特別な人

鏡由良

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恋しい人

恋しい人 第149話

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(ここ、どこ……?)
 目を開けば見慣れない天井で、自分が今何処にいるのかすぐに理解できなかった。
 ぼんやりとした頭のまま何度か瞬きを繰り返し、此処が何処か、自分が今どんな状況にいるのか確認するよう首を動かせば、自分の部屋じゃないことはとりあえず理解できた。
(僕の部屋じゃない……。けど、この部屋、虎君の匂いがする……)
 寝返りを打つように横を向けば、枕に顔が半分埋まった。
 息を吸い込めば胸を満たすとても安心する匂い。思わず枕に頬を摺り寄せてしまう僕は本当に心の底から安心しきっていて、微睡みにまた瞼が閉じてゆくのを感じた。
(なんでだろ……虎君にギュっとしてもらってるみたい……)
 身じろぎ、布団をぎゅっと抱きしめる。ただそれだけなのに、虎君が傍にいてくれるような錯覚に囚われる。
 とても幸せでとても愛しい気持ちにしてくれる匂いに安堵する僕は、早く虎君にこうやって抱きしめて欲しいと夢と現実を行ったり来たりしながら考える。
(早く虎君と愛し合いたい、な……?)
 身も心も結ばれることを思い描いていた僕だけど、ふとある事に気が付いた。昨夜、自分は虎君と愛し合っていた気がする。と。
 その瞬間夢現だった頭が突然覚醒し、思い出す。自分の失態を。愛し合うための準備中に自分が寝落ちてしまったと言う、最低最悪の失態。
 自分から愛して欲しいと強請っておいて、愛し合う直前に落ちてしまうなんて、何と言い訳しようとも酷い奴だ。
 僕は血の気が引く思いであたりを見渡す。本当なら今頃隣で眠っていてくれただろう大好きな人の姿を探して。
「虎君っ……」
 おそらくここは虎君の家の寝室。でも、虎君本人は何処にも居なくて、僕の涙声だけが虚しく響いた。
(ど、しよ……虎君、怒ってる……? それとも、呆れちゃった……?)
 僕の知っている虎君なら、こんな時は僕が起きるまで傍にいてくれるはず。それなのに今此処に居ないと言うことは、僕の失態に怒ったか呆れたかしたからに違いない。
 虎君の気持ちが離れてしまったかもしれないと考えるだけで僕の心が叫ぶのは悲しみ。けど、今の僕にそれを嘆く資格はない……。
(あんなの怒って当然だ……)
 僕と愛し合いたいと思ってくれた虎君にとったら、拷問に近い仕打ちだったかもしれない。少なくとも僕が虎君の立場なら、酷い拷問だと思うに決まってる。
 煽るだけ煽って寝落ちるなんて、本当に、本当にあり得ない。
「謝らなくちゃっ。虎君が許してくれるまで、謝り続けなくちゃダメだ!」
 虎君からの拒絶を想像するだけで恐怖に身体が震える。
 それでも何とか勇気を振り絞って今自分ができる精一杯をしなくちゃダメだと急ぎベッドを降りる僕。裸足で歩くフローリングはまだ少し冷たくて、凍り付きそうだった心に拍車をかけた。
 けど、寝室から出ようとドアに手を伸ばした次の瞬間、僕がドアノブに触れる前にドアが開いた。
「ああ、やっぱり起きてた」
 開いたドアの向こう側に立っていたのはもちろん虎君で、虎君は何故か優しい笑顔で僕の頭を撫でてくる。
 突然の登場にビックリしていた僕はすぐには反応できなかったけど、愛しげに頭を撫でる虎君に戸惑いを覚えた。
 だって、目の前にいる虎君は僕が想像していた虎君と全然違ったんだもん……。
(虎君、怒ってないの……? 呆れてないの……?)
 心の中で問いかけ、呆然と立ち尽くす僕。
 すると虎君はそんな僕の視線に目尻を下げ微笑み、身を屈めるとチュッと口づけてきた。
「おはよう。葵」
「お、はよ……」
 目の前の虎君の笑顔はいつも通り。ううん、今までよりもずっとずっと優しい……。
 僕がまだ少し戸惑いながらも朝の挨拶を返せば、虎君は僕の肩を抱き、リビングに行こうと歩き出す。お昼ご飯を作ったから。と。
「え……? 『お昼ご飯』って……?」
「ああ。もうすぐ1時だからな」
「うそ……」
 リビングに到着して時計を見れば、虎君が言った通り時計は1時になろうとしていた。窓からは陽の光が差し込んでいて、夜の1時だと思いたくても無理だった。
 テーブルに並べられた『お昼ご飯』はとても美味しそう。ちゃんと2人分用意されていることに泣きそうになった。申し訳なくて。
「ごめ、なさい……」
「葵?」
「虎君、ごめんなさいっ……」
 促されるまま椅子に座れば、用意されていたお昼ご飯からあがる湯気についさっき出来たところだと分かった。
 愛し合っている最中に寝落ちしたことを怒ってると、呆れていると思っていた自分が恥ずかしくて情けなくて、込み上がってくる涙を必死に耐える僕。
 すると虎君はそんな僕の隣に膝をつくと手を取り、涙が零れるよりも先にそれを拭ってくれる。
「大したことはしてないし、そんなに泣かないでくれよ」
 自分の愛の深さを誇示することなく僕を愛してくれる虎君は「初めての朝なんだから笑って?」と目尻を下げて微笑むと僕の指先にチュッとキスを落とす。
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