特別な人

鏡由良

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恋しい人

恋しい人 第148話

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 虎君の手から逃げようとするも、身体に力が入らず逃げられない。ただ訳が分からない程気持ちよくて、身体を仰け反らせ必死に快感を逃がそうとする僕。
 バスルームには僕の声が絶え間なく響き、すぐ近くでするはずの水音さえ聞こえない。
「とらくん、ほんと、だめっ、おかしくなる! おかしくなっちゃうっ!!」
「いいよ。俺はどんな葵でも愛してるから」
 前を扱かれながらお尻も一緒に弄られ、ぞわぞわしていた感覚が完全に無くなって快楽だけが生まれる。
 どうすればこの気持ちよさから逃げれるのか分からず、抗っても抗っても押し寄せてくる快感につかまり、引きずり込まれる。
「あぁ……、ヤバい。葵可愛すぎるっ」
 唇を貪るように口づけてくる虎君は、合間合間で僕を愛してると囁く。囁いて、早く僕の全部を自分のものにしたいと欲を孕んだ眼差しで見つめてきた。
 いつもの優しい眼差しとは違う眼光は、ちょっぴり怖い。でも、怖いけど堪らなくドキドキしてしまう……。
(僕、やっぱりおかしくなっちゃった……。僕の全部、『虎君に食べられたい』だなんて思っちゃってる……)
 僕を見つめる虎君の眼差しは、喩えると捕食者。そしてきっと僕は餌となる小動物。
 きっと普通なら恐怖しか感じないだろう。
 でも、僕を食べたいと見つめる虎君の目を見ていたら、喜んでその口に飛び込んでしまいたい気分になってしまう。
「とら、くっ、早くっ……早く僕のこと、食べてっ」
「! バカ、煽るなっ」
 虎君にしがみつき、腰を揺らして虎君に密着する。
 早く虎君に抱かれたいと白んだ意識の中で訴えれば、虎君はもう少し我慢しろと乱暴な口調で僕を窘める。
 でもそれは怒っているからじゃなくて、僕を大切に想っているからこその声。僕が大切だから自分の欲と必死に戦ってくれているからの声……。
「葵、葵っ!」
「っ――――」
 荒々しくなる手の動きに、快楽は増す。
 それとほぼ同時に首筋に一瞬痛みが走ったけど、痛みはすぐに無くなり代わりに快楽が生まれ、白んでいた意識に追い打ちをかけた。
(なに、これ)
 すぐ傍にいるはずの虎君の姿が霞んで目の前に現れるキラキラした光。
 いったい自分に何が起ったのか分からない。ただ分かっているのは、身体が、心が今まで経験したことが無い程気持ちいいということだけ。
「っ、―――っ」
「葵っ」
 身体が大きく跳ね、呼吸が止まる。そしてその直後、頭に巡っていた血が一気に下に降りてゆくのを感じた。
(ぼく、また……)
 全然働いてくれない脳が唯一認識したのは自分が達したことだけで、全身から力が抜け、指を動かす事すら億劫だった。
「葵、可愛い……。本当、愛してる。葵。……葵っ」
 熱い吐息交じりの虎君の声は耳元で聞こえ、耳朶にちゅっちゅっと何度もキスが落ちてくる。
 両手でぎゅっと抱き締め、何度も何度も僕の名前を呼んで『愛してる』と伝えてくれる虎君。
 その背中に手を回し、抱き返したいと思った。
 けど、僕にはもう腕を動かす気力が残っていない。
 それどころか目の前がぼんやりと霞んできて、重くなった瞼に目を開けている事すら困難だった。
(だ、だめっ、きょう、とらくんとぜ、たい、ぜったい、えっち、する、だからっ)
 僕が今必死に戦っているのは、突然襲ってきた激しい睡魔。
 猛攻を仕掛けてくる眠気と戦いながら、掻き集められた理性が必死に『起きろ!』と叫んでる。今眠ってしまったら虎君とエッチする目的は達成できないぞ! と。
 僕は自分自身に『分かっている』と答えるも、瞼を持ち上げることすら徐々にできなくなってしまって……。
「! 葵……。……眠って、いいよ……」
「やぁ……とら……く、え、……ち、す……、る……」
「分かってるよ。……起きたら、エッチしような?」
 だから今は無理せず眠っていいよ。
 そう言って僕を抱き寄せる虎君は背中をポンポンと優しく叩き、眠りたくないとぐずる僕をあやしてきた。
 大好きな人の腕の中で昔から一番安心して眠ることができるリズムであやされたら、必死に声をあげていた理性もしだいに薄れてしまう。
 僕はイヤイヤと必死に愚図ったものの、最後の一押しとばかりに大きな手で髪を撫でられたら、理性はあっけなく睡魔に陥落されてしまった。
「と……、く…………、しゅ、きぃ……」
「ああ……。俺も愛してる。……愛してるよ」
 眠りに落ちてゆく際に聞いた愛しみに満ちた虎君の声。僕はそれに心の中で『僕も愛してる』と告げ、意識を手放した。
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