特別な人

鏡由良

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恋しい人

恋しい人 第124話

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「慶史、姫神君。本当にごめんなさい」
「本当に反省してる?」
「うん。反省してる」
「もう俺たちのこと忘れたりしない?」
「うん。忘れないっ」
「金輪際先輩といちゃつかない?」
「そ、それは……。頑張る……」
「素直すぎるだろ」
 虎君に甘えないよう努力はするけど、『甘えない』とは約束できない。
 そう謝る僕に吹き出すのは姫神君で、おずおずと顔を上げればその視線は僕ではなくその後ろに向いていた。
「初対面の俺が言うことじゃないと思いますが、三谷を甘やかすのは家まで我慢してやってください。こうやって無駄に注目浴びるの、三谷は好きじゃないと思うので」
「忠告ありがとう。……今後は気を付けるよ」
 僕の肩にポンっと乗せられる手。それは虎君のもので、いつもなら抱き寄せてくれるのにそうしないのは姫神君の言葉に納得したからだろうか?
 虎君を振り返れば、向けられるのは優しい笑顔。でも、ちょっぴり困ったような笑い顔。
 僕は虎君がどうしてそんな笑い方をするのかなんとなくだけど分かったから視線を逸らすようにみんなへと向き直った。
(僕は虎君の笑顔見たらすぐ甘えたくなっちゃうし、虎君もそうだよね……?)
 目が合ったら『可愛い』と抱きしめてくる虎君。気を抜いたら僕達はすぐにくっついちゃうから、今は注意も受けたしグッと我慢しないと。
「葵が言った通り、しっかり者だな。姫神君は」
「いや、しっかりしてるわけじゃないですよ。ただ言いたいこと言ってるだけです。……黙ってるのは性分じゃないんで」
「確かに姫神君はあんまり裏表ないよね。はっきり言い過ぎてて偶に冷や冷やするけど」
「むしろ言いたいこと言い過ぎてる感があるよな。……でもまぁ、先輩が心配するようなことは無いんで敵視するのは勘弁してやってくださいね」
 物凄く綺麗に笑う慶史だけど、その笑顔が怖いと思うのは相手が虎君だから。今まで慶史が虎君に向けて素直に笑ったことなどなかったから。
 虎君に良い感情を全然見せない慶史に呆れてしまう僕。
 でも虎君は慶史の意地悪にも大して動じず、むしろこれが普通だと言わんばかり。
「敵視云々は置いといて、藤原、さっきと言ってること違わないか?」
「えぇ? 『さっき』ってなんのことですかぁ?」
「姫神君が葵に惹かれていると受け取れることを言っていただろう?」
 慶史は何のことか分からないととぼける。虎君は慶史の記憶力がそんなに悪くなったのかと心配する言葉を僕にかけてくる。
 でも僕は虎君が言った言葉に驚いてそれどころじゃない。
(姫神君が僕に『惹かれてる』って何それ? そんなこと慶史言ってた?)
 記憶を辿れど思い当たる節はなく、僕は虎君の勘違いなんじゃないかと思った。そして、男同士の恋愛に良い感情を持っていない姫神君には酷く心外な勘違いだと思い、慌てた。
 初対面の人にいきなりそんな誤解をされたら姫神君も流石に気分を害して虎君を嫌いになってしまうと思ったから。
「藤原の冗談を真に受けないでください。……確かに三谷のことは人間的に好きですが、恋愛感情は一切ないですから」
「えぇ? 本当に? 葵のこと可愛いって言ってたのに?」
「『可愛い』と『好き』じゃ意味が違うだろうが。……見ろ。お前のせいでめちゃくちゃ警戒されてるぞ、俺」
 本当に楽しそうな慶史。姫神君は脱力して、「本当に勘弁してくれ」と溜め息を零した。
 虎君を見上げれば、表情無く姫神君を見つめる顔が目に入る。
 姫神君が言ったように『警戒』を露わにする虎君に、僕は袖を引っ張りこっちを向いてと呼んでみた。
「虎君、大丈夫だよ。慶史の意地悪だから、本当に気にしないでね?」
「でも……」
「マジで信じてください。もし万が一俺が三谷に恋愛感情抱いたら、そっちの好きにしてくれていいんで」
 ボコってくれてもいいし、三谷から遠ざけてくれてもいい。
 そう伝える姫神君は少し声のトーンを落とし、「そもそも俺はゲイに抵抗があるんで……」と昨日まで堂々と言い切っていた言葉を尻すぼみになりながらも呟いた。
「あ! 別にだからって三谷のことが苦手とか嫌いとかそういう事じゃなくて―――」
「分かったよ」
「! ほ、本当ですか?」
「ああ。姫神君を信頼するよ。ひとまずはね」
 頼むからこの信頼を裏切らないで欲しい。
 そう苦笑を漏らす虎君に姫神君は力強く頷き、安心したように笑った。その笑顔はやっぱり綺麗で、それでいてカッコよくて、僕はほんのちょっぴりヤキモチを覚えてしまった。
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