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初めての人
初めての人 第59話
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「ち、違うよ? 気分が悪いわけじゃなくて、そうじゃなくて……」
「気分が悪いわけじゃないなら、どうして食べないんだ?」
虎君が心配している理由でご飯を食べないわけじゃないと伝えれば、理由を教えて欲しいと言われてしまった。
僕は一瞬言葉を詰まらせる。だって今此処には姉さんも茂斗もめのうもいるから……。
「葵、心配かけていいんだよ?」
「虎君……。本当に気分が悪いとかじゃないよ。ただ、胸がいっぱいなだけだから……」
虎君だけに伝えたくて声を小さく伝えるも、近い距離はそれを無駄な努力にしてしまう。
「おい。いちゃつくなら飯食ってからにしろ」
「めのう、そんなに見てないでご飯食べなさい」
「ちゃいにぃととら、なかよしするの?」
「大丈夫。させないから。……そうよね? 虎」
有無を言わさぬ姉さんの笑顔に虎君は咳払いを零し、僕の頭を撫でると「少しだけでも食べような」と優しい笑顔を向けてくる。
僕はそれに頷くと漸くスプーンを手に取り姉さんが用意してくれた炒飯を口に運んだ。
(味、あんまりわかんないや)
炒飯が不味いとかそういうわけじゃなくて、気持ちが違うところにあるから食事に意識を向けることができない。
咀嚼しながらも盗み見るのは大好きな人の横顔。
唐突に知ることになった真実は、時間が経つにつれ僕が『特別』であると実感させてくれる。
「あー! ちゃいにぃがかわいいかおしてる!」
「ダメよ、めのう。虎がヤキモチ妬くから見ても知らんぷりしなさい」
「おい」
「とら、おもちやいちゃうの? ぷんぷんってなっちゃうの?」
「虎が『プンプン』って怒るとか、想像しなくてもホラーだな」
「お前がその擬音を口にするのも十分ホラーだぞ」
「こんな愛くるしい弟掴まえてひでぇな」
肘をついて炒飯を頬張る体格のいい男子高生が口にした『愛くるしい』という単語に、僕はその単語の意味をちゃんと調べるべきだと思ってしまう。
もちろん、茂斗は単に軽口として言ったことは分かっているのだけれど。
「ちゃいにぃ、かわいいかおみせちゃだめだよ! とらがぷんぷんしちゃうから!」
「えっと……、気を付けるね……?」
純真無垢な笑顔を向けられたら、どう反応していいか分からない。
妹の裏のない誉め言葉に戸惑いながらも笑い返せば、「あー! だめっていってるでしょー!」と怒られてしまった。
(『可愛い顔』かどうかは分からないけど、虎君のことを考えるとどうしても顔が緩んじゃうよ)
僕だけを一途に想い続けてくれる大好きな人。これまで沢山の『特別』をもらったけど、まさかいつも当たり前のように口にしていた呼び名までそうだとは思わなかった。
今まで何気なく呼んでいた名前が虎君にとって『特別』だったのかと思ったら嬉しいし幸せだと思う。そして、僕もできることなら虎君だけの『特別』が欲しいと思ってしまう。
(虎君だけに呼んでもらえる僕の名前、かぁ……)
例えばどんな呼び方があるだろう? なんて、そんなことを考えるも僕の貧相な想像力では全然思い浮かばなかった。
(『マモ』は悠栖が呼ぶし、『まー』はちーちゃん達が呼ぶし、あとは、うーん……)
虎君だけの僕の名前が欲しいけど、思いつかない。そもそも虎君が『葵』以外に僕を呼ぶ声が想像できなかった。
(もっと早く虎君のこと好きだって気づいていたら、僕にも『特別』、あったのかな……)
「葵」
「! な、何、姉さん」
「大切なのは『形』じゃないわよ」
ご飯を食べながら諭すような言葉を口にする姉さんは、僕の悶々とした心を見透かしている。
でも、確かにその通りだと思うのは、嬉しいのは虎君がくれた『形』じゃなくて、それに込められた『想い』が伝わったから。
僕は姉さんに「そうだね」と頷いて『形』じゃなくて『想い』を大切にしようと考えを改めた。
「虎君」
「ん? どうした?」
「早くご飯食べて、部屋行こう?」
二人きりになりたい。とは言わなかったけど、ちゃんと伝わるよね?
伺うように虎君を見れば、優しい笑顔が返ってくる。急いで食べてしまおう。って。
「ちゃんと味わって食べなさいよ。これ、ママが悪戦苦闘して作ったんだから」
「ああ、やっぱり樹里斗さん作か。なんとなく桔梗が作ったにしては素朴だなと思ってた」
「ちょっとそれどういう意味よ。私にもママにも失礼よ? 自分は料理ができるからって調子に乗らないでよね」
「別に調子になんて乗ってないだろうが。お前の料理はアレンジが効きすぎてるっていうただの一個人の感想だ」
虎君の言葉に姉さんが見せるのはふくれっ面。でも言い返さないところを見ると思い当たる節があるのだろう。
悔しそうな姉さんは「いつか超えてやるから」と虎君に宣戦布告をするとちょっぴり不機嫌な面持ちでお昼ご飯を食べ進めた。
「気分が悪いわけじゃないなら、どうして食べないんだ?」
虎君が心配している理由でご飯を食べないわけじゃないと伝えれば、理由を教えて欲しいと言われてしまった。
僕は一瞬言葉を詰まらせる。だって今此処には姉さんも茂斗もめのうもいるから……。
「葵、心配かけていいんだよ?」
「虎君……。本当に気分が悪いとかじゃないよ。ただ、胸がいっぱいなだけだから……」
虎君だけに伝えたくて声を小さく伝えるも、近い距離はそれを無駄な努力にしてしまう。
「おい。いちゃつくなら飯食ってからにしろ」
「めのう、そんなに見てないでご飯食べなさい」
「ちゃいにぃととら、なかよしするの?」
「大丈夫。させないから。……そうよね? 虎」
有無を言わさぬ姉さんの笑顔に虎君は咳払いを零し、僕の頭を撫でると「少しだけでも食べような」と優しい笑顔を向けてくる。
僕はそれに頷くと漸くスプーンを手に取り姉さんが用意してくれた炒飯を口に運んだ。
(味、あんまりわかんないや)
炒飯が不味いとかそういうわけじゃなくて、気持ちが違うところにあるから食事に意識を向けることができない。
咀嚼しながらも盗み見るのは大好きな人の横顔。
唐突に知ることになった真実は、時間が経つにつれ僕が『特別』であると実感させてくれる。
「あー! ちゃいにぃがかわいいかおしてる!」
「ダメよ、めのう。虎がヤキモチ妬くから見ても知らんぷりしなさい」
「おい」
「とら、おもちやいちゃうの? ぷんぷんってなっちゃうの?」
「虎が『プンプン』って怒るとか、想像しなくてもホラーだな」
「お前がその擬音を口にするのも十分ホラーだぞ」
「こんな愛くるしい弟掴まえてひでぇな」
肘をついて炒飯を頬張る体格のいい男子高生が口にした『愛くるしい』という単語に、僕はその単語の意味をちゃんと調べるべきだと思ってしまう。
もちろん、茂斗は単に軽口として言ったことは分かっているのだけれど。
「ちゃいにぃ、かわいいかおみせちゃだめだよ! とらがぷんぷんしちゃうから!」
「えっと……、気を付けるね……?」
純真無垢な笑顔を向けられたら、どう反応していいか分からない。
妹の裏のない誉め言葉に戸惑いながらも笑い返せば、「あー! だめっていってるでしょー!」と怒られてしまった。
(『可愛い顔』かどうかは分からないけど、虎君のことを考えるとどうしても顔が緩んじゃうよ)
僕だけを一途に想い続けてくれる大好きな人。これまで沢山の『特別』をもらったけど、まさかいつも当たり前のように口にしていた呼び名までそうだとは思わなかった。
今まで何気なく呼んでいた名前が虎君にとって『特別』だったのかと思ったら嬉しいし幸せだと思う。そして、僕もできることなら虎君だけの『特別』が欲しいと思ってしまう。
(虎君だけに呼んでもらえる僕の名前、かぁ……)
例えばどんな呼び方があるだろう? なんて、そんなことを考えるも僕の貧相な想像力では全然思い浮かばなかった。
(『マモ』は悠栖が呼ぶし、『まー』はちーちゃん達が呼ぶし、あとは、うーん……)
虎君だけの僕の名前が欲しいけど、思いつかない。そもそも虎君が『葵』以外に僕を呼ぶ声が想像できなかった。
(もっと早く虎君のこと好きだって気づいていたら、僕にも『特別』、あったのかな……)
「葵」
「! な、何、姉さん」
「大切なのは『形』じゃないわよ」
ご飯を食べながら諭すような言葉を口にする姉さんは、僕の悶々とした心を見透かしている。
でも、確かにその通りだと思うのは、嬉しいのは虎君がくれた『形』じゃなくて、それに込められた『想い』が伝わったから。
僕は姉さんに「そうだね」と頷いて『形』じゃなくて『想い』を大切にしようと考えを改めた。
「虎君」
「ん? どうした?」
「早くご飯食べて、部屋行こう?」
二人きりになりたい。とは言わなかったけど、ちゃんと伝わるよね?
伺うように虎君を見れば、優しい笑顔が返ってくる。急いで食べてしまおう。って。
「ちゃんと味わって食べなさいよ。これ、ママが悪戦苦闘して作ったんだから」
「ああ、やっぱり樹里斗さん作か。なんとなく桔梗が作ったにしては素朴だなと思ってた」
「ちょっとそれどういう意味よ。私にもママにも失礼よ? 自分は料理ができるからって調子に乗らないでよね」
「別に調子になんて乗ってないだろうが。お前の料理はアレンジが効きすぎてるっていうただの一個人の感想だ」
虎君の言葉に姉さんが見せるのはふくれっ面。でも言い返さないところを見ると思い当たる節があるのだろう。
悔しそうな姉さんは「いつか超えてやるから」と虎君に宣戦布告をするとちょっぴり不機嫌な面持ちでお昼ご飯を食べ進めた。
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