特別な人

鏡由良

文字の大きさ
534 / 552
my treasure

my treasure 第16話

しおりを挟む
「『喋るな』って、なんでだ?」
「私の後ろに誰が居るか、見えない?」
 桔梗がきょとんとしている海音に苦笑交じりで尋ねてみれば、彼は質問の意味が分からないと言いたげな顔をしながらも首を伸ばして彼女の背後へと視線を向けた。
 すると先程までの嬉々とした表情が驚きに変化し、それを間近で見ていた桔梗はこれから鬼と化している兄の責め苦に謝りながら堪える幼馴染の姿を想像するのだった。
 しかし、虎はともかく海音はやはり一筋縄ではいかない根っからのポジティブ思考の持ち主だったと直後に彼女は知ることになる。
「虎! お前、いたならさっさと声かけろよ!」
 驚きの表情から輝くような笑顔を浮かべると海音は桔梗をぐいっと押し退けて親友に駆け寄った。いや、駆け寄るではなく突進と言った方が正しいだろう。
 虎が反応するよりも早く、「おめでとう親友!」とハグをしたかと思えばバンバンと背中を叩いて喜びを表す海音。
 それを見ていた桔梗は出鼻をくじかれた兄の表情に思わず笑ってしまった。
(すごい。海音君って本当に怖いもの知らずだったわけね)
 耳元の大声を煩わしいとばかりに眉間に皺を刻む虎の反撃はそろそろだろう。
 桔梗はくすくすと笑いながらも後ろへ一歩下がって見せた。そのすぐあと耳に聞こえるのは海音の悲鳴交じりの「いてぇ!」という声だった。
 てっきり投げ飛ばされるだろうと思っていたから正直拍子抜けだったが、痛いと叫ぶ海音の姿に投げ飛ばさなくとも痛めつけることはできるということかと感心してしまった。
 一目見ただけで鍛えているのだろうと分かる筋肉質な腕で力を込めて顔面を鷲掴まれ締め上げられ、海音は「マジで無理! これ以上はマジで!」とびくともしない親友の腕をバシバシと叩いて抵抗を見せる。
 その様子を『じゃれ合い』と思い見ていた桔梗だったが、いつの間に隣にいたのかボディーガードの陽琥が「素人相手だぞ」と虎の拷問にストップをかけるよう割って入る。
 陽琥の声に虎の腕からは分かり易く力が抜け、締め上げていた親友の顔面が解放される。
 海音は頭を抱えその場にしゃがみこんで悶絶し、痛い痛いと乱暴に己の頭をこすっていた。
「気持ちは分かるが手加減ぐらいしてやれ」
「十分手加減したつもりです」
「いやいやいや! おま、今ので手加減してるとか絶対嘘だろ!? 過去一痛かったぞ!?」
 見習いとはいえ目の前で傷害事件を起こされるわけにはいかないと虎を窘める陽琥。
 しかし虎の反論に海音が喚いて、陽琥の警告を無視して新たに制裁が下されようとした。
 呆れたとため息を吐きながら陽琥が今一度その名を呼べば、寸でのところで拳は止まって一安心だ。
「海音、怪我をしたくなければあまり揶揄ってやるな。握力だけでも100近いんだぞ、虎は」
 陽琥は海音に親切にも忠告する。リンゴぐらいなら平気で潰せる力の持ち主を不用意に揶揄うと痛い目に合うぞ。と。
 するとその言葉を聞いた海音は驚きに目を丸くして顔を上げた。
「まっ?! え? ゴリラじゃん!?」
「いや、ゴリラの握力はその4倍以上だ」
「! ゴリラってそんな力強いんだ? 確かに図体でかいもんな!」
 海音の軽口にも真面目に返答する陽琥。
 虎は二人の姿にボケとボケが揃うと話に収拾がつかなくなるとはよく言ったものだと思ってしまう。
 だが親友の視線に気づいてしまって傍観者で居ることは叶わなかった。
「おい。なんで俺を見て納得するんだバ海音」
「だって虎イコールゴリラじゃん?」
「どうやら痛みが少々足りなかったようだな」
 腕をまくりまだまだ余裕そうで安心したと不敵に笑う虎の手から逃げるように海音は桔梗の背に回り込む。
 女の子を盾にして恥ずかしくないのかと桔梗が呆れれば、恥よりも命の方が大事だと言い切られてしまった。
「海音君、私ずっと思ってたんだけど、一つ聞いていい?」
「なんだ?」
「海音君って、痛いことが好きなの?」
 自分を盾にしながらも親友の動向が気になる様子の海音に素朴な疑問をぶつけてみれば、海音が答えるよりも先に肯定の声が方々から聞こえてきた。
「痛いのが好きだから虎にちょっかいをかけてるんだ。確認するまでもないだろう」
「確かに虎に殴られる度嬉しそうな顔してるものね、海音は」
「海音、頼むからあまり虎の嗜虐心を育てる様な事はしないでくれよ? 葵はお前と違って痛みに弱いんだ」
 どうやら桔梗の両親は海音を被虐性愛者だと認識しているようだ。
 そしてその性的嗜好に理解を示したうえで、これからはプレイする相手を別に探すよう勧めてくる。
 その理由は唯一つ、海音の被虐性を満たすプレイ相手が自分達の大切な息子の恋人だからだ。
 もし葵も海音と同じく被虐性愛者であればこれからもプレイを楽しんでもらって何も問題はないのだが、残念ながら葵は被虐性愛どころかむしろその逆で痛いのも辛いのも苦しいのも大嫌いだった。
 そんな息子の恋人がもし性的倒錯ともいえるプレイにのめり込んでしまったら泣くのは誰か、言わなくともわかるだろう。
しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

吊るされた少年は惨めな絶頂を繰り返す

五月雨時雨
BL
ブログに掲載した短編です。

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

久々に幼なじみの家に遊びに行ったら、寝ている間に…

しゅうじつ
BL
俺の隣の家に住んでいる有沢は幼なじみだ。 高校に入ってからは、学校で話したり遊んだりするくらいの仲だったが、今日数人の友達と彼の家に遊びに行くことになった。 数年ぶりの幼なじみの家を懐かしんでいる中、いつの間にか友人たちは帰っており、幼なじみと2人きりに。 そこで俺は彼の部屋であるものを見つけてしまい、部屋に来た有沢に咄嗟に寝たフリをするが…

鬼上司と秘密の同居

なの
BL
恋人に裏切られ弱っていた会社員の小沢 海斗(おざわ かいと)25歳 幼馴染の悠人に助けられ馴染みのBARへ… そのまま酔い潰れて目が覚めたら鬼上司と呼ばれている浅井 透(あさい とおる)32歳の部屋にいた… いったい?…どうして?…こうなった? 「お前は俺のそばに居ろ。黙って愛されてればいい」 スパダリ、イケメン鬼上司×裏切られた傷心海斗は幸せを掴むことができるのか… 性描写には※を付けております。

4人の兄に溺愛されてます

まつも☆きらら
BL
中学1年生の梨夢は5人兄弟の末っ子。4人の兄にとにかく溺愛されている。兄たちが大好きな梨夢だが、心配性な兄たちは時に過保護になりすぎて。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

R指定

ヤミイ
BL
ハードです。

かわいい美形の後輩が、俺にだけメロい

日向汐
BL
過保護なかわいい系美形の後輩。 たまに見せる甘い言動が受けの心を揺する♡ そんなお話。 【攻め】 雨宮千冬(あめみや・ちふゆ) 大学1年。法学部。 淡いピンク髪、甘い顔立ちの砂糖系イケメン。 甘く切ないラブソングが人気の、歌い手「フユ」として匿名活動中。 【受け】 睦月伊織(むつき・いおり) 大学2年。工学部。 黒髪黒目の平凡大学生。ぶっきらぼうな口調と態度で、ちょっとずぼら。恋愛は初心。

処理中です...