特別な人

鏡由良

文字の大きさ
415 / 552
恋しい人

恋しい人 第129話

しおりを挟む
 この先何が起こるか。それは誰にも分からない。だから『絶対』という言葉は絶対ではない。
 でも、それでも僕はこの想いがこの先変わらないと自信を持って言える。ずっとずっと虎君のことが大好きだと確信を持ってる。
「だから大丈夫。姉さんが心配してるようなことは絶対に起こらないから」
 僕には後にも先にも虎君だけだから。虎君だけが欲しいと思うから……。
 そう姉さんに伝えれば、姉さんは少し困ったような笑顔を浮かべながらも「分かったわ」と頷いてくれた。
「けど、今からもう憂鬱だわ」
「どうして?」
「ずっと欲しいと思っていた服やバッグを手に入れたら毎日でも身につけたいって思うもの。私は」
 溜め息交じりで頬杖を突く姉さんは「週末以外の外泊は許さないからね」と視線を向けてくる。
 姉さんが何を言いたいのか理解するのに時間がかかったものの、ちゃんと姉さんが言わんとしていることが分かった僕は熱くなる頬に俯き、しどろもどろになりながらも「分かってるっ」と返事をする。
 恥ずかしさのあまり膝に置いた手をぎゅっと握り締める自分の身体に、何故か羞恥がさらに増した気がした。
(僕がエッチしたがってることはバレてるって分かってるけど、でも、凄く恥ずかしいっ)
 明日を境にきっと僕は虎君と二人きりで過ごす時間が増えるだろう。そしてその場所は姉さんが言った通り僕の家ではなく、虎君の家になる気がする。
 恋人同士が二人きりで一夜を過ごす。それどういうことか、普通の人なら想像できるだろう。
 そこまで考えて、姉さんの言葉に眩暈がしそうなほど羞恥心で一杯になる僕。
「こんなに可愛いんだから、まぁ仕方ない、か……」
 羞恥に震えている僕の髪を撫でる姉さんは、自分が虎君の立場なら間違いなく閉じ込めてしまうと笑う。
 優しい姉さんの笑顔にからかわないでと僕も苦笑いを返した。
「見て。あんな風に嫉妬に狂った目で睨むなら傍にいればいいのにって思わない?」
 姉さんが指さすのは此方を睨む虎君。海音君がいなかったら今にも殴りかかってきそう。と。
 僕をとても愛してくれている虎君の嫉妬の眼差しにドキドキしながら、姉さんの言葉に頷きを返すのは本当にその通りだと思ったから。
 僕は虎君の傍にいたい。虎君に抱きしめて欲しいし、キスして欲しい……。
「仕方ない。可愛い弟と面倒な兄のために優しいお姉ちゃんが一肌脱いであげる」
「それ、どういう意味?」
「黙って見てて? ママ!」
 意味深な笑みを象る赤い唇が呼ぶのは虎君じゃなくて母さん。ますます意味が分からない僕は姉さんが言ったように黙ってみているしかなかった。
 キッチンで父さんと仲良く後片付けをしていた母さんは姉さんの声に僅かに上気して赤くなった肌を隠すように両手で首を抑え、どうしたの? と平静を装う。
 父さんと母さんがとても仲良しで二人が子どもの前でも夫婦として過ごすことがあるなんて本当、今更。それなのにこんな風に母さんが照れるなんてキッチンで何をしていたのやら……。
(いいな……。僕も虎君にくっついて過ごしたい……)
 母さんの様子に羨望を抱く僕はまた虎君と二人きりで過ごすことを考えてしまう。早く明日になって欲しい。と。
「葵、今日は虎の家に泊まりに行くって」
「え?」
「おまっ、何言ってんだ!?」
 姉さんの言葉を僕が反応する前に聞こえるのは虎君の怒鳴り声。振り返れば海音君の制止を振り払って険しい顔でこちらに歩み寄ってくる虎君の姿が……。
「虎、煩い。ママ、パパ、いいでしょ?」
「い、いいけど……」
「虎が良くない雰囲気だな」
 姉さんの問いかけに、母さんは驚きながらも外泊はいいけどと口籠る。それは父さんが言った通り、虎君がそれを望んでいるとは思えなかったから。
 虎君の反応に僕はショックを受ける。
 僕は少しでも早く虎君の傍にいたいと思っていたから姉さんのお節介が素直に嬉しかった。でも、虎君は姉さんのお節介に怒りを露わにしてる。まるで迷惑だと言わんばかりに。
「なによその態度。葵と一緒に過ごすのが嫌なわけ?」
「そんなこと一言も言ってないだろうが!」
「ならどうしてそんな風に怒ってるのよ?」
「お前が余計な気をまわすからだろうが!」
 虎君は乱暴に姉さんの胸倉を掴み、首を突っ込んでくれるなと凄む。
 虎君を追いかけてきた海音君が「バカ! 女相手に何してんだ!」って虎君を止めるんだけど、虎君はその手を放そうとしなかった。
「虎。逆上する気持ちは分かるが落ち着け。親の前だぞ」
「! ―――っ、すみませんっ……」
 父さんの声はまさに鶴の一声。虎君は抑えられない怒りを何とかおさめ、姉さんから手を放した。
 虎君の手から解放された姉さんは顔色一つ変えず服を整えると「私の可愛い弟に悲しい想いをさせるからよ」と冷めた声で言い放った。
しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

吊るされた少年は惨めな絶頂を繰り返す

五月雨時雨
BL
ブログに掲載した短編です。

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

鬼上司と秘密の同居

なの
BL
恋人に裏切られ弱っていた会社員の小沢 海斗(おざわ かいと)25歳 幼馴染の悠人に助けられ馴染みのBARへ… そのまま酔い潰れて目が覚めたら鬼上司と呼ばれている浅井 透(あさい とおる)32歳の部屋にいた… いったい?…どうして?…こうなった? 「お前は俺のそばに居ろ。黙って愛されてればいい」 スパダリ、イケメン鬼上司×裏切られた傷心海斗は幸せを掴むことができるのか… 性描写には※を付けております。

4人の兄に溺愛されてます

まつも☆きらら
BL
中学1年生の梨夢は5人兄弟の末っ子。4人の兄にとにかく溺愛されている。兄たちが大好きな梨夢だが、心配性な兄たちは時に過保護になりすぎて。

久々に幼なじみの家に遊びに行ったら、寝ている間に…

しゅうじつ
BL
俺の隣の家に住んでいる有沢は幼なじみだ。 高校に入ってからは、学校で話したり遊んだりするくらいの仲だったが、今日数人の友達と彼の家に遊びに行くことになった。 数年ぶりの幼なじみの家を懐かしんでいる中、いつの間にか友人たちは帰っており、幼なじみと2人きりに。 そこで俺は彼の部屋であるものを見つけてしまい、部屋に来た有沢に咄嗟に寝たフリをするが…

かわいい美形の後輩が、俺にだけメロい

日向汐
BL
過保護なかわいい系美形の後輩。 たまに見せる甘い言動が受けの心を揺する♡ そんなお話。 【攻め】 雨宮千冬(あめみや・ちふゆ) 大学1年。法学部。 淡いピンク髪、甘い顔立ちの砂糖系イケメン。 甘く切ないラブソングが人気の、歌い手「フユ」として匿名活動中。 【受け】 睦月伊織(むつき・いおり) 大学2年。工学部。 黒髪黒目の平凡大学生。ぶっきらぼうな口調と態度で、ちょっとずぼら。恋愛は初心。

リンドグレーン大佐の提案

高菜あやめ
BL
軍事国家ロイシュベルタの下級士官テオドアは、軍司令部のカリスマ軍師リンドグレーン大佐から持ちかけられた『ある提案』に応じ、一晩その身をゆだねる。 一夜限りの関係かと思いきや、大佐はそれ以降も執拗に彼に構い続け、次第に独占欲をあらわにしていく。 叩き上げの下士官と、支配欲を隠さない上官。上下関係から始まる、甘くて苛烈な攻防戦。 【支配系美形攻×出世欲強めな流され系受】

上司、快楽に沈むまで

赤林檎
BL
完璧な男――それが、営業部課長・**榊(さかき)**の社内での評判だった。 冷静沈着、部下にも厳しい。私生活の噂すら立たないほどの隙のなさ。 だが、その“完璧”が崩れる日がくるとは、誰も想像していなかった。 入社三年目の篠原は、榊の直属の部下。 真面目だが強気で、どこか挑発的な笑みを浮かべる青年。 ある夜、取引先とのトラブル対応で二人だけが残ったオフィスで、 篠原は上司に向かって、いつもの穏やかな口調を崩した。「……そんな顔、部下には見せないんですね」 疲労で僅かに緩んだ榊の表情。 その弱さを見逃さず、篠原はデスク越しに距離を詰める。 「強がらなくていいですよ。俺の前では、もう」 指先が榊のネクタイを掴む。 引き寄せられた瞬間、榊の理性は音を立てて崩れた。 拒むことも、許すこともできないまま、 彼は“部下”の手によって、ひとつずつ乱されていく。 言葉で支配され、触れられるたびに、自分の知らなかった感情と快楽を知る。それは、上司としての誇りを壊すほどに甘く、逃れられないほどに深い。 だが、篠原の視線の奥に宿るのは、ただの欲望ではなかった。 そこには、ずっと榊だけを見つめ続けてきた、静かな執着がある。 「俺、前から思ってたんです。  あなたが誰かに“支配される”ところ、きっと綺麗だろうなって」 支配する側だったはずの男が、 支配されることで初めて“生きている”と感じてしまう――。 上司と部下、立場も理性も、すべてが絡み合うオフィスの夜。 秘密の扉を開けた榊は、もう戻れない。 快楽に溺れるその瞬間まで、彼を待つのは破滅か、それとも救いか。 ――これは、ひとりの上司が“愛”という名の支配に沈んでいく物語。

処理中です...