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初めての人
初めての人 第60話
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「ついでに頼んだ」
お昼ご飯を食べ終え、早く部屋に戻りたい気持ちを何とか抑えて自分が食べた分の食器を洗おうとシンクの前に立てば、それを待ってましたとばかりに茂斗が自分の分の食器を僕に押し付けてくる。2皿増えたところで問題ないだろ? なんて言いながら。
普段なら、面倒くさがりな双子の片割れのお願いに『仕方ないな』と思えるところ。
でも、今はすぐにでも虎君に甘えたい気持ちを我慢してるから、たった2枚のお皿でも洗ってあげることはできない。
僕は「自分の分は自分で洗って」と茂斗を睨み、泡立てたスポンジで自分の分の食器を洗い始める。
「いいじゃん。ついでついで」
「いーやーだー!」
「ケチケチすんなよ。な? な?」
一緒に洗えとばかりに強引に押し付けてくる茂斗を無視してさっさと洗い終えた食器を水切りかごに立てかけ、一足早く食べ終えて僕を待ってくれている虎君の元へと駆けてゆく。
後ろから「そんなにいちゃつきたいのかよ」って悪態を吐く声が聞こえたけど、相手をする時間も勿体ないから無視を決め込もう。
「虎君、おまたせ」
「そんなに慌てなくても俺は何処にも行かないぞ?」
「意地悪言わないでよ」
優しい笑顔で頭を撫でてくる虎君の言葉に、それが本心だったら悲しくて泣いてしまうと拗ねる僕。だって、虎君と少しも離れたくないと思っているのは僕だけってことだから。
すると虎君は「分かってて聞いてるだろ?」って一層優しく笑う。僕だけに向けられる愛しさを隠さないその微笑みに、改めて大好きだと悶絶したくなってしまうから困った。
「分かってるけど、それでもやっぱりそんな意地悪は寂しいよ」
「ごめんごめん。さぁ、そろそろ部屋に戻ろう」
「うん。早く行こ?」
早く二人きりになりたい気持ちの表れか、虎君の手を取ると僕は急かすように引っ張り歩き出す。
すると、そんな僕達を邪魔する声が。
それはこういう時に意地悪をする茂斗の声、ではなくて、姉さんの疲れた声だった。
振り返れば、頭を抱えているその姿が目に入って、もしかしなくても僕達に……、いや、僕に呆れているのかもしれない。
「ど、どうしたの……?」
さっきまでのウキウキ気分から急転直下。こんなに疲労困憊になるほど姉さんから呆れられていると思ったら申し訳ない気持ちと不安で頭がいっぱいになってしまう。
「四人でじゃんけん、しましょ」
「え?」
僕の聞き間違いだよね? 今姉さん、『じゃんけんをしよう』なんて言ってないよね?
戸惑いを隠せない僕は浮かれた自分の聞き間違いだと言い聞かせる。
でも茂斗も「なんでいきなりじゃんけん?」って声を上げてるから、僕の聞き間違いではないことが証明されてしまった。
「姉さん、どうしたの? 具合、悪いの?」
「そうじゃなくて、律叔父様から連絡が来たの。パパに連絡取りたいって」
そう言って自分の携帯を僕たちに見せる姉さん。僕と茂斗は姉さんが疲れ切っている理由が理解できて、「あー……」と思わず声をそろえてしまった。
「姉貴に連絡が入ったんだから姉貴が呼びに行くべきだろ」
「絶対に嫌よ。何が悲しくて1か月ぶりに再会した両親の寝室に行かなくちゃならないのよ。絶対、見たくないもの見る羽目になるでしょ」
「それ、俺らも一緒だから」
茂斗の突っ込みに完全に同意する僕は、姉さんが呼びに行ってよ! と無理強いする。
でも、それで『分かった』と言うぐらいなら最初から『じゃんけん』なんて言い出さないだろう。
姉さんは当然のように「じゃんけん、するわよ」と僕達の非難の声を蹴散らすように威圧してくる。
「おい。もしかして俺も数に入ってるのか?」
「当たり前でしょ」
早くじゃんけんするわよ。と凄む姉さんの視線は僕と茂斗、そして虎君に向いている。
まさか『4人』に自分が入っていると思わなかった虎君はもう一人はめのうだと思っていたとため息を吐いた。
「めのうに見せられるわけないでしょ」
「いや、俺はもっと見せられない相手だろ……」
冷静になれと言う虎君は「俺は他人なんだぞ」と悲しいことを言ってくる。
いや、言いたいことは分かるんだよ? 両親が寝室で仲良くしている姿なんて子どもの僕達ですら見たくないんだから、血の繋がりのない虎君からすれば知り合いのそんな姿なんてもっと見たくないものだと思うから。
でも、それを理解していても『他人』は悲しい。虎君は僕の『恋人』であると同時に僕たちの『お兄ちゃん』なんだから。
「私は虎のこと本当のお兄ちゃんだと思ってるわ。だから問題ないから早く手を出しなさい」
「だから、そういう問題じゃなくて―――」
「諦めろよ、『お兄ちゃん』。それ以上は『最愛の弟』が泣くぞ?」
仕方ないと諦めた様子の茂斗は姉さんに倣って『じゃんけん』に参加する素振りを見せながら、僕の心を見透かして不敵に笑ってみせた。
お昼ご飯を食べ終え、早く部屋に戻りたい気持ちを何とか抑えて自分が食べた分の食器を洗おうとシンクの前に立てば、それを待ってましたとばかりに茂斗が自分の分の食器を僕に押し付けてくる。2皿増えたところで問題ないだろ? なんて言いながら。
普段なら、面倒くさがりな双子の片割れのお願いに『仕方ないな』と思えるところ。
でも、今はすぐにでも虎君に甘えたい気持ちを我慢してるから、たった2枚のお皿でも洗ってあげることはできない。
僕は「自分の分は自分で洗って」と茂斗を睨み、泡立てたスポンジで自分の分の食器を洗い始める。
「いいじゃん。ついでついで」
「いーやーだー!」
「ケチケチすんなよ。な? な?」
一緒に洗えとばかりに強引に押し付けてくる茂斗を無視してさっさと洗い終えた食器を水切りかごに立てかけ、一足早く食べ終えて僕を待ってくれている虎君の元へと駆けてゆく。
後ろから「そんなにいちゃつきたいのかよ」って悪態を吐く声が聞こえたけど、相手をする時間も勿体ないから無視を決め込もう。
「虎君、おまたせ」
「そんなに慌てなくても俺は何処にも行かないぞ?」
「意地悪言わないでよ」
優しい笑顔で頭を撫でてくる虎君の言葉に、それが本心だったら悲しくて泣いてしまうと拗ねる僕。だって、虎君と少しも離れたくないと思っているのは僕だけってことだから。
すると虎君は「分かってて聞いてるだろ?」って一層優しく笑う。僕だけに向けられる愛しさを隠さないその微笑みに、改めて大好きだと悶絶したくなってしまうから困った。
「分かってるけど、それでもやっぱりそんな意地悪は寂しいよ」
「ごめんごめん。さぁ、そろそろ部屋に戻ろう」
「うん。早く行こ?」
早く二人きりになりたい気持ちの表れか、虎君の手を取ると僕は急かすように引っ張り歩き出す。
すると、そんな僕達を邪魔する声が。
それはこういう時に意地悪をする茂斗の声、ではなくて、姉さんの疲れた声だった。
振り返れば、頭を抱えているその姿が目に入って、もしかしなくても僕達に……、いや、僕に呆れているのかもしれない。
「ど、どうしたの……?」
さっきまでのウキウキ気分から急転直下。こんなに疲労困憊になるほど姉さんから呆れられていると思ったら申し訳ない気持ちと不安で頭がいっぱいになってしまう。
「四人でじゃんけん、しましょ」
「え?」
僕の聞き間違いだよね? 今姉さん、『じゃんけんをしよう』なんて言ってないよね?
戸惑いを隠せない僕は浮かれた自分の聞き間違いだと言い聞かせる。
でも茂斗も「なんでいきなりじゃんけん?」って声を上げてるから、僕の聞き間違いではないことが証明されてしまった。
「姉さん、どうしたの? 具合、悪いの?」
「そうじゃなくて、律叔父様から連絡が来たの。パパに連絡取りたいって」
そう言って自分の携帯を僕たちに見せる姉さん。僕と茂斗は姉さんが疲れ切っている理由が理解できて、「あー……」と思わず声をそろえてしまった。
「姉貴に連絡が入ったんだから姉貴が呼びに行くべきだろ」
「絶対に嫌よ。何が悲しくて1か月ぶりに再会した両親の寝室に行かなくちゃならないのよ。絶対、見たくないもの見る羽目になるでしょ」
「それ、俺らも一緒だから」
茂斗の突っ込みに完全に同意する僕は、姉さんが呼びに行ってよ! と無理強いする。
でも、それで『分かった』と言うぐらいなら最初から『じゃんけん』なんて言い出さないだろう。
姉さんは当然のように「じゃんけん、するわよ」と僕達の非難の声を蹴散らすように威圧してくる。
「おい。もしかして俺も数に入ってるのか?」
「当たり前でしょ」
早くじゃんけんするわよ。と凄む姉さんの視線は僕と茂斗、そして虎君に向いている。
まさか『4人』に自分が入っていると思わなかった虎君はもう一人はめのうだと思っていたとため息を吐いた。
「めのうに見せられるわけないでしょ」
「いや、俺はもっと見せられない相手だろ……」
冷静になれと言う虎君は「俺は他人なんだぞ」と悲しいことを言ってくる。
いや、言いたいことは分かるんだよ? 両親が寝室で仲良くしている姿なんて子どもの僕達ですら見たくないんだから、血の繋がりのない虎君からすれば知り合いのそんな姿なんてもっと見たくないものだと思うから。
でも、それを理解していても『他人』は悲しい。虎君は僕の『恋人』であると同時に僕たちの『お兄ちゃん』なんだから。
「私は虎のこと本当のお兄ちゃんだと思ってるわ。だから問題ないから早く手を出しなさい」
「だから、そういう問題じゃなくて―――」
「諦めろよ、『お兄ちゃん』。それ以上は『最愛の弟』が泣くぞ?」
仕方ないと諦めた様子の茂斗は姉さんに倣って『じゃんけん』に参加する素振りを見せながら、僕の心を見透かして不敵に笑ってみせた。
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