LOVE IS SOMETHING YOU FALL IN.

鏡由良

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LOVE IS SOMETHING YOU FALL IN.

LOVE IS SOMETHING YOU FALL IN. 第33話

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 悠栖がそれに後ろを振り返れば、怒りと困惑、そして恐怖といった様々な表情が入り混じった顔で立ち尽くしている那鳥の姿がそこにあった。
 そしてその隣には唯哉の姿があって、悠栖はクラスメイトに覚えていた怒りとは別の、もっとドロドロした何かが身体を巡る感覚を覚えた。
「あ、あの、これは、その―――」
 シンと静まり返った教室に響くのは噂を吹聴したクラスメイトの狼狽えた声。
 必死に言い訳を考えているのだろうが、言葉はまともに紡がれることは無かった。
 聞こえる賑やかな声は廊下を通る他の生徒のものや隣の教室のものだけ。
 今自分達の教室には緊迫した空気が流れていて息苦しさを覚えた。
 しかし、この緊張感は長く続かなかった。
 那鳥の隣にいた唯哉が固まったままの彼の名前を呼んだことにより、時は再び動き出す。
「姫神、大丈夫か……?」
 唯哉の手が那鳥の肩に触れた瞬間、那鳥は弾かれた様に唯哉を振り返り、そして、泣きそうに顔を歪めた。
 その表情がすべてを物語っていて、『噂』は『真実』だったと皆に伝えた。
 那鳥は唯哉の手を振り払うとそのまま踵を返して教室から、クラスメイトの好奇の目から逃げるように走り去ってしまった。
「! 姫神っ!!」
 逃げた那鳥の名前を呼ぶ唯哉の声が、響く。
 唯哉は那鳥を追いかけようとしたが、その前にどうしてもやらなければならない事があると教室にいた全員に蔑みの声を放った。
「お前ら、サイテーだなっ……!」
 唯哉の口から出た言葉はたったそれだけ。
 しかし、それ以上に感情は伝わった。
 反論のしようがないと言葉を失うクラスメイト達。
 唯哉は軽蔑の眼差しを残し、那鳥を追いかけるように走り去った。
 二人が居なくなって数秒後、漸く教室に音が戻った。しかしそれは良い音とは言えないもので……。
「び、ビビったぁ……。タイミング悪すぎだろ……」
「いや、むしろタイミング良すぎじゃねぇ?」
「確かにな。でも姫神のあの顔、あれは『マジ』の奴だよな?」
 騒めきを取り戻す教室には那鳥の過去の推測や憶測が飛び交っていて、それらは全て『好奇』と『悪意』に満ちているように感じた。
 聞き苦しい『噂話』の数々。悠栖はぐるぐると腹を蠢く感情に吐き気を覚えた。
 好き勝手に喋るクラスメイト達の話題は那鳥の家庭の話だけに留まらず、彼の内面にまで飛躍する。
 そして、自分達を蔑んだ唯哉に対する苛立ちをそれに交え、下世話な話題へと内容を変化させて―――。
「……那鳥君、ご両親のことでずっとからかわれてたみたいだよ……」
「え?」
 苛立ちを募らせていた悠栖の耳に届くのは、葵の声。
 それはクラスメイト達には聞こえないようにトーンの落とされたもので、悠栖はどうして葵が先程明らかになった那鳥の『秘密』の詳細を知っているのかと視線を向けた。
「葵、知ってたの?」
「うん。ほら、僕の周りって心配性な人が多いでしょ? 友達ができたって那鳥君の話をした二日後には色々調べつくされちゃってて……」
 そう苦笑いを浮かべる葵は、だから先の話の全容はもちろん、それまで公立の学校に通っていた那鳥がクライストに編入するに至った経緯も全部知っていると力なく頷いた。
 慶史がそれらについて尋ねる言葉を口にしたが、葵は那鳥が言いたくない事は言わないと首を振って話すことを拒否する。
 でも、知っておいて欲しいことは喋ると言った葵。
 朋喜が『知っておいて欲しいこと』とは何か話を促した。
「那鳥君は信じていた友達全員に一度裏切られてる。でも、それでももう一度友達を信じようって僕達に心を開いてくれた。……僕達に必要なのって、那鳥君の『過去』じゃなくて『そういうところ』だよね?」
 家とか家族とか、そういったものも必要ない。自分達にとって重要なのは、那鳥が自分達をどう思っているかだけ。
 そう尋ねてくる葵に悠栖は慶史と朋喜と視線を交え、そして頷いた。それ以外に大切なモノなんてないよ。と。
 葵は答えに笑顔を見せ「よかった」と安堵する。
 悠栖はそんな葵の笑顔に心が浄化されたような気がした。
 そして浄化された心には余裕が生まれ、行動を起こす力も生み出してくれる。
「どこ行くの?」
「チカ、探してくる。たぶん今の姫神には全員『同じ』に見えるだろうから」
 ノートをまだ写し終えていないのに片づけを始める悠栖に朋喜が訝しげな声を掛けてくる。
 それに悠栖は呑気にノートを写している場合じゃないと言葉を返した。
 那鳥が過去自分を蔑んだ連中と唯哉を同一視して、傷つく前に傷つけようと攻撃に転じないとは言い切れない。
 そうなればどちらも傷を負うことになるから、その前に止めないと。
 そう言って悠栖は午後の授業では潔く怒られると笑ってノートを閉じると教室を後にした。
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