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そして時は動き出す
そして時は動き出す 第24話
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「烈火!来たぞ!!」
「うるせー!!人使い荒いぞ!!ファイアーウォール!!」
早くしろとせかすリムに烈火が両腕を前に伸ばし、炎系統の防壁を作り出す。それに一瞬遅れて、凄まじい爆音と爆風が室内を襲ってきた。オプトはミルクを己の身体が盾となるように抱きすくめ、ガラスと高熱で実体のない炎の刃から主を護り、シーザはドラゴンにトランスし、持ち前の強靭な皮膚でダメージを回避する。
しかし、ファイアーウォールで軽減されたものの、相手との魔法力の差は、そのまま呪文の威力に反映された。無数の炎の刃は空間にある可燃物に火をつけ、燃え上がらせる。とたん、室内には煙が立ち込めて…。
「ってぇ…手加減無しかよ…」
爆風に壁に打ち付けられたのは、ミルクを除くこの場で最も防御力の低いリム。痛みに顔を歪めて口角から零れる血を手の甲で拭いながら悔しそうに言葉を零すしか出来なかった。
(まずいな…このままじゃ、焼け死ぬって)
火炎系呪文が得意な烈火は敵の追撃に備えながらも周りで燃え上がる炎に注意を払う。自分の水系呪文ではこの炎を一瞬で消すことは不可能。《ルナ》の実力を考えると悠長に炎を消しているわけにもいかず八方塞がりだ。
「帝!ミルク様を安全な場所まで!!シーザ君、君もだ!」
舞い踊る炎にオプトは君主を帝に預けると避難を命じた。それに異議を申し立てる帝に、今一度、大声で彼の名を呼べば、分かりました。と返事が聞ける。
帝の言わんとしていることは分かっている。戦闘力的に、帝が欠けることは痛いと言う事は、紛れも無い事実。しかし、だからと言って侵入者であるリムと烈火にミルクを預けるわけにもいかない。なんと言っても、二人は一度自分達を裏切ったのだから。
「わざわざ敵を引き連れてミルク様の命を危険に晒す気か!?」
「五月蝿い!!私達だってできるなら《ルナ》をミルクから遠ざけたかったんだ!!」
剣を構え、敵の襲撃に備えるオプトの言葉に、リムが喰ってかかるのは、八つ当たり。今の状況は、自分達の実力で《ルナ》の足を止められなかった結果だったから…。
「俺等がいなくちゃ、あんたも帝も無傷じゃ済んでねーぞ。姫さんなんて、即死だ」
再び防壁呪文の詠唱を始めた烈火。
彼の話では、屋敷の電気が消え、リムと烈火が計画通り侵入しようとしたその時、《ルナ》と思しき男がミルクの部屋にむけて中級火炎系呪文を放ったのを目撃したらしい。
咄嗟に烈火が防壁呪文を唱え、リムが水系呪文で威力を殺いだおかげでこの部屋にそれが直撃する事も無かったらしいが、おかげでランク違いの戦士と2人は戦う羽目になったという。
「リム。どーすんだよ。ぜってー無理だぞ!!あんな奴に勝つなんて!」
「私に言うな!…くそっ!こんなに早く石を奪いにくるとは計算外だ!!」
普通なら、陽が落ち闇が一層濃くなった夜中に動く怪盗。《ルナ》もそうだと思っていたリムだからこそ、日の入り一番に屋敷への潜入を計画したのだ。しかし、《ルナ》にはそれが通じなかったようで…。
「!来るぞ!!」
自分とは桁違いの戦闘力がリムと烈火を襲う。同じAクラスの戦闘力を誇るオプトも、レベルの違いを感じてしまう程、禍々しく、強大な力…。
「Aクラス上位…」
燃え盛る室内に、姿を現したのは、闇に身を包んだ男。フードを深く被り、口元しか確認できない。
動けば、殺される。そんな緊張感が空間を支配していた…。
「石を」
視界で確認できる口元には笑みが称えられ、短く言葉が零された。"マーメイドの涙"を渡せと言っているのだろう。
「大人しく石を渡せば、後数分は生かしておいてやる」
それはつまり、渡しても、殺されると言う事。
沈黙が続く部屋の中、炎が燃え上がる音だけが、4人の耳に届いていた。
「…沈黙は拒否と捉える」
その言葉とともに、《ルナ》がマントを脱ぎ捨て、正体を現した。深海のように暗い青…ダークブルーの髪に炎が反射する。
まだ若い男の姿に、リムの心は憎悪の対象者で無い事への安堵と、焦りが渦巻いた。ようやく見つけたと思っていた男達ではない目の前の男の姿に落胆を隠せないのは、仕方の無いことかもしれない。
しかし、相手がスタン、もしくはフレアで無いからといって、現状が変わるわけでもない。自分達は、圧倒的不利な立場にいるのだから。
《ルナ》がその背に担いでいた剣の柄に手をかけ、鞘から一気に刃を引き抜く。目に晒されたソレは、自分達に照準を合わされていて…。
「!くっ…」
オプトの低い呻き声が耳に届いて、視線を移したとき、先程まで自分達の視線の先に居たはずの男が、オプトと剣を交えていたことに烈火とリムは驚きを隠せないでいた。
一撃を防げたという事は、オプトはどうやら《ルナ》の動きを目で追えたのだろう。…しかし、自分達は、目で追うことすら、できなかった。…これが、Aクラスの戦い。Dクラス、Cクラスの雑魚はお呼びでないということだ。
「…っ……なめるなぁ!!」
「!リム!やめろ!!」
萎縮した身体を大声で奮い立たせて、剣を構えて《ルナ》に振り下ろす。しかし、《ルナ》は予想していたとばかりに、オプトをあしらい、切りかかってくるリムに魔法力を乗せた衝撃波をくれてやる。
重い蹴りを喰らったような衝撃が、腹を直撃し、口から消化物と血が混合して吐き出され、再び壁に打ち付けられそうになった。それを、抱きとめるのは烈火で、「無茶すんな!!」と怒鳴られた。
「レベルが違いすぎる!!逃げるぞ!!」
と烈火はリムの手を引き、窓からその場を去ろうとする。が…。
「うるさい鼠だ」
烈火の眼前を通過する、鋭利な短剣に、足が止まってしまう。通過した剣は、柱に突き刺さり、赤々と燃え盛る炎をその身に反射させていた…。
オプトは額と肩から血を流しながらも剣を片手に立ち上がる。何とかせねば、この男は、主を殺そうとしているのだから…。
「くっそ…むちゃくちゃだ!!」
やけくそとばかりに槍を構え、炎から遠い位置に受けたダメージを回復させているリムを下ろすと、「さっさと回復して逃げろ」と言葉を残して《ルナ》に切りかかったのだった。
オプトもそれに続いて攻撃を仕掛けるが、全く相手には効いていないようだ。コレが、Aクラスの上位なのかと壁の高さを感じずにはいられない。
自分達に待っているのは《ルナ》による死か、炎による死。
「烈火!オプト、どけ!!」
耳に届く声に、咄嗟に《ルナ》から身を話す男達。その二人の目に飛び込んできたのは、赤。
「接近戦なら勝てると思ったのか?」
「うるさい!」
《ルナ》の懐に飛び込んだのは、リムだった。赤い髪を風に揺らし、大剣を勢いに乗せて振り下ろすと、《ルナ》の持つ刃に火花が散った。
細身な体躯からは考えられない一撃に敵も驚いたようで、目を見開いている。
「かかったな」
ニヤリと笑うリムの顔に、《ルナ》はリムの足に込められた魔力に危機感を覚える。おおよそ、彼女が秘める魔力全てがこの足に終結させられているのだろう。信じられないぐらいに凝縮された魔法力が、攻撃力に変換され、わざと鍔迫り合いで押し負けたリムの身体がふわっと宙に浮き、身体を捻ると《ルナ》の左肩に全体重をかけて踵落しをくれてやる。
足に乗せられていた魔法力のおかげで、肩の骨が砕ける音が聞こえる。さすがにDクラスそこらの小娘に攻撃を受けると思っていなかった男は、呆然とリムを見つめて立ち尽くしていた。
「烈火!オプト!此処じゃ部が悪い!いったん引くぞ!」
迫り来る炎に、リムが声を荒げる。《ルナ》が肩の骨折を治すわずかな時間でこの場を去るぞ!!と。
しかし…。
「良い動きだ…さすが、フェンデル・ケイの愛弟子だな。戦い方も、よく似ている」
紡がれる声。それは、リムの動きを止める、言葉だった…。
「な…」
「リム!!行くぞ!!」
立ち止まる自分の腕を引く烈火を振り払い、リムは今一度、深海の青の髪をした男を震えながら見つめていた…。
今、この男は、確かに師の名前を口にした。しかも、『戦い方』を知っている口ぶりだ。
(なんで…師匠が呪いを受けてからはずっと幸斗さんが戦闘を引き受けてきたって…)
呪いを受け、魔法力を封印された師。その師の戦い方を知っている目の前の男は、師が呪いにかかる前に戦ったという事になる。恐ろしく、強かった師。それなのに、何故、生きている?
「なんでお前が!!」
「ケイの呪いは、まだ解けていないみたいだな」
不気味に笑う男に、烈火は背筋に悪寒が走るのを感じた。そして、リムからは、激しい怒りが感じられて…。
「貴様が…貴様が師匠に呪いをかけたのか…!!」
声が震えているのが分かる…。それは、100%、怒りのせい。
先の攻撃で使い切ったはずの魔法力が身体の奥底から湧き起こってくる。そんな感覚がリムを襲った。
赤い髪の先から、魔法力が漏れだし、更に輝いて見えた。
「リム!!やめろ!!お前じゃ勝てない!!」
「放せ!!こいつは、こいつは…」
「ケイに呪いをかけたのはこいつじゃない」
高ぶる感情を抑えられないリムを静止する烈火の声の上に、穏やかな音が重なる。
「ダンナ!!」
ようやく、合流。とジェイクの隣で笑う氷華。
「氷華、火を」
「任せといて!」
穏やかな声のまま、ジェイクは佇む男から決して目を放さない。手には剣が握られていて、ただ突っ立っているようにも見えるが、一部の隙も無い事が、手練にはすぐに分かる。
氷華が口にする、魔法でも術でもない精霊への語りかけ。辺りの気温が急激に下がり、炎が見る見る弱まってゆく。
氷華の足元から凍りつく床に、オプトは言葉を失った。普通の魔法力じゃない…。と。
吐く吐息は白く色付き、凍えてしまいそうな冷気が辺りを襲う。
虚ろになった氷華の瞳。普段の彼女と変わらない容姿なのに、何処か妖艶な色香を感じてしまうのは何故だろう?
「氷華、ありがとう。もう良いぞ」
ジェイクの言葉に、辺りを包んでいた冷気が一瞬で止んだ。
先の妖艶な雰囲気は微塵も無く。「どういたしまして」と愛らしく笑う少女に、烈火は魔法力の違いを痛感させられた。
「…リム。ここはオレに任せて、石を」
呆然としている一同に届く、声。我に返ったリムは、案の定、拒否を口にする。
師を知る男が今目の前にいる。師の呪いを知る男が、此処に…。
「リム。目的を忘れたか?」
穏やかな中に、突き放す音が入った。
「ケイを呪う男を、今のお前が殺せるわけないだろう。優先すべきは、何か、よく考えろ」
「でも!!」
「言っただろう。この程度の戦闘力で、混血生物最強と謳われた男を呪う事は不可能だ。…行け」
拒絶は許さない。ジェイクの無言の威圧に、リムは紡ごうとした言葉を飲み込み、走り出した。…"マーメイドの涙"を求めて…。
烈火と氷華もそれに続く。
その場に残るのは、オプトとジェイクと、《ルナ》。
「行かなくていいのか?」
「侵入者に屋敷を護られるというのも、おかしな話だろう?」
ジェイクの問いかけに、オプトは剣を構えて《ルナ》を見定める。
ジェイクも、《ルナ》も、オプトからしてみれば、立派な賊だ。ボディーガードとして雇われているオプトは、戦いを見届けると言葉を続けた。
「…何者だ…」
事の流れを黙って見ていた《ルナ》の口が、静かに開かれた。
戦闘力はAクラス中位から上位のジェイク。Aクラス上位の《ルナ》からしたら、自分の方が戦闘力が上であるはずなのに、何故、気圧される…?
「仲間が世話になった。…保護者として、相手をさせてもらう」
ジェイクの顔から笑みが消え、変わりに、戦士の顔となっていた。
「一つ聞く。リムの…あの赤髪の少女の人生を狂わせた奴等と、お前は関係があるのか?」
その言葉とともに、戦士の顔から覗く、殺戮を好む悪鬼のごとき眼光。
一瞬。ほんの刹那の間、SSクラスのプレッシャーが、《ルナ》に向けられた事は、敵も、オプトも気付かなかった…。気付けなかった…。
「…何の事だ…?」
ジェイクの問いに、意味が分からないとばかりに顔をしかめる《ルナ》。オプトもジェイクの言葉の意味を知らない為に、一体何のことを尋ねているのかわからない。
「そうか…知らないのなら、足止めぐらいでいいか…」
戦士の顔が、穏やかに微笑む。殺す必要は、無い。と安堵したように…。
「…はっ…殺す気でこないと、お前を殺すぞ」
「できない事は、口にしないものだ」
《ルナ》の威嚇にも、ジェイクの余裕は揺るがない。
(あまり、戦いたくないんだがな…そうも言ってられない、か…)
リムを護ると決めたから、ジェイクはゆっくりと剣を構えた。
たったそれだけの動作なのに、洗礼された動きのように感じてしまうのは一体何故……?
「うるせー!!人使い荒いぞ!!ファイアーウォール!!」
早くしろとせかすリムに烈火が両腕を前に伸ばし、炎系統の防壁を作り出す。それに一瞬遅れて、凄まじい爆音と爆風が室内を襲ってきた。オプトはミルクを己の身体が盾となるように抱きすくめ、ガラスと高熱で実体のない炎の刃から主を護り、シーザはドラゴンにトランスし、持ち前の強靭な皮膚でダメージを回避する。
しかし、ファイアーウォールで軽減されたものの、相手との魔法力の差は、そのまま呪文の威力に反映された。無数の炎の刃は空間にある可燃物に火をつけ、燃え上がらせる。とたん、室内には煙が立ち込めて…。
「ってぇ…手加減無しかよ…」
爆風に壁に打ち付けられたのは、ミルクを除くこの場で最も防御力の低いリム。痛みに顔を歪めて口角から零れる血を手の甲で拭いながら悔しそうに言葉を零すしか出来なかった。
(まずいな…このままじゃ、焼け死ぬって)
火炎系呪文が得意な烈火は敵の追撃に備えながらも周りで燃え上がる炎に注意を払う。自分の水系呪文ではこの炎を一瞬で消すことは不可能。《ルナ》の実力を考えると悠長に炎を消しているわけにもいかず八方塞がりだ。
「帝!ミルク様を安全な場所まで!!シーザ君、君もだ!」
舞い踊る炎にオプトは君主を帝に預けると避難を命じた。それに異議を申し立てる帝に、今一度、大声で彼の名を呼べば、分かりました。と返事が聞ける。
帝の言わんとしていることは分かっている。戦闘力的に、帝が欠けることは痛いと言う事は、紛れも無い事実。しかし、だからと言って侵入者であるリムと烈火にミルクを預けるわけにもいかない。なんと言っても、二人は一度自分達を裏切ったのだから。
「わざわざ敵を引き連れてミルク様の命を危険に晒す気か!?」
「五月蝿い!!私達だってできるなら《ルナ》をミルクから遠ざけたかったんだ!!」
剣を構え、敵の襲撃に備えるオプトの言葉に、リムが喰ってかかるのは、八つ当たり。今の状況は、自分達の実力で《ルナ》の足を止められなかった結果だったから…。
「俺等がいなくちゃ、あんたも帝も無傷じゃ済んでねーぞ。姫さんなんて、即死だ」
再び防壁呪文の詠唱を始めた烈火。
彼の話では、屋敷の電気が消え、リムと烈火が計画通り侵入しようとしたその時、《ルナ》と思しき男がミルクの部屋にむけて中級火炎系呪文を放ったのを目撃したらしい。
咄嗟に烈火が防壁呪文を唱え、リムが水系呪文で威力を殺いだおかげでこの部屋にそれが直撃する事も無かったらしいが、おかげでランク違いの戦士と2人は戦う羽目になったという。
「リム。どーすんだよ。ぜってー無理だぞ!!あんな奴に勝つなんて!」
「私に言うな!…くそっ!こんなに早く石を奪いにくるとは計算外だ!!」
普通なら、陽が落ち闇が一層濃くなった夜中に動く怪盗。《ルナ》もそうだと思っていたリムだからこそ、日の入り一番に屋敷への潜入を計画したのだ。しかし、《ルナ》にはそれが通じなかったようで…。
「!来るぞ!!」
自分とは桁違いの戦闘力がリムと烈火を襲う。同じAクラスの戦闘力を誇るオプトも、レベルの違いを感じてしまう程、禍々しく、強大な力…。
「Aクラス上位…」
燃え盛る室内に、姿を現したのは、闇に身を包んだ男。フードを深く被り、口元しか確認できない。
動けば、殺される。そんな緊張感が空間を支配していた…。
「石を」
視界で確認できる口元には笑みが称えられ、短く言葉が零された。"マーメイドの涙"を渡せと言っているのだろう。
「大人しく石を渡せば、後数分は生かしておいてやる」
それはつまり、渡しても、殺されると言う事。
沈黙が続く部屋の中、炎が燃え上がる音だけが、4人の耳に届いていた。
「…沈黙は拒否と捉える」
その言葉とともに、《ルナ》がマントを脱ぎ捨て、正体を現した。深海のように暗い青…ダークブルーの髪に炎が反射する。
まだ若い男の姿に、リムの心は憎悪の対象者で無い事への安堵と、焦りが渦巻いた。ようやく見つけたと思っていた男達ではない目の前の男の姿に落胆を隠せないのは、仕方の無いことかもしれない。
しかし、相手がスタン、もしくはフレアで無いからといって、現状が変わるわけでもない。自分達は、圧倒的不利な立場にいるのだから。
《ルナ》がその背に担いでいた剣の柄に手をかけ、鞘から一気に刃を引き抜く。目に晒されたソレは、自分達に照準を合わされていて…。
「!くっ…」
オプトの低い呻き声が耳に届いて、視線を移したとき、先程まで自分達の視線の先に居たはずの男が、オプトと剣を交えていたことに烈火とリムは驚きを隠せないでいた。
一撃を防げたという事は、オプトはどうやら《ルナ》の動きを目で追えたのだろう。…しかし、自分達は、目で追うことすら、できなかった。…これが、Aクラスの戦い。Dクラス、Cクラスの雑魚はお呼びでないということだ。
「…っ……なめるなぁ!!」
「!リム!やめろ!!」
萎縮した身体を大声で奮い立たせて、剣を構えて《ルナ》に振り下ろす。しかし、《ルナ》は予想していたとばかりに、オプトをあしらい、切りかかってくるリムに魔法力を乗せた衝撃波をくれてやる。
重い蹴りを喰らったような衝撃が、腹を直撃し、口から消化物と血が混合して吐き出され、再び壁に打ち付けられそうになった。それを、抱きとめるのは烈火で、「無茶すんな!!」と怒鳴られた。
「レベルが違いすぎる!!逃げるぞ!!」
と烈火はリムの手を引き、窓からその場を去ろうとする。が…。
「うるさい鼠だ」
烈火の眼前を通過する、鋭利な短剣に、足が止まってしまう。通過した剣は、柱に突き刺さり、赤々と燃え盛る炎をその身に反射させていた…。
オプトは額と肩から血を流しながらも剣を片手に立ち上がる。何とかせねば、この男は、主を殺そうとしているのだから…。
「くっそ…むちゃくちゃだ!!」
やけくそとばかりに槍を構え、炎から遠い位置に受けたダメージを回復させているリムを下ろすと、「さっさと回復して逃げろ」と言葉を残して《ルナ》に切りかかったのだった。
オプトもそれに続いて攻撃を仕掛けるが、全く相手には効いていないようだ。コレが、Aクラスの上位なのかと壁の高さを感じずにはいられない。
自分達に待っているのは《ルナ》による死か、炎による死。
「烈火!オプト、どけ!!」
耳に届く声に、咄嗟に《ルナ》から身を話す男達。その二人の目に飛び込んできたのは、赤。
「接近戦なら勝てると思ったのか?」
「うるさい!」
《ルナ》の懐に飛び込んだのは、リムだった。赤い髪を風に揺らし、大剣を勢いに乗せて振り下ろすと、《ルナ》の持つ刃に火花が散った。
細身な体躯からは考えられない一撃に敵も驚いたようで、目を見開いている。
「かかったな」
ニヤリと笑うリムの顔に、《ルナ》はリムの足に込められた魔力に危機感を覚える。おおよそ、彼女が秘める魔力全てがこの足に終結させられているのだろう。信じられないぐらいに凝縮された魔法力が、攻撃力に変換され、わざと鍔迫り合いで押し負けたリムの身体がふわっと宙に浮き、身体を捻ると《ルナ》の左肩に全体重をかけて踵落しをくれてやる。
足に乗せられていた魔法力のおかげで、肩の骨が砕ける音が聞こえる。さすがにDクラスそこらの小娘に攻撃を受けると思っていなかった男は、呆然とリムを見つめて立ち尽くしていた。
「烈火!オプト!此処じゃ部が悪い!いったん引くぞ!」
迫り来る炎に、リムが声を荒げる。《ルナ》が肩の骨折を治すわずかな時間でこの場を去るぞ!!と。
しかし…。
「良い動きだ…さすが、フェンデル・ケイの愛弟子だな。戦い方も、よく似ている」
紡がれる声。それは、リムの動きを止める、言葉だった…。
「な…」
「リム!!行くぞ!!」
立ち止まる自分の腕を引く烈火を振り払い、リムは今一度、深海の青の髪をした男を震えながら見つめていた…。
今、この男は、確かに師の名前を口にした。しかも、『戦い方』を知っている口ぶりだ。
(なんで…師匠が呪いを受けてからはずっと幸斗さんが戦闘を引き受けてきたって…)
呪いを受け、魔法力を封印された師。その師の戦い方を知っている目の前の男は、師が呪いにかかる前に戦ったという事になる。恐ろしく、強かった師。それなのに、何故、生きている?
「なんでお前が!!」
「ケイの呪いは、まだ解けていないみたいだな」
不気味に笑う男に、烈火は背筋に悪寒が走るのを感じた。そして、リムからは、激しい怒りが感じられて…。
「貴様が…貴様が師匠に呪いをかけたのか…!!」
声が震えているのが分かる…。それは、100%、怒りのせい。
先の攻撃で使い切ったはずの魔法力が身体の奥底から湧き起こってくる。そんな感覚がリムを襲った。
赤い髪の先から、魔法力が漏れだし、更に輝いて見えた。
「リム!!やめろ!!お前じゃ勝てない!!」
「放せ!!こいつは、こいつは…」
「ケイに呪いをかけたのはこいつじゃない」
高ぶる感情を抑えられないリムを静止する烈火の声の上に、穏やかな音が重なる。
「ダンナ!!」
ようやく、合流。とジェイクの隣で笑う氷華。
「氷華、火を」
「任せといて!」
穏やかな声のまま、ジェイクは佇む男から決して目を放さない。手には剣が握られていて、ただ突っ立っているようにも見えるが、一部の隙も無い事が、手練にはすぐに分かる。
氷華が口にする、魔法でも術でもない精霊への語りかけ。辺りの気温が急激に下がり、炎が見る見る弱まってゆく。
氷華の足元から凍りつく床に、オプトは言葉を失った。普通の魔法力じゃない…。と。
吐く吐息は白く色付き、凍えてしまいそうな冷気が辺りを襲う。
虚ろになった氷華の瞳。普段の彼女と変わらない容姿なのに、何処か妖艶な色香を感じてしまうのは何故だろう?
「氷華、ありがとう。もう良いぞ」
ジェイクの言葉に、辺りを包んでいた冷気が一瞬で止んだ。
先の妖艶な雰囲気は微塵も無く。「どういたしまして」と愛らしく笑う少女に、烈火は魔法力の違いを痛感させられた。
「…リム。ここはオレに任せて、石を」
呆然としている一同に届く、声。我に返ったリムは、案の定、拒否を口にする。
師を知る男が今目の前にいる。師の呪いを知る男が、此処に…。
「リム。目的を忘れたか?」
穏やかな中に、突き放す音が入った。
「ケイを呪う男を、今のお前が殺せるわけないだろう。優先すべきは、何か、よく考えろ」
「でも!!」
「言っただろう。この程度の戦闘力で、混血生物最強と謳われた男を呪う事は不可能だ。…行け」
拒絶は許さない。ジェイクの無言の威圧に、リムは紡ごうとした言葉を飲み込み、走り出した。…"マーメイドの涙"を求めて…。
烈火と氷華もそれに続く。
その場に残るのは、オプトとジェイクと、《ルナ》。
「行かなくていいのか?」
「侵入者に屋敷を護られるというのも、おかしな話だろう?」
ジェイクの問いかけに、オプトは剣を構えて《ルナ》を見定める。
ジェイクも、《ルナ》も、オプトからしてみれば、立派な賊だ。ボディーガードとして雇われているオプトは、戦いを見届けると言葉を続けた。
「…何者だ…」
事の流れを黙って見ていた《ルナ》の口が、静かに開かれた。
戦闘力はAクラス中位から上位のジェイク。Aクラス上位の《ルナ》からしたら、自分の方が戦闘力が上であるはずなのに、何故、気圧される…?
「仲間が世話になった。…保護者として、相手をさせてもらう」
ジェイクの顔から笑みが消え、変わりに、戦士の顔となっていた。
「一つ聞く。リムの…あの赤髪の少女の人生を狂わせた奴等と、お前は関係があるのか?」
その言葉とともに、戦士の顔から覗く、殺戮を好む悪鬼のごとき眼光。
一瞬。ほんの刹那の間、SSクラスのプレッシャーが、《ルナ》に向けられた事は、敵も、オプトも気付かなかった…。気付けなかった…。
「…何の事だ…?」
ジェイクの問いに、意味が分からないとばかりに顔をしかめる《ルナ》。オプトもジェイクの言葉の意味を知らない為に、一体何のことを尋ねているのかわからない。
「そうか…知らないのなら、足止めぐらいでいいか…」
戦士の顔が、穏やかに微笑む。殺す必要は、無い。と安堵したように…。
「…はっ…殺す気でこないと、お前を殺すぞ」
「できない事は、口にしないものだ」
《ルナ》の威嚇にも、ジェイクの余裕は揺るがない。
(あまり、戦いたくないんだがな…そうも言ってられない、か…)
リムを護ると決めたから、ジェイクはゆっくりと剣を構えた。
たったそれだけの動作なのに、洗礼された動きのように感じてしまうのは一体何故……?
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