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第54話 庭の秘密と千年の記憶 中編
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「結局お主は何がしたかったのじゃ?」
気を許した訳ではないがこんな場所を目の当たりにしては興味の方が勝つというもの。これまでこんなに興味をそそる男になど会った事は無い。
「何がしたかった……かぁ。そう言われると困っちゃうな。ただ何もしないまま、ただ生きているのが嫌だったのかもね」
男は遠くを見るように、誰に向けるでもなくぼそりと呟いた。
「我らを作ったのも、その空虚を埋めるためか」
低く響く声が返る。目の前の“最強種”――コヨミが耳の狐毛を逆立てながら問いただした。
「そう……だと思う。君たちには、僕が味わえなかった刺激とか、熱とか、欲望とか、全部持たせてあげた。でも結局争いが起きたり……君みたいな居場所がない人も現れた」
男は両手を空にかざす。まるで今にもその手で世界をつかみ、崩してしまいそうな仕草だった。
「ふむ……それで、これからどうする気じゃ?」
「どうする事もないかな、また僕の世界に戻って……」
そこまで言って男は口を閉じた。その全て諦めたような横顔は、世界に居場所を見つけられないひとりの人間のそれだった。
重い沈黙が流れる。
コヨミはしばらくその顔を見つめ、やがて尻尾をゆらりと揺らした。
「……ふむ、退屈しなさそうじゃのう、良かろう。妾が付き合ってやる」
「付き合う?」
「お主に熱や欲望を教えてやるのじゃ。なぁに、気まぐれじゃ、礼など要らんぞ」
コヨミは口元に笑みを浮かべ、するりと尻尾を巻き上げた。その尾先はまるで男の心に触れようとするかのように揺れている。
「気まぐれ、ね……」
男は苦笑したが、その瞳の奥にわずかな光が戻っているのをコヨミは見逃さなかった。
「妾はな、元より面倒見が良い方ではないのじゃ」
コヨミは自嘲気味に笑う。
「だが、お主は見ておれぬ。そう言えば名はなんと言うのじゃ?」
「名前?好きに呼んでよ、特に無いから」
「はぁ?名も無いのか、何も無いのうお主……」
「特に必要ないからね」
「うーむ……まぁしばらくはお主はお主じゃ」
男はしばし黙り、やがて息を吐いた。
「ありがとう、楽しくなりそうだ」
「勘違いするでないぞ」
赤くなった耳を伏せ、ぷいと顔を背ける。
「お主を放っておけば、この世界そのものがどうなるか分からんから、妾が監視してやるだけじゃ」
「監視、ね」
男は小さく笑い、初めて彼女に視線を合わせた。
「じゃあ、これから宜しくね」
「良かろう」
コヨミは尻尾をひとなでして頷いた。
「妾が気まぐれを起こしておるうちに、外の世界が変わってくれると良いのう」
――その時、男の心の奥底で、ようやく何かが小さく動き出した。
空虚を埋めるために創った世界が、初めて彼の心を満たし始めた瞬間だった。
……………。
「それで、何をするの」
「そうじゃのう……」
言ったは良いがこんな何もない世界でする事など……交尾という雰囲気で無い事は妾にも分かる。
「お主は他に何が出来るんじゃ?こう何もない空間じゃと流石に落ち着かん」
「じゃあ……家とか庭とか作ろうか。他に必要な物は?」
男は首をかしげ、まるで子供に「次は何して遊ぶ?」と尋ねるような気軽さで言った。
「……ほう。出来るのか?」
「出来ると思うよ。僕の力は“形を与える”ことだから」
次の瞬間、空白だった空間に光が集まり、木々が芽吹き、土が盛り上がって小川が流れだした。ほどなくして質素ながらも温かな家が姿を現す。
「……お主、本当に世界を作れるのじゃな」
「まぁね」
コヨミはその庭を見渡し、尻尾をふわりと揺らす。
「悪くはないのう。だが、こんなに便利すぎる空間……妾なら何もせずに堕落してしまうわ」
「堕落?」
「そうじゃ。飢えも渇きも無ければ、欲も生まれん。生まれぬ欲はすぐに腐り落ちて……結局、死んだも同じじゃ」
男は黙り込み川に映る自分の姿を見つめた。空虚の世界でただ生きていたころの自分に重なるのだろう。
「……じゃあ、どうすればいい?」
「ふむ、そうじゃの……少なくともこの庭には“制限”をつけねばならん」
コヨミは立ち上がり、耳をぴんと立てて宣言する。
「欲を満たすだけでなく、不便も苦労も少しは残すのじゃ。それこそが生きる証になる」
「なるほど……面倒見がいいんだね」
「違うわ!妾が気まぐれで監視してやると言ったろうが!」
赤くなった耳を隠すように尻尾をぱたぱたと動かす。
――こうして、二人の共同生活が始まった。
便利すぎる空間はコヨミの提案で少しずつ制限が加えられ、食べるためには料理が必要になり、遊ぶためには労力が要るようになった。
その日々は意外にも楽しく、笑いや喧嘩も絶えなかった。
◇◇◇◇◇◇
――時は流れ…。
「コヨミ!だから発散する時は扉閉めろって!」
「なんじゃ?コソコソと妾の淫猥な声を聴きに来ている事は知っておるぞ?どうじゃ?そろそろ……」
「な……!それはアレじゃないか!そう!アレだよ!そしてしないよ!滅多な事言うなよ!」
「相変わらずじゃのう……これだけの時間を共にして妾に欲情せん訳なかろうに……」
「違いますぅ!僕は欲情しないタイプの人間なんですぅ!」
あれから男は徐々に変わっていった。クールぶっていた男も今ではこの調子じゃ。それだけここで人間らしい生活が出来ているという事じゃろう。今では自分を神様などとは言わんしな。
そして男は時折この空間を離れ、外の世界へ足を運ぶようになる。
「また外に出るのか?土産は甘味で頼むぞ」
「うん、たまには見ておきたいから。僕が作った責任があるしね。コヨミは行かないの?」
「うむ、ここの方が快適じゃからの」
快適なのは確かにそうじゃ。変わった外の世界も見てみたい気もする。しかし今はここで良い。待っていれば帰ってくる。それだけで妾は十分じゃった。
そうして男は旅に出ては、居場所を失った“最強種”を連れて帰ってきた。
初めは魔女、次に獣人、そして剣聖、その他にも沢山の者がこの世界を訪れ、妾達と生活し、心の傷を癒して旅立って行った。
男はこの場所を傷ついた最強種の庭――皮肉を込めて「弱者の庭」と呼び始めたのはこの頃からじゃった。
気を許した訳ではないがこんな場所を目の当たりにしては興味の方が勝つというもの。これまでこんなに興味をそそる男になど会った事は無い。
「何がしたかった……かぁ。そう言われると困っちゃうな。ただ何もしないまま、ただ生きているのが嫌だったのかもね」
男は遠くを見るように、誰に向けるでもなくぼそりと呟いた。
「我らを作ったのも、その空虚を埋めるためか」
低く響く声が返る。目の前の“最強種”――コヨミが耳の狐毛を逆立てながら問いただした。
「そう……だと思う。君たちには、僕が味わえなかった刺激とか、熱とか、欲望とか、全部持たせてあげた。でも結局争いが起きたり……君みたいな居場所がない人も現れた」
男は両手を空にかざす。まるで今にもその手で世界をつかみ、崩してしまいそうな仕草だった。
「ふむ……それで、これからどうする気じゃ?」
「どうする事もないかな、また僕の世界に戻って……」
そこまで言って男は口を閉じた。その全て諦めたような横顔は、世界に居場所を見つけられないひとりの人間のそれだった。
重い沈黙が流れる。
コヨミはしばらくその顔を見つめ、やがて尻尾をゆらりと揺らした。
「……ふむ、退屈しなさそうじゃのう、良かろう。妾が付き合ってやる」
「付き合う?」
「お主に熱や欲望を教えてやるのじゃ。なぁに、気まぐれじゃ、礼など要らんぞ」
コヨミは口元に笑みを浮かべ、するりと尻尾を巻き上げた。その尾先はまるで男の心に触れようとするかのように揺れている。
「気まぐれ、ね……」
男は苦笑したが、その瞳の奥にわずかな光が戻っているのをコヨミは見逃さなかった。
「妾はな、元より面倒見が良い方ではないのじゃ」
コヨミは自嘲気味に笑う。
「だが、お主は見ておれぬ。そう言えば名はなんと言うのじゃ?」
「名前?好きに呼んでよ、特に無いから」
「はぁ?名も無いのか、何も無いのうお主……」
「特に必要ないからね」
「うーむ……まぁしばらくはお主はお主じゃ」
男はしばし黙り、やがて息を吐いた。
「ありがとう、楽しくなりそうだ」
「勘違いするでないぞ」
赤くなった耳を伏せ、ぷいと顔を背ける。
「お主を放っておけば、この世界そのものがどうなるか分からんから、妾が監視してやるだけじゃ」
「監視、ね」
男は小さく笑い、初めて彼女に視線を合わせた。
「じゃあ、これから宜しくね」
「良かろう」
コヨミは尻尾をひとなでして頷いた。
「妾が気まぐれを起こしておるうちに、外の世界が変わってくれると良いのう」
――その時、男の心の奥底で、ようやく何かが小さく動き出した。
空虚を埋めるために創った世界が、初めて彼の心を満たし始めた瞬間だった。
……………。
「それで、何をするの」
「そうじゃのう……」
言ったは良いがこんな何もない世界でする事など……交尾という雰囲気で無い事は妾にも分かる。
「お主は他に何が出来るんじゃ?こう何もない空間じゃと流石に落ち着かん」
「じゃあ……家とか庭とか作ろうか。他に必要な物は?」
男は首をかしげ、まるで子供に「次は何して遊ぶ?」と尋ねるような気軽さで言った。
「……ほう。出来るのか?」
「出来ると思うよ。僕の力は“形を与える”ことだから」
次の瞬間、空白だった空間に光が集まり、木々が芽吹き、土が盛り上がって小川が流れだした。ほどなくして質素ながらも温かな家が姿を現す。
「……お主、本当に世界を作れるのじゃな」
「まぁね」
コヨミはその庭を見渡し、尻尾をふわりと揺らす。
「悪くはないのう。だが、こんなに便利すぎる空間……妾なら何もせずに堕落してしまうわ」
「堕落?」
「そうじゃ。飢えも渇きも無ければ、欲も生まれん。生まれぬ欲はすぐに腐り落ちて……結局、死んだも同じじゃ」
男は黙り込み川に映る自分の姿を見つめた。空虚の世界でただ生きていたころの自分に重なるのだろう。
「……じゃあ、どうすればいい?」
「ふむ、そうじゃの……少なくともこの庭には“制限”をつけねばならん」
コヨミは立ち上がり、耳をぴんと立てて宣言する。
「欲を満たすだけでなく、不便も苦労も少しは残すのじゃ。それこそが生きる証になる」
「なるほど……面倒見がいいんだね」
「違うわ!妾が気まぐれで監視してやると言ったろうが!」
赤くなった耳を隠すように尻尾をぱたぱたと動かす。
――こうして、二人の共同生活が始まった。
便利すぎる空間はコヨミの提案で少しずつ制限が加えられ、食べるためには料理が必要になり、遊ぶためには労力が要るようになった。
その日々は意外にも楽しく、笑いや喧嘩も絶えなかった。
◇◇◇◇◇◇
――時は流れ…。
「コヨミ!だから発散する時は扉閉めろって!」
「なんじゃ?コソコソと妾の淫猥な声を聴きに来ている事は知っておるぞ?どうじゃ?そろそろ……」
「な……!それはアレじゃないか!そう!アレだよ!そしてしないよ!滅多な事言うなよ!」
「相変わらずじゃのう……これだけの時間を共にして妾に欲情せん訳なかろうに……」
「違いますぅ!僕は欲情しないタイプの人間なんですぅ!」
あれから男は徐々に変わっていった。クールぶっていた男も今ではこの調子じゃ。それだけここで人間らしい生活が出来ているという事じゃろう。今では自分を神様などとは言わんしな。
そして男は時折この空間を離れ、外の世界へ足を運ぶようになる。
「また外に出るのか?土産は甘味で頼むぞ」
「うん、たまには見ておきたいから。僕が作った責任があるしね。コヨミは行かないの?」
「うむ、ここの方が快適じゃからの」
快適なのは確かにそうじゃ。変わった外の世界も見てみたい気もする。しかし今はここで良い。待っていれば帰ってくる。それだけで妾は十分じゃった。
そうして男は旅に出ては、居場所を失った“最強種”を連れて帰ってきた。
初めは魔女、次に獣人、そして剣聖、その他にも沢山の者がこの世界を訪れ、妾達と生活し、心の傷を癒して旅立って行った。
男はこの場所を傷ついた最強種の庭――皮肉を込めて「弱者の庭」と呼び始めたのはこの頃からじゃった。
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