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恋しい人
恋しい人 第58話
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真っ直ぐ見つめて問いただせば、狼狽えるように視線を逸らす慶史。
(やっぱりそんなすぐには無理なのかなぁ……)
虎君も慶史も僕にとっては大切な人。できることなら仲良くして欲しい。
二人とも僕のことを大事に想ってくれているのに、お互いに良い印象がない。原因は僕のことを大事に想っているからこそだと分かってるけど、僕は二人が仲違いしていることがとても悲しい……。
「……わかってるよ。あの人が葵のためだけに生きてるってことは俺も認めてるし……」
僕の想いが通じたのか、慶史は髪を乱暴に掻きながら「もう少し努力する」と虎君を敵視しないよう頑張ると約束してくれた。
優しい慶史に思わず笑みが零れる。
僕は頬を緩ませたまま暖かいココアに口を付けた。
口いっぱいに広がる甘い匂い。甘いものってどうしてこんなに幸せな気持ちになるんだろう?
「藤原君はそんなにジュニアが苦手なのかな?」
「先生口調のまま『ジュニア』とか言わないでくださいよ。混乱する」
「しかたないだろ? 先生にとってジュニアはジュニアなんだから」
「普通に来須って呼んだらいいじゃないです―――あ、そっか。先輩のご両親と知り合いでしたね。なら名前でいいと思います」
自己完結したあと、斗弛弥さんに提案する慶史。
僕はそんな慶史に普段はちゃんと名前で呼んでるよって教えてあげる。先生の意地悪だから気にしたら負けだよ。と。
「何その意味のない嫌がらせ。先輩の知り合いっぽくて凄く嫌なんだけど」
「だから知り合いだと言ってるだろう?」
「もう喋らないでくださいっ!」
睨みを利かせる慶史だけど、紙コップに入ったココアを両手で持って飲む姿は凄く可愛くて迫力がない。斗弛弥さんも薄く笑っているから僕と同意見だと思う。
甘いココアのおかげで気持ちが落ち着いた僕は斗弛弥さんに向き直り、改めて虎君が不安になることは言わないでくださいとお願いする。
「安心しなさい。さっきも言った通り悪戯に二人の仲を掻き乱すつもりはないから藤原君と仲良く手を繋いでいたことは先生の胸にしまっておくよ」
「なんだか言い方に凄く棘を感じるんですけど……」
「それは被害妄想だよ。……まぁ、虎が知ったら不安になる行動をとった軽率さには呆れているけどね」
「! それは……、ごめんなさい……」
指摘されたことに対しては、反論の仕様がない。
慶史が辛い思いをしていたから傍にいたかっただけだけど、それは言いたくない。いや、慶史を言い訳に使いたくない。
僕はこれからは気を付けますと斗弛弥さんと約束する。慶史は何か言いたそうな顔をしていたけど、気付かないふりをした。
「三谷君に二股をかける器用さがあるとは思えないが、見逃すのはこの一回だけだから本当に気をつけなさい」
「! 僕が好きなのは虎君だけですっ」
『二股』だなんて酷い誤解だ。僕が『特別』という意味で大好きなのは虎君だけなんだから。
斗弛弥さんの目を見据えてハッキリと言い切れば、その眼差しがふっと柔らかくなる。僕の答えに満足したみたいに。
「それを聞いて安心した。二度とあいつを廃人にしないでくれよ?」
「斗弛弥さんの意地悪っ!」
「意地悪じゃなくてあの時は本気で心配したから言ってるんだろ? あの弓が俺に泣きついてきたぐらいなんだぞ」
苦笑を漏らす斗弛弥さんの言葉に心臓が痛くなる。
虎君のお父さんとお母さんに凄く迷惑をかけたことは分かっていたけど、誤解が解けた後に電話した時は二人ともいつもと変わらなかったから安心していた。でも、それが二人の気遣いだったのだと今初めて気が付いた。
普通に考えれば二人が虎君のことを心配していないわけがないのに、どうして僕は大丈夫だと思ったんだろう。
短慮すぎる自分が本当に恥ずかしくて、顔が熱くなる。俯いてぎゅっと手を握り締めるのは、虎君のお父さんとお母さんに申し訳なくて泣きそうになったから。
(どうしようっ……、僕、凄く心象悪い気がするっ……)
虎君を沢山傷つけて絶望のどん底に落とした張本人である僕の心象が悪かったことは間違いない。
それなのに、僕は二人に電話口で謝っただけ。本来ならどんなことをしてでも許しを乞わなければならない立場だったのに。
熱かった顔から血の気が引いていく。もしかしなくても僕は二人によく思われていないのでは? と考えてしまったからだ。
「三谷君?」
「葵? どうしたの? ちょ、大丈夫?」
「え……?」
「! ちょっと! 顔真っ青じゃん!!」
肩を揺すられ顔を上げれば、心配そうな慶史と目が合った。目が合うなり慶史は慌てて握り締めていた僕の手を取ると「何考えたの!?」と取り乱す。
なんて説明したらいいのかと僕が言葉を探していれば、慶史は怒りに満ちた目で斗弛弥さんを睨みつけてしまって……。
「葵が不安になるって分かってたでしょ!? それでも養護教諭なんですか!?」
「まさかこんな取り乱すとは思わなかったんだ。すまない」
僕の前でしゃがむと斗弛弥さんは僕の手首に触れると、自分の時計に視線を落として脈拍を測り始めた。
(斗弛弥さんが謝るなんて凄く珍しい……)
浅い呼吸を繰り返す僕は、声が切れ切れになりながらも心配をかけてごめんなさいと謝った。
(やっぱりそんなすぐには無理なのかなぁ……)
虎君も慶史も僕にとっては大切な人。できることなら仲良くして欲しい。
二人とも僕のことを大事に想ってくれているのに、お互いに良い印象がない。原因は僕のことを大事に想っているからこそだと分かってるけど、僕は二人が仲違いしていることがとても悲しい……。
「……わかってるよ。あの人が葵のためだけに生きてるってことは俺も認めてるし……」
僕の想いが通じたのか、慶史は髪を乱暴に掻きながら「もう少し努力する」と虎君を敵視しないよう頑張ると約束してくれた。
優しい慶史に思わず笑みが零れる。
僕は頬を緩ませたまま暖かいココアに口を付けた。
口いっぱいに広がる甘い匂い。甘いものってどうしてこんなに幸せな気持ちになるんだろう?
「藤原君はそんなにジュニアが苦手なのかな?」
「先生口調のまま『ジュニア』とか言わないでくださいよ。混乱する」
「しかたないだろ? 先生にとってジュニアはジュニアなんだから」
「普通に来須って呼んだらいいじゃないです―――あ、そっか。先輩のご両親と知り合いでしたね。なら名前でいいと思います」
自己完結したあと、斗弛弥さんに提案する慶史。
僕はそんな慶史に普段はちゃんと名前で呼んでるよって教えてあげる。先生の意地悪だから気にしたら負けだよ。と。
「何その意味のない嫌がらせ。先輩の知り合いっぽくて凄く嫌なんだけど」
「だから知り合いだと言ってるだろう?」
「もう喋らないでくださいっ!」
睨みを利かせる慶史だけど、紙コップに入ったココアを両手で持って飲む姿は凄く可愛くて迫力がない。斗弛弥さんも薄く笑っているから僕と同意見だと思う。
甘いココアのおかげで気持ちが落ち着いた僕は斗弛弥さんに向き直り、改めて虎君が不安になることは言わないでくださいとお願いする。
「安心しなさい。さっきも言った通り悪戯に二人の仲を掻き乱すつもりはないから藤原君と仲良く手を繋いでいたことは先生の胸にしまっておくよ」
「なんだか言い方に凄く棘を感じるんですけど……」
「それは被害妄想だよ。……まぁ、虎が知ったら不安になる行動をとった軽率さには呆れているけどね」
「! それは……、ごめんなさい……」
指摘されたことに対しては、反論の仕様がない。
慶史が辛い思いをしていたから傍にいたかっただけだけど、それは言いたくない。いや、慶史を言い訳に使いたくない。
僕はこれからは気を付けますと斗弛弥さんと約束する。慶史は何か言いたそうな顔をしていたけど、気付かないふりをした。
「三谷君に二股をかける器用さがあるとは思えないが、見逃すのはこの一回だけだから本当に気をつけなさい」
「! 僕が好きなのは虎君だけですっ」
『二股』だなんて酷い誤解だ。僕が『特別』という意味で大好きなのは虎君だけなんだから。
斗弛弥さんの目を見据えてハッキリと言い切れば、その眼差しがふっと柔らかくなる。僕の答えに満足したみたいに。
「それを聞いて安心した。二度とあいつを廃人にしないでくれよ?」
「斗弛弥さんの意地悪っ!」
「意地悪じゃなくてあの時は本気で心配したから言ってるんだろ? あの弓が俺に泣きついてきたぐらいなんだぞ」
苦笑を漏らす斗弛弥さんの言葉に心臓が痛くなる。
虎君のお父さんとお母さんに凄く迷惑をかけたことは分かっていたけど、誤解が解けた後に電話した時は二人ともいつもと変わらなかったから安心していた。でも、それが二人の気遣いだったのだと今初めて気が付いた。
普通に考えれば二人が虎君のことを心配していないわけがないのに、どうして僕は大丈夫だと思ったんだろう。
短慮すぎる自分が本当に恥ずかしくて、顔が熱くなる。俯いてぎゅっと手を握り締めるのは、虎君のお父さんとお母さんに申し訳なくて泣きそうになったから。
(どうしようっ……、僕、凄く心象悪い気がするっ……)
虎君を沢山傷つけて絶望のどん底に落とした張本人である僕の心象が悪かったことは間違いない。
それなのに、僕は二人に電話口で謝っただけ。本来ならどんなことをしてでも許しを乞わなければならない立場だったのに。
熱かった顔から血の気が引いていく。もしかしなくても僕は二人によく思われていないのでは? と考えてしまったからだ。
「三谷君?」
「葵? どうしたの? ちょ、大丈夫?」
「え……?」
「! ちょっと! 顔真っ青じゃん!!」
肩を揺すられ顔を上げれば、心配そうな慶史と目が合った。目が合うなり慶史は慌てて握り締めていた僕の手を取ると「何考えたの!?」と取り乱す。
なんて説明したらいいのかと僕が言葉を探していれば、慶史は怒りに満ちた目で斗弛弥さんを睨みつけてしまって……。
「葵が不安になるって分かってたでしょ!? それでも養護教諭なんですか!?」
「まさかこんな取り乱すとは思わなかったんだ。すまない」
僕の前でしゃがむと斗弛弥さんは僕の手首に触れると、自分の時計に視線を落として脈拍を測り始めた。
(斗弛弥さんが謝るなんて凄く珍しい……)
浅い呼吸を繰り返す僕は、声が切れ切れになりながらも心配をかけてごめんなさいと謝った。
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