特別な人

鏡由良

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初めての人

初めての人 第36話

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「千早君が怒らないかって言う意味なら『大丈夫』とは言えないかな?」
「! やっぱり! その人はちーちゃんのこと―――」
「だって千景君、久遠先輩にめちゃくちゃ懐いちゃってるし」
 ちーちゃんが傷つくならその人に近づかないよう忠告しないと! そう意気込む僕に慶史は楽しげに笑いながら思いがけない人物の名前を口にした。
 僕は目を瞬かせて「え……?」と、聞き間違いかと言わんばかりに慶史を凝視してしまった。
「さっきの会話で分からなかった? 那鳥も言ったでしょ? 千景君は久遠先輩以外には不愛想だって」
「そ、そうだっけ……?」
 肝心なところを聞いてなかったのかと声を出して笑われて、僕が聞き漏らしていただけなのかと悠栖達を見れば悠栖も朋喜も苦笑いを浮かべていて慶史の言葉が嘘ではないと分かった。
 つまり、ちーちゃんにできた『親友』は久遠先輩ということで、久遠先輩は那鳥君が信頼している人だから悪意を持ってちーちゃんに近づいたとは考え辛い。
 僕はほっと胸を撫でおろし「そうだったんだね」と安堵した。
「久遠先輩なら確かにちーちゃんを傷つけることはなさそうだよね。那鳥君が尊敬してる先輩なんだし」
「! 別に尊敬してるわけじゃ―――」
「あれ? でも慶史、『はーちゃんが怒る』って言わなかった?」
「言ったよ」
「おい!」
「那鳥煩い。自分達のことは口出しするなって言ったのはお前だろうが」
 顔を赤くして過剰に反応する那鳥君。
 僕だって聞いて良いなら久遠先輩との関係を聞きたい。でも那鳥君が嫌がったから『尊敬』って言葉で留めたのに、そんな可愛い反応されたら困らせるって分かってるのに『好きなんだね』って言いたくなっちゃうよ。まぁ慶史が釘を刺してくれたから突っ込んで聞かずに済んだんだけど。
 慶史の突っ込みに言葉を詰まらせ黙る那鳥君に僕達は苦笑を漏らし、自分の中でまだ整理がつけられていない友人を気遣って話題を戻すことにした。
「ちーちゃんを傷つけるような『親友』じゃないのになんではーちゃんが怒るの?」
「だって千早君ってめちゃくちゃ三谷の人じゃん」
「? 『三谷の人』ってどういうこと? はーちゃんだけじゃなくてちーちゃんもそうだよ?」
「『三谷の人』っていうのは『家族最優先』って意味かな?」
「えぇ? それって僕の家に限ったことじゃないよね?」
 確かに僕の家もちーちゃんの家も家族仲がすごくいい。僕の父さんとちーちゃんのお父さんも兄弟で今もすごく仲良しだし、ちーちゃんのお母さんと僕の母さんは姉妹で二人もすごく仲良しだ。
 だから慶史が言ったように『家族が最優先』って思われても当然だと思う。
 でも、だからといってそれが『三谷の人』って揶揄されるほど特別なことじゃないと思うんだけど、違うのかな?
「確かに『家族が大事』とか『家族最優先』って家は他にもたくさんあるだろうね」
「だよね?」
「でも、過激派的な意味で『家族最優先』なのは滅多にいないでしょ?」
「慶史君、『過激派』って言葉選びが悪いよ」
「だってそれ以外にどう例えていいか分かんないもん」
「『もん』って……かわい子ぶっても悪意を感じるぞ。ほら、マモも睨んでる」
 僕を指さす悠栖の言った通り、家族の悪口を言われたと感じた僕は親友を睨んでしまっていた。
 慶史は肩を竦ませ、『過激派』と例えた弁解の言葉を口にする。まぁ、全然弁解になってないんだけど。
「おじさんも桔梗姉も茂斗も家族を守るためなら手段を厭わないでしょ? そういう意味で『過激派だな』って思っただけで悪意は全くないよ。……そもそも、悪意を持って例えるなら『執着』とか『粘着』って言葉を使うし」
 言葉尻を小さく呟いた慶史は、ちらっと僕を見てきた。だから、最後の言葉が誰に対して向けられたものか嫌でも分かってしまった。
 僕はほっぺたを膨らませて怒りを露わにしてしまう。
「そんなに怒らないでよ。明言はしてないでしょ?」
「明言しなかったら良いってものじゃないよ。明らかに虎君のこと言ったくせに」
 虎君の悪口を言わないって約束を破らないでよ! って睨むんだけど、慶史は伝わってよかったと言わんばかりに笑うから謝られたって全然響かない。
「慶史嫌い!」
「ごめんってば。……でも今までの習慣でつい先輩のこといじっちゃうんだよねぇ」
 『参った』と言いながらも全然困ってないその様子に「全然反省してねぇな」って悠栖の言葉に僕も完全に同意だ!
「葵君、慶史君の意地悪はもう諦めよう? ね?」
「でもっ―――」
「朋喜の言う通りだぞ。反応するからこいつも調子に乗ってる節があるし今はスルーしとけ」
 朋喜と那鳥君の二人から僕が反応するから慶史も面白がって虎君の悪口を言うんだと諭され、僕は悔しいながらもグッと口を噤んだ。親友に大切な人のことを悪く言ってほしくないけど、虎君を庇えば庇うほど慶史の神経を逆撫ですることになるって理解したから。
「まぁつまり、ちー先輩の弟だっけ? その『はーちゃん』って人は家族のためなら手段選ばずってタイプなんだな?」
 悪くなりかけた場の空気を戻すように明るい声を響かせる悠栖。こういう気遣いが自然にできるのは悠栖の才能だと思うし、その明るさには本当に感謝しかない。
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