特別な人

鏡由良

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恋しい人

恋しい人 第72話

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 答えるべき言葉がどうしても言えない僕に、場の空気が静まり返る。それに焦りを覚えるも、やっぱり否定の言葉を言いたくなくて八方塞がり。
 みんな僕を見ていると感じるぐらい突き刺さる視線に手をぎゅっと握り締めた時、大きなため息が両隣から聞こえた。
「やっぱマモには隠し事とか無理かぁ」
「すぐボロが出るとは思ってたけど流石に二日目でとはね」
 恐る恐る顔を上げれば、苦笑交じりの悠栖と呆れ顔の慶史が。
 きっと僕は二人に縋るような目を向けてしまっていたのだろう。悠栖と慶史は僕の頭を撫でると『しかたない』と言わんばかりに笑って見せた。
(慶史……? 悠栖……?)
「姫神、お前、男同士の恋愛ってどう思う?」
「はぁ? いきなりなんだよ?」
「何でこんなこと聞いたかは後で説明するから、とりあえず答えてよ」
 二人からの質問に姫神君は眉を顰め嫌悪感を露わにする。聞かなくても分かるだろうが。と。
 それでもハッキリ言葉にするよう促す慶史達。僕は握り締めていた手に更に力を込めた。覚悟していても嫌悪感を面と向かってぶつけられるのはやっぱり怖い……。
(仕方ないって分かってるけど、でもやっぱり虎君を好きな気持ちを否定されたくないよ……)
 虎君から聞いた姫神君の過去に、同性同士の恋愛に否定的になる気持ちは理解できる。でも、それでもやっぱり僕は僕の真剣な想いを否定されたくない。
「『どう思う』もなにも、男が男を好きとか頭おかしいだろ。どう考えても。正直、気持ち悪いし関わり合いになりたくない」
「言うねぇ……」
「なんだよ? これって普通じゃねぇーの?」
 同性の恋愛に否定的なはずの悠栖の声がぎこちない。ハッキリ自分の考えを伝える姫神君の言葉に僕や朋喜が傷つかないか気にしているのだろう。
 僕は予想していた言葉とはいえ息が止まる思いをしたし、正直凄く辛かった。きっとそれは朋喜も同じはず。朋喜は男の人しか好きになれないと言っていたから……。
「普通が何かは知らないけど、姫神は俺たちの誰かがそうだって全然考えないわけ?」
「! え……?」
「女を好きになるのが『普通』ってことは嫌って程分かってるけど、『普通』って大義名分でそうじゃない相手を傷つけるのはいいんだ?」
 慶史の刺々しい言葉に姫神君が息を呑む。
 空気はピンと張りつめていて居心地が悪い。僕のせいでこうなっていると思うと、何とかしないとと焦る気持ちが湧き起ってくる。
 でも、僕が動くよりも先に、朋喜が動いた。
 突然ガタっと椅子が動く音がして顔を上げれば朋喜が立ち上がっていて、朋喜はそのままにっこりと笑顔で「姫神君」と声をあげた。
「『関わり合いになりたくない』相手と一緒にいるのは苦痛なんだよね?」
「深町……?」
「僕は姫神君が『大嫌い』な同性愛者なんだよね。ごめんね? 一緒にいるのも苦痛な相手が付き纏っちゃって」
 表情は可愛い笑顔で、声も朗らか。でも、朋喜の底知れぬ怒りと悲しみは否が応でも伝わってきた。
 朋喜は広げていたお昼ご飯をまとめると「邪魔者は消えるね」と言葉を残し、教室から出て行ってしまった。
「……悠栖」
「! お、おう。分かったっ!」
 朋喜が立ち去ってすぐ、慶史が呆然としている悠栖の名前を呼ぶ。
 名前を呼ばれた悠栖はハッと我に返ると慌てて昼ご飯をまとめ、そのまま朋喜を追いかけるように走って教室を出て行ってしまった。
「……」
「……」
 張りつめていた空間は気まずい空間に変わって沈黙を強いてくる。
(僕のせいだ……。僕が嘘を吐けなかったから……)
 僕があの時、笑って嘘を吐けていたら今頃みんなで楽しくお昼ごはんを食べていたはず。あんなにおなかが空いていたはずなのに今は全く空腹なんて感じない。
 僕は自分のせいで友達が喧嘩してしまった現実を突き付けられて眩暈がしそうだった。
「ねぇ、どうすんの?」
「…………っ……」
「ど・う・す・ん・の?」
 黙り込んだ姫神君に慶史が「聞こえてんだろ?」とドスの利いた声をかける。
「ど、『どう』って、言われても……」
「考えてなかったなら、今すぐ考えろ。つーか、人のこと一方的に傷つけて『悪い』って思えないなら今すぐどっか行け」
「! 慶史っ」
「性格クソなヤツを俺の大事な友達を近づけるわけにはいかないんだよ。葵も朋喜も悠栖も、上に10個ぐらい超がつくお人好しだからな」
 止める僕の声を無視する慶史はもう一度姫神君に尋ねた。「で、姫神はどうすんの?」と。
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