特別な人

鏡由良

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初めての人

初めての人 第28話

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 初めて訪れる高等部の寮。
 促されるまま入り口のドアをくぐれば、そこには見知った顔があってちょっぴり驚いてしまった。
(あの人って、中等部の寮夫さん、だよね? 確か……滝さん、だっけ?)
 ここは高等部の寮のはずなのにどうして滝さんがいるのだろう?
 寮夫さんは寮に属しているはずだよね?
 思わずまじまじと滝さんを見ていたら視線に気づいた滝さんがこちらを振り返り、そして「三谷君?」と怪訝な顔をして見せた。
 それは言葉にこそ出ていなかったが、『どうしてここにいるんだ?』と言いたげだった。
(そういえば僕、いっぱい迷惑かけたのにお礼もお詫びもしてないや……。そりゃ、そういう顔になるよね……)
 中等部の寮夫さんである滝さんがどうして高等部の寮にいるのかとかそういう疑問はさておき、以前自分が滝さんにものすごく迷惑をかけた事実を思い出して思わず空笑いも引き攣ってしまう。
 寮生になるからと中学三年の年末からおよそ一か月の間無理を言って寮に滞在させてもらっていたくせに、結局僕は寮には入らず今も実家から通っている。
 そしてさっきも言ったように、多大な迷惑をかけたくせにお礼もお詫びもせず、いつの間にか寮から居なくなっているという最悪な別れ方をしてしまった。
 まぁ後日父さんと母さんが挨拶に行ったとか言ってた気がするけど、僕自身は挨拶どころか顔を見せることもしなかったんだから失礼な奴と思われていることはまず間違いないだろう。
 それらを考えれば怪訝な顔の一つや二つなんて当然だと受け入れることができた。
(普通は怒るところなのに、やっぱり滝さんも大人だな)
 寮での生活は一か月程度だったけど、その短い間でも滝さんの性格はかなり知ることができたと思う。
 口が悪くてガサツで短気な元ヤンだと言っていた慶史に、思わず『そうだね』と言ってしまうぐらいに滝さんは粗暴だった。
 でも、口は悪くともその裏表のない態度に寮生からは兄のようだと慕われていたし、寮夫というだけあって面倒見はとてもよかった。怖いけど。
 だから怒る所と抑える所はちゃんと弁えている人なのだろう。
 いくら僕が理不尽で失礼な態度をとってしまっていたとしても、他の寮生も居る前で怒鳴ったりはしないということだ。
 僕は滝さんの大人としての対応にホッと胸を撫でおろし、会話の邪魔にならないように軽く会釈をして見せる。すると滝さんはおそらく寮生だろう先輩に「また後で」と言うとこちらに向き直り歩み寄ってきた。
「藤原君、以前も言ったことだが寮に部外者は立ち入り禁止だ。来客があるなら一週間前に申請するようルールが決まっているだろう?」
「すみませーん。急だったんで申請できませんでしたぁ」
「! ……なら、出入りを認めるわけにはいかないな。三谷君は悪いが帰ってくれるかな?」
 最初から引き攣っていた笑顔が慶史の悪びれない―――いや、悪気しかない物言いに更に引き攣って、最早怒鳴られた方がマシだと思わせるほど不自然なものになっていた。
 無理矢理作った笑顔で尋ねられたら、有無を言わさぬ圧力を感じる。
 でも、僕が怯むよりも先に別の声がかかって、それにもまた驚いてしまった。
「どうかしたんですか?」
(く、久遠先輩だっ……!)
 滝さんの背後には以前何かのパーティーで遠くから見たことのある久遠財閥の跡取り久遠先輩がいて、思わず慶史を振り返ってしまった。本物だ! と言わんばかりに。
 慶史は苦笑交じりに分かった分かったと僕をジェスチャーだけで宥め、事の顛末を久遠先輩に伝えた。もちろん、猫を被って。
 自分の非を認めたうえで滝さんの態度が横暴だと訴える慶史。
 滝さんは「てめぇ!」と素の顔を出して、その物言いが僕達には追い風になったのか、久遠先輩は苦笑交じりに「今回だけ認めてあげたらどうですか?」と提言してくれた。
「いや、でもルールが―――」
「はい。それは分かっています。なので、藤原君達には『寮の美化に協力する』というペナルティを負ってもらうというのでどうでしょうか? 頭ごなしに否定しては反発を生むだけですし」
「う……。ま、まぁ、それもそうか……。えぐいペナルティがあるって分かってたらルールを破ろうとはしないよな」
「そういうことですね」
 久遠先輩の提案に滝さんはちらりとこちらに視線を向けてくる。そしてぼそりと「どうせダメだって言ってもごねて強行突破する奴らだしな」なんて呟くと、仕方ないから今回だけは特別に僕の出入りを認めると言ってくれた。ただし、慶史達にはそれ相応のペナルティを受けてもらう。とも。
 僕はその言葉に、友達にペナルティーを押し付けてまで寮に入ろうとは思わないと尻込みをしてしまう。
 でも慶史は「じゃ、そういうことで!」と僕の手を取り自分の部屋へと引っ張ってゆく。
(な、なんで? 慶史、ペナルティ、平気なの? それに、慶史は平気でも悠栖達は―――)
 悠栖達は嫌かもしれない。そう思って振り返れば、特に文句を言うわけでもなくみんな平然と僕達の後ろをついてきていた。
(え? なんで? なんで??)
 誰一人異論を唱えないことに訳が分からなくなってしまう。悠栖あたり絶対に『ペナルティなんて嫌だ!』とごねそうなのに。
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