特別な人

鏡由良

文字の大きさ
543 / 552
my treasure

my treasure 第25話

しおりを挟む
「そ、それよりも! それよりも海音、虎の彼氏はこいつの性格の悪さを知ってて付き合ってるってマジ?」
 虎からの冷ややかな視線に耐え兼ねた雲英は半ば強引に話を戻そうとする。先程までとは違い、虎の恋人を名前ではなく『彼氏』と呼んだところから彼の性格は見た目とは違い律儀なもののようだ。
 恋人の名前を他人の口からききたくなかった虎はその対応に満足したのか再び目を閉ざして無関係を装う。恋人を悪く言うなと切れるかと思われたが、どうやらその気はないようだ。
(本当、変な奴だ。普通名前呼ばれるよりも悪く言われる方が嫌じゃねーの?)
 思考回路が理解できない奴の考えを理解する気はないが、雲英は海音が同じように思わないことに違和感を覚えた。
「葵にとって虎は『優しくて誰よりも頼りになる彼氏』だぞ」
「虎が『優しい』? え? でも『良い奴』を演じてるわけじゃないんだろ?」
「うん。まぁ信じられないかもしれないけど、今の虎も葵と一緒にいる虎も、同じなんだよ。ただ葵が一緒に居ると感情が豊かになるだけでさ」
 苦笑を濃くする海音は雲英に尋ねる。葵が居なけりゃ生きる意味がないって思う奴なのはもう知ってるだろ? と。
「ま、まぁ、それは……」
「昔から虎の行動の全部が葵に結びついてて、それ以外に関する労力は絶対に割かないんだよ。なんていうか、葵と一緒にいる時以外は省エネモード的な?」
 今もまさにその状態。
 そう言いながら海音が虎へと視線を向ければ、こちらへの関心を示さず休んでいる男の姿が目に入る。
 つまり虎は恋人の前でいい人を演じているわけでも他者に対して性格が悪いわけでもなく、常に己を作らず飾らずありのままの自分として振舞っているということらしい。
 きっと過去に廃人さながらな虎を見ていなければいくら海音の言葉でも信じることはできなかっただろう。
 だが残念ながら雲英はその言葉に嘘は無いと判断するだけの材料を持ち合わせてしまっている。
 無意識のところで納得してしまっている自分に気づいた雲英は忌々し気に自分の髪を乱暴に掻き毟ると、「ステータス偏りすぎだろ」と吐き捨てた。
「『ステータス』?」
「この世界が育成ゲームの中なら育て方間違えたってリセットするレベルで偏ってるってこと!」
「ああ、なるほど! そう言う話か!」
 理解できたと笑う海音。だが能力という意味でのステータスなら他を圧倒するだけの数値をたたき出すだろう虎。そんな彼は果たして『育成失敗』と言えるのだろうか?
「明らかに失敗だろ。こいつ恋人が居なけりゃその輝かしい能力を発揮できないんだから」
「確かに条件付きの能力は使い辛いよなぁ。俺もこの前実装されたURキャラが気になってゲットしたんだけどスキル使うのに結構条件があってさー」
「ガチのゲームの話かよ」
「あ! 悪い悪い、つい!」
 課金してまでゲットしたのに使いこなせなくて。
 そんなぼやきを続ける海音にすっかり毒気を抜かれてしまった雲英。だが同時に今度は別の怒りを覚えてしまう。こんな良い親友がいるのにそれを『幸せ』だと思わない男に対して。
 海音は本当に虎が大好きで大切なのだと分かるのに、対する虎は海音のことを鬱陶しいとしか思っていないに違いない。
「おい、お前そのゲームアンインストールしたって言ってなかったか? 毎月の課金額がバレて心寧さんに殺されかけたんだろう?」
「それは別のやつで、今言ってるのは先週始めたやつだ。でも、なんだ虎。やっぱ俺のことも結構気にかけてくれてるんじゃん!」
「凪ちゃんが心配してたから見張るよう頼まれたからな。茂斗に」
「茂斗からかー」
 頼むから親友の俺のこともっと気に掛けて行こうぜ?
 そう苦笑いを零す海音だが、返事は分かりきってるから期待はしない。
 するとそのやり取りを聞いていた雲英は驚いた顔をしていて、どうかしたのかと尋ねてやった。
「いや……、彼氏以外の頼み事も聞けるのか、お前」
「そんなわけないじゃん。茂斗が葵に頼むよう言ったんだよ、どうせ。そうだろ?」
 どうやら雲英は先程聞いた話で虎は葵以外に対する関心はなく、労力を割く気もないと思っていたのに、『茂斗』の頼みを聞いているからどういうことだと混乱しているようだ。
 そんな雲英へ答えを提示して当事者に答え合わせを求めれば、「それ以外に理由があるか?」と質問が返されてしまった。
「お前がまた怒られないか凪ちゃんが相当気にしてるなんて話を聞いて優しい葵が放っておけるわけないだろうが」
「サラッと惚気入れるなよ……」
「えぇ? 凪、そんなに心配してたのか? やばい、俺の妹最高に可愛すぎないか!?」
「こっちはこっちでシスコン全開かよ」
「良かったな雲英。ツッコミ放題じゃないか」
 お笑い芸人の血が騒ぐだろう?
 そう蔑むような笑みを浮かべる虎に雲英は「俺はバーテンダーだ!」とこれまた律義にツッコミを入れてしまう。
「大体お前らだけだぞ俺をツッコミにするのは!
「マジで? 雲英の突っ込みキレッキレだからてっきり他の人にもバンバン突っ込んでるのかと思ってた!」
「だから、それはお前らのせいだ! 俺は元々突っ込むより突っ込まれたい方なんだからな!?」
「急に下ネタぶち込んでくるなよ変態」
「! そういう意味じゃねぇ! つーかそういう意味に聞こえた虎の方こそ変態だぞ!」
しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

吊るされた少年は惨めな絶頂を繰り返す

五月雨時雨
BL
ブログに掲載した短編です。

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

久々に幼なじみの家に遊びに行ったら、寝ている間に…

しゅうじつ
BL
俺の隣の家に住んでいる有沢は幼なじみだ。 高校に入ってからは、学校で話したり遊んだりするくらいの仲だったが、今日数人の友達と彼の家に遊びに行くことになった。 数年ぶりの幼なじみの家を懐かしんでいる中、いつの間にか友人たちは帰っており、幼なじみと2人きりに。 そこで俺は彼の部屋であるものを見つけてしまい、部屋に来た有沢に咄嗟に寝たフリをするが…

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

鬼上司と秘密の同居

なの
BL
恋人に裏切られ弱っていた会社員の小沢 海斗(おざわ かいと)25歳 幼馴染の悠人に助けられ馴染みのBARへ… そのまま酔い潰れて目が覚めたら鬼上司と呼ばれている浅井 透(あさい とおる)32歳の部屋にいた… いったい?…どうして?…こうなった? 「お前は俺のそばに居ろ。黙って愛されてればいい」 スパダリ、イケメン鬼上司×裏切られた傷心海斗は幸せを掴むことができるのか… 性描写には※を付けております。

R指定

ヤミイ
BL
ハードです。

かわいい美形の後輩が、俺にだけメロい

日向汐
BL
過保護なかわいい系美形の後輩。 たまに見せる甘い言動が受けの心を揺する♡ そんなお話。 【攻め】 雨宮千冬(あめみや・ちふゆ) 大学1年。法学部。 淡いピンク髪、甘い顔立ちの砂糖系イケメン。 甘く切ないラブソングが人気の、歌い手「フユ」として匿名活動中。 【受け】 睦月伊織(むつき・いおり) 大学2年。工学部。 黒髪黒目の平凡大学生。ぶっきらぼうな口調と態度で、ちょっとずぼら。恋愛は初心。

ずっと好きだった幼馴染の結婚式に出席する話

子犬一 はぁて
BL
幼馴染の君は、7歳のとき 「大人になったら結婚してね」と僕に言って笑った。 そして──今日、君は僕じゃない別の人と結婚する。 背の低い、寝る時は親指しゃぶりが癖だった君は、いつの間にか皆に好かれて、彼女もできた。 結婚式で花束を渡す時に胸が痛いんだ。 「こいつ、幼馴染なんだ。センスいいだろ?」 誇らしげに笑う君と、その隣で微笑む綺麗な奥さん。 叶わない恋だってわかってる。 それでも、氷砂糖みたいに君との甘い思い出を、僕だけの宝箱にしまって生きていく。 君の幸せを願うことだけが、僕にできる最後の恋だから。

処理中です...