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第四話 いざギルドへ
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全身が筋肉痛。ちょっとした力が入るだけで痛みが走る。
「いきなり動くもんじゃねえな……」
そんな反省をしたのが今朝の話。昨日はカオリの指導のもと、一から剣術を学び始めた。その反動はかなり大きいが、決めたものはやり遂げるつもりだ。
そして午後の三時前、アヤノと合流した俺はギルドに向かっていた。
「まさかほんとに来るとは」
「まあな」
昨日、話を聞いた時は戻る気なんてこれっぽっちもなかった。でも急に気分が変わった。今はやる気に満ちている。
「……」
珍しく会話が弾まない。いつもならどんどん話をしてくるアヤノも、今日はどこか違う。
「なんかあったか?」
「え?」
「全然喋んないから」
「……ちょっとね」
明らかに落ち込んだ表情。これからというのに、全く覇気を感じない。
「昨日の調査さ、上手くいかなかったんだよ。最高の形で終わりたかったのに、私が足引っ張っちゃって」
「昨日……」
前日の記憶を遡る。
ああ、思い出した。確かにパーティで最後の調査がどうとか言っていた気がする。
「調査ってどこ行ってたんだ?」
「四十地区」
「そりゃ無理だろ」
騎士の仕事は、未開拓の土地の調査だ。外の世界には謎が多く、その証拠にモンスターが生息している。調査するのは区分された大地で、全部で百ある。街に近いほど数字は小さく、遠ざかるほど数字も大きくなる。その中で四十となると、かなり難易度は高い。
「でも館まであと少しだったんだよ!」
「館すら行けなかったのか」
館というのは、その地区のボスが居座る場所。正式な名称は解明されておらず、とりあえず見た目通りの呼び方をしている。
「……」
余計な言葉を発したらしく、アヤノの瞳は凍りついている。怒った時の目。こうなると頑固なアヤノは口を開かない。
「ごめんって」
一応謝る。一瞬こちらに視線を向けたが、すぐにぷいっと顔を逸らされた。
でもこの態度をとれるなら、心配ないだろう。今の表情には落胆の欠片もないのだから。
それから何分歩いたかはわからない。筋肉痛の足が悲鳴を上げようとしていたその時。
「やっとだー」
と、アヤノが疲労をあらわにしてそう言った。
前方に見えたのは、赤い壁面をした巨大な建物。こちらも他の建物同様レンガ造りになっており、なかなかオシャレな外見をしている。
「何分くらい歩いたっけ?」
「えっとね……三十分くらい」
「長え」
そう教えてくれたアヤノにもう怒りは見えない。これでこそ気分屋だ。
ギルドに接近すると同時に、見覚えのある噴水が顔を出した。その周辺では多くの騎士が交流を交わしている。
ここはギルド前にある集いの広場。象徴的な噴水を中心に、花壇やベンチなどが設置されている。緑も多く、調査終わりの騎士にとって安らぎの場所となっていた。
そんな広場を抜けて奥に進めば、ギルドへの入り口がある。扉までの石畳の道を歩く。
鉄製で三メートルはある大きな扉を開いて中へ入った。
「わっはっはっ」
「昼間から飲み過ぎですよ」
「時間なんて関係ないわい!」
一番近くのテーブルから聞こえてきたそんなやり取り。五十代くらいのおじいさんが、顔を真っ赤にして酒を飲んでいた。それを制止しようとする二十代くらいの男性。心底呆れた表情をしている。
「あ、あそこだ」
「ん?」
アヤノが指を差していたのは、左奥にある六個の椅子に囲まれた丸型のテーブル。既に三人が座っていた。
アヤノに腕を引かれてテーブルに近づいた。
「時間ギリギリだぞ」
白髪の女性が振り向き、手元の腕時計を見せてくる。午後ニ時五十八分。集合時間は三時なので、確かにギリギリ。
「……にしても久しいな」
また白髪の女性が口を開いた。こちらを見つめる目元はキリッとしていて、他のパーツも整っている。まさしく美貌。
「ユカさん、ご無沙汰してます」
俺が所属していたパーティ、『ロイヤル』のリーダーを務めるユカだ。俺の五つ年上で、腕前はもちろんそのルックスにも定評がある。
「まあ座れよ」
「はい」
ユカに促されて腰を掛ける。それに続くようにアヤノも席に着いた。
「今日集まってもらったのは他でもない、ロイヤルの今後についてだ」
淡々と話すユカ。その言葉に迷いはなく、いたって冷静だ。
「てかさ、今後も何も結局復活なんだろ?」
途中で口を挟んだのは、ユカの右隣に座っているイケメン。
彼の名前は、レン。ユカと同い年で、剣術に長けた騎士。その実力と顔は、ギルド内でもトップクラスの人気を誇る。
「まあそのつもりだが、一応意見交換はしておきたい。メンバーの心境を把握するのも私の役目だ」
「相変わらず真面目だねえ」
金髪をいじりながら反応するレン。この人は良くも悪くも適当なところがある。
「そういうことだ。まずは私から」
ユカは真剣な面構えで意見を述べた。
「私はロイヤルでの活動を希望する。そして、どのパーティよりも実績を残したい」
実績。それを意識するのは、一流の証だと思った。基本的にパーティとしての活動さえしていれば、生活は安泰だ。わざわざ高望みするような騎士は数少ない。
「でもよ、実績を求めるってことはそれだけ危険性も上がるんだぞ?」
その通りだ。だからこそ誰もが手を抜く。命を懸けてまで、こだわる必要などないから。それを代弁したレンの表情は曇っている。
「私は戦って死ねるなら本望だ」
「いや、俺らは嫌だっての」
その返しにユカはむっとする。この辺の目標が食い違って、解散するパーティも多い。
「じゃあレンの意見を聞こう」
それでもすぐに切り替えると、レンに話を振った。さすがのリーダーシップ。
「俺も活動再開は賛成だぜ? でもやっぱ適当にやりたいのが本音」
「そうか、タイガは?」
「っておい! それだけかよ!」
「負け犬に興味はない」
「お前な……」
レンを軽くあしらったユカは笑みを浮かべていた。この二人の関係は謎だが、仲が良いのは間違いないだろう。
「俺は……なんでもいい」
無表情でそう呟いたのは、大柄でいかにも強者といった男騎士。顔面に残る傷跡が、いい味を出している。名前はタイガ。レンやユカとは同い年だが、あまり喋っているところは見ない。そもそも人と会話を交わす場面すら見ない。しかし実力は本物で、ギルドで一番の騎士である。
「そうか、アヤノは?」
「私も活動再開に賛成です。目標はどんなものでも構いません」
きっぱりそう言い切る。普段は言葉を濁すことが多いアヤノだが、このことに関しては覚悟ができているようだ。その横顔は、正直かっこいい。
「なら最後はシュウ、お前だ」
ユカに名指され、口を開けた。
「……」
でも、言葉は出ない。
脳裏を過ったのは二年前の悲劇。ゾクゾクと寒気がする。気温としては暑いくらいなのに。
もう一度、戦場に立つ。その決意は、いとも簡単にかき消されそうになっていた。
「いきなり動くもんじゃねえな……」
そんな反省をしたのが今朝の話。昨日はカオリの指導のもと、一から剣術を学び始めた。その反動はかなり大きいが、決めたものはやり遂げるつもりだ。
そして午後の三時前、アヤノと合流した俺はギルドに向かっていた。
「まさかほんとに来るとは」
「まあな」
昨日、話を聞いた時は戻る気なんてこれっぽっちもなかった。でも急に気分が変わった。今はやる気に満ちている。
「……」
珍しく会話が弾まない。いつもならどんどん話をしてくるアヤノも、今日はどこか違う。
「なんかあったか?」
「え?」
「全然喋んないから」
「……ちょっとね」
明らかに落ち込んだ表情。これからというのに、全く覇気を感じない。
「昨日の調査さ、上手くいかなかったんだよ。最高の形で終わりたかったのに、私が足引っ張っちゃって」
「昨日……」
前日の記憶を遡る。
ああ、思い出した。確かにパーティで最後の調査がどうとか言っていた気がする。
「調査ってどこ行ってたんだ?」
「四十地区」
「そりゃ無理だろ」
騎士の仕事は、未開拓の土地の調査だ。外の世界には謎が多く、その証拠にモンスターが生息している。調査するのは区分された大地で、全部で百ある。街に近いほど数字は小さく、遠ざかるほど数字も大きくなる。その中で四十となると、かなり難易度は高い。
「でも館まであと少しだったんだよ!」
「館すら行けなかったのか」
館というのは、その地区のボスが居座る場所。正式な名称は解明されておらず、とりあえず見た目通りの呼び方をしている。
「……」
余計な言葉を発したらしく、アヤノの瞳は凍りついている。怒った時の目。こうなると頑固なアヤノは口を開かない。
「ごめんって」
一応謝る。一瞬こちらに視線を向けたが、すぐにぷいっと顔を逸らされた。
でもこの態度をとれるなら、心配ないだろう。今の表情には落胆の欠片もないのだから。
それから何分歩いたかはわからない。筋肉痛の足が悲鳴を上げようとしていたその時。
「やっとだー」
と、アヤノが疲労をあらわにしてそう言った。
前方に見えたのは、赤い壁面をした巨大な建物。こちらも他の建物同様レンガ造りになっており、なかなかオシャレな外見をしている。
「何分くらい歩いたっけ?」
「えっとね……三十分くらい」
「長え」
そう教えてくれたアヤノにもう怒りは見えない。これでこそ気分屋だ。
ギルドに接近すると同時に、見覚えのある噴水が顔を出した。その周辺では多くの騎士が交流を交わしている。
ここはギルド前にある集いの広場。象徴的な噴水を中心に、花壇やベンチなどが設置されている。緑も多く、調査終わりの騎士にとって安らぎの場所となっていた。
そんな広場を抜けて奥に進めば、ギルドへの入り口がある。扉までの石畳の道を歩く。
鉄製で三メートルはある大きな扉を開いて中へ入った。
「わっはっはっ」
「昼間から飲み過ぎですよ」
「時間なんて関係ないわい!」
一番近くのテーブルから聞こえてきたそんなやり取り。五十代くらいのおじいさんが、顔を真っ赤にして酒を飲んでいた。それを制止しようとする二十代くらいの男性。心底呆れた表情をしている。
「あ、あそこだ」
「ん?」
アヤノが指を差していたのは、左奥にある六個の椅子に囲まれた丸型のテーブル。既に三人が座っていた。
アヤノに腕を引かれてテーブルに近づいた。
「時間ギリギリだぞ」
白髪の女性が振り向き、手元の腕時計を見せてくる。午後ニ時五十八分。集合時間は三時なので、確かにギリギリ。
「……にしても久しいな」
また白髪の女性が口を開いた。こちらを見つめる目元はキリッとしていて、他のパーツも整っている。まさしく美貌。
「ユカさん、ご無沙汰してます」
俺が所属していたパーティ、『ロイヤル』のリーダーを務めるユカだ。俺の五つ年上で、腕前はもちろんそのルックスにも定評がある。
「まあ座れよ」
「はい」
ユカに促されて腰を掛ける。それに続くようにアヤノも席に着いた。
「今日集まってもらったのは他でもない、ロイヤルの今後についてだ」
淡々と話すユカ。その言葉に迷いはなく、いたって冷静だ。
「てかさ、今後も何も結局復活なんだろ?」
途中で口を挟んだのは、ユカの右隣に座っているイケメン。
彼の名前は、レン。ユカと同い年で、剣術に長けた騎士。その実力と顔は、ギルド内でもトップクラスの人気を誇る。
「まあそのつもりだが、一応意見交換はしておきたい。メンバーの心境を把握するのも私の役目だ」
「相変わらず真面目だねえ」
金髪をいじりながら反応するレン。この人は良くも悪くも適当なところがある。
「そういうことだ。まずは私から」
ユカは真剣な面構えで意見を述べた。
「私はロイヤルでの活動を希望する。そして、どのパーティよりも実績を残したい」
実績。それを意識するのは、一流の証だと思った。基本的にパーティとしての活動さえしていれば、生活は安泰だ。わざわざ高望みするような騎士は数少ない。
「でもよ、実績を求めるってことはそれだけ危険性も上がるんだぞ?」
その通りだ。だからこそ誰もが手を抜く。命を懸けてまで、こだわる必要などないから。それを代弁したレンの表情は曇っている。
「私は戦って死ねるなら本望だ」
「いや、俺らは嫌だっての」
その返しにユカはむっとする。この辺の目標が食い違って、解散するパーティも多い。
「じゃあレンの意見を聞こう」
それでもすぐに切り替えると、レンに話を振った。さすがのリーダーシップ。
「俺も活動再開は賛成だぜ? でもやっぱ適当にやりたいのが本音」
「そうか、タイガは?」
「っておい! それだけかよ!」
「負け犬に興味はない」
「お前な……」
レンを軽くあしらったユカは笑みを浮かべていた。この二人の関係は謎だが、仲が良いのは間違いないだろう。
「俺は……なんでもいい」
無表情でそう呟いたのは、大柄でいかにも強者といった男騎士。顔面に残る傷跡が、いい味を出している。名前はタイガ。レンやユカとは同い年だが、あまり喋っているところは見ない。そもそも人と会話を交わす場面すら見ない。しかし実力は本物で、ギルドで一番の騎士である。
「そうか、アヤノは?」
「私も活動再開に賛成です。目標はどんなものでも構いません」
きっぱりそう言い切る。普段は言葉を濁すことが多いアヤノだが、このことに関しては覚悟ができているようだ。その横顔は、正直かっこいい。
「なら最後はシュウ、お前だ」
ユカに名指され、口を開けた。
「……」
でも、言葉は出ない。
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