特別な人

鏡由良

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my treasure

my treasure 第32話

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 コンビニで3人分にしては多すぎる量の食料を買い込んできた海音に葵を迎えに行く為に帰ると伝えたら、案の定、流石に迎えに行くには早すぎるとか、せめて買ってきた食料で脱童貞パーティーしたいとか煩かった。
 本来なら、それらが煩わしくて『なら二人で勝手にしてろ』と一人で帰るところなのだが、海音との関係を壊したくない雲英の気持ちがなまじ理解できてしまったため、面倒だったが文句を全部聞いてやることでなんとか帰りの車中まで辿り着けた。
 ハンドルを握りながら後部座席で何やら考え込んでいる海音の様子に不気味さを覚えた虎はついつい「何考えてるんだ」と探りを入れてしまう。
「いや、俺はこのまま素直に送られていいのかな? と思って」
「この後葵を迎えに行くって言っただろうが。我侭言うな」
 今向かっているのは海音の家。
 親友を送り届けた後に昼休み中だろう葵に電話して、電話を終えたら少し早いが迎えに行こうと予定を立てていた虎はごねて予定を狂わせてくれるなよと牽制する。
 すると海音は「我儘じゃなくてさ」と珍しく神妙な顔をしている。
「お前、今までと同じように我慢できるのか?」
「……できるできないじゃなくて、するんだよ」
「だから、それを『できるのか?』って聞いてるんだけど」
 海音の声は茶化している音ではない。だから虎も真面目に答えたのだが、その返答が理想論だと見破られてしまった。
 否定できない虎は言葉を詰まらせ、海音は深い息を吐く。
「昔の話だけど、俺はできなかったぞ。ヤりたいって迫られて最後まで拒否れたことなんてなかったからな」
「俺とお前は違う」
「それは分かってる。でもお前の方がずっと不利って意味だからな」
「なんでだよ」
「俺の相手は俺が何年も拗らせに拗らせた相手じゃない」
 海音が欲に負けた際の相手は確かに当時好きだと思っていた相手ではあったが、親友のように何年も身を焦がすような情熱を向けた相手ではなかった。
 それでも自分なりに相手を大切にしようと決めていたのだが、肉欲には勝てず、互いの欲のまま抱き合ってしまった。
 明日は絶対に性欲に負けないと誓いを立てても、その明日が来ることが無かったという残念な結果になったことも一度や二度じゃない。
 それほどまでに、本能的な欲求は強かった。
 虎は何年も何年もその欲を抑えつけ、葵の幸せだけを考えて生きてきた。
 強靭な理性を持つ男だということは間近で見守ってきた海音も良く知っている。
 だが、だからこそ虎が考えている以上に『理性』が脆くなっているのではないかと懸念するのだ。
 一度溢れた想いを抑え込むのは不可能に近いと思うから。
「それ以上言うな。俺も、理解してるから……」
「うん。それは知ってる。だからこのまま家に帰るんじゃなくて、一緒に迎えに行った方が虎のためかな? って思ったんだよ」
「正直、難しい所だな」
「それは、虎的には俺が一緒の方がいいって解釈で合ってる?」
「お前は偶に馬鹿じゃなくなるから怖い」
 そう言って苦笑を漏らす虎。海音は内心で(素直なお前の方が怖いぞ)とツッコミを入れてしまう。
(でも、まぁそっかぁ。葵的には、面白くないよなー)
 漸く念願叶って初エッチできたその次の日に恋人が他人と一緒に迎えに来たなんて、悲しいやら腹立たしいやらで感情が忙しくなりそうだ。
「そりゃ二人きりで過ごしたいって思うよな。特に葵はそういう面で夢見がちっぽいし」
「別に葵に限った話じゃない。俺だってできることなら二人きりで過ごしたいと思ってる」
「我慢できなくなりそうだから嫌だって話じゃなかったのかよ」
「それとこれとは別の話だろ。そもそも俺はいつだって二人きりがいいんだ」
 葵はいつだって可愛い。だが自分が傍に居るとその可愛らしさに拍車がかかる。
 それは決して虎の自惚れではなく、紛れもない事実。
 可愛いという言葉は葵のためにあるのでは? と考えてしまう程余すことなく愛らしい人を独占欲の権化と他者から揶揄される虎が独り占めしたいと思わない方が嘘というものだ。
 その証拠に、昔から常々思っていた。葵と二人きりの世界が良かった。と。そうすれば他人がこの可愛い存在を認識することもないのに。と。
「何が悲しくて他人に葵を見せてやらなくちゃならないんだって話だよ、本当に」
「うわぁ……、相変わらずぶっ飛んでんなぁ……」
「思ってるぐらいいいだろうが。行動には移してないからセーフだ」
「阿呆。行動に移したら即檻の中だぞ、お前」
 ドン引きするレベルの独占欲を見せられて呆れ顔になる海音は、分かっていたつもりだったけれども親友の闇はまだまだ底知れないと身震いして見せた。
「闇、か。確かにそうだな」
「お前に葵って光が居てよかったよ。本当」
 葵と出会っていなければ虎は一体どんな男になっていたのだろう?
 そんなことを考えながらも、海音には親友の『もしも』の姿が1ミリも想像できない。
 それが意外ではなく納得だったことに海音自身親友に毒されているなと声を出して笑った。
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