特別な人

鏡由良

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初めての人

初めての人 第49話

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 舌を絡めるキスはこれまでも何度も交わしたはずなのに、今交わすキスは初めてだと思ってしまう。
 でもそれは仕方ない。これまでのキスは優しく僕の心を溶かしていたけど、このキスは優しさなんて全くなくて僕のすべてを奪い去るような荒々しいものだったから。
 息継ぎの仕方を忘れる程、翻弄される。いつもならそんな僕に気づいてキスを中断してくれるんだけど、今日の虎君は全然止めてくれないし、むしろもっと深く口づけてきた。
(だ、だめ……、あたま、ぼーっとしてきた……)
 ドキドキし過ぎた上に、完全に酸欠状態。意識が遠退いてしまうのはむしろ当然の結果だろう。
 虎君の上着をぎゅっと握りしめていた手から力が抜けてゆくのを感じながら、このまま気を失ったら虎君は大慌てするだろうなとぼんやり考えていた。
「葵、愛してるよ……」
「ぼ、くも……しゅき……」
 ようやく放された唇。欠乏している酸素を求めて呼吸を繰り返す僕を、虎君はぎゅっと抱きしめてくる。力の入らない手で抱き着き返せば、その腕は一層強くなった。
 力強いその腕の中、愛されていると実感する。僕だけだと、言葉以上に伝わってくる。
 こんなにも僕を想ってくれている虎君。こんなにも愛してると言葉と態度で伝えてくれる虎君。
 その想いは疑いようがないし、虎君が愛してるのは僕だけだってちゃんと理解もしてる。
 でも、それなのにすぐに不安になってしまう。虎君を好きになればなるほど、誰かに奪われてしまうかもしれないと考えてしまう。信じると心に決めても、どうしても虎君の想いを疑う不安を抱いてしまう……。
 何がそうさせるか。僕はその理由をちゃんと分かってる。分かっているからこそ、不安を拭うことができない……。
(もっと自分に自信を持てるように努力するから、だから、だからそれまで呆れずこうやって抱きしめて……)
 虎君の隣が本当に自分でいいのか、もっとふさわしい人が他にいるんじゃないか、そんなことを考えなくていいように自分に自信を持ちたい。
 虎君が自分を愛してくれている理由を虎君に聞いて安心しなくていいよう、虎君に愛されるに相応しい人になりたい。
 でもそれは今すぐには叶わないから、どうか呆れずにこうやって安心させてほしい……。
「愛してる……、どうしようもないほど葵を愛してる……」
「とらく……」
「不安になってもいい。ヤキモチだって妬いていい。でも、……でも、それを理由に俺から離れることだけはしないでくれ……」
 虎君は僕をぎゅっと抱きしめ、不安になる度、ヤキモチを妬く度こうやって抱きしめて自分がどれほど愛しているか伝えると言ってくれる。安心するまで、想いをもう一度信じれるようになるまで、何度でも伝えると言ってくれる……。
 でも、絶対に『虎君のため』と言って身を引くことはしないで欲しいと懇願された。虎君を幸せにできるのは僕だけだから、僕がいなければこの世界に生きる意味なんてなくなるから。そんなことを言いながら。
「虎君は、僕のこと嫌になったりしない……? 虎君の気持ちを何回も疑っちゃう僕のこと、嫌いになったりしない……?」
「嫌いになるわけないだろ? 疑えないぐらいもっと愛してるって伝えるよ……」
 伝わっていないのは悲しいけど、伝えられていない自分が悪いからもっともっとこの愛を伝えるよ。
 そう言って目尻にキスをくれる虎君。
 僕は離れた唇を求めるように首を伸ばし、キスをする。絶対だからね? と、約束を求めて。
「ああ。疑えないぐらい愛してあげるよ……」
 触れ合って離れた唇が、また重なる。さっきみたいな激しい口づけじゃないけど、さっきと同じぐらい心が蕩けそうだ。
 唇を離す虎君は僕をもう一度抱きしめてくる。僕もそれにこたえるように抱き着き返す。
「……今度の連休」
「うん? 何……?」
「2週間後に大型連休、あるだろ?」
「うん。シルバーウィーク、だよね?」
 3連休が続く秋の連休のことを言ってるんだよね?
 そう尋ねれば、虎君は少し緊張した面持ちでそれだと笑う。らしくないその表情に、連休に何かあるのかと不安を覚えた。
 でも、続いた言葉は僕に不安を与えるようなものでは全然なくて―――。
「最初の3連休、泊まりに来てくれるか……?」
「! そ、それって……」
「ん……。葵を俺のものにするってこと」
 驚く僕を見下ろす虎君の表情は、頼りない。
 だから分かった。虎君が言ったのはこれまでの『愛し合うための準備』じゃなくて、その先のことだって。
 僕は何か月も前から望んでいた言葉に思わず飛びつくようにしがみついてしまう。ギューッと力いっぱい、全身でその喜びを伝えるように。
「絶対、絶対だよ? 今度は僕、もう我慢できないからね?」
「俺もだよ。これ以上自分を抑えられない……」
 だから、身も心もすべて貰う。そして絶対に離さない。この先何があろうと、葵を永遠に俺のものにする。
 そう言って僕を抱きしめる虎君は耳元に唇を寄せ、「二度と放してやらないから、覚悟して?」なんて囁きを落とした。
 僕はその言葉に頬が熱くなるのを感じながら、「放したら怒るから」って僕を優しく見つめるまなざしを受け取る。
「絶対誰にも渡さない。……葵の全部、俺のものだ」
 愛しさを隠さない笑みを浮かべキスをくれる虎君に、「虎君の全部も僕のものだからね」ってキスを返すんだ。
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