特別な人

鏡由良

文字の大きさ
548 / 552
my treasure

my treasure 第30話

しおりを挟む
 葵への執着が異常だということは以前から自覚していたが、自分が恐れていた通り、一線を越えたことでそれは更に悪化してしまった。
 今までなら海音の軽口もそれなりに受け流せていたのだが、増幅した独占欲のせいでそれすらも許せない。
 狭量が過ぎると分かっているのだが、どうしても我慢が効かなかった。
「お前さ、彼氏がいればそれでいいって本気で思ってるわけ?」
 理不尽だと非難されても当然だった虎の振る舞いにも、自分が悪かったと言って一切責めることのなかった海音は先程「腹が減った!」とコンビニに食料の買い出しに行った。
 海音が出て行ってすぐ虎の眼前に仁王立ちしているのは部屋の主である雲英で、不快感を露わに問いかけてきた。
「……思ってたらどうだって言うんだ」
「思ってるなら、頭お花畑のバカだって言ってやる」
「学部のトップを掴まえてバカとは言ってくれるな」
「学力的な意味じゃねぇーよ。絶対分かってて言ってるだろ、お前」
 人間的な意味で馬鹿だと言っていると呆れ顔で見下ろしてくる雲英。
 虎はそんな彼に自嘲気味に笑い、「自覚してる」と小さな声を漏らした。
「海音は良い奴だよ。本当に」
「! お前……、お前本当に虎か? え? もしかしてこの部屋事故物件なわけ? マジ?」
 憑りつかれたのかと青褪める雲英は明らかに怯えた様子。
 失礼な奴だなと嘲笑を漏らす虎は、雲英の貞操観念の低さはともかく、人を見る目は確かだと信頼を示した。
「えぇ……マジで、どうしたんだ?」
「どうもしていない」
 憎まれ口が飛んでこないことが怖いと言いたげな雲英は、怯えた表情のまま尤もな疑問を投げかけてきた。
「海音を良い奴だって思ってるなら、なんであんな邪険にするんだよ」
「良い奴でもうざいことはうざいからな」
 海音のことは常々鬱陶しいと思っている。それは事実だ。だが虎にとっては彼への信頼の裏返しでもある。
 雲英は顰め面を見せ、『理解できない』と訴えてくる。虎は苦笑を漏らし海音はある意味自分の理想だと彼に伝えた。
 海音のような明るく穏やかで思いやりにあふれた性格であれば葵を傷つけることなく『兄として』愛せたのではないかと思ったことは1度や2度じゃなかった。と。
「いや、お前の彼氏はお前のことめちゃくちゃ好きなんだろ? なんでそういう感じになるわけ?」
「それは葵が俺を愛してくれたから俺は俺で良かったってだけで『結果論』だな」
「んん?」
「海音みたいな性格でありたかったってのは、葵が俺を『兄貴みたいな幼馴染』としか思ってなかった頃の話だよ。……あの頃の俺は、どんなに頑張っても『兄』にはなれなかった。どれほど努力しようとも海音みたいに大切な弟妹達を想う『兄貴』にはなれなかったんだ」
 物憂げに笑う虎にはいつもの人を小馬鹿にした雰囲気はなく、純粋に過去を懐かしんでいるようだ。
 昔から愛しくて堪らなかった存在の為に自分ができる努力を全てしてきた虎には、たった一つだけ成し得なかったことがある。
 それが先程彼が言った『兄』になることだった。葵を『兄』として愛し、慈しみ、守りたかった。
 だが、何度自分に暗示をかけても、『兄』になることはできなかった。
 『兄』としてではなく、一人の男として葵を愛し、慈しみ、守り続けた。
 兄になれなかった『男』は守るべき人に穢れた劣情を覚え、時に他者に醜い嫉妬を抱き、狂気にも似た恋慕に焦がれた。
 いつか大切な人を傷つけてしまうかもしれない。
 そんな恐怖を覚える虎の隣には彼がなりたかった『兄』としての立ち居振る舞いを見せる海音が居て、羨望のあまり度々理不尽な八つ当たりをしてしまったと思う。
 普通なら愛想を尽かして当然だと思える振る舞いも多かっただろう。
 だが海音はそれらすべてを笑って赦し、あまつさえ『親友』だと今もなお虎を呼ぶ。
 その広すぎる懐に、羨望するのも飽きるぐらいだと薄い笑みを浮かべた。
「男のツンデレとか、止めろよ。キツイぞ」
「同感だな。だから俺は海音に優しくするつもりは微塵もない」
「いやいやいや、そういう理由なわけ? あの最悪な態度って」
 どういう理由だよ!?
 そう呆れる雲英に、虎は肩を竦ませ「葵に注意されたら改める」と一切ブレることのない考えを示した。
「一回ぐらい言われたことあるだろ?」
「いや、無い。これが普通だと思ってるから」
「あれが普通って、お前の彼氏の頭もバグってるのか?」
「おい、葵を悪く言うなら容赦しないぞ」
 葵が物心つく頃には既に今の関係性が出来上がっていた。
 だから葵が虎に『海音君に優しくして』と注意することは今までなく、きっとこれからもないだろう。
 何故なら葵は今海音を自身の『ライバル』だと思っているから。
しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

吊るされた少年は惨めな絶頂を繰り返す

五月雨時雨
BL
ブログに掲載した短編です。

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

久々に幼なじみの家に遊びに行ったら、寝ている間に…

しゅうじつ
BL
俺の隣の家に住んでいる有沢は幼なじみだ。 高校に入ってからは、学校で話したり遊んだりするくらいの仲だったが、今日数人の友達と彼の家に遊びに行くことになった。 数年ぶりの幼なじみの家を懐かしんでいる中、いつの間にか友人たちは帰っており、幼なじみと2人きりに。 そこで俺は彼の部屋であるものを見つけてしまい、部屋に来た有沢に咄嗟に寝たフリをするが…

鬼上司と秘密の同居

なの
BL
恋人に裏切られ弱っていた会社員の小沢 海斗(おざわ かいと)25歳 幼馴染の悠人に助けられ馴染みのBARへ… そのまま酔い潰れて目が覚めたら鬼上司と呼ばれている浅井 透(あさい とおる)32歳の部屋にいた… いったい?…どうして?…こうなった? 「お前は俺のそばに居ろ。黙って愛されてればいい」 スパダリ、イケメン鬼上司×裏切られた傷心海斗は幸せを掴むことができるのか… 性描写には※を付けております。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

R指定

ヤミイ
BL
ハードです。

かわいい美形の後輩が、俺にだけメロい

日向汐
BL
過保護なかわいい系美形の後輩。 たまに見せる甘い言動が受けの心を揺する♡ そんなお話。 【攻め】 雨宮千冬(あめみや・ちふゆ) 大学1年。法学部。 淡いピンク髪、甘い顔立ちの砂糖系イケメン。 甘く切ないラブソングが人気の、歌い手「フユ」として匿名活動中。 【受け】 睦月伊織(むつき・いおり) 大学2年。工学部。 黒髪黒目の平凡大学生。ぶっきらぼうな口調と態度で、ちょっとずぼら。恋愛は初心。

リンドグレーン大佐の提案

高菜あやめ
BL
軍事国家ロイシュベルタの下級士官テオドアは、軍司令部のカリスマ軍師リンドグレーン大佐から持ちかけられた『ある提案』に応じ、一晩その身をゆだねる。 一夜限りの関係かと思いきや、大佐はそれ以降も執拗に彼に構い続け、次第に独占欲をあらわにしていく。 叩き上げの下士官と、支配欲を隠さない上官。上下関係から始まる、甘くて苛烈な攻防戦。 【支配系美形攻×出世欲強めな流され系受】

処理中です...