特別な人

鏡由良

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恋しい人

恋しい人 第153話

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「セックスの時に抱かれる側のことだよ。ちなみに、抱く側はタチって言うらしい」
「そ、そうなんだ……。びっくりした……」
 雲英さんはやっぱり人間の男の人だったんだと分かって安心。
 虎君は笑いながら僕を抱きしめると「つまり葵は俺だけのネコってことだよ」なんて言ってくる。
 からかわれてるって分かってるのに喜んじゃう自分が嫌だ。
「それに、俺は葵だけのタチだから安心して?」
「! で、でも雲英さんとエッチしようとしたんでしょ……」
「まさか。俺がセックスしたいと思ったのは葵だけだし、実際しようとしたのも葵だけだよ」
 他の誰ともエッチしようとしたことが無いって言ってくれる虎君。でも、ならどうして雲英さんは虎君の身体を知ってたの?
(お風呂に一緒に入ることがあったのかもしれないけど、でも、そこまで仲良くない雰囲気だよね?)
 虎君の言葉を信じたいのに信じられなくて疑いの目を向ける僕。すると虎君は苦笑いを浮かべ、僕をぎゅっと抱きしめてきた。
 それはご機嫌取りだろうか? それとも―――?
「雲英が色々知ってるのは、その……、記憶がなかった時、に、海音と一緒に俺の面倒を見てくれてたからだよ……」
 苦笑いの理由も、言い淀んだ訳も、全てその言葉で理解できた。そして、何故こんなに強く抱きしめてくれているのかも……。
「僕が、虎君を傷つけちゃった時……?」
「そんな言い方しないで……。葵も沢山辛い思いをしたんだから、な?」
「! うん……。分かった……」
 虎君はどこまでも優しい。頭を撫でる手も、抱きしめてくれる腕も、僕を宥めてくれる声も、全部、全部優しい……。
 僕の癇癪にも面倒がらずに丁寧に説明してくれたおかげで、モヤモヤしていたものが心から消え、虎君に素直に甘えることができる。それが嬉しい。
「ちなみに、雲英はゲイだけど俺のことなんて眼中にないから安心して?」
「そうなの……? なんで……?」
 僕がヤキモチを妬かないようにと教えられた言葉に、僕は思わず眉を顰めた。
 もちろん雲英さんが虎君のことを好きじゃないってことは凄く安心できる。でも、それはその言葉が真実だった場合だ。
 正直、虎君を好きにならないなんて僕には信じられない。
(だってこんなに優しくてこんなにカッコいいんだよ? 男の人が恋愛対象なら、絶対好きになっちゃうでしょ?)
 虎君は、自分は眼中にないって言ったけど、雲英さんが本当の気持ちを隠してる可能性だってある。
 その可能性に気づいた僕は、きっと雲英さんは虎君のことが好きな気持ちを隠してるんだと思った。虎君が好きだから、だからあんなこと言ったんだ。と。
(僕とエッチなことして欲しくないから、虎君のこと脅かしたんだ)
 絶対そうに違いない。
 確信した僕は虎君を見上げ、雲英さんと二人きりで会ったりするのかと尋ねた。もし『ある』と答えが返ってきたら、僕は嫌な奴になることを承知でこれからは二人で会わないで欲しいとお願いするつもりだ。
「雲英と? そうだな……、海音に付き合わされて顔を出す程度だから二人で会うことは殆どないかな?」
「『殆ど』ってことは、一回か二回は二人きりで会ったことがあるってこと?」
「? まぁ、一、二回はあるかな?」
 食い下がる僕に虎君はちょっぴり気圧され気味に、さっき言った通り俺も雲英もお互い眼中にないぞ? と言ってくる。
 でも雲英さんの本当の気持ちを知ってる僕はその言葉に全然安心できない。
「もう二人きりで会っちゃダメっ!」
「葵?」
「虎君は僕の虎君だから、雲英さんにちゃんと諦めてもらうまで絶対ダメっ」
「いや、だから『諦める』もなにも眼中にな―――」
「それは虎君が気づいてないだけだよ!」
 同じ言葉を繰り返す虎君。僕はその声を遮り、雲英さんが秘密にしていただろう想いを暴露した。
 こんなこと本当はしちゃダメだって分かってるけど、でも、僕と虎君が愛し合うのを妨害する人を気遣ってはいられない。
 だから絶対二人きりで会わないでと必死に訴える僕。
 でもそんな僕に虎君は一瞬驚いた顔をして、そして、何故か吹き出し、「あり得ない」と大笑いした。
 どうしてそう思ったんだと声を出して笑う虎君。虎君がこんな大笑いする姿を見るのは本当に久しぶりで、今度は僕が呆気にとられてしまう。
「だ、だって! 雲英さん、男の人が恋愛対象なんでしょ? だったら虎君のこと好きにならないわけないじゃない!」
 こんなに優しくてカッコよくて頼りになる人を好きにならない方がおかしいでしょ!?
 勘違いだと大笑いする虎君に「もう少し自覚してよ!」と怒り出す僕。すると虎君は怒る僕のご機嫌取りのためかギューッと力いっぱい抱きしめてきて……。
「そんな可愛い事言わないでくれよ」
「『可愛い事』じゃなくて事実を言ってるの! ちゃんと話聞いてよ!」
 笑いながらも大きく息を吐いて「困る」と言う虎君。でも『困る』のは僕の方だ。だって虎君、全然真剣に聞いてくれないんだもん!
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