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初めての人
初めての人 第39話
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しんと静まり返った室内。気まずい空気が流れてしまったことに申し訳なさを覚える。
でも今の僕は空気を戻さないとと思うことがどうしてもできなくて、押し黙ってしまう。
「……あ、のさ、空気読まずに質問していいか?」
「悠栖、お前勇者だな」
「いや、だって気になって仕方ねぇーんだもん」
いつも場の空気を和ませてくれる悠栖にはたくさん助けられてるけど、流石に今は僕も那鳥君と同意見だ。
明らかな呆れ声で黙っているよう暗に促す那鳥君。でも、それでも悠栖は食い下がって口を閉ざして項垂れていた慶史に詰め寄った。
きっとこの後悠栖は慶史に殴られるだろうな。と、数秒後の未来を予想する僕。
すると慶史は自分に詰め寄る悠栖に静かな声で「なんだよ」と応えるだけで、手を上げることはなかった。
それに驚いているのは僕だけじゃない。朋喜も那鳥君も目を丸くしていたから。
「このやり取り、もう何回も繰り返してるよな? マモの為に先輩のこと『好きになるよう努力する』って俺が知ってるだけでも10回は聞いてる」
「『好きになる』とは言ってない」
「細かいことはどうでもいいよ。大体の意味は一緒だろ?」
悠栖の言わんとしてることは分かった。確かに、僕ももう何度このやり取りを繰り返しているだろう? と思っていたから。
慶史が虎君を貶す言葉を口にして、それに僕が怒って、その度にもう少し好意的になるよう努力すると約束する。
このやり取りを何度も何度も繰り返しているから、さすがの悠栖も『いい加減学習しろ』と言いたいのだろう。それか、『出来ない約束をするな』と言いたいか。
いずれにせよ、このやり取りの繰り返しをよく思っていないことは伝わってきた。
「学習能力低くて悪かったよ。……本当、今度から気を付けるから―――」
「いや、そういうことじゃなくて。そもそもなんでそんな突っかかってるわけ? お前だって分かってんだろ? 先輩以上にマモのこと大事に想ってる人いねぇーって」
分かっていて、突っかかってるのはなんでだ?
そう尋ねる悠栖に慶史は少し間を開けて「大嫌いだからだよ」と答えた。
慶史が虎君を嫌っていることは分かっていたけど改めてその言葉を聞くと本当に嫌な気持ちになって、このまま慶史の友達でいることはできないかもしれないとさえ思ってしまう。
不機嫌になりながらも僕は無言を貫く。今口を開けば、絶縁することになってしまいそうだから。
「あのさ、その『大嫌い』って、嘘だよな?」
「……何言ってんの? なんで俺がそんな嘘を吐く必要があるわけ?」
「んー。いや、お前が先輩のこと苦手のなのは確かなんだろうけどさ、なんか先輩のこと『大嫌い』って言うの、自分自身に言い聞かせてるみたいに思えるんだよなぁ」
「なんだよその妄想」
「本気で『大嫌い』なら、そもそもマモを渡さねぇーだろ?」
悠栖はそう言いながら僕を指さしてくる。本気で嫌いな相手なら、大嫌いだと思う相手なら、親友がそんな相手と付き合う前に邪魔してるはずだ。と。
「でも、マモの背中を押したのは慶史だよな? 放っておけば二人は付き合わなかったかもしれないのに、マモを先輩のところに連れてったのはお前だよな?」
「そ、れは、葵が泣いてたからであって―――」
「俺は、俺の嫌いな奴と親友が付き合うなんて絶対嫌だから、たとえマモが辛いって泣いてても背中を押したりしねぇよ。相手がマモを幸せにできるって絶対思えないし」
それなのにお前は先輩のところに連れて行ったよな?
そう尋ねる悠栖に慶史は返す言葉が見つからないのか黙り込んでしまう。
悠栖は僕を振り返り、少し申し訳なさそうな顔をする。
何故そんな顔をするのかと訝しんでいたら、悠栖は再び慶史に視線を戻すとびっくりする言葉を口にした。
「お前、本当は先輩のこと好きなんだろ?」
と。
「……はぁ?」
「俺も失恋が辛いってことは分かってるけど、そうやって言葉で『嫌い』って言い続けても本当に嫌いになれるわけじゃねぇんだし、もうやめとけ」
いっそ認めた方が早く次に進めるぞ?
そんなアドバイスをする悠栖に慶史が見せるのは言葉では形容できないほど複雑な表情だった。理解できない感情と戸惑い。そして、憤り。それらが合わさったようなそんな顔。
「おい、止めなくていいのか? アイツ、死ぬぞ?」
「今更止めても遅いし、もう見守るしかないと思うよ……」
慶史を慰めたいと慈しみを込めて見つめる悠栖とそんな悠栖の眼差しに動きを見せない慶史。
この後の展開が怖いと言いながら朋喜に何とかするよう求める那鳥君と、傍観者に徹した方が良いと空笑いを見せる朋喜。
僕はそんな四人を見ながら、きっと悠栖の誤解だろうけど、本当に誤解なのだろうか? と自問自答してしまう。まぁ、すぐに『ありえない』って答えになるんだけど。
「なんならサッカー部の先輩とか紹介するし、さっさと気持ち切り替えようぜ!」
「―――っのバカ悠栖!!」
年上が好きならいくらでも紹介できると悠栖が慶史の肩を叩いた次の瞬間、慶史は勢いよく立ち上がり悠栖の頭に思い切り頭突きを繰り出していた。
でも今の僕は空気を戻さないとと思うことがどうしてもできなくて、押し黙ってしまう。
「……あ、のさ、空気読まずに質問していいか?」
「悠栖、お前勇者だな」
「いや、だって気になって仕方ねぇーんだもん」
いつも場の空気を和ませてくれる悠栖にはたくさん助けられてるけど、流石に今は僕も那鳥君と同意見だ。
明らかな呆れ声で黙っているよう暗に促す那鳥君。でも、それでも悠栖は食い下がって口を閉ざして項垂れていた慶史に詰め寄った。
きっとこの後悠栖は慶史に殴られるだろうな。と、数秒後の未来を予想する僕。
すると慶史は自分に詰め寄る悠栖に静かな声で「なんだよ」と応えるだけで、手を上げることはなかった。
それに驚いているのは僕だけじゃない。朋喜も那鳥君も目を丸くしていたから。
「このやり取り、もう何回も繰り返してるよな? マモの為に先輩のこと『好きになるよう努力する』って俺が知ってるだけでも10回は聞いてる」
「『好きになる』とは言ってない」
「細かいことはどうでもいいよ。大体の意味は一緒だろ?」
悠栖の言わんとしてることは分かった。確かに、僕ももう何度このやり取りを繰り返しているだろう? と思っていたから。
慶史が虎君を貶す言葉を口にして、それに僕が怒って、その度にもう少し好意的になるよう努力すると約束する。
このやり取りを何度も何度も繰り返しているから、さすがの悠栖も『いい加減学習しろ』と言いたいのだろう。それか、『出来ない約束をするな』と言いたいか。
いずれにせよ、このやり取りの繰り返しをよく思っていないことは伝わってきた。
「学習能力低くて悪かったよ。……本当、今度から気を付けるから―――」
「いや、そういうことじゃなくて。そもそもなんでそんな突っかかってるわけ? お前だって分かってんだろ? 先輩以上にマモのこと大事に想ってる人いねぇーって」
分かっていて、突っかかってるのはなんでだ?
そう尋ねる悠栖に慶史は少し間を開けて「大嫌いだからだよ」と答えた。
慶史が虎君を嫌っていることは分かっていたけど改めてその言葉を聞くと本当に嫌な気持ちになって、このまま慶史の友達でいることはできないかもしれないとさえ思ってしまう。
不機嫌になりながらも僕は無言を貫く。今口を開けば、絶縁することになってしまいそうだから。
「あのさ、その『大嫌い』って、嘘だよな?」
「……何言ってんの? なんで俺がそんな嘘を吐く必要があるわけ?」
「んー。いや、お前が先輩のこと苦手のなのは確かなんだろうけどさ、なんか先輩のこと『大嫌い』って言うの、自分自身に言い聞かせてるみたいに思えるんだよなぁ」
「なんだよその妄想」
「本気で『大嫌い』なら、そもそもマモを渡さねぇーだろ?」
悠栖はそう言いながら僕を指さしてくる。本気で嫌いな相手なら、大嫌いだと思う相手なら、親友がそんな相手と付き合う前に邪魔してるはずだ。と。
「でも、マモの背中を押したのは慶史だよな? 放っておけば二人は付き合わなかったかもしれないのに、マモを先輩のところに連れてったのはお前だよな?」
「そ、れは、葵が泣いてたからであって―――」
「俺は、俺の嫌いな奴と親友が付き合うなんて絶対嫌だから、たとえマモが辛いって泣いてても背中を押したりしねぇよ。相手がマモを幸せにできるって絶対思えないし」
それなのにお前は先輩のところに連れて行ったよな?
そう尋ねる悠栖に慶史は返す言葉が見つからないのか黙り込んでしまう。
悠栖は僕を振り返り、少し申し訳なさそうな顔をする。
何故そんな顔をするのかと訝しんでいたら、悠栖は再び慶史に視線を戻すとびっくりする言葉を口にした。
「お前、本当は先輩のこと好きなんだろ?」
と。
「……はぁ?」
「俺も失恋が辛いってことは分かってるけど、そうやって言葉で『嫌い』って言い続けても本当に嫌いになれるわけじゃねぇんだし、もうやめとけ」
いっそ認めた方が早く次に進めるぞ?
そんなアドバイスをする悠栖に慶史が見せるのは言葉では形容できないほど複雑な表情だった。理解できない感情と戸惑い。そして、憤り。それらが合わさったようなそんな顔。
「おい、止めなくていいのか? アイツ、死ぬぞ?」
「今更止めても遅いし、もう見守るしかないと思うよ……」
慶史を慰めたいと慈しみを込めて見つめる悠栖とそんな悠栖の眼差しに動きを見せない慶史。
この後の展開が怖いと言いながら朋喜に何とかするよう求める那鳥君と、傍観者に徹した方が良いと空笑いを見せる朋喜。
僕はそんな四人を見ながら、きっと悠栖の誤解だろうけど、本当に誤解なのだろうか? と自問自答してしまう。まぁ、すぐに『ありえない』って答えになるんだけど。
「なんならサッカー部の先輩とか紹介するし、さっさと気持ち切り替えようぜ!」
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