強く儚い者達へ…

鏡由良

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炎の追憶

炎の追憶 第4話

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「うわっ…」
 行き交う人の中、感じた視線の主を探していたリムの瞳が、ある1点で止まる。思わず唇から零れた声は感嘆で、そのまま呆然としすぎて手にしていた荷物を落としそうになった。
「!!や、やばっ…!」
 落としたら氷華が煩いっ…!と慌てて崩れる荷物のバランスを取れば、視線は見つけた人物から外れるものの、体勢を整えホッと息を付くと彼女はまだ感じる視線の先へと目をやった。
(…綺麗…)
 其処には、銀色の輝き。
 月の光のように静かな輝きを放つ髪をした青年が、ジッと自分を見つめていた。
 彼はリムが両手を塞ぐ荷物が崩れるのを何とか耐えた姿を見てか、緩やかに笑みを表情に浮べ、そして、そのまま視線を外してしまう。
 動きにあわせて靡く銀髪に、思わずリムは小さく「あっ…」と声を上げていた。だが、雑踏はその声を消し、青年の耳にはと退かない。
 人ごみに消える後姿を見つめながら、リムは青年の姿が消えた方向を暫く呆然と見つめていた。
(…誰、だったんだろう…?)
 あんな綺麗な銀色の髪、一度見たら絶対に忘れないだろう。でも、見覚えのない青年は、確かに自分を見て微笑んだ。まるで、彼の人のように、穏やかに…。
(師匠……幸斗さん…)
 両手に荷物を抱えたまま壁に背を預け、空を見上げれば、聞こえてくる音に敬愛する師達の声が混じって聞こえてくる錯覚に陥れる。これは記憶が聞かす音だと知りながら、リムは今一度瞳を閉じて思い描く。
 優しい人達のあの笑顔を…。
 ボロボロだったと自分で言うのは好きではないが、でも、ボロボロだった自分を救ってくれた、あの笑顔。その笑顔と同じ笑みを浮かべていた銀髪の青年。
(…何処かで、見たことがあるような…無いような…)
 いや、見たことはない。ただ、あの優しい笑みを見るのは初めてではない気がする。師のものとは違う、もっと、記憶に新しい、笑み。
(…気のせいだよなぁ…)
 記憶を手繰ろうとしている自分が可笑しくてリムはフッと口角に笑みを象る。
 だって、ありえないから…。
(知れてるんだ。私が知っている笑顔は…)
 人と殆ど関わりを持っていなかったから、リムが知っているのは師である戯皇と幸斗のソレと、弟やシーザのもの。後は最近見た3人の笑顔。これぐらいだった。
 過去を遡れば父や母、それに姉のものを思い出すことが出来る。だが、そのどれもがもう朧気で…。
(考えても仕方ない。帰ろう…)
 壁に預けていた背を離し、陽が暮れてしまう前に帰ろうと歩き出す。
 いくら戦闘力が低い生物が覆いと言われる大地でも、夜になると何が起こるかわからない。不用意な戦闘は命を落としかねないと教えられたから、"伝説の石"が絡まなければリムは極力家から出ないようにしていた。それが、師に護れといわれていたことでもあったから。
 夕暮れの空は、血のように赤く染まる。その後訪れる夜はまるでこの空が匂いを降らせたかのように、血生臭いものへと変わる…。
 夜は闇の生物にとって己の力を引き出すことの出来る時間となり、夜目が利く彼等は殺戮を繰り返す。尤も、かといって光の生物が殺戮を行わないかと聞かれれば、そんな事は無いになるのだが…。
「…血の匂いが、してきた…」
 多くの人で溢れかえる街を抜け、家への帰路に着けば、宵闇が迫る。
 既に何処かで始まっている虐殺に、鼻に届く生臭さ。
 一瞬だけ、忘れたくとも忘れられない過去が重なり、思わず振り返れば其処には親友の笑顔の残像。

――― リム!

 幸せそうな、穢れを知らない笑みで名を呼ぶ彼女を思い出すとどうにもやるせなくなってくる。
(あの頃の私に、もっと力があれば…)
 氷華が買ったアクセサリーやら服やらの箱を持つ手に力が入る。すると、それのへこむ音が聞こえて、我にかえって…。
 落としたのかと怒られてしまう。と思いながら、自分はなんと穏やかな時を過ごしているのだろうと申し訳なくて、苦しかった。
 今、自分がこうやっている間にも彼女は…。
(!ダメだダメだっ…焦るなっ…焦るなっ…!!)
 突っ走りそうになった意識。首を振って雑念を追い払う。
 強くなりたければ、己を知れ。強くなりたければ、時間をかけろ。
 それがリムにとっての近道だと、自分自身わかってる。師のように力を持っているわけではない。師のように天賦の才があるわけではない。弱い、弱い、下等生物なのだ…。自分は。
 わかってはいるのだが…と零れるのは嘲笑。
 過ぎてゆく時の流れに、何時か血で血を洗う時がやってくると、本能が感じている。その時までに、自分はどれほどまでにあの男達に近づけるのだろうか…?
(スタン…フレア…お前達は、絶対に私が、殺す…)
 そのために歩み始めた修羅の道だから…。
「ただいま」
 気がつけば、家についていた。
 塞がったままの手で器用にドアノブを回し、僅かに空いたそれを足で蹴る。
「おかえり。…でも、行儀が悪いな」
 リビングでも玄関が確認できる位置で本を呼んでいたジェイクは苦笑を漏らしながら蹴り空けるのはどうかと思うぞと淑やかにとは言わないが、せめて蹴るのはやめておけ、と注意を漏らす。
 その言葉にリムは両手を塞ぐ荷物を見ろと軽く睨み、テーブルの上へ乱暴に置いて、
「氷華のアレ、なんだ!?」
 と、初めて体験した女の子の買い物に感じていた憤りを思い出したかのように声を荒げた。
「知ってて買い物に付き合ったんじゃないのか?」
 行動を共にするようになってからかなりの時間がたっているから、てっきり知っていると思っていたとジェイクは笑い、彼女の趣味だからとリムの怒りを宥めてやる。
「知ってたら付いて行くかよ…。防具店ならまだしも、洋服店に連れて行かれても私には見るものがない!」
 防御力の無い服に興味は無いと腕を組んで言い切るリム。
 そんな彼女に、リムのように若く美しい容姿を持っている女性なら身なりに気を使うべきだと氷華が思っても無理は無いなとジェイクは口に出さずに苦笑して見せた。
「大体、防御力が無い服って、ひらひらしてて動き難い!」
「あはは。そうだな」
 着る機会もないものを買うだけ無駄というものだ。確かに今のリムには不要かもしれないなと言葉を続ければ、ジェイクはどういう意味だと少女に睨まれることとなる。
 戦闘力が高ければ高いほど、衣類に防御力を求めなくなる。それはこの星で強者と言われる者達に共通することだった。勿論、防御力を全く考えないわけではないが、それ以上に強力な防御方法を得ているから。
「どうせ、私は魔法力が低いよ!!」
「仕方ないだろ、Dクラスなんだから」
 事実を言われて怒るところなど、予想通りだ。
 ジェイクは本を閉じ、くくくっと笑いを殺して肩を揺らしながらも、Bクラス以上じゃないと無理な芸当だとフォローを送る。尤も、フォローにはならないのだが…。
「あー…ちくしょーCクラスですら程遠いのに、Bクラスなんて何時になったらなれるんだよ…」
 Bクラス以上の生物の殆どが行う、魔法防御。微力の魔法力を常に身体に身に纏う事で高まる防御力は衣類で補強するソレよりも貼るかに高性能なのだ。隙がなく、魔法攻撃による攻撃も、剣や槍による物理攻撃も、全てを軽減することが出来るそれは、魔法レベルの優れているものが行えば、傷一つ負う事無く戦う事も可能だとか。
 ただし、それの制御は非常に高度でよほどの魔法センスが無い限りBクラス以下の生物でそれが行える者は殆どいないとされる。
「…ジェイクはできるんだよな?Aクラスなんだし…」
 強くなりたいとぶちぶち言っていたリムはおもむろに視線を向けてくる。それに、ジェイクは苦笑しながらもできると肯定してやる。
 すると、彼女は顔を輝かせて彼に向かい合うように座り、やっぱりジェイクは強いんだな!と声を弾ませた。
「ジェイクの戦い見てたわけじゃないけど、あの≪ルナ≫を撃退したってなると、あいつ以上なんだろ?」
「いや、俺がというよりも、途中からきた"DEATH-SQUAD"S班の班員が…」
「S班が来るまではジェイクが足止めしてくれてたんだから、一緒だろ?」
 ≪ルナ≫は殺す気で襲ってきたはずだ。それなのに、合流したジェイクの息は乱れた様子もなく、魔法力だって殆ど消耗していなかった。それが示すのは本気で戦わずともあの男と遣り合えるだけの実力があるという事だ。
「師匠ほどじゃないけど、マジでジェイクって強いんだなぁ…」
 人は見かけによらないなと言われてしまえば、返せるのは苦笑。だが、ジェイクは「ケイは天才と謳われる男だからな」とリムが一番尊尊敬している男には勝てないよと続けた。
「誰がなんと言おうと師匠に勝てる奴なんていないと私は思うから!」
 気をよくするのはリムで、本当に彼女がフェンデル・ケイを敬愛していることがその笑顔でよくわかった。
 ジェイクはそんな少女を見つめ、話が反れたことにホッと胸を撫で下ろしているようだった。
 だが、そうそう甘くない。
「でも、やっぱりジェイクほど強いと何かと便利だろ?」
「…いや、そうでもないよ」
「嘘吐け!私みたいに、夜になるとなるべく気配が外に漏れないようにとか、街の外に出る為に外の情報とか集める必要なんて無いだろ!強いと!」
 謙遜は嫌味だ!と膨れっ面を見せれば、本当だよっと短い言葉と苦笑いが返される。
 リムはそんな彼に、強いほうが絶対に得だ!と引く気はなく。自分にもその力が欲しいと言った。
「ジェイクほど強ければ、私一人でこの大陸から離れて"伝説の石"を探しにいけるのに…強ければ、沢山護れた人だっていたのに…」
 力が無いから沢山のものを失い、沢山の人を傷つけた。
 力があれば、父も、母も、姉も、親友も護れた。弟だってそうだ。それに、師を危険な目に晒す事も無かっただろう…。
 彼女の過去を考えれば、ジェイクの強さに憧れを抱くのは至極当然の流れ。
 だが、過去があるのはリムだけではない。ジェイクにも、勿論過去はある。…触れられたくない、過去が…。
「それに、強かったらーっ…」
「リム」
 強かったらと理想を語る少女の名を、静かに呼ぶ。それは穏やかな声だが、リムを止めるには十分な音だった。
「ん?なんだ?」
「すまない。そういう話は控えてくれないか?」
 苦笑いを浮かべ、閉ざした本を開くジェイク。そんな彼に、「え?」とどうかしたのかと首を傾げるリムだが、烈火と氷華が言っていた言葉を思い出した。
「力に関する話題は苦手なんだ」
 何故か能力に関する話題を嫌う、と。
 その理由は長く行動を共にしている烈火や氷華すら知らないらしいから、自分が突っ込んで尋ねたところで、ジェイクは上手くはぐらかしてしまうだろう。
 だが、知りたいという欲求は抑えられない。リムははぐらかされることを承知で言葉を続けた。
「どうして、強さを口にするのがいやなんだ…?」
 強さこそ全ての世界。それなのに、その全てをどうして…。
「…強さが全て、それが、真理ならいいんだがな…」
 リムの問いに返されるのは、悲しそうな、笑顔。
 思わず、かける言葉を失ってしまうほど、触れてはいけないと思わされるような表情をジェイクはしていた。
「…強いからこそ、失うものも、有るんじゃないかな…?」
「え…?…ジェイク、それってどういう…」
「ただいまー!!」
 彼の物憂げな笑みがリムを捕まえた時、その言葉の意味を問おうとした少女の声に、元気良い声が重なる。それは買い物から返って来た氷華の物で、随分長い間シーザと烈火を連れまわしていたのか彼女の後ろにいる二人は少しお疲れ気味の表情。
 ジェイクは話はこれまでといわんばかりに「お帰り」と視線を三人に向ける。
「夕食の買い物の割りに随分長い買い物だったな」
「ちょっとねー可愛いお店覗いてたら、こんな時間になっちゃった♪」
 付き合わされたシーザとゲンナリしている割に何時も最後まで一緒にいてやる烈火に「お疲れ様」と労いの言葉をかけ、夕食を済ませて今日はもう休もうと提案をする。
「ジェイク」
「リムも、今日の疲れを引きずって明日の修行に取り組むなんて真似をしないでくれよ?強くなりたいなら、休息も上手く取るようにしないと」
 さっきの言葉ってどういう意味だよ。なんて、3人の前で問い詰めるなんてジェイクが許すわけがない。言葉を続ける前に、笑顔で制圧が掛かる。
 彼の言葉に、これ以上聞かれても答える気は無いと感じたリムは、夕飯が出来たら呼んでくれとリビングから自室へと階段を駆け上がった。
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