特別な人

鏡由良

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初めての人

初めての人 第46話

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「それは、言えなくて『ごめんなさい』ってこと? それとも、藤原が好きだからの『ごめんなさい』?」
「! 僕が好きなのは虎君だけだよ?」
「分かってる。さっき言った『好き』は、友達としてって意味だよ」
 虎君は僕を抱きしめる腕に力を籠め、僕の愛はちゃんと伝わってるといってくれる。分かっていても意地悪したくなった。と。
「そんな意地悪しないでよ」
「ごめん。でも、恋人に目の前で親友を優先されたらやっぱり悲しかったから」
 そう言って僕を見下ろす虎君の眼差しはいつも通り優しい。でも、少し淋しそうだとも思ったのは気のせいだろうか……?
 僕は虎君の上着をくいっと引っ張り、身を屈めて欲しいと伝えた。
 僕が望むまま身を屈めてくれる虎君。僕は近くなった距離につま先立ちしてチュッとその唇にくちづけた。
「僕が慶史を優先するのは、虎君に甘えてるからだよ? 虎君が愛してくれてるってちゃんと分かってるから安心して友達を優先できるんだよ?」
「! そんな風に言われたら藤原が優先されても嬉しいって思うだろ?」
「思ってよ。虎君の愛がきちんと伝わってるから、僕は人に優しくできるんだから」
 僕のことを意地悪だって言いながらも笑ってくれる虎君。僕はそんな虎君の首に腕を巻き付けて抱き着くと、僕が僕らしく居られるのは虎君が傍に居てくれるからだと伝えた。
 虎君はそんな僕を事も無げに抱き上げると、「愛してるよ」と額にキスをくれる。
 唇へのキスは? とねだれば、僕からして欲しいってお願いが返された。
 僕は乞われるがまま虎君の唇にもう一度キスをする。傍に居たい気持ちの表れかさっきよりも長いキスになっちゃった。
「虎君、大好き。本当に愛してる……」
「ああ。俺も愛してる」
 放した唇を追うようにキスをくれる虎君。僕はもらったキスに心が満たされ笑うと虎君にしがみつく。
 虎君は僕を抱き上げたまま、「帰ろうか」と歩き出す。
「自分で歩けるよ?」
「わかってるよ。でも掴まえておかないと友達のところに行くからな、葵は」
「もう! 意地悪!」
 茶化すようにヤキモチを口にする虎君にくすくす笑いながらしがみつけば、ご機嫌取りをして欲しいとほっぺたにキスが落ちてくる。
 僕を抱き上げて愛車に連れていくだけでご機嫌取りになるのかと尋ねれば、これだけじゃ足りないと言われてしまった。
「どうしたらいいの?」
「今日一日俺の傍にいてくれる?」
「! なら、ずーっとくっついてていい?」
 傍にいるだけじゃ僕は淋しい。だから絶対我慢できずに虎君にくっついちゃう。
 それを許してくれる? と答えがわかりきった問いかけを投げれば、虎君はむしろ離さないと笑ってくれた。
「嬉しい!」
「ああ、こら。嬉しいけど、暴れないで。危ないだろ?」
「ごめんなさい」
 堪らずしがみつけば、バランスを崩して倒れたら怪我をするだろうと注意される。
 まったくよろけてないのにそんな注意を口にするのは、僕が大切だからだってわかるから本当に幸せ。
 僕は虎君を困らせないよう大好きな人の腕の中、大人しくその端正な横顔を見つめて過ごす。
 虎君は来客用の駐車場に停めた愛車のもとに到着すると僕を抱き上げたまま器用に助手席のドアを開け、そのまま僕を座らせてくれる。
 助手席に座った僕は、ガラス細工を扱うように僕に触れる虎君の所作に、もう少し乱暴に扱ってくれてもいいのにと思ってしまった。
 運転席に乗り込む虎君は、シートベルトを締めるように言ってくる。その声に惚けっと虎君に見惚れていた自分に気づいてちょっぴり恥ずかしい。
 いわれるがままシートベルトを締めていれば、不意打ちのキスが落ちてきて驚いた。
「な、なに?」
「何でもないよ。ただしたかっただけ」
 可愛い顔して見つめられたら我慢できなかった。
 そう笑って僕の髪を撫でる虎君。虎君は『自分がしたかったから』って言ったけど、きっとそれは嘘だと思った。
 だって、キスしたいと思っていたのは僕のほうだから。きっと僕はその気持ちが抑えきれず物欲しそうな顔して見つめていたに違いない。
 僕がしたいと気づいたからキスしてくれたのに、自分がしたかったからしただけだと言う虎君は優しい。
(言ったら僕が恥ずかしがるって分かってるからこその気遣いだよね。本当、虎君は僕のことを良く分かってるんだから)
 言葉以上に伝わる虎君の『愛』にどうしても頬が緩んでしまう。
「こら。そんな可愛い顔しちゃダメだろ? またキスしたくなる」
 せっかく一回で我慢したのに。
 そう言いながら虎君は僕のほっぺたに手を添えると優しく撫でてくる。
 ちょっぴりくすぐったいけど甘い雰囲気に僕は甘えるようにその手に頬をすり寄せてしまう。だってもっとキスしたいから。
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