特別な人

鏡由良

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初めての人

初めての人 第17話

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 那鳥君と慶史のせいで僕は始業式に全然集中できなかった。
 壇上に立って数人の先生が代わる代わる何か話していたようだけど、正直話の内容を理解することはおろか、声すら耳に入ってこなかった。
 始業式はどんなに長くとも30分程度で終わるんだけど、今日はその30分が果てしなく長く感じる。
(慶史達の話が本当なら、夏休みの間に色んなことが起こりすぎてない?)
 同性同士の恋愛に否定的だった悠栖に同性の恋人ができた事だけでも驚きだったのに、慶史が先輩方を巻き込んだ問題を起こしたとか、那鳥君とちーちゃんが知り合いになったとか、経緯を知りたいと思う話が続々出てきて何から聞けばいいか分からなくなる。
 慶史がどんな問題に巻き込まれたのか、それは絶対始業式が終わった後話してもらおうと思っていたけど、他の話も聞くとなると時間が全然足りない。
 今日は夏休み明け初日の登校だから、午前中で授業もなく学校は終わってしまう。
 虎君とずっと一緒に過ごしたい僕にはそれはとても嬉しい事だけど、友達も大切にしたい僕にはとても困った事だった。いつもならお昼休みと放課後にお喋りする時間があるけれど、今日はそのどちらも無いってことになるからだ。
(大学はまだ夏休み中って言ってたし、きっと虎君、お昼前には迎えに来てくれるよね)
 今朝もホームルームが終わったらすぐに帰って来てと言われたし……。と思い出すのは正門でのやり取り。
 『離れたくない』と、『このまま連れて帰りたい』と抱きしめてくれた虎君。
 それを思い出せば、薄情な僕は友達のことを一瞬忘れ、早く虎君に会いたくなってしまう。もちろん、すぐに『友達も大事!』って思い直すんだけど、一瞬でも友達をないがしろにしてしまったことに罪悪感を覚えた。
(……明日話を聞かせてもらう―――は、ダメだ。慶史の話は絶対今日聞かないと)
 時間が経てば経つほど、慶史は本音を奥底に隠してしまう。真実が見えないように誤魔化してしまう。
 だから絶対、慶史の話は今日聞き出さないと。
 でも、きっと僕が慶史の話だけ今日聞きたいと言っても、それは無理だろう。慶史は絶対、自分の話を後回しにするだろうから。
(仕方ない……。凄く辛いけど、これしか方法、無いもんね……)
 僕は小さく溜め息を吐くと、始業式が終わったらすぐに連絡しようと体育館の壁にかけられた時計に目をやった。
 話をまったく聞いていなかったからか、先生達には申し訳ないけど今更話を聞く気にもならなくて時間が過ぎるのを待つ間、目立たない程度に辺りを見渡したりして気を紛らわす。まぁ、見渡しても見える景色は真っ黒なんだけど。
(もしかして、僕が一番小さい……?)
 夏休み前から感じていたことだけど、休みが明けてより一層感じるのは、自分の身長の低さ。
 休み前に比べて視界が悪いのは、周囲の人の身長が伸びて壁になっているから。周囲と開くばかりの身長差に不安を覚えてしまうのは仕方ない。
(そう言えば朋喜も背、伸びてた気がする……)
 那鳥君は出会った頃にはもう背が高かったし、悠栖も周囲に比べると低いものの、世間一般では平均的な身長だ。そして慶史も最近徐々に身長が伸びてると言っていた通り、もうすぐ悠栖を追い抜く勢い。
 そんな三人に比べて朋喜は僕よりも少し高いぐらいだったはずなのに、さっき喋った時、僕の目線は休み前より上を向いていた気がする。
(で、でもまだ1年だしっ……)
 高校生になってから急激に身長が伸びる人が沢山いるってちゃんと知ってるし、なんなら高校卒業前にそうなった人もいるんだ。だから、まだ焦る必要は全然ない。
 僕は焦る気持ちを抑えるように自分に言い聞かせ、ちゃんと伸びるから大丈夫! と何度も何度も暗示をかけた。
 けど、暗示は少しでも疑心があると全く無意味。だから何度言い聞かせたところでチビのママかも……って不安は全然消えてくれなかった。
(うぅ……、ただでさえ凪ちゃんに身長抜かされたショック、まだ引き摺ってるのに……)
 二週間近く虎君に慰めてもらって漸く『凪ちゃんちはみんな背が高いから』ってなんとか折り合いをつけられたのに、この追い打ちは辛い。
 思い出すのは落ち込んでいた時に母さんからかけられた慰めの言葉。『父さんの子だから大丈夫よ!』って母さんは言ったけど、いつもの笑顔じゃなくて困ったような、無理矢理作った笑顔だったから、その言葉が本心じゃないと分かってしまった。
(父さんも姉さんも茂斗も何も言ってこなかったし、みんな僕の身長がもう伸びないって思ってるんだろうな。絶対)
 だって虎君も『いつか伸びるよ』って言わなかったもん……。
 せめて、本当、せめて160センチは越えて欲しい。このままだとめのうにすらいつか抜かされてしまうんじゃないかって考えて悲しくなってしまうから。
「葵大丈夫? 気分悪い?」
「! け、いし……? え? あれ? 始業式、は……?」
「ついさっき終わった。ねぇ、気分悪い? 眩暈とかしてる?」
 僕はいつの間にか俯いていたようで、始業式が終わってもその場から動かず頭を下げたままの僕に慶史は物凄く心配して額に手を当ててくる。
「体温は下がってないね。でもとりあえず座ろう? 急に動いて倒れたら大変だし」
「だ、大丈夫っ! なんでもないからっ」
「なんでもなくないでしょ。そんな不安そうな顔して」
 良いから座れと肩を押してくる慶史に僕は体調が悪いわけじゃないからと抗う。でも、結構本気で抗ったのに慶史はそんな僕の抵抗をものともせず、力で押し切られてその場に座らされてしまった。
(そんな……)
 今まで此処まで完全に力負けすることなんてなかった。
 呆然としながらも顔を上げれば、目の前に立っていた慶史を驚くほど大きく感じて、全然知らない人みたいだと思ってしまった……。
(こんなに綺麗なのに……、可愛いって、思うのに……)
 慶史は女の子じゃないって、どんなに綺麗で可愛くてもちゃんと男の子なんだ、って改めて気づいた。
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