特別な人

鏡由良

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恋しい人

恋しい人 第95話

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 急いで制服から部屋着へと着替えて部屋を出ようとする僕。でも、ドアノブに手を掛ける前に聞こえた声に思わず動きが止まってしまった。
「まじか。俺、てっきりもうヤりまくってると思ってたわぁ……」
 それは驚きを隠せない茂斗の声で、明らかに誰かに向けた言葉。それ以前の声は聞こえてないから正確には分からないけど、茂斗がとても下世話なことを話題にしていることは分かった。
 そして茂斗が今此処で喋っている相手なんて虎君しか居なくて、僕は思わず伸ばした手を引っ込めてしまった。
「それはお前が凪ちゃんとヤりたいからだろう? 年齢的に仕方ないとはいえ、性欲を前面に押し出すと嫌われるぞ」
「うるせぇな。出してねぇよ」
「はは。『ヤりたい』ってとこは否定しないんだな」
「お前相手にカッコつけてどうすんだよ。大体好きな相手を抱きたいって思うのは当然だろうが」
 開き直る茂斗は、虎君に「虎も一緒だろう?」って尋ねる。葵とヤりたいよな? って。
 僕は、虎君の想いは知ってるけど、それでも答えを待ってドキドキしてしまう。
(好きな人に触りたいって普通のことだよね!?)
 さっき茂斗も言ってたし、間違いないはず! だから虎君に触りたいって思うこの気持ちは当然のこと!
 誰に言い訳しているのかと思うほど、心の中で必死に自分の欲を正当化する僕。凄く恥ずかしいけど、でも偽りようのない欲望に心臓はますますドキドキした。
「男が性欲に忠実な生き物ヤツばかりだと思ってくれるな」
「なら、ヤりたくねーの?」
「……そうは言ってない」
「なんだよ。素直になれよ。俺は正直に話しただろ?」
「お前は言霊の存在を甘く見過ぎだな……」
 不満気な茂斗の声の後に続く虎君の呆れたような声。
 僕と触れ合いたいとはっきりとは言ってくれない虎君に茂斗と同じく僕は少し不満を抱いた。どうしてちゃんと言葉に出してくれないの? と。
(もしかして、僕としたいって思ってることが恥ずかしいとか……?)
 人に言えないぐらい恥ずかしい事だと思われているのかもしれない。
 それはとても辛い事だが、あくまでもこれは僕の勝手な想像だ。でも、一度抱いてしまった想像は自分の力では取り除くことは困難で、『そんなわけない』と何度心の中で否定しても全然安心できなかった。
(確かに人に話すのは恥ずかしい事だけど、でも、好きなら当然の感情じゃないの……?)
 言い淀んでいるような虎君の様子に、僕の不安は募る一方だ。
「『言霊』ってなんだよ?」
「言霊は言霊だよ。言葉に宿る力ってことだ。……俺は、自分が発した言葉を自分の耳が聞いて、脳がその言葉を信じ、結果信じる力が増すと思ってる」
「? おう、それが?」
「ある種のセルフ洗脳みたいな力も持ってると思うから、俺はあまり口にしたくない」
「はぁ? なんで?」
 虎君の言葉に茂斗は意味が分からないと声を上げる。僕も全く同意見だ。
 虎君にはっきりとした答えを求めてくれる茂斗に感謝しながら、僕はなおも聞き耳を立てた。
「口に出せば出すほど衝動が増すだろ」
「? つまり、『葵とヤりたい』って口に出したらますます葵とヤりたくなるから言わないってことか?」
「お前は歯に衣着せぬ言い方するよな。……まぁ、そういう事だ」
 歯切れが悪いながらも事実を認める虎君。僕は心臓がドキドキしすぎて息苦しさを覚えてしまう。
(よ、よかった……)
 僕が思っていた理由で欲望を口に出さなかったわけじゃないと知って安心。そして、虎君も僕に触りたいと思ってくれているとちゃんと分かって愛しくて堪らなくなってしまう。できることなら、今すぐにでも虎君に触って欲しいぐらいだ。
 僕は今ドアを開けて虎君の顔を見たらこの欲を抑える自信がないから、もう少し自分が落ち着くのを待つことにする。
「なんか、虎って偶に滅茶苦茶面倒な考え方するよな。別にいいじゃん。お前等もう付き合ってんだし」
 葵もヤりたいって思ってるんじゃね?
 そんなこと茂斗には話したことがないのに、的確に僕の心を見透かしてしまうなんて流石双子だ。
 僕は恥ずかしさを耐え、昨日既に虎君に伝えた欲を必死に抑える。
 でも、抑えようとすればするほど、『虎君に触りたい』、『虎君に触って欲しい』、そう言って内側から暴れだす自分の欲望に頭がいっぱいになった。
「おい。いくら双子でも俺の葵でそういう想像したら許さないぞ」
「想像なんてしてねぇーって。つーか、どっちかっていうと兄弟のエロ話とか聞きたくねぇーよ」
「話を振ってきたのはお前だろうが」
「それはお前らが鬱陶しいぐらいにいちゃついてるからだろうが」
 距離感皆無でイチャイチャしてるからもうとっくにヤりまくってると思ってたからムカついたんだよ。
 それは完全に八つ当たり。茂斗もそれは分かっているようで、八つ当たりと分かっていながらもどうしても文句を言いたかったんだと開き直っていた。
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