特別な人

鏡由良

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初めての人

初めての人 第8話

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「葵」
「なぁに?」
「俺を犯罪者にしたくないなら、俺だけの葵でいてくれよ?」
「それ、虎君もだよ? もし浮気なんてしたら、僕、何するか分からないから」
 軽口のつもりで口にした『浮気』という言葉に嫌な気持ちになってしまうなんて、やっぱり僕はバカだと思う。
 拗ねたように唇を尖らせる僕に、虎君はおもむろに立ち上がると僕の隣にしゃがんで「そんな可愛い顔しないで」と頬に手を添えてきた。
「俺は葵しか欲しくないってずっと言ってるだろ?」
「絶対、だからね。僕以外の人にこんな風に触るのもダメなんだからねっ」
「俺が触るのも抱きしめるのも葵だけだよ」
 『絶対』って言葉に信憑性がないって話をした後に『絶対』と言って約束を強請るなんて約束の意味があるのかと思われるかもしれない。でも本当に嫌だから、『絶対ダメ』と僕は言い続けてしまう。
 虎君はそんな僕に笑い、「葵の全部、俺のものだ」ってキスをくれる。
「虎君の全部、僕のものだもん……」
「もちろん。俺の全部、葵のものだよ」
 おいで。と抱き寄せられるがまま僕は椅子を降り、虎君の胸に飛び込んだ。大きくて優しい手で髪を撫でられたらいろんな感情が溢れてきて、ぎゅーって力いっぱいしがみついてしまった。
「……それで、藤原と電話するたび何を言われてたのかそろそろ教えてくれるか?」
「! 忘れてた!」
「酷いな。俺は藤原への嫉妬で狂いそうになってるのに」
 見上げれば、すぐ目の前に苦笑いが。
 僕はもう一度虎君の胸に顔を埋めると、「『悠栖に先越されるぞ』ってからかわれてたの……」と小さな声で電話で慶史に毎回言われていた言葉を口にした。
 くぐもった声は聞き取り辛かっただろう。でも虎君は僕の声をちゃんと拾い上げてくれる。僕の声は一言も聞き漏らしたくないと言わんばかりに。
「天野に先を越されるって、何の?」
「…………エッチの……」
「! ……藤原に『今度会ったら一発ぶん殴る』って言っといて」
 ぎゅっと抱きしめてくる虎君は怒りを滲ませ、「俺の葵で下世話な妄想しやがって……」って忌々しいと言葉を吐き出した。
 僕はそんな虎君の背中にしがみつき、暴力はダメだよって訴えた。慶史は僕が虎君とエッチしたがってるって知ってるからからかってきてるだけだから。って。
「藤原にそんな話もしてるのか……」
「ごめんなさい……。でも、慶史はそういう事に詳しいから……。恥ずかしくて他の人には相談できないし……」
 弁解しながら、これは虎君と慶史の関係を悪化させてしまいそうだと思った。
 恐る恐る顔を上げれば、眉間に皺を寄せ不機嫌な面持ちの虎君と目が合った。
「僕、エッチでごめんね……」
「それは嬉しいから謝らなくていい。でも、俺の最大のライバルに相談してることは反省して」
「『ライバル』って。慶史への好きは親友としての好きだよ?」
 虎君への好きとは全然違うよ?
 そう伝えるも、虎君はそれでもダメだと言って力いっぱい抱きしめてくる。
「……藤原に俺達のセックスについて何処まで話してるんだ?」
「えっと。……まだちゃんとできてないってことは、話しちゃった……」
「それに対して藤原は何て?」
「『大事にされてるんだよ』って言ってた」
 本当は『絶対我慢できずに襲ってると思ってた』とか、『先輩って不能なの?』とか言ってたけど、そこは秘密にしておこう。
 ぎゅっと抱き着き返す僕は、「凄く大事にしてくれてるのはちゃんと分かってるからね」と伝えた。虎君が僕のことを一番に考えてくれていることはちゃんと知ってるからね。と。
「今度、雲英に聞いてくるよ」
「何を?」
「次に進んでも大丈夫かどうか」
 その言葉に、弾かれた様に顔を上げてしまう。
 だって、それってつまり、最後までエッチできるってことだよね?
「喜びすぎ」
「だ、だってっ!」
「まぁ俺もだけど」
 くしゃっと破顔して笑顔を作る虎君に、ときめきが隠せない。ついつい気が急いてしまって、いつ雲英さんに聞くの!? なんてせっついてしまった。
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