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初めての人
初めての人 第35話
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「なるほどな……。そういう過去があるからちー先輩、悠真先輩以外には無茶苦茶不愛想なんだな……」
人懐っこいのに人間嫌いな理由がようやく納得できた。
そう言って深く頷く那鳥君に、慶史はこっそりと僕に耳打ちする。今の聞いた? と。
僕はいい笑顔を見せる慶史にちょっぴり戸惑いながらも頷きを返すと今度は那鳥君に向き直り、尋ねた。
「名前で呼ぶほど仲良しなんだね」
と。
「え?」
「今、久遠先輩のこと名前で呼んだでしょ? 『悠真先輩』って」
僕の問いかけに驚いた顔をする那鳥君。もしかして無意識だったのかな?
(正直久遠先輩のことはあまりよく知らないけど、那鳥君がすごく信頼してるってことはきっといい人なんだろうな)
今まで久遠先輩のことを誰も何も言ってこなかったから悪い人じゃないことは分かってるけど、あの那鳥君がこんな風に信頼してるってことは物凄くいい人に違いない。
僕は那鳥君が良い先輩と出会えてよかったと心から思った。それは那鳥君の過去を知っているから。
理不尽な理由で信頼していた人から傷つけられた那鳥君。きっとその傷は完全に癒えることはないだろう。でも、それでも信頼できる人が増えればきっとその傷を思い出しても苦しくなることはなくなるはずだと思うから。
「流石マモだな」
「え? 何が?」
久遠先輩が信頼できる人で良かったと心を温かくしていたら、悠栖の苦笑交じりの声がかけられる。
いったい何の話だと僕が首を傾げれば、慶史が「那鳥が面白い顔してるの見えない?」と笑いをこらえたような声が。
訳が分からないながらも那鳥君を見ろということかと視線を巡らせれば、
なんとも言えない、というかいろんな感情がごちゃ混ぜになったような複雑な顔をしている友人の姿が目に入った。
「えっと……、それ、どういう感情……?」
「秘密を暴露された怒りと『知られた』っていう羞恥と恐怖とって感じだよね?」
肩を震わせながらも笑いを堪えて那鳥君の心情を代弁するのは慶史で、「やっぱり葵って最高」と良い笑顔が向けられた。
「な、なんで? 悠栖も慶史も何言ってるのか分かんないんだけど……」
「こいつら、自分達が同じこと言ったら返り討ちに合うって分かってるんだよっ」
「? 『返り討ち』って、何が?」
「単純な疑問としてぶつけても悠栖や慶史君が言うとからかわれてる気分になるんだよね。でも葵君からだったらたとえからかわれていても許せちゃうんだから不思議だよねぇ」
「まぁそういうことだな」
ニコニコ笑って僕の疑問の答えを教えてくれる朋喜。那鳥君は少し頬を赤くさせながらも咳ばらいを零し、「俺の話はとりあえずもういい」と話を進めると言ってきた。
「彼氏のことあんまり待たせたくないだろ?」
「! うん、それは。……でも、那鳥君と久遠先輩のこともちょっぴり気になるかも?」
「だからそこは気にすんなって!」
食い下がるのは鬱陶しいと思われるかな? って思いながらも素直に伝えたら、予想以上に大きな声で拒否されてしまった。まぁ、話をしたくないって言っていたのに食い下がられたらそうなるよね。
僕はしつこく言ってごめんと素直に謝ると、虎君を待たせすぎるのも悪いからちーちゃんが何故入寮したのかと話題を戻すことにした。
「そもそもちーちゃん、どうして寮に入ることにしたの? あのちーちゃんが通学が大変だからって理由で他の人と共同生活するとか考えられないからちゃんと理由があるんだよね?」
そしてその理由をみんなは、慶史は知ってるんだよね?
そう尋ねれば、慶史は綺麗な笑顔で信じられない言葉を口にした。
「寮には千景君の『親友』がいるからだよ」
「え……? そ、それ、冗談?」
ちーちゃんの過去を知っているならそれがどれほど難しいことか知ってるよね?
一瞬からかわれているのかと思ったけど、僕をからかうために慶史がそんな嘘を言うとは思えない。虎君に対してはともかく、ちーちゃんには好感を持っているはずだから。
でも、そう思っても慶史の言葉が信じられない。あのちーちゃんが『親友』と呼ぶ程他の人を信頼するなんてまさに青天の霹靂なんだから。
「まさか。まぁ『人生で初めてできた親友だ』って言ってたけど」
「……その人、変な人じゃないよね? ちーちゃんのこと、傷つけるような人じゃないよね……?」
「まさか!」
「本当に? 絶対大丈夫? もしまたちーちゃんが傷つくことがあったら、今度ははーちゃん、何するか分からないよ?」
ちーちゃんにできた『親友』は、ちーちゃんのことを利用しようとしてる人じゃないだろうか? ちーちゃんの家柄を―――『MITANI』を目的にしてる人じゃないだろうか?
もしそんな邪な考えを持ってちーちゃんに近づいて『親友』と偽っているのなら、僕はその人を許すことはできない。そして僕以上にちーちゃんの弟のはーちゃんが怒り狂うに違いない。
(昔は子供過ぎて何もできなかったけど今はノーダメージで報復する方法をいくつか知ってるってはーちゃん言ってたし……)
はーちゃんはちーちゃんのように暴力に訴えることはない。でも、それよりもずっと質の悪い方法で相手に『報復』する気がする。
ちーちゃんもはーちゃんも僕の大事な従兄弟。そんな大事な人達が傷つくのは嫌だし、危ないことをするのも嫌だ。
だから僕はちーちゃんの『親友』が誰か教えてほしいと慶史に懇願した。
その『親友』がどんな人か、悪意を持ってちーちゃんに近づいたりしていないか、ちゃんと見極めないと。
人懐っこいのに人間嫌いな理由がようやく納得できた。
そう言って深く頷く那鳥君に、慶史はこっそりと僕に耳打ちする。今の聞いた? と。
僕はいい笑顔を見せる慶史にちょっぴり戸惑いながらも頷きを返すと今度は那鳥君に向き直り、尋ねた。
「名前で呼ぶほど仲良しなんだね」
と。
「え?」
「今、久遠先輩のこと名前で呼んだでしょ? 『悠真先輩』って」
僕の問いかけに驚いた顔をする那鳥君。もしかして無意識だったのかな?
(正直久遠先輩のことはあまりよく知らないけど、那鳥君がすごく信頼してるってことはきっといい人なんだろうな)
今まで久遠先輩のことを誰も何も言ってこなかったから悪い人じゃないことは分かってるけど、あの那鳥君がこんな風に信頼してるってことは物凄くいい人に違いない。
僕は那鳥君が良い先輩と出会えてよかったと心から思った。それは那鳥君の過去を知っているから。
理不尽な理由で信頼していた人から傷つけられた那鳥君。きっとその傷は完全に癒えることはないだろう。でも、それでも信頼できる人が増えればきっとその傷を思い出しても苦しくなることはなくなるはずだと思うから。
「流石マモだな」
「え? 何が?」
久遠先輩が信頼できる人で良かったと心を温かくしていたら、悠栖の苦笑交じりの声がかけられる。
いったい何の話だと僕が首を傾げれば、慶史が「那鳥が面白い顔してるの見えない?」と笑いをこらえたような声が。
訳が分からないながらも那鳥君を見ろということかと視線を巡らせれば、
なんとも言えない、というかいろんな感情がごちゃ混ぜになったような複雑な顔をしている友人の姿が目に入った。
「えっと……、それ、どういう感情……?」
「秘密を暴露された怒りと『知られた』っていう羞恥と恐怖とって感じだよね?」
肩を震わせながらも笑いを堪えて那鳥君の心情を代弁するのは慶史で、「やっぱり葵って最高」と良い笑顔が向けられた。
「な、なんで? 悠栖も慶史も何言ってるのか分かんないんだけど……」
「こいつら、自分達が同じこと言ったら返り討ちに合うって分かってるんだよっ」
「? 『返り討ち』って、何が?」
「単純な疑問としてぶつけても悠栖や慶史君が言うとからかわれてる気分になるんだよね。でも葵君からだったらたとえからかわれていても許せちゃうんだから不思議だよねぇ」
「まぁそういうことだな」
ニコニコ笑って僕の疑問の答えを教えてくれる朋喜。那鳥君は少し頬を赤くさせながらも咳ばらいを零し、「俺の話はとりあえずもういい」と話を進めると言ってきた。
「彼氏のことあんまり待たせたくないだろ?」
「! うん、それは。……でも、那鳥君と久遠先輩のこともちょっぴり気になるかも?」
「だからそこは気にすんなって!」
食い下がるのは鬱陶しいと思われるかな? って思いながらも素直に伝えたら、予想以上に大きな声で拒否されてしまった。まぁ、話をしたくないって言っていたのに食い下がられたらそうなるよね。
僕はしつこく言ってごめんと素直に謝ると、虎君を待たせすぎるのも悪いからちーちゃんが何故入寮したのかと話題を戻すことにした。
「そもそもちーちゃん、どうして寮に入ることにしたの? あのちーちゃんが通学が大変だからって理由で他の人と共同生活するとか考えられないからちゃんと理由があるんだよね?」
そしてその理由をみんなは、慶史は知ってるんだよね?
そう尋ねれば、慶史は綺麗な笑顔で信じられない言葉を口にした。
「寮には千景君の『親友』がいるからだよ」
「え……? そ、それ、冗談?」
ちーちゃんの過去を知っているならそれがどれほど難しいことか知ってるよね?
一瞬からかわれているのかと思ったけど、僕をからかうために慶史がそんな嘘を言うとは思えない。虎君に対してはともかく、ちーちゃんには好感を持っているはずだから。
でも、そう思っても慶史の言葉が信じられない。あのちーちゃんが『親友』と呼ぶ程他の人を信頼するなんてまさに青天の霹靂なんだから。
「まさか。まぁ『人生で初めてできた親友だ』って言ってたけど」
「……その人、変な人じゃないよね? ちーちゃんのこと、傷つけるような人じゃないよね……?」
「まさか!」
「本当に? 絶対大丈夫? もしまたちーちゃんが傷つくことがあったら、今度ははーちゃん、何するか分からないよ?」
ちーちゃんにできた『親友』は、ちーちゃんのことを利用しようとしてる人じゃないだろうか? ちーちゃんの家柄を―――『MITANI』を目的にしてる人じゃないだろうか?
もしそんな邪な考えを持ってちーちゃんに近づいて『親友』と偽っているのなら、僕はその人を許すことはできない。そして僕以上にちーちゃんの弟のはーちゃんが怒り狂うに違いない。
(昔は子供過ぎて何もできなかったけど今はノーダメージで報復する方法をいくつか知ってるってはーちゃん言ってたし……)
はーちゃんはちーちゃんのように暴力に訴えることはない。でも、それよりもずっと質の悪い方法で相手に『報復』する気がする。
ちーちゃんもはーちゃんも僕の大事な従兄弟。そんな大事な人達が傷つくのは嫌だし、危ないことをするのも嫌だ。
だから僕はちーちゃんの『親友』が誰か教えてほしいと慶史に懇願した。
その『親友』がどんな人か、悪意を持ってちーちゃんに近づいたりしていないか、ちゃんと見極めないと。
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