当にあの人とこのまま付き合っていいの? 執着が異常だってこと、分かってる?」
「心配してくれてることは分かってるけど、でも僕が虎君の傍にいたいんだもん。別れるなんて絶対ヤダ」
「そりゃ今は付き合いって数ヶ月だからあの人の異常さも愛情に思えるかもしれないけど―――」
「虎君は僕のことを心配してくれてるだけだよ。……確かにちょっぴり心配しすぎだと思うけど」
 熱が冷めた時じゃ別れられないよ?
 そう説得を試みる慶史だけど、僕は慶史に「ごめんね」と苦笑を返すだけ。
 虎君が心配性だってことも過保護だってことも否定はしない。でも、『異常だ』とか『執着してる』とかその手の言葉は聞き入れられない。
 虎君はまだまだ子供な僕が傷つかないよう守ってくれているだけ。
 そりゃ慶史からすれば変だと思うことかもしれないけど、僕は虎君に感謝することはあっても嫌だと感じることは絶対にないと言い切った。
「慶史が虎君のこと苦手だってことはちゃんと理解してるつもりだけど、でも、できれば昔の虎君だけじゃなくて今の虎君のことも見てあげて欲しい」
「あの人が変わったってことは分かってるけど、俺はやっぱりあの人が自分を好きになるよう葵を誘導した感が否めない」
「僕は僕の意思で虎君を好きになったのに、慶史はそれを否定するの?」
「! ちがっ、そう言う意味じゃ―――」
「いや、違わないだろ」
「俺と葵の会話に割り込んでこないでください!!」
 紙コップを二つ手にした斗弛弥さんは慶史の弁解をバッサリ切り捨てる。
 僕は斗弛弥さんから紙コップを受け取ると「柊先生」と、自分が話すと意思表示した。
「ねぇ、慶史。僕は虎君しか好きになったことが無いから絶対とは言えないけど、好きな人に好きになってもらうために努力することは普通のことなんじゃないかな?」
「そ、れは、そうだけど……」
「虎君は僕を好きになってくれた。虎君が僕に自分を好きになって欲しいって願いながら傍にいたことは、そんなに悪いことなのかな?」
 虎君は一度も僕を傷つけたことがない。むしろ心から安心できる場所を作ってくれた。僕にとってはそれがすべてだ。
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