特別な人

鏡由良

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my treasure

my treasure 第27話

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「つまりお前は初めてセックスした後、ずっとエロいことだけ考えてたんだな。でもそんな自己紹介をしてもらわなくてもお前の貞操観念が死んでるってことは分かってるから安心しろ」
「人の話聞けよ。『童貞捨てたら』って話をしてるんだ、俺は」
「お前が童貞か非童貞かとかそんなことは心底どうでもいい」
 自分の話ではなく元カレ、いや、星の数ほどいるセフレ達の話なのだろう。
 だが虎は雲英の体験談だろうが雲英のセフレのそれだろうが関係なく気持ち悪いと顔を顰めた。
「その『気持ち悪い』事を彼氏としたくて堪らねぇー奴が何強がってるんだ。お前がどう言おうが、同類なんだよ」
「セックスできれば誰でもいいって連中と一緒にするな。反吐が出る」
「確かに誰でもいい奴もいるっちゃいるけど、好みがある奴が大半だからな?」
「頭も下半身も緩い連中の好みなんて一ミリも興味ないって言ってるんだ」
「二人ともちょっと落ち着けよ。……失敗続きで自信喪失しそうだからって雲英に八つ当たりするのは違うぞ、虎。雲英も、同じ男ならこいつが今傷心だって分かるだろ? ちょっとは優しくしてやれよ」
 嫌悪を露わにする虎の様子に、このまま放っておけば力づくで雲英を黙らせる暴挙に及びかねないと判断した海音は慌てて険悪な雰囲気の二人を仲裁する。
 海音に弱い雲英は、不本意層ながらも直ぐに聞き分ける。
 だが、恋人以外に振りまく優しさを持ち合わせていない虎はうんざりした表情を見せた。
 理想通りとはいかなくとも心から愛している人と初めて身も心も結ばれた『初体験』はできることなら自分達だけの大切な思い出にしておきたい。
 しかし、そのために沈黙を貫けばその『大切な思い出』は周囲の好奇によって穢されてしまう。
 虎にはそれが堪えがたい屈辱だった。
 痛みに弱い恋人が必死にそれに耐えて自分を受け入れてくれたあの瞬間を無かったことにはしたくない。
 だがそれと同時にやはり恋人との―――葵とのセックスを吹聴するようなことはしたくないという独占欲もまた己の中にはあって、相反する感情がせめぎ合う。
「わ、るかったよ。茶化してるつもりはなかったけど、確かに無神経なことを言ったと思う」
「ほら、虎。雲英も謝ってるんだ。お前も謝れ」
「何に対して謝れって言うんだ? 俺は謝らなければならないようなことは何も言ってないと思うんだが?」
 勝手にセックスに失敗したと決めつけて中傷されたから言い返しただけだ。事実をな。
 そう憮然と言い放つ虎は雲英に歩み寄る気など毛頭ないと言わんばかりだ。
 海音は親友の態度に今度こそ雲英との友好関係は終わった気がすると頭を抱える。
 いや、むしろ今までよく我慢してくれたと思うべきなのだろうが、それでもこんな終わり方は嫌だと思ってしまうのは彼の人の良い性格ゆえだろう。
「き、雲英、本当にゴメン……。でも虎の奴、意地になってるだけだから、だから―――」
「マジで失敗してなかったのか?」
 今日は一旦お暇して後日改めて謝罪に来ようと海音が虎の代わりに謝っていたのだが、当の雲英はその言葉が耳に届いていないかのように驚いた顔で虎を見下ろしていた。
 その表情からは怒りは見えず、今のところ決別は避けられたのかもしれない。
「俺が一言でもそうだと言ったか?」
「んー……、言っては、ないな?」
「失敗してないから言ってないんだ。それぐらいは理解できるよな?」
 不機嫌な面持ちで見据えてくる虎に雲英が見せるのは戸惑いだ。それならどうしてあんな神妙な顔をしていたんだ。と。
(だからどうして神妙な顔をしていることがセックスに失敗したってことと同等になるんだ? こいつの頭は股と同じぐらい色欲塗れなのか?)
 そんな風に心中で失礼なことを考える虎だったが、口には出さなかった。
 普段の彼なら相手にどう思われようがはっきり言葉にしていただろうが、雲英の隣でオロオロしている海音の姿を見て思いとどまったということだろうか?
 ともあれ、失言が飲み込まれたことで再び険悪な雰囲気になることは無く、純粋な疑問の目を向ける男に虎は小さな溜め息を吐いた。
「……自分が人じゃなくなった気がしただけだ」
「! まさか暴走して相手に怪我させたのか?」
 虎の言葉にどんな想像を膨らませたのか、雲英の表情からは血の気が引いている。
 何故そんな表情になるのかと、今度は虎が驚いた。
「ちゃんと慣らせって、俺めちゃくちゃ言ったよな? お前のムスコは『立派』とか『でかい』とかじゃなくて最早『凶器』なんだからローションも一本使うつもりでちゃんと解してから挿れろよって、俺言ったよな!?」
 相手は無事なのか!? と詰め寄ってくる雲英。まさか病院の世話になるとかしてないだろうな!? と。
 冷静さが無くなったとはいえ、流石に混乱し過ぎだ。もし雲英の言う通りの状況になっていたのなら、虎がこの場にいるわけがないのだから。
「葵が酷い目に遭った状態で俺が傍に居ないと思うのか? もしお前の言う通りの状況なら、俺は此処に居ない。葵の傍にいるに決まってるだろうが」
「! そ、それもそうか……、だよな、よかった……」
 焦った……。と雲英は心底安堵しているようだ。
 その思考回路も行動も理解できない虎は珍しく困惑を覚えた。
「ビビらすなよ……、『野獣になった気がした』って言われたら相手のこと無視して突っ走ったと思うだろうが……」
「そこまで言ってないだろうが」
 いや、ある意味では正しいが、セックスの最中には何とかそれは回避できたから一先ず『違う』と否定させてもらおう。
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