特別な人

鏡由良

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初めての人

初めての人 第64話

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 誰だって大切な人を、好きな人を困らせたくないと思うもの。いや、そう思わない人もいるかもしれないけど、少なくとも僕は大好きな人を困らせたいとは思わない。大好きだからこそ、笑っていて欲しいと思うから。
 それなのに今虎君が見せる表情は確かに笑顔だけど困惑を隠しきれていない。大好きだからこそ、こんな笑い方をさせてしまう理由が自分だということが悲しかった。
 これ以上虎君の困った顔を見れなくて俯く僕。でも虎君はそんな僕の心を見透かしてか、下げた視線を上げるよう顎に手を添えてきた。
 その手に抗うことなく再び虎君を見上げれば、見つめ合う前にチュッとキスが落ちてきた。
「せめて部屋まで我慢して?」
「何を……?」
「今凄くエッチな顔してるって気づいてない?」
 虎君は僕の唇を指でなぞり、自分以外に見せちゃダメな顔だからってもう一度キスするとぎゅっと抱きしめてきた。
 僕は虎君の腕にすっぽり収まり、引っ付いた胸から聞こえる心臓の音にドキドキし過ぎて堪らない気持ちになってしまう。
「僕、2週間も我慢できないよぉ……」
「こら。そんなこと言って煽らないでくれよ」
「煽ってるんじゃなくて、そうじゃなくてっ」
 今すぐ愛し合いたいとぎゅっと抱き着けば虎君はそんな僕を抱き上げ、歩き出す。
 漸く辿り着いた部屋の中、虎君は僕を立たせることなくベッドに寝かせると、そのまま僕に覆いかぶさるように何度も何度もキスを落としてくる。
 僕はそんな虎君のキスに応えるように自分からもキスを贈り、気づけば虎君の首に腕を回して隙間なく触れ合いたいと引き寄せていた。
「葵っ、っ……、ごめん、大丈夫か……?」
「へ、き……、とらく、もっとぉ……」
 愛し合っているから交わすキスが深くなってしまうことは仕方ない。虎君からのキスは僕の呼吸を奪う程情熱的なもので、このキスをもらうといつも頭がぼーっとしてしまう。
 ふわふわと雲の上に寝そべっているような浮遊感を感じていれば、ほっぺたを包み込む優しいぬくもり。虎君の手だ。
 僕は大きなその手に頬を摺り寄せ、たくさんキスしたいと自分の欲求を素直に口に出した。
 望めば、望んだ分だけ与えられるキス。
 でもそれにはさっきまでのような熱はなくて、違うとほっぺたを膨らませて不満を口にした。
「なんでちゃんとしてくれないの?」
「頼むから苛めないでくれ。……本気でギリギリなんだ」
 我儘を聞いてもらえなかった小さな子供みたいな反応を見せる僕。
 すると虎君は僕に覆いかぶさるように首筋に顔を埋めると、「葵を抱きたい……」と苦し気な言葉を零した。
「え……?」
「今すぐ葵をトロトロに蕩けさせて俺の愛で窒息させてしまいたいよ……」
 抱きしめてくる虎君の身体は、その言葉を裏付ける。触れ合った体は熱く、下肢には猛った硬いものが存在を主張していて、必死に『我慢』していることを僕に伝えてくる。
 本当なら、僕だって今すぐ虎君と愛し合いたい。でも、虎君がそれをしたくない理由はもうずっと聞いていたから一緒に我慢しなくちゃ……。
「触るのも、だめ……?」
「触って欲しいの?」
「うん……。それに、僕も虎君に触りたい……」
 『我慢しなくちゃ!』って思ってたのに、僕はすぐに欲に負けてしまう。
 エッチはちゃんと我慢するから触るのは許して、なんて強請ってしまう僕に虎君が見せるのはとても苦し気な表情。いつもの苦笑いとかそういうのじゃなくて、必死に堪えている時の顔。
 いつもの余裕なんて全くない虎君の表情に、胸が締め付けられる。僕のことを愛してるからこそ欲を堪えるその姿に、ただ抱き合っているだけなのにおなかが切なくなってしまう……。
「虎君……、僕、声我慢するよ……?」
「葵っ、頼むからこれ以上誘惑するなっ」
 虎君はますます強く抱きしめてくる。より密着する身体は虎君の熱だけでなく、昂ぶりの脈までも伝えてきた。
 欲を吐き出したいと昂った身体を制御することが難しいことを、僕は身をもって知っている。堪えることができず淫らに虎君に触れて欲しいと縋ったことはもう一度や二度じゃないから。
 だから思う。虎君を楽にしてあげたい。って……。
「! 葵っ!」
「ダメ……?」
 恥ずかしさを堪えながら昂ぶりに手を伸ばせば、それに気づいた虎君に止められてしまう。
 怒りさえ滲む苦し気な表情で僕を見下ろす虎君は、「何考えてるんだ」って強い口調で窘めてきた。
 いつもならその語気に気圧されて引き下がっていただろう。でも、今は怒られてもいいから虎君に触りたかった。虎君に気持ちよくなって欲しかった……。
「こっ、葵っ! ダメだって言ってるだろっ!?」
「うん。ごめんなさい……。あとでいっぱい怒っていいから……」
 服の上から触れれば猛ったものは更に反応を示して、ジーンズ越しでもその脈動をはっきりと感じることができた。
 僕は虎君が止めるのも聞かずファスナーに手をかけ、雄々しいまでに張り詰めたそれに今度は下着越しに触れてみた。
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