当て馬ポジの第六王子は隠棲したい

よの

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皇弟タリク

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 実のところ、ヌリの背景を知るものは帝国でも一握りしかいない。だからまあ、どこぞの貴族の私生児扱いされるということもめずらしくはないのだ。しかし、宮廷貴族は鼻が利くもの。
「どこかの」が「やんごとなき」身分の私生児であろうことは大体において知られているし、かなり核心に迫った推測はされていると見ていい。
 皇配エゲメンが女帝に離縁されたことも、寵臣アセナがエゲメンと再婚したことも実のところ一切秘匿されてはいないのだ。女帝の実質的な下げ渡しであるエゲメンが、こぶつきで再婚したことだって広く知られた事実である。皇王族や高位貴族ほど情報を得る立場にない下級貴族であっても、俺が厄ネタであることくらいは察している。
 つまりは公然たる秘密ってやつだ。
 本来ならば、中ボスよろしくポップしたこの異母妹が知らぬはずはないのだ。だが彼女は俺の背景を一切知らされていない。
 発言通り、どこかの女の腹から生まれ出た異母兄、くらいにしか思っていないのだ。もしかしたら種のほうも疑われてるかもしれない。
 父を同じくした(それも連れ子の!)兄妹であるというのに、その扱いは天と地ほどに違う、というのが彼女のなかの根本的なわだかまりのようだった。
 なにせ妹ルジャインは総督府の主人アセナとその夫エゲメンの子だ。上に異父兄二人がいるとはいえ、通常なら連れ子の俺よりも優遇されてしかるべき立場にある。
 個人的な見解としては、義母は父と子を儲けるべきではなかったし、生まれた妹を手元に引き取るべきだった。義母の差配した養育であれば、こんな危険人物の真ん前で自殺行為を働こうとはしなかっただろう。
『ルジャイン』
「よしてちょうだい。わたくしの名を呼ぶ無礼を許した覚えはないわ」
『ルジャイン、お客人の前だ。弁えなさい』
「弁えなさいですって?! お前こそ弁えるべきなのだわ! この役立たずの不具者! いつだってわたくしの邪魔をするわね!」
『ルジャイン、ルジャイン! お前のふるまいは、淑女がしていいふるまいではない』
 一瞬だけひるんだルジャインはぐっと奥歯を噛んで迎え撃つように俺を睨みあげてきた。絶対に屈するもんかという強い意志を感じる。
 正直こんな言い方はしたくないが、そこの男の不興を買うより数倍マシだ。頼むから聞き分けてほしいが、もしかしなくとも地雷を踏んだな!?
 最低限の淑女教育が施されているといっても、ルジャインは父の手元で野放しにされてしまっている。どうにも、義母は父に弱いところがある。彼女の親権だけは頑として譲らなかったエゲメンに引き下がったのはそのせいだ。
 父の強い要望もあり、長らく俺が接触することも許されなかった。顔を合わせたのもつい最近のことだ。気づけば兄妹仲はこう。完璧に拗れてしまっている。
 ……傍から見てもルジャインのフラストレーションがすごいな。そろそろ思春期だものなあ。十二くらいのはずだな? じゃあもうあちらでいうところの中学生になりたてか。
 わがまま放題に育てられているというが、異母妹を取り巻く環境がこの子に最適とは到底思えない。これは顧みられないことへの悲鳴だ。
 俺を罵倒して気がすむならいくらでもと言ってやりたいが、いまだけはまずい。お前の近くにいるそのキレーな男な、ろくでなしの悪魔なんだよ。
 ついでに女帝陛下の実の弟だ。もちろん知っているよな? 初対面ではないものな??? 冷や汗をかきつつ素早く耳打ちすると、異母妹の目が大きく見開かれた。ウソかよマジか、マジなのか…。
 あの父は一体なにをしている。この子をどういうつもりで育てているんだ……?
 俺のように外に出さず婿なり嫁なりを取らせるとしても、最低レベルの教養は必須だろう。この子は王族ではない。どうあったって貴族として生きるしかないはずだ。貴族としての常識にこうも疎くてどうやって生きていくというんだ?
 俺があの人に見放されているように、まさかこの子もそう・・なのか? もしかしなくとも俺たちは、父の良心に期待せず、この子を定期的に見舞うべきだったのか。
 ああくそ、文法が面倒くさい。いまだに話すことが俺は苦手だ。二十年近く付き合った母国語のくせ、脳内でいったん成形してからじゃないとまともに話せないのが辛いなァ、ちくしょうめ!
 ふつふつとわきあがる疑念と怒りは後回しにするべきだ。この件が片づいたら必ずや義母に進言しよう。異母妹のことは絶対に放置していい事態じゃないからな。
 ちらりと横目で確かめた叔父は、どうでもよさそうな顔でお茶をすすっている。よかった。叔父の興味は妹にはない。できればこのままなんの関心も持たれないまま妹には引き取ってもらわねば。
 しかし俺めちゃくちゃこの子に嫌われてるんだよな。言動すべてが癇に障るらしくって、口を開くともうダメだ。ヒートアップさせるしかできない。俺こんなんばっかだな…。
 それでもこの子を落ち着かせるために奮闘していると、
「ヌリ」
 背筋がそそけ立つような声が聞かれた。叔父の声だ。組んだ足に肘をつき、首を傾けるポーズがいやにキマっている。わあ、モデルさんみたいだなあ、と現実逃避に走りたがる脳みそが脳直の感想をこぼす。そうだな、オム・ファタルの面目躍如といったところかな。
 アルカイックスマイルを浮かべた叔父を見て、慌ててすぐ傍にいる異母妹を見やった。アッ、やっぱりダメなやつですねこれ!!!
 めちゃくちゃ誑かされてる妹に心臓がぎゅっとした。やめてほしい。これでもかわいい妹だ。クソほど生意気な性格とはいえ、人生を狂わせ破滅させられるほどではない。
 叔父の視線の先を遮るように立つ。
「それを庇うのか?」
『妹です』
 たとえ好かれていようとなかろうと、俺は兄で、この子を守るべき立場にある。しかもまだ幼い。父は全面的に信用ならない可能性が浮上してきたしな…。
 よもやまさか妹はペット枠とか言うんじゃなかろうな。やめてくれ。ほんとに勘弁してほしい。嫌すぎる可能性が脳裏をよぎり、頭を抱えたくなった。
「馬鹿をおっしゃらないで。わたくし、あなたを兄だなんて認めてはいないわ」
「当人は違う、と言っているようだがなァ?」
『この子は妹です。あなたの手出しを俺は許さない』
 しかしこちらの緊張は妹には通じない。そうだな、お前にとってこの人は美しいだけの男だろう。筋肉で多少ごつかろうが、軍人特有の威圧感を覚えようが、それしきのことで諦められるような相手ではなかろうよ。この人に狂った連中は、みなそうだったもの。
 皇城で、時に皇帝以上に恐れられた危険人物であることを、父は妹に告げてもいないのだろう。この子もある意味箱入りだ。
 拒絶と罵倒のことばをいくつか投げられ、どうしたものかと顎を擦った。叔父の目に触れさせ続けるのにはめちゃくちゃ不安と抵抗がある。そういう意味で、俺は叔父を一切信用していないので。
 やっぱりこれは実力行使しかあるまいよ。物理的に距離を置けば、妹の興奮も冷めるかもしれない。俺に対する悪感情はどうにもならんが、魅了デバフだけでも解除してやらんとこの子の人生が詰む。
『ルジャイン、すまない』
 一言謝って妹の身を担ぎ上げようとしたところだった。
「痴れ者が、娘に触れるな」
 十年かそこらぶりに聞いた気がする声がした。そういやこんな声だったかもしれない。振り向いた先に、見覚えのある面が年を食って立っていた。父エゲメンその人である。
 相変わらず神経質そうな顔をしてるな。それから幸も薄そうな。異母妹ルジャインが駆けだして、父の元に向かうのを複雑な気分で見送る。そいつを保護者にしておくの、めちゃくちゃ不本意なんだよな。
「失せろ、役立たずめが」
 相変わらすの言動だな。俺が年相応の男子だったら泣いちゃうだろうが。ちったあ他人のことも考えろよ、自分の都合ばっかりじゃなくてさ。
 めちゃくちゃしょっぱい気持ちになって、血縁上の父親に半眼を向けた。溜息も出ない。互いに不幸で不本意な親子関係なんだよな、俺たち。
 そういえばこっちはずいぶん静かだな、と叔父のいる先へ視線を向けた俺は激しく後悔した。叔父が微笑んでいる。これ俺知ってるわ、バチギレってやつだろ。
 もしかしなくとも相性悪かったりするんです??? 知ってたら回避、いやできなかったな。できなかったから妹とエンカしたんだわ。この惨状なんだわ。
 あー見なかったことにしたい。なにも気づかなかったことにしたい。そっと顔を覆う俺の向こうで、戦いのゴングが鳴らされた。
 ああもう収拾がつかねえなこれ……。
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