特別な人

鏡由良

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恋しい人

恋しい人 第128話

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 姉さんに促されるまま椅子に座る僕の視線は下がったまま。虎君の傍にいたくて、虎君に必要とされたくて、苦しいほど恋焦がれてしまう。
 今虎君に触れられたら、きっと僕は愛し合いたい気持ちを抑えきれないだろう。虎君を困らせると分かっていても、触れ合いたいと我儘を言ってしまうだろう。
 我慢できない自分を、堪え性のない子どもだと思う。でも、子どもには相応しくない欲を抱いているから性質が悪いと思う。
「虎のこと、そんなに好きなんだ?」
 僕の髪を撫でる姉さんの問いかけは、言葉だけ見ると僕の想いを軽んじているように思えた。でも、少し困った笑い顔は僕を慈しんでいるように思えたから、素直に頷くことができる。
 虎君が大好きで苦しい。傍にいるのに、愛されているのに、こんなにも焦がれて苦しい……。
 恋愛って楽しくて幸せなだけだと思っていたけど、今の心は『楽しい』や『幸せ』というよりもっともっと禍々しいものに満たされている気がした。
(虎君にもっと僕だけを見て欲しい。もっと僕のことを欲しいと思って欲しい。もっと、もっと虎君のこと、独占したい……)
 虎君は物じゃないって分かってる。意思のある一人の男の人だってちゃんと理解してる。
(でも、それでも僕だけの虎君にしたいよ……)
 自分の中にこんな感情があるなんて知らなかった。それは驚きであり恐怖でもあった。僕はいつか自分の欲に負けて虎君を縛り付けてしまうのではないか。と。
「好き過ぎて苦しいぐらいに好きなのね」
「僕、声に出してた……?」
「んーん。声には出してないけど、顔に出してた。……凄く辛そうな表情してるわよ?」
 きっと虎が見たら心配しすぎて血相変えて飛んでくるぐらい。
 そう笑う姉さんは瞳を伏せ、「愛し合ってるんだものね」と呟いた。
「姉さん?」
「虎は20歳で葵は15歳。年齢的に考えて正直姉としては手放しで応援はできないけど、傍にいたい気持ちは理解できるから本当、複雑」
「えっと……、何が……?」
「明日、虎の家に行くんでしょ? ……それがどういう意味か、私に分からないと思う?」
 僕を見つめる姉さんの言葉に、僕は頭が湯立つ程恥ずかしくなる。
(バレてる……。明日僕達がエッチするって、バレてる……)
 きっと顔は真っ赤になっているだろう。心臓は物凄くドキドキしていて、呼吸が浅くなって、眩暈がしそうだった。
「やっぱり葵も男の子だったのね」
「ど、いう意味……?」
「んー……。愛し合いたいって望んだのは、葵、じゃない?」
「え?」
「虎から愛し合いたいって言われたわけじゃないでしょ?」
 苦笑交じりの姉さんの言葉に、僕は『そんなことない!』と反発しようと思った。虎君も愛し合いたいって思ってくれている。と。
 でも、思い返せば姉さんが言った通り、僕が望んで虎君がそれに応えてくれただけだった。
 もちろん、虎君が本当はエッチしたいと思っていないとは思っていない。けど、虎君から求めてくれたわけじゃないという事実は変わらない。
「あいつ、面倒なぐらい拗らせてるからね……」
「どういう事?」
「大切過ぎて触れるのが怖い」
「え? いきなり何?」
「虎が言ったの。『葵のことが大切過ぎて触れるのが怖い』って。……『一度でも触れたら、もう二度と戻れない』って」
「それって……」
「虎の『想い』を受け入れる事がどういう事か、葵はちゃんと理解してる?」
 姉さんは僕を真っ直ぐに見据え、尋ねてくる。さっき言った言葉は虎本人から聞いた言葉よ。そう言いながら。
 僕は姉さんの言いたいことが分からないと思いながらも『理解している』と頷いた。ちゃんと分かっているつもりだ。と。
「虎を受け入れたら最後、この先他の誰かに心変わりしても虎から逃げられない。……私が言ってるのはそういう事よ?」
 もちろん葵が別れたいって助けを求めてくれるのなら私は全力で虎を排除するつもりだけど、それでも虎から逃げ切れる保障はできない。
 姉さんはそう言葉を続け、その覚悟があるのかと尋ねてくる。
 それはきっと僕を脅すための言葉だろう。一時の感情に流されただけなら、中途半端な覚悟なら、虎君と愛し合ってはいけない。と、警告を込めて。
 僕な姉さんの言葉にその真意を探る。僕達が愛し合うことをよく想っていないのか。それとも―――?
「……姉さんは優しいね」
「! ……どうしてそう思うの?」
「僕のことも、虎君のことも大切に想ってくれてる。……だから、話してくれたんでしょ?」
 僕が恐怖に怯える未来が来ないように。虎君が絶望する未来が来ないように。そのためにちゃんと本当の想いに向き合って欲しい。
 それがきっと姉さんの願い。僕は自分達を心配してくれる優しい姉さんに「安心して」と笑った。虎君と愛し合いたいと願うこの気持ちは一時の感情じゃないよ。と。
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