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初めての人
初めての人 第58話
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「え……? ごめ、本当にどういこと?」
「めのう、ちゃい兄に教えてやれ。虎となんて約束したんだっけ?」
「だめ! これはめのうととらのやくそくなの! ちゃいにぃしかとらくんってよんじゃだめだから、めのうはとらってよんでねってやくそくはめのうたちのひみつなの!」
秘密だから言えないと言いながら秘密を暴露する妹に大笑いの茂斗。
そんな二人のやり取りを聞きながら姉さんは温めなおしたお昼ご飯をテーブルに運びながら呆れたような表情で虎君に向き直った。
「葵の恋人になれない代わりに特別な呼び方が欲しかったんでしょ? なら、葵が恋人になった今なら別に誰になんて呼ばれてもいいじゃない」
「俺が腹が立ってる理由はそこじゃない」
「慶ちゃんに嫌がらせされたことが腹立たしいんでしょ? でもそれは自業自得だって分かってるわよね? それと、私は嘘吐きが可愛い弟の恋人だなんて認めないわよ?」
「別に嘘なんて吐いてないだろうが」
「はい、二回目。三回でペナルティ一として一日出禁ね」
私に嘘が吐けると思ってるの?
そう笑顔で威圧する姉さん。いくら何でも出禁は厳しすぎると虎君の肩を持つのは茂斗だけど、嘘を吐くことが癖付いたら困ると姉さんは折れる気配はなかった。
虎君はそんな姉さんに珍しく反論の言葉を詰まらせ、そして「分かった認めるよ」とため息をついた。
「昔は何か一つでいいから『特別』が欲しかったから拘ってた。でも、恋人になったら『一つ』でいいなんて聞き分けることなんて無理だ。俺は葵の全部が欲しいからな」
「ひゅー。相変わらず熱烈だな」
「どうしてかしら。ドラマや映画で同じセリフを聞いたらきっと情熱的だと思えるのに、虎が言うとただの執着と束縛にしか思えないわ」
「とらはちゃいにぃだーいすきだもんね! ちゃいにぃもとらだーいすきだもんね!」
だいすきはぎゅーってするんだよ?
めのうはそう言ってキラキラと青い瞳を輝かせて虎君を、僕を見る。
僕は僕の肩を抱く虎君を見上げ、「僕だけ?」と尋ねた。今まで当たり前のように口にしていた『虎君』という呼び名は僕だけが呼べる特別な呼び方だったってこと? と。
「そうだよ。……昔千景がそう呼んだから止めさせたんだけど、たぶんそれを聞いたんだろうな」
虎君は苦笑交じりに千景の入寮話が出た時点で嫌な予感はしていた。と。
「虎君はちーちゃんが寮に入ること知ってたの……?」
「ああ。千景本人から連絡が来たんだよ。葵の身の安全を保障するから一か月に一回相手してくれって」
「! ちーちゃん、そんな約束持ち掛けてきたの? 本当にごめんね?」
自分の身は自分で守れる、とは言えないけど、自分の身の安全の為に虎君に組手と言う名の喧嘩をさせるわけにはいかない。
だから、ちーちゃんにはちゃんと注意するから気にしないでね? と伝えたんだけど、虎君はちーちゃんの相手をするぐらい安いものだと笑った。
「月一千景の相手をするだけで葵が安心して学校生活を送れるならむしろ願ったり叶ったりだよ」
「虎君……」
「確かに瑛大だけじゃ頼りねぇもんな。あいつスポーツマンだし喧嘩とか絶対しないし。その点ちーならそういう柵もないし、思う存分暴れられるな」
「そういうことだ。……まぁ瑛大にはこれまで通り危険因子になりえる連中が居れば連絡させるけどな」
知らないところで僕の安全を守るための体制が強化されていたことに驚くし、虎君との約束とはいえ僕の為に瑛大が動いてくれていることは嬉しい。
でもやっぱり申し訳ないとも思ってしまう。
(きっと『過保護すぎる』って瑛大は思ってるだろうな……)
幼馴染の呆れ顔を想像するのはとても簡単だ。僕自身虎君は過保護だと思うから、瑛大からすれば僕が想像する以上にそう思っているに違いない。
「いやぁ。マジ愛されてんな、葵」
「『愛』と呼んでいいか甚だ疑問だけどね、私は。さ、準備できたからごはん食べるわよ」
「ごはーん! おねーちゃん、はやくはやく!」
「はいはい。虎も葵も早く座んなさい」
不機嫌な姉さんにテーブルに促され、僕は虎君と大人しくいつもの場所に座った。
僕たちが座るとほぼ同時に「いただきます」と姉さんが手を合わせ、それに続くようにめのうも元気な声を上げて大きな口を開けてお昼ご飯を頬張り始める。
「おいしぃ!」
「そうね。美味しいわね」
ほっぺたが落ちそうだとはしゃぐめのうと、不機嫌な面持ちから一転して優しい笑顔を見せる姉さん。
僕はそんな姉さんを眺めながら、よっぽどおなかが空いていたんだな……と思ってしまった。
「相当腹減ってたみたいだな」
「そうよ。誰かさんのメンタル回復に時間がかかったせいでね」
「悪かったよ。……葵、どうした? 食べないのか?」
食べる度に機嫌が戻ってゆく姉さんの軽口を聞き流す虎君は、いただきますと言いながらまったくお昼ご飯を食べていない僕に気づいて心配そうな顔をして見せる。
もしかして気分が悪いのか? と僕に向き直ると、さっき階段から落ちた影響かもしれないと言って見る見る顔を青褪めさせていった。
「めのう、ちゃい兄に教えてやれ。虎となんて約束したんだっけ?」
「だめ! これはめのうととらのやくそくなの! ちゃいにぃしかとらくんってよんじゃだめだから、めのうはとらってよんでねってやくそくはめのうたちのひみつなの!」
秘密だから言えないと言いながら秘密を暴露する妹に大笑いの茂斗。
そんな二人のやり取りを聞きながら姉さんは温めなおしたお昼ご飯をテーブルに運びながら呆れたような表情で虎君に向き直った。
「葵の恋人になれない代わりに特別な呼び方が欲しかったんでしょ? なら、葵が恋人になった今なら別に誰になんて呼ばれてもいいじゃない」
「俺が腹が立ってる理由はそこじゃない」
「慶ちゃんに嫌がらせされたことが腹立たしいんでしょ? でもそれは自業自得だって分かってるわよね? それと、私は嘘吐きが可愛い弟の恋人だなんて認めないわよ?」
「別に嘘なんて吐いてないだろうが」
「はい、二回目。三回でペナルティ一として一日出禁ね」
私に嘘が吐けると思ってるの?
そう笑顔で威圧する姉さん。いくら何でも出禁は厳しすぎると虎君の肩を持つのは茂斗だけど、嘘を吐くことが癖付いたら困ると姉さんは折れる気配はなかった。
虎君はそんな姉さんに珍しく反論の言葉を詰まらせ、そして「分かった認めるよ」とため息をついた。
「昔は何か一つでいいから『特別』が欲しかったから拘ってた。でも、恋人になったら『一つ』でいいなんて聞き分けることなんて無理だ。俺は葵の全部が欲しいからな」
「ひゅー。相変わらず熱烈だな」
「どうしてかしら。ドラマや映画で同じセリフを聞いたらきっと情熱的だと思えるのに、虎が言うとただの執着と束縛にしか思えないわ」
「とらはちゃいにぃだーいすきだもんね! ちゃいにぃもとらだーいすきだもんね!」
だいすきはぎゅーってするんだよ?
めのうはそう言ってキラキラと青い瞳を輝かせて虎君を、僕を見る。
僕は僕の肩を抱く虎君を見上げ、「僕だけ?」と尋ねた。今まで当たり前のように口にしていた『虎君』という呼び名は僕だけが呼べる特別な呼び方だったってこと? と。
「そうだよ。……昔千景がそう呼んだから止めさせたんだけど、たぶんそれを聞いたんだろうな」
虎君は苦笑交じりに千景の入寮話が出た時点で嫌な予感はしていた。と。
「虎君はちーちゃんが寮に入ること知ってたの……?」
「ああ。千景本人から連絡が来たんだよ。葵の身の安全を保障するから一か月に一回相手してくれって」
「! ちーちゃん、そんな約束持ち掛けてきたの? 本当にごめんね?」
自分の身は自分で守れる、とは言えないけど、自分の身の安全の為に虎君に組手と言う名の喧嘩をさせるわけにはいかない。
だから、ちーちゃんにはちゃんと注意するから気にしないでね? と伝えたんだけど、虎君はちーちゃんの相手をするぐらい安いものだと笑った。
「月一千景の相手をするだけで葵が安心して学校生活を送れるならむしろ願ったり叶ったりだよ」
「虎君……」
「確かに瑛大だけじゃ頼りねぇもんな。あいつスポーツマンだし喧嘩とか絶対しないし。その点ちーならそういう柵もないし、思う存分暴れられるな」
「そういうことだ。……まぁ瑛大にはこれまで通り危険因子になりえる連中が居れば連絡させるけどな」
知らないところで僕の安全を守るための体制が強化されていたことに驚くし、虎君との約束とはいえ僕の為に瑛大が動いてくれていることは嬉しい。
でもやっぱり申し訳ないとも思ってしまう。
(きっと『過保護すぎる』って瑛大は思ってるだろうな……)
幼馴染の呆れ顔を想像するのはとても簡単だ。僕自身虎君は過保護だと思うから、瑛大からすれば僕が想像する以上にそう思っているに違いない。
「いやぁ。マジ愛されてんな、葵」
「『愛』と呼んでいいか甚だ疑問だけどね、私は。さ、準備できたからごはん食べるわよ」
「ごはーん! おねーちゃん、はやくはやく!」
「はいはい。虎も葵も早く座んなさい」
不機嫌な姉さんにテーブルに促され、僕は虎君と大人しくいつもの場所に座った。
僕たちが座るとほぼ同時に「いただきます」と姉さんが手を合わせ、それに続くようにめのうも元気な声を上げて大きな口を開けてお昼ご飯を頬張り始める。
「おいしぃ!」
「そうね。美味しいわね」
ほっぺたが落ちそうだとはしゃぐめのうと、不機嫌な面持ちから一転して優しい笑顔を見せる姉さん。
僕はそんな姉さんを眺めながら、よっぽどおなかが空いていたんだな……と思ってしまった。
「相当腹減ってたみたいだな」
「そうよ。誰かさんのメンタル回復に時間がかかったせいでね」
「悪かったよ。……葵、どうした? 食べないのか?」
食べる度に機嫌が戻ってゆく姉さんの軽口を聞き流す虎君は、いただきますと言いながらまったくお昼ご飯を食べていない僕に気づいて心配そうな顔をして見せる。
もしかして気分が悪いのか? と僕に向き直ると、さっき階段から落ちた影響かもしれないと言って見る見る顔を青褪めさせていった。
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