特別な人

鏡由良

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初めての人

初めての人 第22話

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 虎君は絶対に運転中に携帯を触らない。バイクの運転の場合はそもそも両手がふさがっているから当たり前なんだけど、車の場合でも『事故が怖いから』って手に取ることはもちろん、視界にすら入らないようにしている。
 それなのに今送ったメッセージにすぐ既読マークがついたということは、つまり今は運転中ではないということ。そして移動にかかる時間も考慮したらもう正門前で待っててくれている以外有り得ないということだ。
(返信、こない……。やっぱり怒ったかな……)
 いきなり『慶史達とおしゃべりするから帰りが遅くなる』なんて言われたら、いくら虎君でも怒るよね……。
 話し終わるのが何時になるのか分からないし、それを伝えたところで『何時間待てばいいのか分からない』って余計に心象を悪くしてしまうだろう。
 だから僕は正直ものすごく寂しいけど、虎君に今日はバスと電車を使って自分で帰ると伝えようと思った。急な話でごめんね。無駄足を運ばせてごめんね。と。謝罪の言葉をちゃんと添えて。
 僕がそのメッセージを送ったら、またすぐ既読マークがついた。でも今度はさっきとは違ってすぐに返信が届いた。
(『ダメ』って、何がダメなんだろ……)
 短い単語は何に対しての否定なのか分からず、心臓に悪い。僕はほんの1分足らずで様々な『最悪の状況』を頭に巡らせ、不安に鼓動を早くさせてしまう。
 何に対して言葉かなんて聞けばすぐに分かるのに頭に居座る悪いイメージのせいでメッセージを打つことができない。
 どうしよう……と途方に暮れそうになった時、虎君から2通目のメッセージが届いた。それはさっきの単語だけのメッセージとは違って、僕が誤解しないようにわかりやすく丁寧な文章だった。
『ごめん。嫉妬を抑えて送ろうと思ったけど無理だった。藤原と二人きりかと思ったら一瞬で頭に血が上った。怒ってるわけじゃないから一人で帰るなんて言わないで。心配すぎて気が気じゃない』
 絵文字やスタンプをたくさん使う友達とは違って虎君は殆どそれらを使わない。そうやって自分の感情を表すことが苦手だと言っていた虎君のメッセージはいつも文字とわずかな記号だけ。
 きっと他の人からこのメッセージを受け取ったら、感情が伺い辛くて怖い印象を受けてしまうだろう。でも虎君からのメッセージは文字だけでもどれも優しく安心するから不思議だった。
(きっと書いて消してを何度も繰り返したんだろうな……)
 僕と慶史の間に恋愛感情は一切ないって分かっていても嫉妬はするし不安にもなると言っていた虎君は、文面通りものすごくヤキモチを焼いてくれているのだろう。
 眉間の皴を作りながら携帯でメッセージを打つ大好きな人を想像し、ついつい笑みが零れる。
(さっきまでが嘘みたいに幸せだ)
 不安とか恐怖とかそういったマイナスの感情を一瞬で吹き飛ばしてくれる虎君はやっぱり僕の魔法使いだと思った。
 思って、メルヘンな自分の思考に苦笑いが我慢できない。
 僕は幸せと一緒に少しの恥ずかしさを噛みしめ、慶史と二人きりじゃなくて那鳥君も一緒だよってメッセージを返した。ヤキモチを焼かなくても僕には虎君だけだよ。って文字にすると恥ずかしさが増す言葉までついつい一緒に送ってしまうのは愛しさが溢れてしまったからだから許してほしい。
 既読マークがついたメッセージに返されたのは、『ごめん、藤原達ってちゃんと書いてたな』って謝罪の言葉。どうやら『達』という文字を読み飛ばしてしまっていたようだ。
 僕は虎君を想いながら、もう一度ギリギリに予定を変更してしまったことを謝罪した。そして、何時に話が終わるか分からないけど待っててくれる? と本音をちゃんと伝えた。
『もちろん。斗弛弥さんをつかまえて時間潰しさせてもらうからゆっくり話しておいで』
(『時間潰し』なんて斗弛弥さんに言っちゃだめだよ? そんなこと言ったらいくら斗弛弥さんでも怒っちゃうから)
 優しい虎君は僕のためにヤキモチを押し殺してわがままを許してくれる。こんなにも自分を愛してくれる人を僕も大切にしたいと思う。
 そう思いつつも、まだまだ子供の僕には虎君の愛に見合う想いを返すことは困難で、ただ自分の想いを伝えることしかできないからはやく大人になりたかった。
(『できる限り早く虎君の傍に帰るからね』)
 友達は大切。でも、虎君もとても大切。それを虎君はちゃんと分かってくれていると知ってるのに、ついついそんなメッセージを送ってしまう。
 虎君から返ってくるのは『俺が良い恋人でいられる間に戻ってきて』なんてメッセージだった。
(虎君はいつでも最高の恋人なのに)
 きっと遅くなりすぎると慶史達にやきもちを焼いてしまうと言いたいのだろう。
 でも僕はどんなにやきもちを焼いても虎君が『最高の恋人』であることは変わらないのにと笑ってしまった。
「葵、葵」
「! な、何?」
 頬が思い切り緩んでいた自覚があったから絶対慶史にからかわれると思いながら顔をあげる。と、慶史はからかうどころか先生がこちらを気にしてると小声で教えてくれた。
(! しまったっ)
 視線を前に向ければ、教壇で話している先生と目が合った。
 僕が話を聞いていないことに明らかに気付いているその様子に、慌てて携帯をばれない様に片付ける。
 形だけでも話を聞く姿勢を見せれば先生は視線を他に移し、ほっと胸を撫でおろす。
(ありがとう、慶史)
 ちらっと隣の親友に視線を向ければ、慶史はどこか不機嫌な面持ちで肩肘をついて先生の話を退屈そうに聞いてこっちに気付かない。
 態度はともかく先生の話を聞いているその姿に、自分の行動を省みて反省する僕。
 残り十数分、僕は虎君にメッセージを送りたい気持ちをグッと耐え、相変わらずテンションの高い先生の話を聞きながらホームルームが終わるのを今か今かと待った。
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