特別な人

鏡由良

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恋しい人

恋しい人 第94話

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「僕は別に付き合う前から結婚とかそんな先のこと想像してなかったもん」
「俺はそもそも付き合えるとも思ってなかったな」
「! 僕だってそうだよ? 虎君と姉さんの結婚式に出るの嫌だなって思ってたし」
「その勘違いは流石にきついなぁ……」
 苦笑を濃くする虎君は僕を抱きしめると「生涯独身でいる気だったのに」って言ってくる。一生葵に片想いしながら生きるつもりだったんだぞ? って。
 でも僕はなんで過去形なのかと眉を顰めてしまう。『片想い』が過去の話だってことは分かってるけど、『生涯独身』が過去の話って、なんで?
(誰と結婚する気なの……?)
 僕は男だから、虎君と結婚できない。だから僕は一生結婚しないと思ってる。一生虎君と一緒にいるつもりだから。でも、それなのに虎君は誰と結婚しようと思ってるの?
 想いを疑うつもりはないけど、不安を覚えてしまうのは仕方ない。
 すると虎君は僕の視線に気づいたのか「俺と結婚してくれないの?」なんて聞いてくる。
 当然のことのように結婚相手は僕だったことは嬉しい。でも、虎君には僕が女の子にでも見えてるのだろうか? それとも僕が女の子になりたいと思ってると勘違いしているのだろうか?
(それ、困る! 虎君のことは大好きだけど、でも僕は女の子になりたいわけじゃないからね!?)
 心と身体の性別が違うから虎君を好きになったわけじゃないから、女の子になることを望まれていたら大変だ。
 女の子にならないなら別れるとか言われちゃうかもしれない。なんて想像を膨らませる僕の頭は大混乱。急いで訂正しないと辛い思いをする羽目になってしまう。と。
「虎君、僕、男だからね? 身も心も男だからね!?」
「? 葵? どうしたんだ? そんなに血相を変えて……」
 必死に訴える僕に虎君は驚き、そして心配してくる。
 何故そんなに不安そうな顔をしているんだ? って聞いてくる虎君は、落ち着くよう言ってくる。葵が男だってことはちゃんと知ってるぞ? と。
「なら、どうして? 僕、虎君と『結婚』できないよ……」
 そりゃ僕だって結婚できるならしたいと思う。でも、今の日本の法律ではどう頑張っても無理なものは無理だ。
 分かっていたけど、性別が重要視される世界に思わず眉が下がる。すると虎君はそんな僕を抱きしめて、「できるよ」って優しい声で囁いてきた。
「葵が俺の『弟』になってくれる気があるのなら」
「? どういうこと……?」
「養子縁組ってことだろう。つーか、俺の前でいちゃつくなって言ってるだろうが!」
 プロポーズしたけりゃ二人きりの時にしろ。
 そう言って僕と虎君の間に割って入ってくる茂斗は、「さっさと着替えろ」って虎君の首根っこを掴むと無理矢理僕から引き離した。
「引っ張るなって。伸びるだろうが」
「うるせぇ。これぐらい我慢しろ」
 茂斗に引っ張られるがまま僕から離れる虎君。そのまま「外で待ってるから」って笑う姿はいつも通りなんだけど、傍にいて欲しい僕は不満を覚えてしまう。
(別に此処で待ってたらいいのに……)
 部屋着に着替えるだけだし、わざわざ外で待つ必要なんてないと思う。男同士だし下着姿を見られたくないなんて恥じらいはないし、なんなら昨日は下着姿以上に恥ずかしい格好を見られてるんだし……。
 そこまで考えて、思い出す。昨日僕達の関係が少し進んだことを。
(そうだ……。僕、昨日虎君に触ってもらったんだった……)
 昂った身体を持て余し、自分で鎮めることができないと泣きついて虎君の手で僕は欲望を吐き出したんだった。
 今思えば何てはしたない真似をしたんだと顔から火が出そうだ。
(だってあの時は虎君のこと以外考えられなかったんだもんっ)
 でも、だからと言って好きな人に触って欲しいと強請るなんて、どう考えてもエッチな奴だ。きっと虎君も同じように思ったに違いない。
(でもでも、仕方ないじゃない……。僕だって男だもん……。好きな人に触りたいって、触って欲しいって思っちゃうもん……)
 虎君が慎ましやかで恥じらいのある僕が好きだったらどうしよう。
 そんな不安が頭の中でグルグル回る。虎君にとって僕は『可愛い』存在らしいから、『エッチ』な存在になっちゃダメな気がする。と。
「……オイ、呆けてないでさっさと着替えろよ」
「! なんでまだいるの?」
「『なんで?』って、むしろその質問が『なんで?』だろ。俺相手に恥じらいが出てきたのか?」
 今更お前の全裸を見ても何も驚かないぞ。
 呆れ顔の茂斗のそんな言葉に僕は煩いと睨んだ。完全に八つ当たりだったけど、悪態を吐いていた茂斗は僕の威嚇に肩を竦ませ「さっさと降りて来いよ」って部屋を出て行った。
 虎君も茂斗も出て行って自分一人だけになった部屋。僕は制服の上着に手をかけてまたも昨日を思い出してしまう。
(二人きりになりたいって、想ってくれてるよね……?)
 虎君に触れられた箇所を追うように視線を落としてしまう自分が卑しいと思う。でも、昨日の熱を思い出してしまったのだから仕方ない。
 僕を独り占めしたいと願ってくれた虎君は、二人きりの空間で僕に触れたいって言ってくれた。
 あの言葉は嘘じゃないはず。だから僕はそれを信じてこれ以上『虎君の理想の僕』から外れないようにこの欲を我慢しないと。
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