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my treasure
my treasure 第9話
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万全の体制を布いても人の悪意全てを遠ざけることは困難だということは虎も嫌というほど理解してる。そして、優秀なボディーガード達の目を掻い潜って侵入した悪意により傷つく人がいたことも知っている。虎が誰よりも大切にしている人―――葵が無害を装った悪意に晒され深く傷つき悲しんだことはまだ記憶に新しい。
悪意は何処に潜んでいるか分からないと改めて痛感したあの出来事は、虎はもちろん、ボディーガードとして誇りを持って三谷を護ってきた面々にとっても腸が煮えくり返るほどの出来事だったことは想像に容易い。
あの後三谷に出入りする業者はほぼいなくなったが、それでも安心できないボディーガードの面々は各々自主的に三谷の護衛を強化していると聞く。その熱意は明らかに雇用関係を逸脱しており、彼らの雇い主である茂からも『無理はしないでくれ』と注意されるほどだ。
だが主の言葉に彼らは『無理はしていません』と警戒を止める気はないようだから、彼らにとって『三谷』は雇い主以上の存在なのだろう。
虎は先程顔を合わせた面々を思い出し、純粋な敬愛で命を懸ける彼らに改めて尊敬の念を抱いた。
(俺には到底できない)
葵のためならば、絶対に勝てない相手にだって喜んで立ち向かうことができる。命を懸けて守ることだってできる。
だが、それ以外ではどうだろう? 桔梗や茂斗、めのう。三人とも大切な幼馴染だが、三人が危機に瀕してた際、自分は命がけで助けることができるだろうか?
(正直、自信がないな……)
我ながら薄情だと思うものの、どうしても命を懸けることはできないという結論になってしまう。いや、命懸けでないなら喜んで助けるだろうが、葵以外の為に葵を残して死ぬなんてそんなことできるわけがないということだ。
自分を冷静に分析した虎は、仕事を越えた忠誠を持つボディーガードの面々の意識には感服するばかりだ。
「お邪魔しま―――」
「虎? え? どうしたの?」
セキュリティーキーを使って玄関のカギを開けドアを開ければ何故かそこには桔梗が居て、虎の言葉が終わるよりも先に疑問を投げかけてきた。
青い大きな瞳を見開いて驚いているその表情に怪訝そうな顔を見せるのはもちろん虎だ。自分から呼び出しておいて何故驚くのか、と。
(ああそうか。手ぶらだから)
メッセージを思い出せば、桔梗の表情にも納得ができた。ご機嫌取りのために『チズルのチーズケーキ』を要求したはずなのに明らかに手ぶらで顔を出されたらそんな顔もするか。と。
「チズルのオープン時間は11時だったからな。帰りに買ってきてやるよ」
「それは、別にいいけど……」
「? なんだ?」
「葵はどうしたのよ?」
しきりに虎の背後を気にする桔梗。姿が見えないと言いたげなその様子に、「当たり前だろうが」と顰め面になってしまう。
先程ミヤにも同じことを聞かれたが、ミヤはボディーガードという職業柄高校の夏休みが明ける時期に疎いからだと納得できるものの、桔梗は別だ。昨日から高校の夏休みが明けていることは知っているはずだから。
先の質問の返答が『学校』だと分かりきっているだろうに尋ねてくるなんて一体どういうつもりなのか。
「『当たり前』って、まさか一人置いてきたの? 何それ信じられない!」
「? 何言って―――」
「動けない葵を放っておくとか、あんた最低ね!? 手に入れたからもう大事にしなくていいって思ってるわけ!?」
何故か怒り出した桔梗は捲し立てるように虎に詰め寄り、「私の大事な弟に手を出してそんなこと許されると思ってるのわけ?」と瞳孔の開いた目で凄んできた。
瞬きもせず虎を映し出す青い瞳。人を殺めたことがあると言われたら信じそうなほど常軌を逸した表情だ。
普通の人なら人形のように整った容姿の桔梗からこんな風に詰められたら恐れ慄くだろう。
だが相手は彼女と付き合いの長い虎。この程度で気圧される男ではない。
「意味不明な絡み方してくんな。ちゃんと理解できる言葉で話せ」
自分に近づく女の子の顔を鷲掴み、そのまま力任せに後ろに押しやる虎。桔梗の身体は背骨がしなるように反り、彼の全力での拒否が見て取れた。
虎の手を振り払う桔梗は数歩下がり、「釣った魚に餌を与えない男はすぐ愛想尽かされるわよ!」と彼を睨みつける。
この場合『釣った魚』が葵であり、桔梗が『葵を大切にしていない』と言っていることは理解できた。理解できた虎は、ますます意味が分からなくなる。大切にし過ぎて執着じみた愛を恐れ愛想を尽かされるかもしれないと悩むことはあれど、逆は全く想定していなかったからだ。
「俺がいつ葵を大切にしてないって言うんだ。言ってみろ。全否定してやるから」
「今まさにしてるじゃない! 葵を一人にして!!」
「お前、マジで何言ってるんだ? 俺に『授業に付き添え』って言ってるのか? できるわけないだろうが、馬鹿が」
仮にそれができたとして、それを葵が望むと思っているのか?
実の姉の癖に葵のことを何も理解していないんだなと呆れれば、今度は桔梗が「何言ってるのよ」と怪訝な顔をした。
「葵、今あんたの家に居るんでしょ?」
「はぁ? なんでそうなる? そんなわけないだろうが。今日は平日、学校に決まってるだろうが」
頭大丈夫か? と煽りを交えて桔梗の正気を疑えば、彼女は眉間の皺を深め『勘違いの根幹』だろう疑問を投げかけてきた。
「まさか、また我慢させたの? 昨日あんなにやる気満々で家に連れて帰って外泊までさせて、結局エッチしなかったわけ?」
本気で信じられない。そう言って、まるで異物を見る様な眼差しで虎を見る桔梗は、「あんたの性欲枯れてるの?」と育ちの良いお嬢様とは思えない歯に衣着せぬ物言いをしてきた。
「大事にしたいとか、手を出したら手放せなくなるとか、そんなあんたのエゴの為に葵を振り回すのいい加減やめなさいよ」
独り善がりな『想い』だとこれまでの虎の我慢を一刀両断する桔梗は、ここ最近葵がずっと不安に思っていたことも気付いていないのかとため息を吐いた。
聞き捨てならない単語に説明を求めれば、正論が返されて思わず言葉を詰まらせてしまった。
「最初は『大切にされてる』って思えても、何か月も全然全くこれっぽっちも手を出されなければ『自分に魅力がない』って思うに決まってるでしょ」
正確には『準備』という名の下に手は出されていたのだろうが、その最中にも関わらず全く理性を崩さない恋人を前に『自信』を失うのはむしろ当然だろう。
桔梗は何度も『姉さんほど綺麗だったら』と『めのうみたいに可愛かったら』と物憂げに笑う葵を見てきたと言った。
悪意は何処に潜んでいるか分からないと改めて痛感したあの出来事は、虎はもちろん、ボディーガードとして誇りを持って三谷を護ってきた面々にとっても腸が煮えくり返るほどの出来事だったことは想像に容易い。
あの後三谷に出入りする業者はほぼいなくなったが、それでも安心できないボディーガードの面々は各々自主的に三谷の護衛を強化していると聞く。その熱意は明らかに雇用関係を逸脱しており、彼らの雇い主である茂からも『無理はしないでくれ』と注意されるほどだ。
だが主の言葉に彼らは『無理はしていません』と警戒を止める気はないようだから、彼らにとって『三谷』は雇い主以上の存在なのだろう。
虎は先程顔を合わせた面々を思い出し、純粋な敬愛で命を懸ける彼らに改めて尊敬の念を抱いた。
(俺には到底できない)
葵のためならば、絶対に勝てない相手にだって喜んで立ち向かうことができる。命を懸けて守ることだってできる。
だが、それ以外ではどうだろう? 桔梗や茂斗、めのう。三人とも大切な幼馴染だが、三人が危機に瀕してた際、自分は命がけで助けることができるだろうか?
(正直、自信がないな……)
我ながら薄情だと思うものの、どうしても命を懸けることはできないという結論になってしまう。いや、命懸けでないなら喜んで助けるだろうが、葵以外の為に葵を残して死ぬなんてそんなことできるわけがないということだ。
自分を冷静に分析した虎は、仕事を越えた忠誠を持つボディーガードの面々の意識には感服するばかりだ。
「お邪魔しま―――」
「虎? え? どうしたの?」
セキュリティーキーを使って玄関のカギを開けドアを開ければ何故かそこには桔梗が居て、虎の言葉が終わるよりも先に疑問を投げかけてきた。
青い大きな瞳を見開いて驚いているその表情に怪訝そうな顔を見せるのはもちろん虎だ。自分から呼び出しておいて何故驚くのか、と。
(ああそうか。手ぶらだから)
メッセージを思い出せば、桔梗の表情にも納得ができた。ご機嫌取りのために『チズルのチーズケーキ』を要求したはずなのに明らかに手ぶらで顔を出されたらそんな顔もするか。と。
「チズルのオープン時間は11時だったからな。帰りに買ってきてやるよ」
「それは、別にいいけど……」
「? なんだ?」
「葵はどうしたのよ?」
しきりに虎の背後を気にする桔梗。姿が見えないと言いたげなその様子に、「当たり前だろうが」と顰め面になってしまう。
先程ミヤにも同じことを聞かれたが、ミヤはボディーガードという職業柄高校の夏休みが明ける時期に疎いからだと納得できるものの、桔梗は別だ。昨日から高校の夏休みが明けていることは知っているはずだから。
先の質問の返答が『学校』だと分かりきっているだろうに尋ねてくるなんて一体どういうつもりなのか。
「『当たり前』って、まさか一人置いてきたの? 何それ信じられない!」
「? 何言って―――」
「動けない葵を放っておくとか、あんた最低ね!? 手に入れたからもう大事にしなくていいって思ってるわけ!?」
何故か怒り出した桔梗は捲し立てるように虎に詰め寄り、「私の大事な弟に手を出してそんなこと許されると思ってるのわけ?」と瞳孔の開いた目で凄んできた。
瞬きもせず虎を映し出す青い瞳。人を殺めたことがあると言われたら信じそうなほど常軌を逸した表情だ。
普通の人なら人形のように整った容姿の桔梗からこんな風に詰められたら恐れ慄くだろう。
だが相手は彼女と付き合いの長い虎。この程度で気圧される男ではない。
「意味不明な絡み方してくんな。ちゃんと理解できる言葉で話せ」
自分に近づく女の子の顔を鷲掴み、そのまま力任せに後ろに押しやる虎。桔梗の身体は背骨がしなるように反り、彼の全力での拒否が見て取れた。
虎の手を振り払う桔梗は数歩下がり、「釣った魚に餌を与えない男はすぐ愛想尽かされるわよ!」と彼を睨みつける。
この場合『釣った魚』が葵であり、桔梗が『葵を大切にしていない』と言っていることは理解できた。理解できた虎は、ますます意味が分からなくなる。大切にし過ぎて執着じみた愛を恐れ愛想を尽かされるかもしれないと悩むことはあれど、逆は全く想定していなかったからだ。
「俺がいつ葵を大切にしてないって言うんだ。言ってみろ。全否定してやるから」
「今まさにしてるじゃない! 葵を一人にして!!」
「お前、マジで何言ってるんだ? 俺に『授業に付き添え』って言ってるのか? できるわけないだろうが、馬鹿が」
仮にそれができたとして、それを葵が望むと思っているのか?
実の姉の癖に葵のことを何も理解していないんだなと呆れれば、今度は桔梗が「何言ってるのよ」と怪訝な顔をした。
「葵、今あんたの家に居るんでしょ?」
「はぁ? なんでそうなる? そんなわけないだろうが。今日は平日、学校に決まってるだろうが」
頭大丈夫か? と煽りを交えて桔梗の正気を疑えば、彼女は眉間の皺を深め『勘違いの根幹』だろう疑問を投げかけてきた。
「まさか、また我慢させたの? 昨日あんなにやる気満々で家に連れて帰って外泊までさせて、結局エッチしなかったわけ?」
本気で信じられない。そう言って、まるで異物を見る様な眼差しで虎を見る桔梗は、「あんたの性欲枯れてるの?」と育ちの良いお嬢様とは思えない歯に衣着せぬ物言いをしてきた。
「大事にしたいとか、手を出したら手放せなくなるとか、そんなあんたのエゴの為に葵を振り回すのいい加減やめなさいよ」
独り善がりな『想い』だとこれまでの虎の我慢を一刀両断する桔梗は、ここ最近葵がずっと不安に思っていたことも気付いていないのかとため息を吐いた。
聞き捨てならない単語に説明を求めれば、正論が返されて思わず言葉を詰まらせてしまった。
「最初は『大切にされてる』って思えても、何か月も全然全くこれっぽっちも手を出されなければ『自分に魅力がない』って思うに決まってるでしょ」
正確には『準備』という名の下に手は出されていたのだろうが、その最中にも関わらず全く理性を崩さない恋人を前に『自信』を失うのはむしろ当然だろう。
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