スーパーマンなんかいなくていい

三日月李衣

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スーパーマンなんかいなくていい

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 第一話「オメガの愛人の男を気仙沼に連れて」
「実はカイリくんのお腹に僕の赤ちゃんがいるんだ……」
一軒家のリビングに座る、海野乱という四十代の癖の強い天然パーマの黒髪の男が、かすれた声で口にする。
二〇六〇年六月八日。色んな作家のイラスト作品を額縁に入れて飾ってある部屋で。木製の棚には、笑顔の純白のタキシードとウェディングドレスを着てゴールドの結婚指輪を見せる乱と妻の未妃の結婚式の写真が飾ってある。
その中で光(みつ)国(くに)カイリという、肩まで伸びたまばゆいプラチナブロンドの髪を持つ線の細い二十代の清らかな水の様に美しい男は異質だった。カイリはお腹が少しふっくらしていて、その二人と対峙する海野未妃という凛々しい顔立ちに緑色のベリーショートの三十代の女が腕を前に組んで睨んでいた。
「乱(らん)、このオメガの男に子供産ませるつもり?」
「未妃(みき)。僕はどうしても子供が欲しい。日本の未来を守るためにカイリに僕の子を産んで欲しいと思っている」
「に、日本の未来を守るためって」
妻の未妃に細い眉を吊り上げて睨む妻に、夫である乱は、未妃の顔を合わせられない。乱の隣で頭を低くして、首を縮こまらせていた。
「で、そのオメガの愛人のカイリとはどうやって会ったの?」
ベリーショートで男装の麗人のような未妃から憎しみめいた声で問われる乱は、目をあっちこっち動かしながら、口を開く。
「そ、それは」
「乱さん、正直に話しなよ。未妃さんを納得させなきゃいけないよ」
「あ、あの。未妃、こんな事言ってなんだけど、光(みつ)国(くに)カイリくんと出会ったのは……」
カイリに促されて、乱は、未妃と向き合って乱は話し始めた。
「その、半年前にマッチングアプリでカイリくんと知り合って、カイリくんが僕の子ども産んであげるから助けてって言われたんだ……仕事の合間に仙台の……ホテルでしたんだ……」
乱が重い口調で未妃に今までの経緯を話した。居心地が悪そうに体をもぞもぞするカイリの手をテーブルの下で安心させるように握る。乱の左薬指には、ゴールドの結婚指輪がキラリと光っていた。
「大バカ者!」
乱の話を聞いていた未妃が、目玉が飛び出しそうなくらい目を見開いて激しく怒った。
「私が、がんで子どもが産めない体になったからって、別のオメガに産ませるなんてありえないわよ!」
マッチングアプリ経由なんていかがわしいと、激しく怒る未妃に乱とカイリは子犬の様に縮こまるしかなかった。
「ご、ごめん! 僕は未妃を裏切るつもりはなかったんだ! ただ日本人がいなくなって欲しくないだけだ!」
「馬鹿言うんじゃないわよ! ベータ性のあんたが、卑しいオメガの男と懇ろしてるなんて気持ち悪いのよ!」
「でも、カイリを助けたいだけだ」
「オメガなんかに心寄せるなんて、私は五千万年許さないから!」
真面目な性格の未妃から激しく怒鳴られて、追い詰められた乱は鬼の形相の未妃に土下座した。
「カイリさんのお腹の子どもを今すぐ堕胎しに行きなさいよ!」
「カイリのお腹の赤ちゃんはもう四か月なんだ……今更、堕胎なんて出来ないんだ」
「嘘……」
 長く整った眉を情けないくらい下げる乱は、妊夫のカイリの体の状態を正直に打ち明けた。
「最後にカイリとしたのは四ヶ月前なんだ。ちゃんと責任を取るつもりでしたんだ。一週間前に気仙沼の病院で、カイリが妊娠したのが分かったんだ」
妻がいながらも不貞行為をした罪悪感を感じつつも、カイリの腹の子を殺したくない乱は必死に未妃に許しを請うが、未妃の憤る表情は変わらない。
「もうお腹の赤ちゃんは人の形をしている。僕とカイリにとっての大切な生命なんだ。だから、失いたくないんだ」
「も、もう……」
 カイリのお腹の子が大きくなっているのを知った未妃に、唇を震わせている姿を見た乱は覚悟を決めてこう言った。
「僕が悪いのは承知だ。お願いだ。カイリに赤ちゃんを産ませて欲しい」
「無責任な事言わないでよ!」
「頼む!」
「ねえ、カイリさん。あんたのした事は最悪だと思っているのよ。腹切って詫びてもらいたいわよ」
何も語ろうとしないカイリを睨む未妃に乱はひやひやしていた。未妃も悪いが、乱は未妃もカイリも捨てたくないと心の中で葛藤する。
「あの、二人に話さなければならないことがあるんだ」
ずっと俯いていたカイリが、顔を上げた。
お腹をさすり、胎児を心配しながら、乱と未妃の顔を伺いながら口を開いた。
「何よ。何か文句でもあるの?」
「すべての原因に僕の生い立ちにあります。だから、僕の生い立ちのすべてを話します」
「カイリくん」
「僕の両親は幼い頃に亡くなって、埼玉の児童養護施設で育ちました。オメガであるが故、他のベータの男の子たちにイジメられて辛かった。でも、施設長の優しいお姉さんからあなは幸せになって良いんだよって、励まされて僕も良い人になって幸せになろうって決めたんです。高校を卒業後、東京の慈善団体で職員として働いていました。
 弱い人達を助けるためにチャリティー活動の仕事頑張っていたんです。でも、その慈善団体の黒い闇を知ってしまいました」
カイリが重い面持ちで自分の過去を語り始めた。
「その慈善団体がオメガの男女を誘拐して子供を産ませて、人身売買を行っていたんです。
僕はあまりに恐ろしい事実を知って、その団体から逃げる様仕事をにやめたんです」
「オメガの男女を誘拐して、人身売買してたって」
「それから僕は、慈善団体の関係者たちに見つからないように、日本各地のネットカフェに転々としながら、逃げてたんです。
そんな時にマッチングアプリで乱さんと知り合って、僕を助けてあげるから子どもを産んでくれって頼まれたんです」
カイリが丁寧な口調で施設育ちで、苦労していたのを語る姿を見て乱は健気なカイリを愛おしくなる。
「乱さんはとても優しい人です。お金がない僕に美味しいご飯を食べさせてくれたんです。未妃さんが言うほど、悪い人ではありません」
「カイリくん」
「だから、僕に乱の子どもを産ませてください。ちゃんと責任をもって育てます。何でもしますのでここに置かせてください」
「はあ? どこまで図々しいのよ!」
 またカイリをなじろうとする未妃を止めようと、乱はカイリをかばう。
「お願いだ。子どもの為のお金は僕が何とかするから、カイリくんをここに置かせてくれ。カイリくんは命を狙われているんだ。僕たちでカイリくんと赤ちゃんを守ろうよ」
乱が懸命に訴える姿に未妃は乱の決意に溢れる瞳をじっと見つめた。
しばらくして、未妃は口を開く。
「分かったわ。命狙われているなら、この人をうちに住まわせて良いわよ。ただし」
未妃が清らかなカイリの瞳を見つめながら、言葉を続ける。乱は未妃の言葉を聞き逃さないように耳を傾ける。
「うちのカフェの手伝いをやってもらうわよ。妊娠中でもきっちりと働いてよ」
「本当に良いのか?」
「未妃さん、本当に良いんですか?」
「お腹の子の事は、乱の子じゃなくてカイリさんの元彼に騙されてできた子って事にして欲しいのよ」
 未妃がカイリのお腹の赤ちゃんの父親が乱である事を知られないようにしろと、凄みのある声で言いつけられたカイリは、その場で凍りついたように体を硬くなった。
「み、未妃」
「もしバレたら、私達生活出来なくなるでしょ? だから内緒にするのよ」
乱は、背を縮めるしかなかった。
「乱、未妃さんの言う事を聞こう。今は未妃さんに逆らってはダメだよ」
「そ、そうだな。カイリくんを守るためならそうするよ」
「もし、何か事を起こすようならすぐに出て行ってもらうから。良い?」
「あ、ありがとうございます! 未妃さん、僕はちゃんと働きます! よろしくお願いします!」
 とりあえず、命を狙われているカイリを自分の元に置いておけるから、乱は緊張で張り詰めた糸が緩んで、体の力がフーッと抜けた。

海野(うみの)乱(らん)と海野(うみの)未妃(みき)の夫婦は乱の不倫相手のカイリを加えて、新しい生活を送ることになった。
夜、一階のリビングのテーブルを片していた。
いつもは未妃と一緒に寝室に寝ていた乱は、カイリと不倫した事が原因で別々に寝ることになった。
乱は二階から布団を運んで、リビングに布団を敷いた。
テレビの横に置いてあるカイリのグレーのリュックを壁に付いているフックに吊るそうと、したら「ダメ。僕のリュックの中身を見ないでよ」と、カイリがリュックを取り上げた。
「ごめんね。そのつもりじゃないけど」
カイリがリュックを大事そうに抱いて、「このリュックは学生時代にバイト代貯めて買ったんだ。大事な宝物なんだから、勝手に触らないでよ」と、乱に口をとがらせて言った。
「分かった。そうするよ」
布団を敷いて横たわる乱とカイリはあんなに疲れているのに眠れなかった。
乱とカイリはお互いの顔を愛おし気に見つめ合っていた。
「ごめんな。カイリくん。未妃がちょっと短気を起こして」
「ううん。乱さんは悪くないよ。悪いのは僕だよ」
未妃を裏切ったことに罪悪感を覚えた乱は、カイリに申し訳ない気持ちだった。落ち込む乱を労わるようにカイリは乱のゴツゴツとした手を握る。乱もカイリの手を握り返す。
「僕がカイリと不倫して子ども作ったから、怒って当然だよ。実は未妃は幼い頃に両親を亡くして、児童養護施設で育ったんだ」
「未妃さんも児童養護施設育ちだったの?」
「ああ、未妃のお父さんは岩手でレジャー施設を営んで、裕福な暮らしをしてた。でも、お父さんはレジャー施設の従業員から給料が安いからと、逆恨みされて刃物で刺されて亡くなった」
「ええ、そんな事が」
「未妃のお父さんが殺されて、ショックを受けたお母さんは家のクローゼットで首つり自殺してしまったんだ……」
「それで未妃さんは一人に」
「ああ、両親を失った未妃は親戚にも見放されて、施設に預けられたんだ。未妃は他の誰よりも幸せになるために勉強とバイトして、進学校の高校を出て東京の広告代理店に就職した」
乱はカイリにポツリ、ポツリと未妃の生い立ちを語った。
「未妃は広告代理店で働いていた僕と出会って、二年の交際を経て結婚した」
「そうだったんだ。結婚生活は順調だったの?」
カイリにそう聞かれて、乱は長い睫毛を伏せた。
「それは、幸せな時もあったよ。子宝には恵まれなかったかもしれない」
乱は言葉を選びながら、カイリに説明する。
「結婚して二年後に未妃が人間ドックで子宮頸がんと診断されて、もうがんが進行していたんだ。手術するしか助からないって。未妃はどうしても僕の子どもを産みたいっていって、なかなか手術に踏み切れなかったんだ」
「でも、手術しなきゃ生きられないでしょ?」
「ああ、子供がいなくても良いから未妃と一緒に生きていきたいって説得したんだ。
未妃は大泣きして、乱と一緒にいたいから手術しますって」
子供を産むのをあきらめた未妃は子宮頸がんの手術で子宮を全摘した。幸い術後の経過は良好で転移も再発もない状態だった。
それから乱と未妃の夫婦の絆はより深まった。五年前に東京を離れ、乱の故郷の宮城県気仙沼の海辺でカフェを開いた。
「ごめんな。未妃の生い立ちの事早くに話せばよかったなー。僕はヒールになり切るしかないんだよな。カイリに申し訳なくて」
「僕は未妃さんを憎んでなんかいないよ。僕も悪いと思っているよ。人は、スーパーマンみたいな人になれないのは分かっているよ」
カイリに完璧超人の人間なんてどこ探してもいないと、ハッキリと言われて乱はこの世の真理を突かれて心にグサッとナイフで刺されたような感覚を受けた。
「病院で見たけど、カイリくんのお腹の子はちゃんと動いているんだな。凄い小っちゃいけど、生きているって」
乱はカイリのお腹に手を触れながら、カイリのお腹の胎児が強く生きているってことを実感した。
もうすぐ親になろうとしているカイリも、慈愛深い顔をして自分のお腹をさすった。
「僕は父親になるのか……」
乱は初めて子をもうける事に期待と不安でいっぱいだった。不安の方が大きいが。
「子どもが生まれたら、どうしようか。いろいろ準備しないといけない。お金も貯めないと」
「そうだね。未妃さんに負担かけないようにしないといけないね。僕、いっぱい働くよ」
「カイリくん、ごめんね」
「ううん」
カイリが首を横に振って、気丈に振る舞っている姿に乱はカイリの肩を抱きしめる。
「僕がカイリくんを守るよ。たとえどんな辛い思いしても、カイリくんを離さないから」
乱は誓った。慈善団体の上層部から命を狙われているカイリを自分の手で守ることを。


第二話「乱とカイリと未妃の諍いの日々」

二〇六〇年の地球は、男性と女性の性別の他にアルファ性やベータ性、オメガ性という第二性が約千年前から生まれていた。
アルファ性は容姿も才能も恵まれ、人類の中では最高の勝利者である。経営者と政治家やクリエイター、慈善団体のトップなどが多い。
アルファ性は親もアルファ性が多く、金も権力も自在に手に入れられる最高の性なのだ。
だから、希少性の高いアルファ性の男女と結婚したがるベータ性やオメガ性の人間達が数多くいる。
ベータ性は、容姿も才能も平均的で平凡な人生を送る人間が多い。ほとんどの人類がベータ性だ。ベータ性同士との結婚がほとんどだ。
乱と未妃は共にベータ性で、東京の広告代理店の職場で平凡な社員同士で知り合い、結婚した。
オメガ性は容姿が恵まれていて、男女ともに子宮がある。子供を産む能力が他の性より優れている。アルファ性と共に発情期があり、発情期の時に子作りをする。最下層の性の為、子どもを産ませて人口を維持させる宿命を持っている。
それぞれの性の人間の共通身分証明書として、性確認カードを人類に交付されていて、保険証とパスポートの代わりにもなる。
今の地球の九〇億人の人口を減らさず、オメガの性の男女がアルファ性やベータ性の男女と営み、たくさん子どもを産んでいるからこそ経済や福祉、公共事業を継続しているのだ。
子孫を残さない人間は、負け組だと言われているこの世の中はどこか悲しいものが漂っている。子孫を残した方が幸せなのか、生涯独身で子なしの方が幸せなのか、曖昧な事をSNSなどで論争する世界になっていた。幸せの定義なんてないはずなのに。

次の日の朝、気仙沼の海岸はオレンジ色の朝日が昇った。
穏やかな波音が心地よい。海辺の小さなギャラリーカフェの「ステラ」に来た乱とカイリと未妃がステラの営業の準備をしていた。
乱はカフェの入り口をホウキとちりとりで掃除をしていた。プランターの花の世話をしているカイリを見ている。
ジョウロで鮮やかなピンクのアジサイの花に水をやっているカイリの顔は幸せそうだった。カイリは朝起きてから、乱に肩まで伸びていた髪を短く切ってもらい、スッキリとした髪型になって王子様の様な気品を漂わせる。

十時にカフェを営業開始した。地元の人や県外から来た旅行客が店にやって来た。
カフェの店内はギャラリーも兼ねていて、色んな所から作家が展示会を行っていた。
壁にはイラストレーターのイラスト作品が額縁に入れて十作品ほど飾っている。
それからステラでは、色んな国の雑貨なども販売していて、その雑貨の売り上げも合わせれば、貯金できるくらいの収入がある。
「いらっしゃいませ! 何名様ですか?」
「二人です」
「はい! そちらの空いてる席へどうぞ!」
眩い金髪をふりまくカイリがと都会育ちっぽい容姿の若いカップルの客を案内した。
「ご注文が決まりましたら、このベルでお知らせください」
乱は身重のカイリが嫌な顔をせずに接客する姿を見ながらコーヒー豆をコーヒーミルで挽いていた。
すると、厨房に歩幅を小さくしてゆっくり歩いて来たカイリが、「乱さーん! ブラックコーヒー二杯と、トマトカレー二つ、お願いします!」と、乱にオーダーされたメニューを伝えた。
「分かった! 未妃、トマトカレー二つお願いな!」
乱は同じく厨房にいる未妃に、注文されたメニューの調理を頼んだ。
未妃は仏頂面で無言で冷蔵庫にあるトマトとジャガイモと人参と玉ねぎを取り出して、包丁で材料を切り始めた。
無表情でひたすら、包丁で野菜をザクザクと切り刻む未妃の姿に、昨日の事まだ怒っていると、察した乱は自分の犯した過ちを心の中で責める。
「お待たせしました。ご注文のお品です」
出来た料理を慎重に運んできたカイリは、席に座るお客さんに料理を微笑みながら差し出す。
正午近くなり、客が増えて調理も接客も忙しくなる。
「カイリくん! ミントティーとハンバーグカレーが出来たよ! これ運んでね」
「はい! 今すぐ持っていくね」
「早く、運びなさいよ。お客さんはお腹空かせているから」
「はい!」
厨房でオーダーされたメニューをてきぱきとした動きで調理する乱と未妃は、出来た料理をカイリに運ばせていた。
「こんにちはー! 乱おじさんー。元気?」
黒髪ロングのグレーの縁のメガネを掛けた白いブラウスとチェック柄の膝丈スカートが似合うグラマーな体格の女子高生と明るいピンク色のポニーテールでパッチリとした睫毛と、ピンクの唇と短いスカートが魅力的な女子高生がみずみずしい笑顔で乱に挨拶する。
「いらっしゃいませ! 虎子(とらこ)さん、アウリさん。今日は早いなー」
 乱はステラの常連客の女子高生の虎子とアウリに挨拶する。
「うん。今日は期末テストが終わって早いの。ようやくステラに来れたわ」
 虎子は上目遣いで乱を見つめて言った。
「そうなのよ。ここのパウンドケーキはどこのケーキよりおいしいのよ。私の楽しみといえば、ステラでお茶するのが一番よ」
 アウリが、ぱっちりした睫毛を揺らしながらステラのこと好きと、乱に言う。
 乱は常連客の虎子とアウリが、ステラでお茶しに来てくれて嬉しくなった。
「いつも来てくれてありがとう。ケーキを食べに来てくれて」
「まあね」 
乱はにこやかに清楚な黒髪ロングとメガネが魅力的な鬼頭(きがしら)虎子(とらこ)と明るいピンク色の髪でフレッシュなメイクが魅力的な千堂(せんどう)アウリに話していた。
虎子とアウリは気仙沼市内の高校に通っていて、ステラの長年通う常連だ。
「虎子さん、看護学校はどこに行くんだい?」
 乱に聞かれた虎子はグレーの縁のメガネを掛け直しながら、
「私は東京の看護学校受験しようと思っているの。そこの看護学校、良いらしくて、就職率一〇〇パーセントなんだって!」
と、背中に背負っている学校指定の紅いリュックから看護学校の資料の書類を取り出して乱に見せた。
乱は、オオッと面白い顔をした。
「ええー。就職率一〇〇パーセントかー。看護師は良いよな。人の役に立つ仕事だもんな」
「そうそう。私も東京に行くんだよ。メイクの専門学校。海外留学制度もあるすごい所に行くって決めたもん。絶対に受かって見せるよ!」
アウリもリュックから、メイクの専門学校の資料を取り出して、乱に見せた。
「おおー! すごいね! 君達はもっと海外に行った方が良いよ。今はたくさん海外に行ける時代になったもん」
「ありがとう。乱おじさんは、若者の気持ち分かっていて、素敵だわ」
乱はアウリが手にしているオシャレな資料を見て、メイクの研究を一生懸命してて良いねと笑う。
虎子とアウリが目をキラキラさせて将来の事を語る姿に乱は微笑ましくなる。
若くて可愛い女子高生二人と話す乱を興味津々に見ていたカイリに乱はカイリを連れて、虎子とアウリに対面させた。
「この子、うちの新しい従業員。光国カイリくんだ」
ウサギみたいにキョトンとしているカイリに乱はカイリに片目でウインクした。
「カイリくんは今、僕の家に居候しているんだ。カイリくんのお腹には赤ちゃんがいるんだ」
カイリは虎子とアウリに顔を向ける。
「今日からステラで働くことになった光国カイリです。まだ慣れてないけど頑張ります」
「まあ! カイリくんっていうんだー。王子様みたいで素敵ー! 私の事アウリって呼んでね」
「カイリくん、あなたはオメガ性なのね。実は私もオメガ性なんだ。私の事、虎子って呼んでよ」
「虎子さんってオメガなの? 僕と一緒だ。将来看護師になりたいんだ? すごいなあ、カッコイイよ」
「カッコイイなんて……恥ずかしいなあ」
「カイリくん、もうすぐパパになるんだね。赤ちゃん生まれたら私に見せてね! カイリくんの赤ちゃん可愛いだろうなー。楽しみ!」
「うん。生まれたら見せてあげるね。それまで元気でいるから!」
そこらの田舎男よりも気品があって金髪の美しい容姿のカイリに興味津々のアウリと虎子は、カイリにキュンキュンしていた。
「虎子さん、アウリさん。空いてる席へどうぞ」
「はーい!」
 カイリは若い女子高生二人を開いてる席に案内した。席に着いた虎子とアウリはテーブルにあるメニューを開いて、決まったメニューをカイリに伝える。
しばらくして、出来た料理を運ぶカイリは窓辺の二人席に座る虎子とアウリに
「お待たせしました。パウンドのシフォンケーキとココアのパウンドケーキと、アールグレイティーです」と、しっとりとした質感のパウンドケーキを乗せた皿、イタリア工芸のティーカップに入った豊潤な香りを漂うアールグレイティーを差し出した。
「わあ! これよ! これ! うーん。良い匂い~」
出来立てのパウンドケーキから香るオレンジとココアの香りに虎子とアウリは大喜びしていた。
「うーん。生地がしっとりして、おいしいわ! 未妃おばさんが作るパウンドケーキは世界一なのよ~。これが無くなったら私生きていけないわ~!」
パウンドケーキをパクパクと美味しそうに食べる虎子は、カイリにここのパウンドケーキを食べることが生きがいだと言った。
「虎子さんは未妃さんのパウンドケーキが大好きなんですね。後で未妃さんにお伝えしますよ」
 カイリが優しく微笑みながら、未妃のパウンドケーキを褒めてくれる虎子に言った。
「夏休みになったら、また来るよ。うち、両親が共働きで家に私だけなのよ。お昼ご飯の時に行くね」
「私も夏休みになったら、カイリくんに会うためにステラに来るね。勉強時間が終わったら行くから、待っててね」
カフェの壁に設置されている三ミリほどの薄型テレビから、公共放送のニュースを放送していた。
〈速報です。岩手県盛岡市で高校生のオメガ性の少女が、昨日の夕方に塾に行ったきり家に帰っていないそうです〉
ニュースを読む若い黒のスーツを着た真面目そうな男性アナウンサーが、真剣な顔をしてニュースを読んでいた。
上空から岩手の盛岡市の盛岡駅前を撮影されていた。
田舎の盛岡駅前には、十数人の警察官があちこち捜査している。
〈少女の家族は、少女が夜遅くになっても家に戻ってこないというので、警察に捜索願を出したそうです〉
〈岩手県警は、オメガ性の少女が誘拐されたとみて、盛岡市内の防犯カメラなどの記録などを調査しているという事です〉
テレビから聞こえてくるニュースの内容がカイリの耳に入った。
東京と比べると、のどかで平和な岩手県に物騒な事件が起きている事に、カイリはどうしようと、不安げな声を漏らした。
「最近、ネットニュースとかでオメガ性の男女があちこちで行方不明になっているんだって」
「そうなのよ。ここでも自治体のおじさんたちが、パトロールしてるんだよね。行方不明になっているオメガ性の男女は大体、十八歳くらいが一番多いんだってさ」
「なあんか、ネットで噂になっているんだけど、大昔に宇宙から人食い爬虫類が地球に降りてきたそうだよ。その人食い爬虫類が、オメガの男女を誘拐して食べるらしいよ」
「人食い爬虫類が? そんなのいるの?」
「その人食い爬虫類は、見た目は普通の人間みたいなんだって。でも、オメガの男女を食べる時に爬虫類の姿に変わるのよ。
ある噂では、人食い爬虫類が特権階級のアルファに化けて、世界の裏を牛耳っているらしいの。アルファのトップって、カッコイイの多いらしいけど、裏はえげつない人多いからねー」
「そうなの? ここでも行方不明になったオメガの子がいるのかい?」
不安な表情を浮かべるカイリは虎子とアウリにゆっくりとした口調で聞いてみた。
「まだここには行方不明になったオメガの子はいないね。学校の先生から防犯ブザーを持たされたのよ。これ」
虎子がスカートのポケットから、防犯ブザーを出した。
「君らも気をつけてね。子供の誘拐なんて、もう何十年も前から問題になっているのに、政府は全然助けてくれないもん。子供は世界の宝なのに、政治家は自分の身を守ることばっかりだもん」
「大丈夫よ。カイリくんは優しいね。もし、怪しい人がいたらすぐ防犯ブザー鳴らすから」
カイリは虎子とアウリはいい子だから、神様が守ってくれると信じようと、うんと頷いた。
厨房でコーヒーミルで豆をグルグルと挽いてコーヒーを作っていた乱はまだ働き始めて間もないカイリが、地元の常連と打ち解けている姿を見て、ホッとしていた。
乱がコーヒーを作る手を止めて、カイリばかり見ている姿に未妃がムッとして、
「ちょっと! さっさと手進めてよ!」と、低い声で文句を言った。
「は、はい!」
未妃に小言を言われて、乱は未妃の機嫌を悪くさせないように再びたくさんの注文された飲み物を淹れていた。
賑やかなカフェは夜六時ごろになり、最後のお客を見送ってから店を閉めた。
夜の九時ごろ、乱とカイリはリビングで布団を敷いて寝る準備をした。
布団を敷いて、くつろいでいた乱とカイリはスマートフォンでGoogleMAPのステラの口コミ評価を見ていた。

『星五つ
期末テストが終わって、ステラに行ったら金髪のおとぎ話の王子様みたいなイケメンの店員さんがとても素敵だった。
イケメンの店員さんが丁寧に接客してくれて、この店員さんがいる限りずっとリピします!』

アウリッチというアカウント名で新しい口コミ評価が書かれていた。
「もしかして、アウリさんかな?」
アウリと思われるアカウントがカイリの事をよっぽど気に入っているのかと、乱とカイリは笑う。
「僕の事、王子様かー。照れるなー」

『星四つ
新しく入った店員さんが、笑顔が王子様みたいで素敵でした。また行きたい』

他の口コミもカイリを褒める様な口コミが描かれていた。
「カイリの事カッコイイって書かれてるぞ。良かったな」
「乱、僕がステラで働いて良かったのかな?」
「ああ、君はとても偉いよ。カイリの事気に入ってくれるお客様がいるんだからもっと自信を持とうよ!」
乱はいきなり良い口コミを書かれていて、恥ずかしがるカイリを自信持っていいと励ます。
乱に励まされて、パアッと光り輝く笑顔を見せるカイリはポジティブな乱の顔をじっと見つめる。


次の日になり、いつもの様にカフェを営んでいた乱と未妃とカイリは、今日もバリバリと働いていた。
乱はコーヒーと紅茶を淹れたり、未妃は料理を作り、カイリはできたコーヒーとお茶と、料理を運ぶ。
「OK! 未妃! ココナッツカレーとマンゴープリン三つ頼む!」
乱は同じく厨房で料理を作っているメニューの注文の料理を作ってくれと、頼んだ。
オーブンで焼いた焼き立てのシフォンケーキをミトン着けて取り出す未妃は、「はい!」 
と、低い声で答えた。
「カイリさん! これ! 早く持っていきなさいよ!」
未妃が前にオーダーされた出来立てのシフォンケーキを皿に出して、乱が淹れたレモンティーをお盆に置いて、カウンターの所でカイリに渡した。
「大丈夫か?」
カイリは昨日の疲れからか、顔色が良くない。顔色のさえないカイリに乱は、心配した。
「う、う、うん。これ終わったら少し休むよ……」
顔色の悪いカイリが口元を押さえて、出来上がった料理を運ぼうとしようとして、乱はカイリを引き留めようと肩を押さえた。
「乱、さん……もう少しだけ働かせて」
「今すぐ休むんだ」
乱は厳しい顔をしてカイリに休めと、言った。カイリは困惑する。
「ちょっと何してんのよ! さっさと運びなさいよ!」
厨房で忙しく野菜を包丁で切り刻んでいた未妃は、乱に優しくされるカイリに嫉妬に燃えてきつく叫んだ。
「お客さんが多くて、休んでいる暇はないの。早く運ばないと、お客さんに怒られるわ」
「おい、未妃。カイリをちょっと奥で休ませて欲しいんだ。料理は僕が運ぶ」
「あのさ、カイリさんは妊娠中でもちゃんと仕事するって言ってたわよ? 約束破られるのはごめんよ」
「でも、カイリの顔色凄い青いんだよ? もし、カイリとおなかの赤ちゃんに何かあったらどうするんだ?」
「そんなの分かっているわよ。でも、こっちにはこっちの生活もあるんだから、あんまり休まれちゃあ困るのよ」
乱と未妃が厨房で口論になって、それを黙ることしか出来ないカイリの顔色はますます青くなっていた。
カイリは体をフラフラさせて、床にガクッと倒れてしまった。乱は体調を崩して床に倒れたカイリの細い体をヒョイと抱えて、厨房の奥にある休憩室まで運んだ。
「ちょっと! 乱! いい加減にしなさいよ!」
未妃がカイリを守ろうとする乱に嫉妬して、怒りをぶつけられても乱はカイリを休ませようとした。
体調が悪くて休憩室の布団に休んでいるカイリを申し訳ない表情で見つめている乱は、
「ごめんな。無理させて働かせて」と、呟いた。
布団の中で、すやすやと眠っているカイリの額に手で撫でている乱は、その後カフェの仕事に戻った。
カイリが休んでいて、人手が減ってしまった。
乱は厨房のメニューの調理だけでなく、接客もやらなければならず、多忙を極めていた。
午後六時に無事に営業を終えた乱と未妃は、最後の客を見送った後、ハーッと息を吐く。
しばらくすると、カイリが休憩室からゆっくりとした足取りで歩く乱と未妃の前に現れた。
あんなに青かったカイリの顔色がピンク色の顔色に戻って、乱はホッとした。
乱はカイリの元に駆け寄った。
「もう、大丈夫か? 気分はどうだ?」
「うん、休んだらだいぶ気分が良くなったよ。ごめんね、乱。お店忙しかったでしょ?」
カイリが自分の体調が悪かったにもかかわらず、店の事を気遣う姿に乱は
「大丈夫だよ。お店も大事だけどカイリの体調の事も心配だよ。カイリにもしもの事があったら嫌だから」と、カイリを労わった。
「ちょっと、カイリさん」
「はい。未妃さん、何でしょうか?」
未妃が目が据わった表情でカイリに近づいてきて、乱は何か嫌な予感を感じていた。
「もう! バカ!」
 未妃がカイリに怒った。カイリは、未妃に怒られてヒャッと体をすくめる。
「今日は本当に大変だったのよ。また無理されて倒れられたら困るわ」
 未妃が怒りながらもカイリを心配している。
「ごめんなさい。つわりの症状があって、休まないと駄目だったんです」
仕事を休んで申し訳ないと、未妃に謝るカイリの黒く澄んだ瞳から涙が滲んでいた。
「明日からはちゃんと仕事しますから……」
か弱い子犬の様に怯えるカイリを辛く当たる未妃にまずいと感じた乱はカイリと未妃の間に入った。
「ごめん、ごめん。未妃ー。今日も大変だっただろー? 今日の夕飯は気仙沼のラーメン屋に行こうかー。たまには外食も良いだろ? 三人で行こうよ」
乱に外食に行こうと、誘ってくれてカイリは思わず嬉しい顔をした。未妃は少し怒っていたが、さっきの事を忘れようとふるまう。
「二人で行ってよ。私は家にある備蓄用の非常食でも食べるから」
「で、でも、それじゃあ栄養取れないよ?」
「今のカンパンはスピルリナと酪酸菌配合されてるんだから、栄養あるでしょ? クレジットカード渡すから、それでどこかの食堂で食べに行ってよ」
「う、う、分かったよ」
そっけない態度をとる未妃に乱は、シュンとした。未妃の怒りを消すのは相当の時間がかかるかもしれない。

乱とカイリは、車で気仙沼市内にあるラーメン屋「星(せい)麺(めん)」にやって来た。乱の昔からの知り合いの大屋冨晃とその娘の律子が営んでいた。
星麺に着いた乱とカイリは、店のドアを開いた。
「こんばんはー。大屋冨のおやっさん」
「おお! いらっしゃい! 乱さん、元気か?」
ラーメンの磯の香りが漂う店内でラーメンの麺をシャッ、シャッと湯切りをする頭にタオルを巻いた男くさいルックスの大屋冨晃(おおやぶあきら)が乱を迎えた。
「こんばんは。律子さん。今日も繁盛しているね」
空いている席に座った乱とカイリにお冷を出す頭に三角巾を着けた星麺のロゴが入ったエプロンを着けた大屋(おおや)冨(ぶ)律子(りつこ)が接客する。
「乱さん、今日はお友達と来たの?」
 律子が目をクリクリさせて乱の隣に座る異国の王子様のような外見のカイリに興味深そうに見ていた。
「あら、まー。乱さんのお友達、お腹大きいね。赤ちゃんができたの? 乱さんのお子さん?」
律子がキャピキャピした声で乱の子どもが生まれるのかと、聞かれた。乱は顔色を変えて違う違うと、首を横に振った。
「ち、違うんです。僕は元彼に騙されて妊娠させられて困っている所に乱さんが助けてくれただけで。今は乱さん家に居候させてもらっているんです」
既婚者の乱との間に出来た子供と、ばれたら困ると慌てたカイリは元彼に騙されてできた子と言い張る。
まさか、そんな事があったのかと驚きの顔をする律子は、長い睫毛を伏せるカイリの手を取った。
「その元彼さん酷いなー。良かったね、乱さんに助けてもらって」
「は、はい。乱さんは身寄りのない僕を助けてくれて、僕にとってのヒーローなんです」
カイリにヒーローと褒められて、照れる乱は何とかバレずに済んだとホッとする。
「ご注文は決まりましたか?」
「はい。わかめラーメン二つと、餃子二つお願いします」
 律子に注文の料理を伝えた乱とカイリは注文された料理が来るまで待っていた。
「おーい! 海野先輩! 久しぶり!」
「おお! 鮫島(さめじま)! 漁師の仕事終わったのか?」
隣のテーブルの席に座っていた青髪で乱よりがっしりとした体型でサメのワッペンがついたキャップを被った鮫島に元気のいい声をかけられた。
「今日は、ヒラメとカツオとサバが獲れたんだよ。後は、サメも獲れたんだ。気仙沼のサメは美味しいフカヒレになるから最高なんだ」
「そうそう。気仙沼のフカヒレはコラーゲン豊富で、未妃もここのフカヒレ大好きなんだよな」
乱と鮫島は、同じ高校の先輩後輩で同じ剣道部だった。鮫島と良く、剣道部の練習が終わったら、部活仲間と共に気仙沼の海岸でバカ騒ぎしていた。
乱は高校を卒業すると、東京の大学で経営学を学んで卒業後に東京の広告代理店に就職した。鮫島も高校卒業後、北海道の大学で海洋学を学び、卒業後に気仙沼市内の漁港の漁師となった。
お互い仕事が忙しい中、時間が空いた時に乱と鮫島は星麺で食事をしていた。
「海野先輩、今日は奥さんと一緒じゃないのかい?」
「ま、まあ。今日もカフェで料理作ってたよ」
 未妃とケンカしているのを知られたくない乱は、鮫島に気付かれないように作り笑いした。
「先輩の奥さんは、岩手美人だからしっかり者で良いなー。俺も先輩の奥さんみたいな美人と結婚したかったなー。漁師の給料が月六十万円しかないから、結婚できないよ」
「そうか? 月六十万円もらえるなら、女いっぱいやって来るだろ? もっと自信持て!」
「海野先輩のダチくんも素敵なのに、何でダチくんの彼氏は冷たいんだろうなー。妊娠したダチくんを捨てるなんて!」
「そ、そうですね。僕が人生のどん底にいた時、乱さんに助けられて良かったです。乱さんが、いなかったら今頃、飢えで死んでたかも」
「じゃあ、ダチくんのお腹の赤ちゃんの為にも俺が奮発してやる!」
「鮫島~。良いのか?」
「ここのラーメンは安くて栄養があるから、ドンドン頼みな!」
 鮫島が漢気を見せて、カイリにラーメンを奮発してやると言った。カイリに奢ってくれる鮫島に乱は遠慮しようとするが、カイリの黒い瞳から涙が溢れている姿にオオッとなった。
「あ、ありがとうございます。僕みたいなクズなんかに優しくしてくれて」
「遠慮するな! ダチくん。すみませーん! この子にチャーハンと野菜餃子を一つ!」
鮫島は高校の頃から、裏表がなくて誰にでも優しい後輩だった。乱はカイリのお腹の子の父親が自分だと公に言えず、罪悪感があった。
 乱とカイリと鮫島は、注文したメニューが来るまでわちゃわちゃと雑談していた。
宮城県気仙沼市の名物のフカヒレや、マグロとカツオの話や鮫島が実家で飼っている猫の話とか乱が好きな画家の話とかしていた。
カイリも年上の男二人と、遠慮せずに自分から話していた。
大屋冨は厨房で、青々としたたっぷりのワカメを麵とスープと共にどんぶりに入れて、わかめラーメンが完成した。
餃子の焼き機で焼いた餃子も、程よい焦げ目と羽がついて、香ばしい匂いを漂わせていた。
「お待たせしましたー! わかめラーメン二つと餃子二つでーす!」
律子がお盆にアツアツの湯気が出ている宮城県産の新鮮なワカメがたっぷり入ったわかめラーメン二つ運ばれてきた。それと、中身の餡がギュウッと詰まった餃子を皿に乗せて両手で運んできた。
出来立てほやほやのわかめラーメンと大きな餃子に乱とカイリは香ばしい匂いに唾が出てきた。
お腹がペコペコの乱とカイリは、早速食べ始めた。故郷の青々としたワカメと麵を絡めて食べると磯の味がグーッと口の中に広がってきた。
「お、美味しい……海の味がする」
初めて星麺のわかめラーメンを口にしたカイリは生まれて初めての味に、目を輝かせる。
「そうだろ? 味が濃くておいしいだろ?」
「良かった、良かった! どんどん食べな!」
「お待たせしました! チャーハン一つと、野菜餃子一つでーす!」
鮫島が注文したメニューを律子が再び運んできた。
「おお! 来た来た!」
豚肉と玉子とかまぼこが入ったチャーハンと、細かく刻んだ野菜がギュッと詰まった野菜餃子がカイリの元に来た。
わかめラーメンと餃子を食べ終えたカイリは、チャーハンと餃子を交互に口にした。
「すごくお腹空いていたから、どんな食べ物もおいしく感じる……」
「良かった! 喜んでくれて……」
昼間、つわりで休んでいたカイリの曇った表情が少しずつ晴れて、乱の気持ちが安らいだ。
「おお! カイリくん! うちのラーメン好きになったかー?」
厨房でラーメンを作っていた晃が、美味しくて箸が止まらないカイリに嬉しくなって顔をクシャッとして、笑った。
「はい。今までネットカフェ暮らしでろくに食べてなかったんです。久しぶりに温かいラーメン食べれて嬉しいんです」
「え? 今までネットカフェ暮らしだったのか? そうだったのか。こんなに美味しいって喜んでくれて嬉しいよ」
「そうだよ、お父さん! こんな王子様みたいな子からラーメン美味しいって言ってくれるなんて、めったに無いよ! ああ、良かった。カイリくん、ドンドン食べて」
「ラーメンいっぱい食べて元気出して、明日から楽しんでいこうや!」
「はい!」
温かな人情味あふれる星麺で楽しく夕食を終えた乱とカイリは、未妃から渡されたクレジットカードで星麺にお勘定を支払った。
それから乱は、お土産としてカイリと留守番している未妃に星麺のラーメンのキーホルダーを三つ買った。
ミニチュアのフカヒレラーメンのキーホルダーをカイリに渡した。
乱とおそろいのキーホルダーを貰ったカイリは、わああと、子供みたいに喜んだ。
乱はラーメンのキーホルダーを自分の黒の財布につけた。
カイリも自分の緑の財布につけた。

星麺を後にした乱とカイリは、車で家に帰った。
真っ暗な夜道を走る車の中で、車を運転する乱とカイリは温かいラーメンで、ここも体も温まっていた。
「星麺のラーメンって美味しかったね。また行きたいな」
「良かった。カイリに喜んでくれて。美味しいラーメンはお腹の子も喜ぶぞ」
「そうだね。たくさん栄養取らないと」
「良いんだよ。カイリは心配しなくて良いよ」
「ねえ、乱さん。カタカムナって知ってる?」
乱は聞いた事ない様な言葉に、頭に?マークがついた。
「か、カタカムナって何? おまじない?」
「カタカムナって、日本が生まれる前に日本の神様がお作りになったウタだよ」
「う、ウタなの?」
「そ。日本の文字の元になったウタだよ」
乱はカタカムナなんて学校でも習わない事だから何故カイリは知っているのかと、不思議だった。
「どうして、カイリは知っているの?」
「僕の死んだ父さんから教えてくれたウタだよ。このウタを唱えていれば、神様たちによって守ってくれるんだって」
「神様の力で守ってくれるウタかー。ねえ、どんなウタなんだい?」
乱はカタカムナのウタをどんなものか、知りたくなって目を大きくしてカイリに聞いてみた。
カイリは少し目を伏せて、小さな口を開いた。
「じゃあ、唄うね」
カイリがカタカムナを唱えようとしている姿に、乱はどんなウタか、耳を澄ませた。
「ヒフミヨイ~マワリテメクル、ムナヤコト~アウノスヘシレ~カタチサキ、ソラニモロケセ~ユヱヌオヲ~ハエツヰネホン~カタカムナ~」
カイリの澄んだ声で唄うカタカムナは、どこか懐かしい感覚に陥った乱は、心と体がふわふわしていた。
「マカタマノ~アマノミナカヌシ~タカミムスヒ~ミスマルノタマ~」
「ああ、綺麗なウタだ……」
「ウマシタカカム、アシカヒヒコ~トコロチマタノ~トキオカシ~」
日本が生まれるはるか昔、八百万の神々によって作られたウタは、乱の体の隅々まで守られているようだった。
「ああ、僕の頭や体の疲れが取れたような感覚だ。カタカムナって、凄いな。未妃のお小言でストレス凄い溜まってたけど、何かどうでもよくなったな~」
「良かった。僕は毎日カタカムナを唱えてたお陰で、逃亡生活も何とか乗り越えられたんだよ。未妃さんにも教えようよ」
「そうだな。カタカムナはいいウタだ。カイリ、ありがとう。毎日唱えるよ」
 カイリの優しいカタカムナによって、ストレスから解放された乱は、カイリの頭をなでなでした。カイリは乱に頭を撫でられて、可憐に照れる。

家に戻った乱とカイリは、もう夜の九時になって夜空には星が輝いてた。
星空を眺める乱とカイリは、ただ黙っていたが心の中では好きだった。


第三話「邂逅」
七月八日。カイリが気仙沼に住む乱の家に暮らしてから一か月過ぎた。
カフェ「ステラ」ではカスミソウの様に美しいカイリがステラで働いている事から、Googleなどの口コミで好評となり、店は繁盛していた。地元の常連客だけでなく、県外からの観光客や海外からの観光客で繁盛していた。
今日は月曜日で「ステラ」の定休日だ。
乱は久しぶりに未妃と仙台で買い物に出かけていた。
七月になり、仙台市内の多くの人が行きかうムシムシとした暑さの一番町四丁目商店街を乱と未妃は歩いていた。
カイリは妊娠中のため、体調の事も考慮して家で留守番してもらっている。
華やかなピンクのリップとチークを付け、女性らしいピンクのワンピースをまとう未妃は、口角を上げてニコニコしていた。
家で留守番しているカイリに申し訳ないと思い、仙台三越でカイリの新しい服を買ってあげる事にした。
「らぁん。久々に二人で買い物できるなんて幸せよ。いっぱい買い物しよ」
「あ、ああ」
「私、乱と一緒にいられて嬉しいの。ずっと一緒だよ」
やたら上機嫌な未妃に腕を組まれた。乱は彼女が怒ってこないか内心、ビクビクしていた。
二人は腕を組んで商店街を歩き、歴史を感じさせる重厚な百貨店、仙台三越に入店した。
乱と未妃は三時間くらい百貨店で買い物して、仙台三越から出た。
エレクトロンのシャンプーとトリートメントが入った紙袋と、生活の木の紙袋を持った未妃はご機嫌な顔をしていた。
仙台に一緒に行けなかったカイリの為に新しいシャツとズボンと、下着と靴下が入ったファストファッションの紙袋を持っていた。
「クレカのマイルが二万円溜まっていたからマイルで支払ったの。現金使わないで良かったわ」
「良かったな。未妃は節約上手だね」
「まあね。キャッシュ使わずに生活している私に感謝しなさいよ」
未妃は上機嫌だった。未妃は乱に寄りかかり、上目遣いで愛おしそうに見つめてきた。
乱はハハッと困り気味で笑う。
お昼ご飯を食べるため、飲食店を探した。
スマホを操作する乱は、アプリで空いている飲食店を簡単に見つけられるアプリで店を探していた。
乱は歩きながらスマホを操作していて、スマホに夢中になって、前を見ないで歩いていた。
ドン! と乱の体にぶつかる音がした。
スマホに夢中になっていた乱は、肩をぶつけられて何だと思い、顔を上げた。
「おい! 何歩きスマホしているんだ! コノヤロー!」
パンチパーマ頭と黒のサングラスをかけた図体のでかいどう見ても堅気の人間でない、男二人が乱と未妃を睨んでいた。
「テメー、仙台一の時巣組の組長の体ぶつけるって、どういう神経してんだ! コラ!」
顔を強張らせる乱は、サングラスに北斗七星の入れ墨をしている強面の男に肩を掴まれて、ヒイッと小さく声を上げた。
「何でしょうか……」
ヤクザの男二人に詰め寄られる乱と未妃は、あまりの怖さに恐怖で落ち着けられなくなる。
「申し訳ございません! ごめんなさい!」
「ごめんなさいで済むか! 仙台三越で買い物できたからってセレブ気どりするな!」
「そ、そんな! 私たちはセレブ気取りなんかしてません!」
「ほ、本当に申し訳ないです! 僕らを解放してくださいよ」
乱と未妃がヤクザの男二人に絡まれて、困っているのに、商店街の人達は怖がって助けようとしない。
このヤクザは恐らくアルファ性だろうし、ベータ性の乱と未妃では太刀打ちすることは出来ない。
「時巣組に逆らったツケだ!」
パンチパーマ頭のヤクザが、頑丈そうな拳で乱の顔を目掛けてジャブを繰り出してきた。
ヤクザに強烈なジャブに乱は、恐怖で思わず目を閉じた。
ガチィ! 大きな金属音が乱の耳にキーンと、なった。
「な、何だ?」
乱は恐る恐る目を開けた。目を開けた乱の目の前は、扇子の様なもので顔を覆われていた。
「う、ウギャァアアアア――……!」
乱の顔に目掛けてジャブを仕掛けたパンチパーマ頭のヤクザは、ジャブを仕掛けた拳が拳より硬い鉄扇に当たった。
鉄扇に当たった拳から血が滲んでいた。
「まぁったく、化石みたいなヤクザがまいまいしとぉて、一般庶民をあらくたい事したらしばくで!」
乱の目の前に、百九十センチ近い高身長のスラッとして、紫の上質な生地で作られた帽子をかぶった人間がいた。帽子から見える長く艶やかな赤みがある紫の髪が見える華やかなモデルのような人物が立っていた。
華やかなモデルみたいな人物の隣に、清潔感のある短い黒髪に、ハリウッドのロックスターみたいな派手なオレンジ色のレンズのサングラスをかけて鍛えられた背筋を引き立てる高級感のあるスーツを身にまとった男が堂々と立っていた。
「だ、誰ですか?」
乱は匂い立つ気品が溢れる人物を目にして、ハアッと呼吸を荒くする。
「大丈夫やすかぁ? このヤクザはんは、しょうもない奴やすなぁ。ここはうちらにまかしとき」
華やかなオーラを放つ人物は乱の方を向かず、友禅染の模様が入っている紫の帽子から覗く長い髪をサラサラとなびかせ、上品な京都弁と鉄扇でヤクザの男の攻撃を食い止めていた。
「おーい。紫信、お前は妊娠中だから、ここは俺に任せな」
短い黒髪の男が、オレンジレンズのサングラスをかけ直しながら紫髪の紫信に顔を向けた。
乱はその黒髪の男の濃い眉毛に大きく引き締まった唇に凛々しい顔立ちの男に凄いと声が出た。
「崇継はん、安心せぇ。うちは安定期に入ったし、あまり無理はせんへん」
どうやらこの黒髪の男は、崇継という名前らしい。この華やかな男二人はアルファ性とオメガ性のつがいの様だ。
拳から血を滲ませて痛みをこらえる顔をするパンチパーマ頭のヤクザが、涼しい顔をしてヤクザの攻撃を止めた紫信の前に立った。
「お、おお、て、てっめえ! 何すんじゃ! こんなオモチャで、時巣組のヤクザを止めるとはよう、ぶっ殺すぞ!」
パンチパーマ頭のヤクザに紫信の鉄扇を掴んで、詰め寄る所に乱と未妃は、アッ! 危ないと、冷や汗をかく。
「じゃまかしい!」
涼しい顔をしていた紫信は、ドスの効いた声を上げて、鉄扇でヤクザの男の喉をバシッ! バシィ! と日本舞踊みたいにひらひらと蝶の様に華麗に舞いながら、容赦なく叩きつけた。
「ウギィイイイイィイイ~~~~~!」
パンチパーマ頭のヤクザは、喉を紫信の鉄扇で叩きつけられて、声にならない悲鳴を上げた。
「く、組長!」
「が、が、は、は、ぶ、うう……」
 顔に北斗七星の入れ墨をしたヤクザが、喉を攻撃されて、声が出なくなったパンチパーマ頭のヤクザの元へ駆け寄った。
「てめえ! うちの組長に何しやがるんじゃ! このあざとい京都女!」
 北斗七星の入れ墨をしたヤクザが、紫信を睨みながら京都人を皮肉る様な事言ってきた。
「うちは女ではないんやす。れっきとした男のオメガ性やす」
「どっちでも良いだろ!」
「ええ加減にしときぃや! もっとしばくで!」
ヤクザと口論する紫信に乱は、どうしよう、どうしようと、心配になる。乱が心配しているうちに、紫信と北斗七星の入れ墨をしたヤクザの間を割るかのように崇継が入ってきた。
「やれやれやれ。早くここから去った方が良いぜ? 警察のお世話になる前にな」
崇継が北斗七星の入れ墨をしたヤクザに、さわやかな王子みたいな笑顔を見せながら、商店街から去れと言った。
「兄ちゃん、派手なグラサンかけやがって。お前は意識高い系のロックスターかよ?」
「ハハハ。俺は……」
崇継が自分より体格の良いヤクザの隙を突いて、ヤクザのスーツの襟を掴んでバキィ! と、風を切るような速いスピードで顔を何発も殴った。
「グアアアア~~~!」
崇継に顔を殴られ、余りの痛さに顔に苦痛を受けるヤクザは思わず、よろめいた。
「この俺を誰だと思っている!? 俺は特権階級のアルファ性の男、清瀬(きよせ)崇(たか)継(つぐ)だ!」
 崇継はヤクザに隙を与えず、体をよろめかせるヤクザの体をグッと掴み、自分より大きい体の男をグワッと、空に投げ飛ばした。
「グピイイイイイイ~~~~~!」
北斗七星の入れ墨をしたヤクザが、崇継に体を勢いよく投げ飛ばされて、恐怖で叫びながら地面に叩きつけられた。
 ヤクザが地面に落下して、商店街にいた一般人たちは、時巣組のヤクザを取っちめる崇継の勇士に、思わず拍手をした。
「す、凄い」
乱は、自分より体格のいいヤクザを見事に投げ飛ばす崇継の雄々しい姿に驚きを隠せなかった。
崇継は、そのヤクザの悔しそうな顔を覗いた後、ゴツゴツとした男らしい手でヤクザの前歯が折れて悔しそうな顔をグイッと上げた。
「ち、ちくしょ~! 何で、こんなヒヨッコにやられなきゃなんねえんじゃ~~!」
ヤクザは憎たらしい崇継に顔を上げられて、悔しさで歯ぎしりしていた。
崇継はサングラスを外し、聖人の様に恐ろしく整った素顔を見せ、「俺の名は清瀬(きよせ)崇(たか)継(つぐ)。世界一の慈善団体『青の友愛(ゆうあい)基金(ききん)』の会長の清瀬崇継だ。この名を覚えておけ」
と、凄みのある声で自分の正体を明かした。
「う、うう、あああ」
「お、おおい。こ、この野郎に逆らってはいけねえ……は、早よ逃げぇえええええ!」
北斗七星の入れ墨をしたヤクザは、崇継に恐れをなして未だに咳をしているパンチパーマ頭のヤクザと共に、ピューッと一目散に一番町四丁目商店街から去っていった。
「あ、あの人。あの有名な慈善団体の会長さんだったの?」
「まあ、カッコいい~!」
「ねえ、あの人動画配信サイトで見たことあるけど、ノーベル賞獲った人でしょ!」
「嘘でしょ? 何で慈善団体の会長でノーベル賞受賞者がここに?」
「本当にノーベル賞受賞者がこんな近くにいるなんて、夢みたい~!」
時巣組のヤクザを、アリを足で潰すように懲らしめた崇継を遠くから見ていた商店街の人々は、若くて勇ましい崇継に惚れ惚れしていた。
商店街の人々にフッと微笑む、崇継は紫信と共に乱と未妃の元へ歩み寄った。
「あんた、大丈夫やすかぁ?」
「君達、ケガは無いか?」
「は、はい。ケガはないです」
 他の人間より遥かに華やかな崇継と紫信から放つ強烈な光を受けて、二人の周りに白い象と赤い鳳凰が飛び回っていた。一般庶民のベータ性の乱はこの二人に圧倒されそうになる。
「助けてくれてありがとうございます。何とお礼を言えば良いのか……」
乱は崇継と紫信に胸をドキドキさせながら、お礼を言った。
「大丈夫だよ。俺は弱い人達の味方であるさ。あんなヤクザ、大した奴じゃない」
「清瀬崇継さん、本当に良いんですか?」
「かまへん。かまへん。困った時はお互い様さかいに」
「お、お二方はどういう関係なんですか?」
「うちは青の友愛基金の清瀬崇継会長の秘書で、崇継のパートナーの加賀美(かがみ)紫(し)信(しん)やす」
「ぱ、パートナーって……」
乱は紫信の上品でかつ艶やかな京都弁に、彫りが深く、ぷっくりとしたモーブ色の口紅をつけた唇と、ふっくらと盛り上がった胸板が魅力的な紫信にハーッとなってしまう。
「か、加賀美さんはオメガ性ってこと?」
 乱は紫信がお腹がふっくらしているのを見て、聞いてみた。
乱に聞かれた紫信は、膨らんだお腹を慈しむ様に撫でながら、
「せや。こう見えてもうちはオメガ性の男で、今はうちのお腹に三人目のややこ妊娠しとる」
と、はんなりとした口調で答えた。
「背がすごく高いからアルファ性のなのかなぁと、思ってました」
「フフ、普通のオメガ性は背の低い奴が多いやねんけど、うちは珍しく背が高いんやす」
「あの、清瀬会長ってアルファ性なんですか? お仕事でお知り合いになったんですか?」
「ま、そうやす」
「あんたはん、お名前は何というやすかぁ?」
「ぼ、僕は海野乱です。隣にいるのは妻の海野未妃です」
「そう、ええ名前やすなぁ」
紫信は百九十センチ近い身長に、そこらの女より遥かに飛び抜けた美貌を持つ。
彼は紫のハイブランドのジャケットの下に艶やかな蝶の刺繡に大きなスリットが入ったチャイナ服を華麗に着こなしていた。
紫信の圧倒的な美貌に圧倒される乱は紫信のパートナーである青の友愛基金の会長の男がアルファ性であるから、彼のお陰で社会的地位の高い立場なんだろうと、納得した。
だって、社会的地位の高い崇継と紫信はハイブランドの服を着こなしていた。プチプラ服ばかり着る平凡な乱には縁がないと感じた。
百八十三センチくらいの高身長の崇継は、上質なハイブランドの黒のスーツをカッコよく着こなす。乱の近くまで来た。
崇継が紫信は、乱と未妃の方に顔を向けた。
「これから紫信と食事に行こうかと思うけど、君達もどう? お金は俺が出すからさ」
「え、でも、ごめんなさい。他に寄るところがあるので」
「そうなんです。悪いけど、遠慮させていただきます」
遠慮気味の乱に対して、崇継はグイグイと乱と未妃にニカッと、何の濁りもない白い歯を見せた。
「私たちは海野さん達の事、もっと知りたいんだよ。私たちも青の友愛基金の活動内容とか詳しく教えてあげるしさ」
「はよ、何か食べに行けへん?」
 崇継と紫信から、奢ってあげるから一緒に食事に行こうと、一期一会の縁もあるだろうし、乱はどうしようとかと考えたのち、「ええ、じゃあ、一緒に行こうかな」と、清瀬崇継と加賀美紫信と共に、食事をすることになった。
焼き肉が良いと、崇継と紫信に提案した。崇継と紫信が良く行く焼き肉店に寄る事にした。

創業百年の老鋪焼き肉店に着いた乱たちは、アンドロイド型の店員に案内されて、空いている席に座った。
店内は窓を開けて換気しているため、火扱っているのだがあまり暑くはない。乱と未妃と崇継と紫信は、上に羽織っているものを脱いだ。
上に着ているカーディガンを脱いで半袖一枚になった
乱の斜め対面に座っている紫信は、紫のノースリーブのチャイナ服から覗く引き締まった腕に厚みのある胸板がくっきりと浮かび上がっていた。
紫信の厚みのあるセクシーな胸板に、つい目がいって、顔を赤くしていた。
中性的な京美人のはんなりとした色香を放つ紫信ばかり見つめている乱に、未妃はムッとして乱の耳を引っ張った。
ヤキモチを焼いた未妃に耳を引っ張られる乱は、痛そうな顔をした。
「ここの焼き肉店は宮城産の牛タンが特別美味いんだよ。俺が奢るから、ドンドン注文しな!」
メニュータブレットを手にしている崇継は、自信満々の笑みで、乱と未妃に遠慮するなと言った。
「い、良いんですか?」
乱は遠慮がちな表情で、崇継のキラキラした目を見ながら、言った。
「良いよ。良いよ。遠慮はするな。俺がご馳走してあげるぞ。さ、さ、何頼む?」
崇継の高貴なアルファ性なのに関わらず、フレンドリーに乱と未妃に優しくしてくれて、せっかく奢ってくれるならねと、乱と未妃はタブレットメニューを見た。
「牛タン四枚と、牛バラ肉十枚と、リブロース十枚にします」
「何、遠慮してるんだい? もっと頼みな」
「そうよ、乱。もっと頼みなさいよ」
「乱さん、俺が代金全部出してやるから、安心しな!」
「じゃあ、追加で牛レバーとサーロイン五枚お願いします」
しばらくして、実物の女の子に近い愛くるしいアンドロイド型の店員が、可愛い笑顔で注文した肉を皿に乗せて人間に近い動きで、テーブルに置いてくれた。
乱たちは頼んだ肉を焼き肉を焼くための網に乗せて、ジュージューと脂が溶けるような音を立てながら焼いた。
「さ、食べな」
「はい。いただきます」
肉を焼いてくれた崇継に言われて、乱と未妃は美味しそうな肉汁がしたたる牛タンを食べた。
「美味しい」
「味が濃くて美味しいわ」
宮城産の牛タンは、東北ならではの環境で育ったため味が濃く、食べ応えがあった。
老鋪焼き肉店の焼き肉は、一流の人間のスタッフが調理しているため、その味は格別だった。
紫信は焼いた牛タンを箸で取り、小皿に牛タンを取り、レモン汁をかけて箸を上手に使って食べた。
「宮城の牛タンは特にえぇ。のじがえぇ」
妊娠中の紫信は酸っぱいものが恋しいのか、レモンの酸味の効いた牛タンを美味しそうに食べていた。
乱と未妃もそれにつられて、焼けた肉をどんどん口に入れた。
仙台の牛肉はケーキの様に甘く、とろけた味で乱と未妃の味覚を満足させた。
乱は未妃と共に、崇継と紫信に自分たちが経営しているカフェ「ステラ」の事を紹介した。子供がいないベータ同士の夫婦と語った。
「良いな。そのカフェ、俺達も行きたいな。奥さんの作るパウンドケーキ食べたいな。今度、行かせてもらうよ」
「清瀬さんみたいな、素敵な方がお越しいただけるなら、私は腕を振るってパウンドケーキを作りますね!」
「ああ。嬉しいな」
社会的地位が高い崇継がどうやら乱と未妃のカフェに来てみたいと、おちゃめな笑みを振る舞う姿に未妃は少女の様にあどけない笑顔だった。
未妃が初対面のアルファの崇継に寛容なのに、何で自分には不寛容なのか乱は胸を詰まらす。
「俺の今までやってきた事、教えてあげるよ。俺は父が先代の青の友愛基金の会長だった。
俺は子供の頃から不老不死に興味があって、寝たきりの老人を救うための治療薬の研究をしていた」
「ほうほう」
「俺が三十の時にウサギの肝臓から取り出したアレノアクロムという、アミノ酸の一種で内臓と神経細胞と、筋肉を再び活性化させる若返りの成分を取り出す事が出来た」
崇継がハイブランドの黒のカバンから、タブレットを取り出した。そのタブレットを指で操作し始めた。
「これが?」
タブレットを操作する崇継がブックマークしていたWEB記事にアレノアクロムはアルツハイマー型認知症や白血病、パーキンソン病やクローン病などを治すことができる奇跡の薬と書かれてある。
アレノアクロムを研究して製薬化した功績により、崇継とその共同研究者はノーベル医学賞を受賞する事が出来た。
「さ、三十でノーベル医学賞! す、凄ーい!」
 崇継が若くしてノーベル医学賞を受賞したと、知った乱と未妃は、目がビヨーンと飛び出すほど感心する。
シワだらけの老人がアレノアクロムを配合した薬を摂取しただけで、二十代の若者並みのハリとツヤのある肌に若返ったという、写真で比較している記事があった。本当に事実なのか信じがたいが、他の人種より遥かに能力の優れたアルファ性の崇継の功績はメディアでも持て囃されて当然なんだろう。
「今、アレノアクロムを一般向けに摂取できるように、大量生産できる工場を岩手県盛雫石町にある南昌山の山奥に建設した。アンチエイジング効果のある化粧品を商品化するために、うちの共同研究者の横田(よこた)鍵(かぎ)洋(ひろ)博士が、研究しているところだ」
崇継がタブレットで、アレノアクロムの共同研究者の横田鍵洋を指で差した。
「この人が横田鍵洋さん? あなたと一緒に研究してる方?」
横田鍵洋という男の容姿はサラサラとした銀髪に顔立ちのハッキリとしていて銀縁メガネを掛けていて、若さと知性あふれるイケメンだ。
「そう。彼もハーバード大学卒業していて、俺の腹心の友さ。彼と共に毎日睡眠時間一時間しかない中、日々研究に勤しんでいた」
「乱、清瀬さんは本当にすごいね。憧れちゃうわ」
「それから、俺が四十歳の時に、父の跡を継いで青の友愛基金の会長に就任した」
「え? 清瀬さんって僕より年上なんですか?」
崇継がまさか乱より年上という事を聞いて、目が飛び出るほど驚いた。
「そうや。崇継はんは、今年で五十五やす」
隣で焼き肉をモリモリ食べる紫信が答えた。乱と未妃は、こんな二十代のような五十五歳がいるか! と、ムンクの叫びみたいな顔をしていた。
「まあ、俺らアルファはアレノアクロム毎日飲んでいるから、睡眠時間が短くても若くて元気なんだ」
「す、凄いですね」
「そういえばさ、海野さん達は子供いないのか?」
 崇継から、子供がいないのかと、聞かれて乱と未妃は焼き肉を食べていた手がふと、止まった。
 乱は崇継のさわやかなイケメン俳優みたいな笑顔で聞かれて、どう答えようか迷っていた。仙台だし、赤の他人の崇継なら話してみるかと、口を開いた。
「は、はい。僕ら夫婦は子供いないんです。でも、僕の友達が妊娠しまして」
「乱! 余計な事言うんじゃないよ!」
未妃に過剰に反応されて、乱は眉を下げてすまないという様な顔をしたが、赤の他人ならいいと思って話しただけだ。
崇継がホーという様な顔をしていて、崇継が興味ありげに「その友達、乱さんの子どもかい?」
 と、グイグイ聞かれて乱は戸惑いながら崇継の目を合わせた。乱は黙ったまま、ウンと頷いた。
「その友達、オメガ性かい?」
「はい、オメガ性の男性で、カイリくんっていうけど。とても優しくて頑張ってカフェのメニュー運んでくれたりしてるよ」
「なら、いい子じゃないか。うちのつがいの紫信も俺との間に二人いるんだ。子供は世界の宝、子供産んでくれる子は大切にしろよ」
「ちょっと! 清瀬さん、乱の味方でもするつもりですか?」
「いやいや。そういうつもりではないが」
「清瀬さんは弱い者の味方って言ってましたよね? だったら女性の味方してくださいよ」
崇継が女性の立場を分かっていないと思った未妃が、崇継にキーッと牙を向けた。
崇継に咬みつく未妃に対して、紫信は氷の様に冷たい目線を向けてこう言った。
「何や、奥さん。乱はんに妬いとるちゃうの? うちのつがいの崇継はんもお子と孫が、二万人もいはる」
「エェエエエエエエ――!」
二万人も子どもと孫がいると、聞いた乱と未妃は白目剥かせて、口が裂けるくらい驚いた。
乱と未妃がびっくりしているのに対して、崇継と紫信はあらあらと、不思議そうな顔をしていた。
「そうだよ。俺は子どもと孫が二万人いる。人工授精させて子供産ませているんだ」
「崇継はんは、地球の未来の事を考えて、たくさんお子作っていはる。凄いのん?」
 崇継が飄々とした顔で、オメガの男女を集めて子供産ませているなんて、乱と未妃はあまりにも現実的ではないため開いた口が塞がらなかった。
「嘘だろ? そんなに子ども産ませてどうするんですか?」
「えぇやんか。これからも発展し続ける為に、崇継はんは、オメガの男女にぎょーさんお子産ませて、お金持ちのアルファ性とベータ性の方々に養子にさせておるんやす」
 紫信も上品な言葉づかいで、結構大胆な発言に乱と未妃はあり得ないと言う様な顔をしていた。
「あんた以外のオメガの男女と子どもが沢山いるなんて、あんたは何とも思わないの?」
「子どもは貧乏人に育てられるより、お金持ちに育てられた方がえぇやんか? 子供には良い教育と文化を与えられて育った方が、幸せやさかい」
「そんな、子どもを金儲けのために産ませるなんて、おかしいわ」
子供が産めない未妃は、崇継と紫信の考え方に理解できなかった。
「そいで、うちのお腹にいるややこもそのうち、アルファの日本人の政治家に養子に出す予定やし」
「でも、子どもは本当の親と一緒にいたいとは思うわ。血の繋がりを大切にした方が良いと思うけど」
 紫信が穏やかな笑みを浮かべて余裕のある振る舞いに気に食わない未妃は、自分より遥かに容姿の優れた紫信を穿った目で見ていた。
「そんなに穿った様な目するな。子どもが減って、様々な業界の経済が滞っていては困るからな。社会的弱者だったオメガも代理母出産ビジネスのお陰で、株や仮想通貨を購入して金持ちになったオメガもいるんだ。」
まさか、代理母出産が合法的なビジネスになっているという事に、潔癖な未妃は崇継と紫信の事を正常な眼で見れなくなった。
「き、気持ち悪いわよ! お金貰うために子ども産むなんて……世の中お金って言いたいの!?」
「奥さん、あんたはんは綺麗ごとで何でも解決できると思うてますの? お子を産まなければ、少子高齢化がまたやって来るんやす」
 未妃が代理母出産ビジネスに理解できなくて、思わず激しい声を上げているのを、乱はオイ、と未妃を止めようとするが、紫信が何か悟ったかのような声で反論する。
「私は子宮頸がんで子ども産めない体になって、女としての役目を強制的に終わったのよ。
それでも乱は、私をずっと離さないと約束してくれたのよ。だから、私は乱を愛してるの」
「未妃」
乱の正妻として生きたい未妃に、乱はゴメンと体を小さく縮こまる。
激しく怒る未妃に恐縮する乱を見かねた紫信は、乱の伏せた眼を合わせた。
「ただなあ、旦那さまにお子が出来るなら、それでええやん。子孫を残せるなら、幸せやろ?」
「それは分かっているわ。でも、私は乱に見放されたくないのよ!」
 乱を愛人のカイリに奪われたくない未妃は、強情を張って冷静を保っている紫信に激しく反論する。引き下がる事の無い未妃は、般若みたいに禍々しい表情だった。
「その気持ちは良く分かるよ。ただ、神の子の子孫である日本人がいなくなるのも困るだろ?」
「いい加減にしてください!」
 はらわた煮え切った未妃が、肉食獣のような激しい咆哮を吠えた。美味しい焼き肉を食べている他の客が、未妃の咆哮に体をビクッと震わせて箸が止まってしまう程だった。
「乱が別のオメガの男とくっつくくらいなら、地球が核戦争起きて、滅んだ方がましよ!」
 激しく喚き散らす未妃に乱はヒェエエ! と、引いてしまった。
紫信は、顔を真っ赤にしている未妃をフッと鼻で笑った。
「核戦争が起きて世界が滅んで欲しいんやって? そんなんえらい事いうなら、大概にしいゃ!」
 紫信は未妃に冷徹な声で毒を吐いた。
 未妃と紫信が意見対立する姿に乱は、二人にケンカはやめてとオロオロする。
「えぇか、確かに人間は欲まみれやす。強奪もするし、戦争も起こすやわ。けんど、人間は過ちを起こすからこそ、色んな物や文化を生み出す事が出来るんやす」
「はあ?」
「あんたはんは、潔癖症やすなぁ?」
「う、うう」
 上品な佇まいを醸し出しているくせに、なかなか過激な事を言う紫信に未妃は悔しくなる。
「うちの母親は京都の祇園で芸者はんしておったんやす。うちの母親は三味線がとても上手くてなぁ。その三味線を作る時に猫の皮を使うんやす。三味線は動物の皮を使わなければ、いい音は出ぇへん。けんど、職人はん達に動物愛護クレームしても、その職人はん達は仕事に誇りをもって作っとるんやす」
「加賀美さん、あなたは」
紫信は、子犬みたいにキャンキャン吠える未妃に対して崇継のドンと構えた姿を見つめながら、未妃にこう言った。
「イエスキリストや宮沢賢治だって、人生でぎょうさん過ちを起こしとる。聖人君子であり続けるなんて、誰も出来へん」
人は誰しも過ちを犯す。紫信に母親のように諭された未妃は、言い返せずにいた。
「たった一度の失敗で、死ねとかいうなんて、そんなんあかん。乱はんも悪うやす。せやけどな、罪を一生背負って生きとくしかないんやす」
ああ、自分はなんて悪い事をしたんだろうと、罪悪感に苛まれる乱は自分は未妃と夫婦でありたいが、悪い組織に追われているカイリを守りたいという、二つの欲が乱の間に交差していた。
乱に頬を膨らませて、不満を表す未妃、乱と未妃の不仲を興味津々で探ろうとしている崇継と紫信、乱はこの三人の眼をチラリと見ながら、顔を上げた。
「ごめん未妃。僕が悪かった。君を愛しているし、カイリくんも愛している。僕にだって守らなければいけない人と世界がある。どんなに世間から叩かれようが、僕は未妃とカイリくんを守り抜くと決めたんだ」
乱は、未妃たちに愚かでもいいから未妃とカイリと一緒にいたいと、声を絞り出した。
「僕は未妃を絶対に捨てたりしない。未妃、馬鹿な僕を信じて欲しいんだ」
「乱、あんたは」
煮え切らない未妃に対し、
「人はな、欲があって当たり前やさかい。奥さんは乱はんをそのまま好きでいたらええ。
妥協できへん人間は、世渡りできへん。乱はんもカイリはんを愛するのもええけど、奥さんの事もだいじない方を守っときやす」と、諭した。
「加賀美さん」
 顔を上げた乱は、紫信の柔らかな輝きを放つ瞳を見つめた。
 夫をそのまま好きでいろと、紫信に諭された未妃の顔つきが少し尖りが減った事に乱は未妃に変化があったと、感じた。
「わ、分かったわよ。乱、私は最期まで海野乱の妻でいますから。ね?」
「ごめんな。未妃、僕のせいで苦しんでしまって、ごめんね」
乱と未妃はお互い見つめ合い、夫婦関係にひびが入った所が少し修復したかのように思えた。乱はもう後戻りはしない、ひたすら前を向いて歩こうと決めた。
崇継がしばらくしたらステラに来ると約束して未妃は崇継と連絡先を交換した。

午後になり、乱と未妃は崇継たちと別れることになった。
崇継と紫信が仙台駅まで送ってくれると、観光客で賑わう駅前まで来た乱と未妃は、改札に行こうとした。
「ちょっと待ってくれ。君達に聞きたい事あるんだ」
崇継に呼び止められて、乱と未妃は崇継の方に振り返った。
「何でしょうか? 清瀬さん」
「あのさ、俺達ある人を探しているんだけど、あ、この人」
崇継がカバンから写真らしきものを取り出して、乱と未妃に見せた。
乱は崇継に金髪の達磨みたいに丸々と太った男の写真を見せられて、何だろうと思った。
この丸タンクみたいな男を写真を見せる崇継が何か思いつめたような顔をして、乱にこう聞いた。
「実はこの男行方不明になってな。東京で慈善団体があった時の事務員なんだ。名前は、白井(しらい)孝(たかし)といって、オメガの男なんだ」
白井孝、このまん丸の男が崇継と紫信が探している男らしい。この写真の白井孝は見覚えのない顏だった。
「白井孝は、高校を卒業してすぐに青の友愛基金に事務員として入ったんだ。白井は本当の大人しくてさ、仕事も毎日コツコツと出来る奴なんだ。その男はな、よくビルの屋上でカタカムナのウタを唄っていたんだ。俺は白井にカタカムナのウタについてもっと知りたいなと、聞いてみたけどそれからしばらくして団体をやめてしまってな」
「ほたら、白井はんは、団体の献血を広める活動のスポンサーとのパーティーに参加してしばらくして、いなくなってしもた」
「俺らは白井が唄うカタカムナのウタについて、健康になれるのかと研究してみたかっただけなのに、あいつはカタカムナについて頑なに答えなかったんだ。俺たちは白井を探すために白井の故郷や母校を調べたけど、一向に手掛かりが無くてな」
「だったら、捜索願とか出したらどうですか? 日本の警察は親切ですよ?」
乱が警察に捜索願を届けた方が良いと、言うが崇継と紫信が首を横に振った。
「警察にも捜索願を出したが、なかなか見つからなくてな。そのうち捜索が打ち切りになってしまったんだ。」
「もしかして、死んだとかじゃなくて?」
「どうしても白井を探しているんだ。あいつは俺たちにとって大切な職員なんだ。
 白井を助けたいんだ」
「でも、手掛かりがないですよ」
警察に捜索してもらう方が良いと、乱が言っても崇継は首を横に振って拒む。
「お二方、白井孝を見つけられるのは、君達しかいないんだ。もし、白井と思える人が来たら、連絡してくれよ。お礼は一億円あげるから、お願いだ!」
「うーん。お願いされても」
「その白井って人見つけられたら、一億円くれるのよ。探しましょうよ」
崇継に両手を合わせてお願いされて、未妃からも崇継の頼みを聞いてやれと、板挟みになった乱は眉を八の字にして困った顔をする。
一億円くれるなら良いかもと考えた乱は、目をウサギの様にウルウルさせて懇願する崇継にこう言った。
「分かりました。その白井孝って人探します」
「ありがとう~~~! 嬉しいよ。宮城県の人は優しいな~~! 俺は両親から人類みんな友達と、教えられて育ったんだ。どんな人に対しても分け隔てもなく、優しくして生きてきたんだ。君たちはもう俺の友達だよ~」
眼から滝のような涙を流す崇継にガバッと抱きしめられた乱は、あまりの力にうおおと、息苦しかった。
「本当ですか? それは嬉しいです」
未妃は探したら何か見返りあるかもと、いう様な顔をしていた。
「白井の特徴は、奥二重の目と、鼻は普通で右わき腹にホクロが三つ並んでいるんだ。銭湯とかで右わき腹にホクロ三つ並んでいる人いたら、間違いないから」
「ホクロが三つ並んでいる人か、まあ海水浴とかで探してみます」
 出会って間もないアルファとオメガのつがいに急なお願いをされて、困惑していた乱だったが流れに身を任せる事にした。
仙台駅で電車に乗り、気仙沼へと帰っていった。

気仙沼に着いた乱と未妃は、家路についた。
家に帰り、乱は買ったものをカイリに渡したくて、探しに行った。
「あ、乱。お帰り」
カイリがキッチンで鍋でみそ汁を作っていた。
乱は紙袋を持って、
「カイリ。新しい服買って来たんだ。みそ汁出来たら、リビングに来てね」と、砂糖菓子のような甘い顔をした。
カイリは、お玉を鍋に入れたままにして、自分を気遣ってくれる乱に目を潤ませた。
リビングに来たカイリは乱から渡された紙袋から、新しいTシャツとスラックスを出して、カイリは感動してジーンと目頭を熱くする。
新しい洋服に喜んでくれて、乱はああ、良かったと口角を上げた。
二人の微笑ましいやり取りに、遠くで見ていた未妃は一瞬しかめっ面になっていたが、すぐに顔を横に振って普通の顔に戻す。
「私は乱と別れたくない。だから、我慢するの」
 未妃は乱とカイリの関係を決して邪魔してはならない、耐えるのだと未妃は平常心を保つ様にしないといけない。

第四話「アレノアクロムのパーティー」

岩手県雫石町にある岩の鐘を伏せたような均整のとれた山の形である南昌山の山奥にある大きな工場が建っていた。
この工場は、青の友愛基金のグループ会社の製薬会社「清瀬フィクス」の工場だ。
崇継と横田が発見したアレノアクロムを一般普及のために雫石町にある南昌山の山奥に工場を立てた。
工場の中にある無菌室でアレノアクロムを抽出するために何十万羽の白うさぎが一匹ずつ無菌状態のケースに入れられていた。
濃いオレンジレンズのサングラスにマスクを着けた崇継が白衣を身に纏い、カッ、カッと足音を鳴らして無菌室へとやって来た。
「横田博士、白うさぎたちの具合はどうだ?」
一七八センチくらいの若々しい銀縁メガネを掛けた白衣を着た男が現れた。横田(よこた)鍵(かぎ)洋(ひろ)という、医学博士で清瀬フィクスのアレノアクロムの研究者だ。
鍵洋は、奥二重の目で崇継に恭しく頭を下げた。
「はい。今いる白うさぎの肝臓の数値は、オランダ産のオーガニックの餌を与えて一か月後には、うさぎの肝臓の数値が二〇パーセントほど良くなりました。血液検査してみたら、アレノアクロムの量も二〇パーセントほど増えました」
「そうか、後、数ヶ月でアレノアクロムを抽出する事が出来る。ウサギの肝臓を取る時は、最初は可哀そうになった事もあったが、今ではそう思わんな」
「フフフ、清瀬会長は人類を守るためなら、どんな事でもやってのける方ですからねぇ」
 怪しげな笑みを浮かべる崇継と鍵洋だった。
無菌状態のケースに入れられている白うさぎたちは、つぶらな赤い眼で崇継と鍵洋を純粋に見つめていた。
うさぎの肝臓にあるアレノアクロムを抽出して、薬を製造するための場所へ入った崇継と鍵洋は、巨大な丸いタンクに入った赤い液体を見つめていた。赤い液体はウサギの肝臓から抽出したアレノアクロムだ。
崇継は不気味に流れる赤い液体を二ッと薄笑いを浮かべていた。サングラスをかけているため、目の表情が良く見えずに余計不気味だ。
「フ、アレノアクロムの液体はどんな病を治す奇跡の薬だ。病に苦しむ人達や不老不死を求める人達を救う、奇跡の宝だ。我らの善き行いは神からも見ているだろう」
「そうですよ。この薬のお陰で多くの人々を救っています。もっとこの薬を大量生産すれば、化粧品や食品にも有効利用できますよ」
 崇継も野心に満ちた顔で、「アレノアクロムをもっと広めれば、我らは多くの富と名声を得る事が出来る」と、ギュッと力いっぱい拳を握った。
それから崇継は、工場にある怪しげな明かりがついている部屋へと向かった。

二十畳ほどある部屋は、十人くらいゆったりと座れるソファと、百センチくらいあるテーブルにワインバーが備え付けられていた。
部屋の中にいる十代半ばから後半の天使の様な容姿に恵まれた男女数名がふるふると寒さに凍える子猫の様に震えていた。
「ど、どうしてこんな所に連れてきたの?」
怯える少年少女らに崇継がククッと、光悦な笑みを浮かべながら少年に近づく。黒髪の少年は崇継から逃げようとするが、足に重りが付いているので思うように動かせない。
「君達美しいオメガはこれから、素晴らしい富裕層とお相手するんだよ。お金持ちになるには、立派な富裕層と仲良くしなきゃいけない。だって君達オメガは、子を産んで富裕層にプレゼントする役目があるんだから」
崇継が、オメガの若い男女に子を産んで富裕層に渡せと闇に満ちた笑みで迫って来る。
部屋の奥にあるドアから、容姿の上質な服を身にまとった富裕層の男達が、ベッドの上でオメガの男女を手招きしていた。
富裕層の男達の顔は、頭がトカゲで緑色の鱗と長いしっぽを持っていた。
トカゲの頭をしたアルファ性の富裕層の男達はグラスに入った赤い液体をグビグビと飲んでいた。
オメガの男女は、トカゲみたいな富裕層のルックスに、おぞましさを感じていた。
「さあ、素敵なアルファの富裕層とベッドの上で相手するんだ。富裕層の子を産めば、お前達オメガは、立派な富裕層になれるんだよ。
我ら、アルファに逆らえばお前達の命は無いぞ」
崇継の目がトカゲみたいな目になって、姿形が金色のエリマキトカゲに容姿に変わった。
「い、いや。化け物、バケモノなんかに抱かれたくない!」
「お、お願い助けて! お母さんの所に返して!」
「黙れ! アルファに逆らう気か!」
トカゲ人間の容姿の富裕層に抱かれろと、強要する崇継から逃げようするオメガ達は、崇継のボディーガードの男達に取り押さえられてしまう。
「うう、こ、こわい」
捕らわれの身になったオメガの男女たちは、不気味なトカゲの顔に変わった崇継に睨まれ、恐怖で怯える。
「富裕層の子を産めば、お前達虐げられていたオメガは一瞬で特権階級に上がれるぞ。このチャンスを逃したら、お前達は一生貧乏のままだ。さあ、どうする?」
不気味なエリマキトカゲ姿の崇継に富裕層の子を産めと、脅されてオメガの男女たちは、悲しみの涙を流す。
社会的地位の高い崇継に逆らえずに、オメガの男女は、ふらついた足で富裕層が待つ奥のベッドルームへと歩いて行った。

第五話「大きな事件が起きる」

八月一日になり、気仙沼に夏真っ盛りの季節になった。気仙沼の海岸に海水浴の客で賑やかだ。
ステラも海水浴の時期は、県外から来るお客さんで賑わっていた。
カイリは妊娠六ケ月に入り、つわりの方もだいぶ治まってきて体調も安定していた。
午後六時ごろになり、店を閉める時間が来た。
乱と未妃とカイリは、厨房に向かい冷蔵庫にあった食料で何作ろうか、考えていた。
その時、キィーッと店のドアが開く音が聞こえてきた。
「いらっしゃいませ! ……!」
ドアが開いて、乱は大きな声で、歓迎しようとした時に目を大きく開いてびっくりした。
「いやあ、海野さん、来ちゃったよ」
ステラに来店した崇継と紫信がおちゃめな顔をして乱に挨拶する。
「清瀬さん。ステラにお越しにいただけるなんて」
 崇継は、ロックスターみたいな色付きサングラスをかけ直しながらこう言った。
「いやあ、気仙沼は良いね。空気は美味いし、海はエメラルドグリーンで綺麗だし、海の近くでカフェなんて素敵じゃないか」
「本当ですか? じゃあ、空いている席へどうぞ」未妃が嬉しそうな顔をして崇継に席を案内した。
「その前にお土産あげるよ。はい」
崇継が手に提げていた保冷バックを未妃に渡した。
「あ、これ何ですか?」
「それ、喜久福水庵のクリーム大福だよ。宮城県の有名な大福。美味しいから皆様に召し上がってほしいんだ」
未妃は、まあっと大喜び。
「良いーんですかー!? ありがとうございます!」
「どうぞ、どうぞ。喜んでくれて嬉しいよ」
「まあ、ええ店内やなぁ。京都のカフェみたいに雅やないんやけど、北欧みたいでえぇやな」
紫信がステラに興味あるのか、店にある壁やインテリア、や観葉植物などキョロキョロと覗いていた。
 席に着いた崇継と紫信は、テーブルにあるメニューを手に取った。
乱の後ろにいたカイリが、オレンジのレンズのサングラスをかけて怪しい風貌の崇継と偶然目が合ってハッと顔を伏せる。
「あれ? 君が海野さんのオメガの彼氏さんかい?」
視線を逸らすカイリに、崇継はサングラスを外して、素顔を見せた。カイリのまばゆい金髪や顔立ちを探ろうとじっと見る。
カイリは崇継から目を背けて黙ったままだ。乱はカイリがなぜ黙っているのか、心配になった。
「ご、ごめんなさい。カイリくんは人見知りで」
「いやあ、そのオメガの子が海野さんのお子を身ごもっているのかい?」
「……」グイグイと聞き出す崇継にカイリは一切口を開かない。
「そ、そうなんだ。ここではあまり話さないでね」
カイリの儚げな容貌に興味深そうに見ている崇継と紫信に、カイリは拒否反応を起こして、顔を向けない様にしていた。
「へえ、カイリくん。その髪は地毛かい?」
崇継からカイリの金髪は地毛かと、聞かれたカイリは、崇継から視線を逸らしたままうんうんと、頷いていた。
乱はカイリが何故崇継と紫信と話したがらないのかと、不思議がっていた。
「いやあ、その金髪に何か見覚えがあってさー。でも、体格が全く違うから人違いかな」
「あの子は、こないべっぴんでスリムな青年やあらへん」
「そうだよなー。この綺麗な男の子が、白井なんてありえねえなあ」
どうして、あの写真の白井孝と同一人物なんて崇継と紫信はカイリを見て思ったのだろうかと、乱は頭にハテナマークが五個付いていた。
その後は、乱たちはパウンドケーキとココナッツカレーと、アイスココアとブレンドコーヒーをテーブルに囲って食事をしていた。
ステラのこだわり抜いて作った料理を崇継と紫信が、ハフハフと美味しそうに食べていいた。
田舎のカフェにお金も権力も持っている金持ちが、自分たちの作った料理とお茶を喜んで食べてくれるなんて、乱と未妃はありがたくて上機嫌だ。
「いやあ、気仙沼の海水浴場で献血コーナーの仕事を終えてから、紫信とステラに来たんだ」
崇継と紫信は気仙沼の海水浴場で献血カーを回し献血コーナーの仕事をしていたそうだ。そんなの下っ端にやらせればいいのに、優れたアルファの崇継は小さい仕事にも一生懸命なんだろうなと、乱は思った。
「俺達の青の友愛基金は世界中の医療従事者や患者さん、福祉事業者のためにどんな事も頑張るんだ。困っている人を助けるのが僕の生きがいなんだ」
「清瀬さんはカッコイイですね。弱い立場の人達の事も考えて活動されているなんて。うちの夫も見習ってほしいですよ」
「う、うう」
未妃がやたら崇継を持ち上げて、自分を落とす様な事を言ってきて、乱は少しジェラシーを感じてしまう。
崇継がデザートのココアのパウンドケーキをフォークで切りながら、パクッと旨そうに食べた。
「パウンドケーキの生地がしっとりしてうまいな」
「本当ですか? 嬉しいです」
 乱と未妃と楽しく会話する崇継は食事時間に誰とも会話をせずに黙々と食べているカイリにどうしたのかと、カイリに声をかけた。
「そういえば、カイリくんはどこから来たの? カイリくんのお腹の子は、順調かい?
俺、君に興味があるんだ。教えて欲しいな」
崇継に声をかけられて、カイリは一瞬顔を強張らせる。パウンドケーキを食べていたカイリのフォークが止まって、沈黙状態になった。
「なあ、俺達はそんな悪い奴じゃないよ。君をいじめるつもりはないよ。怖がらないでよ」
「う、う」
フレンドリーに話しかける崇継を拒絶するように小さく声を上げたカイリに乱は不安を感じた。
「君は俺のこと、苦手かい?」
「そうじゃないです」
崇継にそう聞かれたカイリは、顔を背けたままそう呟いた。
「つれないなー。人類みんな友達じゃないか。君はそういう考え方は好きじゃないのかいー?」
残念そうに、呟く崇継に乱はま、まあと濁した。
パウンドケーキを食べ終えた崇継と紫信がフォークを置いて、乱と未妃にごちそうさまと呟いた。
「俺は海野さん一家ともう少し仲を深めたいんだ。まあ、アルファの考えなんて理解しづらい所もあるだろうけど」
「清瀬さん。どういう事でしょうか?」
 崇継が目をウルウルと潤ませて、「今日、俺のマンションの部屋にハウスキーパーさんに大掃除してもらっているんだ。6LDKの部屋だから、時間かかるんだ。だから、海野さんの家に一泊させてくれない?と、乱と未妃の家に泊まらせてくれと、頼んだ。
乱と未妃は一瞬、顔が真顔になった。
「えー。僕らの家に泊まるんですか?」
乱はいきなり自宅に泊まらせてくれと、崇継から頼まれて困惑する。
「食器洗いと、家の掃除はするからさ」
崇継が両手を合わせて、乱と未妃にお願いする。
「大がかりな掃除なんや。カフェの売り上げの貢献しとったから、ええやろ?」
紫信に柔らかな声で、頼まれて乱はこんな中性的な美形に甘い顔されたら、断れなくなる。
今日くらいなら、良いかと考えた乱は、崇継と紫信に頭を抱えながら、こう言った。
「分かりました。あなた達を僕らの家に一泊して良いですよ。その代わり、食器洗いとお風呂掃除はお願いします」
「おおきに。乱はんは優しいお方ですわ」
 乱の家に泊まることになった紫信から、優しいと上品な笑みで礼を言われて、
「そ、そうですか」と、乱は顔を赤くする。
「ら、ん!」
アダルトな雰囲気を放つ紫信にデレデレしていた乱は隣に座っていたカイリに焼きもちを焼かれた。
カイリに焼きもちを焼かれて、乱はゴメンと謝った。
こうして、乱は崇継と紫信を自宅に泊めることになった。久々の客人に乱は複雑な気持ちだった。
カフェの料理を食べた食器を崇継と紫信に洗わせてもらった後、自宅に上がらせた。

乱は崇継と紫信を連れて、自宅の二階に誰も使っていない何もない部屋に上がった。
この部屋は十畳あり、家具とか一切ない部屋なので四人分の布団は敷ける。
崇継と紫信に着替えを用意した乱は二人に渡した。
崇継と紫信は一階にある風呂場に入浴した。
三十分くらい経った後、風呂から上がった崇継と紫信が乱から用意された浴衣を着て、二階の部屋にやって来た。
「よお! 良い湯だったよー」
 お風呂から上がった崇継がシンプルな模様の浴衣をがっしりした体格のお陰でよく似合っていた。男の色香あふれる崇継に乱はカッコイイなあと、羨んでいた。
「おまっとぉさん。えぇたんたんしとる。シャンプー、ええ香りして髪サラサラになってよろしおす」
「そ、そうなんですか。それは良かった」
乱の浴衣を着て湯上りの紫信の髪から爽やかな香りを放って、艶やかなメイクが落ちてナチュラルなピンクの頬と唇に乱はドキッとした。
また、紫信に誘惑されている乱にカイリはムッとしていた。顔を膨れているカイリに崇継がカイリに
「あ、カイリくんも僕らと一緒にこの部屋で寝るんかい? 俺はそんなに寝相悪くないから、大丈夫だよ」
と、カイリの肩に触れようとしたが、カイリはそれを拒否して崇継の手を払う。
しょうがないなーという様な顔をしている崇継に乱は、まあまあと言った。
乱とカイリは一階へ降りて、風呂に入った。
それから三十分後、二階の部屋に上がった。

十時になり、乱とカイリと崇継と紫信は、就寝した。
部屋の明かりを消して、布団に入って眠った。
乱とカイリが眠りについて、一時間くらい経ち、壁掛け時計の針の音だけチクタクチクタクと、聞こえる部屋。
深夜三時半ごろになり、静かな空間の中で眠る乱とカイリと崇継と紫信は、すやすやと眠っていた。
時計の針が進む音だけが聞こえる空間の中で、布団の中で眠っていた乱はボヤッと目を覚ました。
「ん、ん、ん……」
深い眠りから覚めた乱は、あくびをした。
布団に入ったままの乱は、まだ目が覚めていない様で視界がぼんやりしていた。
「ふああ、ふ、ん、ん……ん!?」
ぼんやりとした視界の中で、乱の心臓はドンと何か大きな音を立てた。
「あああああああ……」
乱の視線の先には隣に寝ていた紫信の浴衣が大きくはだけて、はちきれんばかりの胸板が露わになっていた。
すやすやと、どこかあどけない寝顔で眠る紫信の盛り上がった胸板に乱の目に釘付けになってしまう。
しかも、なまめかしい寝姿の紫信の体に崇継が絡みつくように眠っていた。
もしかして、崇継と紫信は、乱とカイリが眠っている間に愛し合ったのかと、詮索しそうになる。
あまりにもセクシーな寝姿の紫信にどうしよう、どうしようと心臓をバクバクと強く鳴らす乱は、足の間をむずむずさせていた。
「う、ど、っどうしよう」
足の間をもぞもぞと動かす乱は、このまま紫信が眠っていたら、もっと見れるのかと、紫信に叱られてしまうのか乱の中にある理性と本能の狭間でグラグラしていた。
もしアレを漏らしたら未妃に怒られるし、カイリやあの二人にもガッカリされたらどうしようと、乱の足の間にあるアレが暴走しかけていた。
パンパンに膨れるアレが破裂させるわけにはいかないと、乱は布団の中で堪える。
必死にこらえる乱の眼とアレはギンギンになっていた。
「うう、くう、くう、く……」
眠っている紫信は寝返りで浴衣の裾がはだけ、長くスレンダーな肢体が露わになった。
艶々の小麦色の肌に無駄な贅肉のないスラっとした紫信の長い脚に乱は、ああ、と大興奮する。
浴衣がはだけて、あられもない姿になった紫信の寝姿に乱は、紫信の浴衣を直した方が良いか、それともそのまま紫信のセクシーな寝姿を眺めた方が良いか、迷っていた。
こんな魅力的なオメガに魅了される乱は、どうしようとドキドキしているうちに、紫信の眼がぼんやりと開いた。
「ううん……ふぁあ」
眠っていた紫信が目を覚まして、乱はハッと驚いて顔を真っ赤にする。
「なんやぁ……どないしたん?」
ふああと、あくびをして体をゆっくりと起こす紫信に乱はドキドキして、体を反らした。
「あああああ、あの、あの」
「乱はぁん。あんたも起きとったんかい?」
浴衣がはだけて、小麦色の素肌がチラチラと見えて、紫信の扇情的な姿に乱は眼を逸らしたいがつい見てしまう。
「か、加賀美さん、ご、ごめんなさい。ぼ、僕は」
乱は視線を自分の脚の間に移し、脚の間のアレが興奮してパジャマの布がツンと突き上げているのを見てまずいと足の間を手で隠した。
「ぼ、僕はそのつもりじゃないんです」
紫信の魅力的な肉体の誘惑に負け、申し訳ない気持ちになり、乱は情けない声で紫信に土下座する。
土下座する乱に紫信は、は? と不思議がっていた。既婚者でありながら、他のオメガに目移りしそうになって謝る。紫信はフフッと怪しく微笑み、乱の体をくいっと上げさせた。
「っはあ? 加賀美さん?」
紫信に体を易々と上げさせられて、膝立ちにさせられた乱は、紫信に自分の脚の間のアレをキュッと優しく掴まれた。
「ちょ、ちょ、ちょ、ちょっと」
紫信は、怪しい目つきで乱の脚の間にあるアレを優しくニギニギと触れてフフッと肉感的な唇を震わせた。
「あこを大きくなはるなんて、めっちゃかいらしなぁ」
 紫信にアレをニギニギされて、体中真っ赤になっている乱の口がはああああああああ、とアゴが外れそうになっていた。
「ああああ、ぼ、僕は加賀美さんにやましい感情なんか持ってい、ま、せん。ほ、本当です!」
「えぇやんか。男はみんなぁ、ドスケベなんやから、素直になってえぇやんか。乱はんは、しばらくカイリくんと奥さんとも、してへんやろ? ほんまあこがずいぶん溜まってそうやなぁ」
怪しく微笑む紫信は色のテクに秀でているようで、絶妙な力加減で乱のアレを弄んでいた。
 妖しい花のような蠱惑的な色香を放つオメガの男にいいようにされる乱は眼の前がサイケデリックな色彩の世界に飲み込まれていく。
「う、ああああ、あ、ああまり、そこを触られるのは」
 目の前が強烈なサイケデリックな色彩の世界に誘われそうな乱は、声を出したくても同じ部屋に寝ているカイリと崇継が起きたら修羅場になるのはごめんだ。
「安心せぇ。ここではあかんから。お風呂場に行ってよぅけ出しなはれ」
 純情な少年なような乱に恍惚な笑みを浮かべる紫信は、上目遣いで乱を誘う。
「で、でも、あなたは清瀬さんがいるんでしょ? あなたも妊娠中だし」
「うっふ。乱はんは真面目やすなぁ」
 紫信は、乱の手を取り、自分の胸元に触れさせた。
「ああ……!」
紫信の盛り上がった胸元に自身の手を当てられた乱は、思わず目が血走った。
張りのある胸板に小さく震える尖りが乱の手に当たった。
紫信が舌なめずりして、怪しい目線で乱を誘惑する。
「うちも……欲求不満やす。下のあこはあかんけど、上のあこならよっしゃ?」
もう、大人の遊びを愉しもうと妖しく誘ってくる紫信に乱の顔に大量の汗をかき、体をガクガクと震えた。
「えええええ、えええええ、あああああ」
乱は妖しく華やかな胡蝶蘭に魅了されて、蜜を吸いたくなる蝶になりかけていた。
「ねぇ……うちとせぇへん……?」
紫信の誘惑に眼を左右に泳がせる乱は、はああと息を荒くしていた。
「……は、ああああ、あ……ご、ごめんなさい!」
乱の良心が紫信の素肌から思わず手を放し、足音を立てずにそそくさと部屋から逃げた。
急に部屋を出て行った乱に紫信は、あらとウサギの様にキョトンとした顔になっていた。

トイレに向かい、乱は三十分くらい経った後、乱は、はああと、魂が抜けた様な顔でトイレから出た。
あのまま紫信の誘惑に誘われたら、真人間ではいられなくなると、乱は甘い誘惑を断ち切って良かったと、思えた。
自分にはカイリと未妃がいる。カイリのお腹の赤ちゃんが生まれるまで真っ当でいると決めた乱は二階の部屋に戻らず、一階のリビングに朝まで籠った。

朝になり、二階で寝ていたカイリが起きた。
崇継と紫信はカイリより先に起きて、下に降りていた。
「おはよう! 朝だよー。起きて!」
 未妃が部屋のドアを開けて、カイリに声をかけた。
「あ! ちょっと!」
 急に未妃が入ってきて、着替えていたカイリたちが慌てて素肌を隠した。
「ちょっと未妃さん。勝手に入らないで」
 上半身裸のカイリは恥ずかし気な表情だった。細い胸元を腕で隠していた。
 その時未妃は、カイリの右脇腹に何か見つけたような顔をしていた。
 未妃は妊娠してお腹が大きくなったカイリの裸をまじまじと見つめていた。
「ねえ、未妃さん。何見ているんですか?」
「あ、ごめんね。何かゴミみたいなのがついていたから、取ろうと思って」
 未妃がやたらとカイリの体をじろじろと見られて、カイリは嫌そうな顔をしていた。
「やっぱ違うのかな」
 カイリの特に右脇腹をじっと見ていた未妃は、視線を上の方に向けて自分の勘違いかもと、そう告げて部屋から出て行った。
 着替えを終えたカイリは、なんで未妃は自分の裸をじろじろと見ていたのだろうか。
 カイリの体を性的な目で見ていたわけではないけど、どこか気持ち悪く感じる。
 カイリは、もやもやした気持ちを抱えたまま下に降りて行った。

乱たちは朝ごはんを食べた後、カイリたちと共に一時間くらい家の掃除をした。
崇継が家のお風呂掃除をしてくれて、背が高いので換気扇の掃除も難なくこなしていた。
紫信も庭をホウキで掃除してくれた。おっとりとした佇まいで掃除をする紫信に乱は深夜の事を思い出したくないので、あまり紫信と話をしなかった。

午前九時になり、掃除が終わった。
崇継と紫信が仙台にある青の友愛基金の本社に戻ることになった。
駐車場にある崇継が所有する真っ赤なポルシェの前で乱と未妃とカイリは、崇継と紫信を見送った。
崇継と紫信は満足げな表情で乱と未妃にこう言った。
「ほんまにおおきに。パウンドケーキ、ごっつぉはんどした」
「いやあ、ステラのコーヒーは美味しかったよ。奥さんのパウンドケーキも美味しいし。今度、団体の職員何人かでお茶しに行くよ」
「まあ、団体の皆様をお連れになさるなんて、ありがたいです!」
 類まれな美男子から純粋に礼を言われて未妃は、感激だった。
「こんないいカフェめったに無いんだから、俺達がお得意さんになってあげますよ。頑張ってね!」
「はぁい! また機会がありましたら、お越しください!」
崇継と紫信がポルシェに乗り、気仙沼から出ようとした時に車の窓を開けて、強張った顔にカイリに笑みを浮かべた。
「カイリくん。また君に会いに来るよ。今度会った時にカイリくんの欲しいもの贈るよ。何が欲しい?」
「え、え?」
車の窓から崇継がカイリに向かって声をかけられて、カイリは戸惑う。
カイリは何秒かした後に口を開いて、
「じゃあ、赤ちゃんのおむつとか欲しいかも」
と、不愛想な顔で崇継に言った。
崇継はハハッとさわやかな笑顔で、
「分かった。君の声は良い声だね。白井の声によく似てて良いね。また会おう!」
と、カイリにまた会うと告げて車を走らせた。田舎の気仙沼に崇継が運転する赤いポルシェが、颯爽と走り去っていった。
カイリが乱のそばに寄り、何か疑い深い様な顔で乱を見つめてきた。
「どうした?」
「あの、乱。一言言いたいけどさ」
乱の顔をジーッと見つめてくるカイリに乱は、キョトンとした顔になった。
「あの二人をあまり深く関わらない方が良いよ」
「どうして?」
「清瀬さんと加賀美さんは、見た感じは良い人そうだけど、僕にはそう思えないんだ」
「そ、そうなのかな。あのお二方は慈善活動も、アレノアクロムの研究も頑張っているし、なかなかすごい人達だなと思うけど」
「僕はあの二人、すごく怖いよ。人類みんな友達っていう考え方、僕には怖いと感じるんだ」
乱はカイリが崇継と紫信をあまり関わらないで、と何故言うのかよく分からなかった。
嫌そうな顔をするカイリに乱は安心させるためにカイリの細い体をキュッと抱きしめた。
「ちょっと乱、困るよ」
「大丈夫だよ。僕がカイリを守るから」
乱に抱きしめられて、恥ずかしがって逃げようとするカイリをどうしても守りたいと話さなかった。
その光景を悲しい眼で見つめる未妃は、我慢しなければと堪えていた。

午後二時ごろになり、早めにカフェの営業を終えた乱はカイリの定期検診のため、車に乗せて気仙沼市民病院へ向かった。
三十分くらいで気仙沼市民病院に着いた。
ここの病院は気仙沼市民の大切な医療機関で、産婦人科もあり、分娩室もある。
清潔感ある院内で産婦人科の診察を待つ、乱とカイリと未妃は、待合室にいる妊婦と妊夫の姿を見ていた。
普通のベータの男女の夫婦と、若い男性のオメガの妊夫、年の差があるベータとオメガの男性同士の夫婦など色々だった。
昔と違って、多様性のあるカップルが当たり前になって、男同士のカップルや男性の妊夫も当たり前になった。古い考えを持つ偏見も少なくなった。
カイリの診察の番になり、診察室に入った乱と未妃とカイリは、若い男性の産婦人科医にカイリをお腹の赤ちゃんを診てもらった。
カイリは大きくなったお腹を出し、診察室のベッドで横になり、産婦人科医に超音波エコーでお腹の赤ちゃんの成長を診てもらった。
「光国さん。お腹の赤ちゃんは順調の大きくなっていますね。ほら、良く動いているでしょう?」
カイリのお腹の赤ちゃんを超音波エコーで診ている産婦人科医は、カイリにモニターに映る胎児がだいぶ人らしい形になり、前より大きく育っているのが分かる。カイリのお腹の胎児の手足が人らしい形に育って、羊水の中で動いていた。
「先生……赤ちゃんは元気ですか? 僕は赤ちゃんをちゃんと産めるんですか?」
「大丈夫ですよ。光国さんは健康な体だから、ちゃんと出産できますよ。心配なさらないで」
カイリがモニターに映る自分のお腹にいる羊水の中でグルグルと動く胎児の成長を見て、愛おしそうな気持ちになる。

診察が終わって、会計をする乱は、家族共有のクレジットカードで支払いした。
「どうもありがとうございました」
「あ、ちょっと待って。すみません、聞きたい事あるんだけど」
突然未妃が割り込んできて、受付の職員に何か聞き出そうとしていた。乱はえ? と目を丸くした。
「この人、知りませんか?」
未妃はカバンから、白井孝の写真を取り出した。白井孝の写真にカイリは、一瞬顔の血の気を失った。
「青の友愛基金の職員だった白井孝って方、知りませんか?」
「え? 白井孝? ちょっと見た事ないですねー」
「この人の特徴はねー。サラサラの金髪で右の脇腹にホクロが三つ並んでいるんですって。ここの病院の患者とか職員とかにそういう人いません?」
「いえ、ちょっと分からないですね」
会計の職員に白井孝の事を聞く未妃に遠巻きに聞いていたカイリは思わず顔を下に俯き、眼を逸らしていた。
「その金髪で三つホクロ並んでいる人を、見つけられたらここの病院に五百万円寄付しますよ。その寄付金をぜひとも現場の医師や看護師さんにお使いしてください」
未妃が五百万円寄付すると、言われた受付の職員がびっくりしてアゴが外れるくらい大きな口を開けた。
「ほ、本当ですか? 海野さん、そんなお金あるんですか?」
「まあ、私は節約生活をしているので、それなりにありますよ」
「ちょっと未妃。困らせる事言うな」
自信満々に病院に五百万円もの大金を寄付するとか、言う未妃に乱は困って未妃を止めようとする。
「何言ってんのよ。警察の捜査打ち切りなってんだから、私達が見つけてあげるのよ」
「でもな」
また未妃が無茶なことをしてきて、乱は頭を抱えた。白井孝を見つけないと、崇継が悲しむし、どうすれば良いのか、乱は悩む。未妃は白井孝を探すのに非協力的な乱に呆れていた。
「あ、あの。海野さん」
乱と未妃を心配そうに見ていた受付の職員が、ゆっくりと乱と未妃に声をかけた。
職員に声をかけられた乱と未妃は、はいと職員の方に振り返った。
職員は何かに期待しているかのような表情を醸し出しながら、
「も、もしうちの病院に寄付してくれるなら、探してあげますよ」と、白井孝の捜索に協力すると言った。
「ほ、本当ですか!? じゃあ、もし、金髪で右わき腹に三つホクロある人がいたら、こっちに連絡してください!」
未妃が早口で喋りながら、職員に自分のスマホのSNSのQRコードを見せた。
「じゃあ、連絡先交換しましょう」
職員は、未妃の熱意に圧倒されながらも笑顔で受け入れて、スマホで未妃のSNSのQRコードをスキャンした。
「じゃあ、みんなに相談して探してみますね。これで良いですよね?」
「はぁい! ありがとうございます! 必ず見つけてくださいよ!」
病院を出た乱と未妃とカイリは、車に乗って帰宅した。
家に着いて、乱たちは車から降りた。
未妃はフンフーンと鼻歌を歌ってご機嫌だが、カイリは何故か顔色が青みがかっていて元気がない。
乱は顔色が良くないカイリに声を掛けようとするが、カイリはうんと、力なく頭を頷いた。

八月三日になった。夏真っ盛りの日もステラはいつも通り営業していた。
今日は夏休み中の虎子とアウリが、ステラにやって来た。
「私達、明日東京の看護学校の体験授業に行くの」
虎子が氷が入った冷え冷えのアイスコーヒーを飲みながら、専門学校の体験入学に行く事をカイリに伝えた。
「そうなの。私も東京のメイク専門学校の体験入学に行くの」
 アウリも虎子と共に新幹線に乗って東京の専門学校に体験入学すると、アイスコーヒーを飲みながら言う。
「体験入学の学校、東京なんだね。もう新幹線とホテルの予約した?」
「うん。親にネット予約してもらった。初めて東京行くから、ドキドキするよ」
「まあ、気をつけて行きなよ。東京は綺麗だけど、結構危ないからね」
「アハハハ。分かっているよ」
瑞々しい高校生の虎子とアウリと楽しく会話するカイリに乱は、良かった元気そうでと、ホッとしていた。

夜六時ごろになり、店を閉めた乱たちは、店の掃除を終えた後、自宅に戻った。
乱と未妃とカイリは食事を終えた後、食器を洗ってお風呂に入って、別々の部屋で寝た。
乱はリビングで布団を敷いて横になる。乱はなかなか眠れない。
隣ですやすやと眠っているカイリの寝顔を見ていた。あどけなさが残るカイリの寝顔に乱の心が安らいだ。
眠っているカイリを起こさない様に、乱はスマートフォンでネットサーフィンをしていた。
真っ暗な部屋の中で、乱はネット検索で青の友愛基金を検索してみた。結構検索ヒットしていた。
青の友愛基金のホームページを閲覧してみた。
公式ホームページには、デフォルメした可愛い青いウサギのイラストが大きく載っていた。「青の友愛基金はいつでもあなた達のそばにいます」と、文字が掲載されていた。
乱は青の友愛基金の活動記録を閲覧する。
青の友愛基金の会長である崇継が、東南アジアらしき国で、小児がんの子どもが入院する病院で、小児がんの治療を受けていた小さな子供たちと仲良く遊ぶ写真を見つけた。
子どもたちと仲良く遊ぶ崇継のクシャっとした笑顔を見た乱は、本当に子どもが好きなんだなと感じた。
青の友愛基金は、小児がんで苦しむ貧困層の子どもの支援を何十年も活動していると、活動内容に書かれてある。
さらに乱は、活動内容を見続けた。
その慈善団体は、オメガ性の男女の人権を守る活動にも力を入れていたと書かれていた。
貧しい生活を送るオメガ性の男女を救うために、多くの企業から集めた寄付金で貧しいオメガ性の専用アパートに住まわせたり、自立支援の為に清瀬グループ系列の企業への積極的な採用を進めていたようだ。
「清瀬さんは、本当にオメガ性の男女を守ろうとしているのか」
 あの崇継という男は、紫信を愛していた様に他のオメガ性の男女の人権を守ろうとしていたのはわかる。でも、その真意は何だろうかと、乱は不思議に感じた。
 乱は一旦、青の友愛基金の公式ホームページから離れて、動画サイトを検索してみた。
 動画サイトで青の友愛基金に関する動画が何百件も出てきた。
 青の友愛基金のCM動画や、清瀬崇継が慈善活動に篤い著名人たちとのコラボ動画などがあった。
 CM動画には、ウサギの着ぐるみを身にまとった崇継が、様々な動物の恰好をする子どもたちと花畑で歌うCMだ。
〈人類みんな友達~。僕らはみんな友達~。君も友達だよ~。一人じゃないから~〉
 花畑で崇継と子供たちが、笑顔で歌うCMは微笑ましいものだ。
 その動画を観た後に乱は、ブログ検索で青の友愛基金に寄付してはいけないと、刺激的なサムネイルのブログ記事ももめにした。
 乱はどうして青の友愛基金に寄付してはダメなのかという、ブログ記事が気になっていた。
 ブログの記事には、青の友愛基金の会長の清瀬崇継は、どんな難病も治す薬アレノアクロムを発見し、奇跡の五十五歳とメディアで呼ばれていると書いてあった。
 しかし、崇継の裏の顔は、とんでもない男だと書いてあった。青の友愛基金は、寄付される寄付金の八割は、難病の子どもの治療費と家族の生活費に回していた。崇継が会長に就任してからは、四割に減らされていた。
 崇継とその秘書でパートナーの加賀美紫信が、その寄付金を自分たちの支持するアルファの特権階級の人間たちに献金を送っていたり、国内外の大手企業の株主となって儲けていた。
 乱はその記事を見て、本当か? と眼を疑った。
 アレノアクロムの原料は、ウサギの肝臓から摘出されるアミノ酸の一種だが、一般販売するには、足りない。大量生産のために崇継は、青の友愛基金の活動の一つである献血活動で人間の血液を集めて、アレノアクロムの原料を集めていた。特に若いオメガの男女の肝臓から採れるアレノアクロムは、特に上質なものが採れるという。
 ブログに書かれていた善人と思っていた崇継が人の命を軽視するような男だったことに乱の心をざわつかせる。
 ブログの最後には、青の友愛基金に絶対に寄付するな、献血に行くな、君たちは崇継に利用されるだけだと、書かれてあった。
「何か、都市伝説みたいなブログだけど、本当はどうなんだろう?」
 乱は大きな慈善団体である青の友愛基金の根も葉もないうわさを知ってネットの陰謀論に振り回されない様にしようと、パソコンを閉じた。隣ですやすやと眠っているカイリの細い指に触れた。
 
それから二日経ち、ステラはいつも通りに営業していた。県外から気仙沼の海水浴場に泳ぎに来る観光客も来ていて、今が一番の稼ぎ時だ。
 
午後六時ごろになり、店を閉めようとした時、休憩室に置いてあったカイリのスマホの通知音が鳴り響いた。
「何だろう」
 スマホの通知音を聞いたカイリは休憩室へと向かった。
 通知音が鳴るスマホを手にしたカイリは、スマートフォンのメッセージアプリの通知を見た。
「アウリさん? どうしたのかな?」
 アウリは虎子と共に東京の専門学校の体験入学をしているところだ。明日の午後三時頃に気仙沼に帰る予定だ。カイリは一体何があったんだろうと、メッセージアプリで通話してみた。
「はい。光国です。どうしたんだ?」
〈あ、私だよ。アウリ。大変なことが起きたの!〉
「大変なこと?」
〈お願い! 助けて! 虎子が、虎子が……〉
 メッセージアプリの通話でアウリが何か切羽詰まった声でカイリに助けを求めていた。
「アウリさん。今、東京にいるの? 虎子さんに何があったんだ?」
〈虎子が、虎子がいなくなったの!〉
 アウリが泣きそうな声で、カイリに訴えていた。
「どうしたカイリ。虎子さんに何かあったのか?」
 カイリがアウリとの通話で困った顔をしている姿を見て、乱は駆け付けた。
「虎子さんがいなくなったの? 今、東京にいるのかい? 二人とも専門学校の体験入学に行ってたんだよね? いつ頃からいなくなったの?」
〈昨日、私が虎子と東京に着いたときはまだいたの。一緒のビジネスホテルに同じ部屋に泊まっていたの。今日の午前中に私たちはそれぞれの専門学校の体験入学に一旦、別々になったの。
 終わったら、ホテルの部屋で待ち合わせしてたけど、虎子はまだ戻って来てなくて。電話もメッセージアプリも全然通じないのよ!〉
 どうやら、東京の看護学校に体験入学していた虎子がいまだにホテルの部屋に戻って来ていない様だ。乱とカイリは、どうして虎子がホテルに戻って来ていないのか、疑問だった。
〈もしかして、虎子は人食い爬虫類に誘拐されたのかなあ。可愛い虎子があんな汚れた連中に食べられたら〉
「落ち着いて。虎子さんのご両親には、知らせたのかい?」
〈わ、私、本当に頭の中がパニックになって、どうすればいいのか、困って〉
「大丈夫だよ。落ち着いて聞いて。心配すればするほど、ダメになる。少し深呼吸して」
「なあ、アウリさん。警察に虎子さんを探してもらおう。僕たちも虎子さんのご両親に知らせて、みんなで探そう。
 だから落ち着いて。虎子さんは無事だから」
〈ほ、本当なの?〉
「まず、ホテルの従業員に話して、警察に捜索願を出すことだ。落ち着いて話せば大丈夫。
 アウリさんは良い子。自分を信じてやってみて」
 虎子がいなくなって、泣き声を漏らすアウリに乱は助言をした。すると、メッセージアプリの通話から泣いていたアウリが、うん、うんと納得したかのような声が聞こえてきた。
〈ら、乱おじさん。分かったわ。警察に知らせて、虎子を探してもらうわ〉
「僕もこれから、虎子さんのご両親に連絡するよ。大丈夫だから。虎子さんは無事だから」
 突然、華やかな東京の地で虎子が行方不明になった。アウリは乱の助言通りにホテルの従業員と共に警察にアウリの捜索願いを出した。
 乱も虎子の家族に虎子が東京で行方不明になったと、知らせて気仙沼市の自治体にも知らせた。
 予期せぬ事になった乱たちは、過去にオメガの男女の行方不明の事件にまさか身近な人が巻き込まれるなんて、気仙沼市の住民は動揺していた。
 
東京にいるアウリは、警察に捜索願を出した。監視カメラから虎子は午前中の東京都港区にある看護学校に向かって歩いていたと、警察から知らされた。
 それ以降は監視カメラに虎子の姿は、写っていないと、捜査された。
 
虎子が東京で行方不明になって三日目、虎子の両親は可愛い娘が、急に失踪して頭が混乱していた。
 
地元の住民たちが、力を合わせて虎子を探すことになった。
 乱も虎子を探すために地元の住民たちに協力することになる。
 乱と鮫島と、鮫島の漁師仲間が気仙沼市の海岸や、気仙沼復興商店街などへ探し回っていた。
 しかし、行方不明になった虎子の居所を掴むことができない。
 
夕方の気仙沼市の駅前で、一緒に虎子を探していた鮫島は、虎子を案じる乱にこう言った。
「どうやら虎子さんは、こっちに帰って来てないようだな。まさか、変な国の工作員に拉致とかされてなければいいけど」
「変な事言うなよ。虎子さんはきっと無事だよ。諦めないで探せば、見つかるよ」
「分かっているよ。でも、虎子さんが体験入学した看護学校から何の反応もないよな。俺が思うには、あの看護学校が怪しいと思うけどな」
「そうかもな。体験入学した子が無事に自宅に帰れるようにするのが、学校の常識だよね」
「学校って基本非常識な奴が、先生になる所だからな。だから、問題が起きるんだよ」
 そう言い合っていた乱と鮫島は、世の中がおかしくなっていると、感じた。
 
夜遅くに家に戻った乱は、先に未妃とカイリが夕食を終えていた。
 キッチンにあるテーブルの上にはワカメと厚揚げのうどんとハンバーグに、宮城県産のワカメとタコの酢漬け、岩手産のまめぶ汁が置いてあった。
 乱はそれらを電子レンジで温めてから、食べた。リビングで乱にお帰りと言わず、夢中でスマホをいじる未妃にちょっとイラついた。
 カイリを待つ間に未妃はスマホでSNSのやり取りをしているようだ。乱の手伝いをしようともせずに、スマホの画面から目を離さない。
「おー! キタキタキタ!」
 リビングでスマホをいじっていた未妃が急に甲高い声を上げた。キッチンでおにぎりを食べていた乱は、思わずビクッとして、未妃のいるリビングの方に振り返った。
「やーった!」
 未妃が明るい表情で、立ち上がった。
「どうしたんだよ」
「ねえねえ。乱。朗報よ!」
「朗報?」
 未妃がスマホを持ってうきうきしていた姿に乱は、眼を丸くしていた。
「あのね、白井孝がもうすぐ見つかるかもしれないよ」
「本当か?」
「その右脇腹に三つのホクロがある人が気仙沼市民病院の患者さんにいたらしいよ。
 体格は全く違うけど、ホクロはレーザーじゃないと消せないから、身分証明書とか一致すれば、見つけられると思うの」
 まさか気仙沼市民病院の患者の中に、右脇腹に三つホクロがある人がいたとか、漫画みたいな奇跡があるのかと、乱はヘーしか言えなかった。
 何よと、乱に口を尖らす未妃がテーブルに置いてあった新しいピンクの本革のリュックを手にして、壁にあるカイリの愛用していた薄汚れたグレーのリュックを下ろした。
 カイリの愛用していた薄汚れたリュックから、ゴソゴソと中身を取り出し始めた。
「あ、未妃さん」
 歯磨きを終えたカイリがリビングにやって来た。リビングでカイリのリュックの中身を出している未妃にハッと、カイリは血相を変えて、
「ちょっと。未妃さん!」
「あ! 何するのよ!」
 穏やかな風貌に似合わない激しい声を上げて、未妃のリュックに入っていた持ち物を取る手を叩いた。
 カイリが激しい声を上げて、乱はどうしたと目の色を変えてリビングに駆け付けた。
「勝手に僕のリュックの中身を見ないで!」
 テーブルの上に置いていた未妃にカイリは声を荒げた。
 急にカイリに怒鳴られて、未妃はええ? とビックリしていた。
「どうしてよ? 実は私、カイリさんの為に新しいリュックをネットで買ってあげたの。
 あんなボロボロのリュックいつまで持っているから、可哀そうと思って新しいのをあげようと思って」
 未妃はカチンときて眉を吊り上げた。
「だからって、僕の使っていたリュックの中身を出すことはないじゃないですか」
「それは、古いリュック捨てようと、中身取り出したのよ。お菓子の袋とか入ってないか、確かめていたのよ」
「それも嫌です。自分でできるし」
「なあ、カイリ。どうして君は、リュックの中身見られたくないんだ? 教えて」
 乱は不機嫌なカイリにリュックの中身を見られたくないのかと、優しく質問した。
「とにかく見られたくないの」
 カイリは乱に視線を合わせずにツンとした態度で答えた。
「何よぅ。私、カイリさんの為に新しいリュック買ってやったのよ。居候のあんたが文句言える訳ないじゃない」
 カイリの頑な態度にカチンときた未妃がカイリの薄汚れたリュックの中身をゴソゴソと全部出した。
 白のUSBメモリ一本と三冊の手帳、柄物のハンカチや擦り切れたチープカシオの時計にシンプルなデザインの容器のハンドクリームが出てきた。
その時、未妃は性確認カードらしきカード二枚出てきて、その性確認カード二枚を手にした。
 未妃はカードの一枚に手にして、ん? と、目を凝らした。
「あれ、この性確認カードの名前、白井孝って」
 その未妃の右手に持っているカードの名前が白井孝と書いてあって、東京都港区と住所が書かれていた。
 未妃が白井孝という名前が載ったカードを乱とカイリに見せた。
「ええ!?」
 それを見た乱は想定外の驚きの声を上げた。
 カードの証明写真が、金髪のパンパンに頬が膨らんだ男の顔だった。
 カイリがハアッと、素早い動きで未妃に飛びつき、未妃の右腕をガッ! と、強く殴った。
「ああ!」
 急にカイリに右腕をガッと力いっぱい殴られて、未妃の体が壁の方にぶつかった。
「なんで殴るのよ!」
 壁に強くぶつけられて、痛みをこらえる未妃は怒りに震えるカイリを睨んだ。
「あんた、いったい何者なの? なんで白井孝って奴の性確認カード持っているの?」
 未妃がカイリに低い声で問いただすが、カイリは黙っていた。
 カイリはその理由を答えないまま、床に落ちていた白井孝のカードをバッと素早い手付きで取った。それをカイリが今まで使っていたリュックにしまった。
「カイリくん。どうしてなんだ。何か隠している事でもあるのか?」
「何でもないよ。あれ道端に落ちてて、拾っただけだよ」
「本当かしら? あんたの言う事は信用できないわ」
 未妃はカイリに疑いの眼差しで見ていた。
 未妃はテーブルに置いてあるもう一枚の性確認カードを手にした。
 もう一枚の性確認カードは、光国カイリという名前が載ってあった。カードの証明写真は、金髪でほっそりとした美男子の写真が載っていた。
「このカードは、カイリさんのもので良いかしら?」
 未妃が光国カイリと書かれたカードをカイリに見せて、問いかけた。
「そうです。僕のです」
「まったく、あんたは無責任な馬鹿よ。また私に逆らったら、今度こそあんたを追い出すから」
 未妃は顎を上げて、カイリを疑う。
「もう、白井孝の話は一切しないで」
 カイリが乱と未妃に重い口調で言った。怒りで眉を吊り上げるカイリは、リビングを出ようとする。
「か、カイリくん! ドライブでも行こうか! 気仙沼復興祈念公園にでも行こう。あそこから見える夜景はすごく綺麗なんだ!」
 カイリがいなくなって欲しくない乱は、カイリをなだめようと、ドライブにでも行こうと誘った。
 カイリは乱の顔を見ようとしない。乱はカイリの手を握って、外へ連れ出そうとする。
「ちょっと! 乱! 私はすごく我慢しているのよ! 乱に愛されたいけど、それを我慢しているのよ! 少しは私の気持ちを考えて!」
 乱とカイリが手を握っている姿に未妃は、悔しさの余り、眉間に皺を寄せて激しく叫んだ。
「確かに子ども生めない体の私が悪いのは分かっているのよ。でも、あんたは私と一生を添い遂げるべきなのよ。裏切るなんて、あんまりよ」
 背後から激しく感情的に叫ぶ未妃に乱は、申し訳ない気持ちだった。
 戸籍上の妻は未妃だが、自分のせいで夫婦仲は最悪だ。
 乱は糟糠の妻を裏切った罪は重い。でも、今はカイリを守らなければならない。
 乱は辛い気持ちを抱えたままカイリを連れて、家を出た。
 
乱とカイリは駐車場にある車に乗って夜の気仙沼市内を走った。気仙沼市内の車道から見える防災の為に堤防があった。堤防は高くなって海は見えないが、夜空は空気が澄んでいるせいか、星が良く見えていた。
 
一時間くらい車を走らせた乱は気仙沼市内にある気仙沼復興祈念公園に着いた。
 この公園は、過去に起きた東日本大震災の来世に伝える為に復興を祈念する場として、陣山にある。
 内湾、大島大橋、気仙沼湾横断橋の景色が一望できる公園だ。
 未妃が余計なことをされて、気分を悪くしたカイリの機嫌を直そうと、乱はこの公園へと足を運んだ。
 沈んだ顔をするカイリに乱は手を差し伸べた。
「この公園から見える夜景はすごく綺麗だよ。行こう」
 乱が優しく声を掛けると、カイリはウンと乱の手を握った。

 妊夫のカイリを紳士的にエスコートして、乱はカイリと共に公園の階段を昇った。
 ゆっくりと気仙沼復興祈念公園の丘の上まで歩いてきた乱とカイリは、高くなった場所の一番上にある「祈りの帆―セイル―」というモニュメントを目にした。
 高さ十メートルある祈りの帆は震災復興の為に作られていて、内部から望む水平線に向かって、祈りを捧げる事が出来る。
 乱とカイリは、東日本大震災で亡くなった被災者を心の中で黙祷した。
 宮城県気仙沼市出身の乱は、過去に起きた震災の津波の被害や、被災者がマスコミやネットなどでの風評被害を受けた辛さを祖父母から教えられた。
 乱は星空の下で、二度と震災なんか起きて欲しくないと願う。
 震災の被災者への追悼の祈りを捧げた乱とカイリは、公園に設置されたベンチで高い所から見える煌めく夜景を眺めていた。
 カイリの黒い瞳に気仙沼港を中心に気仙沼湾横断橋まで広範囲に見渡せるSFアニメの背景みたいな光り輝く夜景が飛び込んでくる。
「綺麗だ。まるで外国の夜景みたい」
「良かった。この公園から見える夜景をカイリくんにも見せたかったんだ」
「本当に綺麗だ。さっきの嫌な事さっぱり忘れられるくらい綺麗な夜景だね」
 カイリの澄んだ黒い瞳に幻想的に光る夜景が映り込んでいた。
 乱はただ気仙沼湾の夜景をじっと見るカイリに声を掛けたかったが、乱はただ黙ってそっとカイリの肩を抱いた。
 しばらく夜景を見た後、もう深夜〇時になったので乱とカイリはそろそろ家に帰ることにした。
 
車に乗り、乱は車を走らせる。
「なあ、カイリくん。君が前働いていた慈善団体って、なんていう名前の団体かい? 教えてくれるかな?」
 車を運転する乱は、助手席に座るカイリに穏やかな声で聞いてみた。
「誰にも言わないなら、教えてあげるよ」
 カイリは長いまつげを伏せながら、その理由を乱にだけ教えると、答えた。
 乱が運転する車は、気仙沼大島大橋を通り、たくさんの樹々が連なる山林を通った。
 ほとんど明かりがない、暗い夜道を走らせる乱は、カイリの答えを待っていた。その時、カイリが「実はね」と、静かな面持ちで乱に顔を向ける。
「僕は青の友愛基金の清瀬崇継会長と、何年か仕事したことあるんだ。何も知らないオメガの僕に色々仕事のノウハウを教えてもらったんだ」
 カイリは語った。
「清瀬さんは、本当に若々しくて仕事もバリバリやっていたんだ。結構夜遅くまで仕事させられてきつかったなー」
「そんなに大変だったのか?」
「うん。あの人は、寄付金を集めるために職員たちに厳しいノルマを課すんだ。ノルマを達成しないと、凄く怒鳴られてみんな泣いてたよ」
「やっぱり、そうなんだ。あの団体は、オメガの若い男女を誘拐してアレノアクロムを採るために子供を産ませていたことも本当かい?」
 乱の重い問いかけに、カイリは一瞬黙る。
 乱はカイリに青の友愛基金の真実を教えて欲しいと強く望んでいた。
「僕は青の友愛基金の隠していた真実を持ち出したんだ。清瀬さんは自分たちの隠していた事を知られるのが嫌だから、僕を追っているんだ」
「そ、それじゃあ、君は白井孝ってこと……」
真っ暗な山林を通っていたその時、どこからかキンキンと耳に劈く様な金属音が聞こえてきた。
「何だ。うるさいな」
 乱は鬱陶しいと感じた。
「うわぁあああ!」
 それどころか、目の前に風の様に走る黒い物体が乱の走る車を妨害されて、乱はハンドルを狂わせてしまった。
「あああ!」
 ハンドルの操作を誤った乱は、すぐさま急ブレーキを掛けた。キキキキー! と耳に悪い様な音を立てて、ドグシャン!と、山林の大木に車が衝突した。
大木に車が衝突して、車のフロントがグシャグシャと、大破してしまった。
乱は愛車が大破してしまい、「大変だ。車が酷いことになった」と、顔に脂汗をかいていた。
「大丈夫か? カイリくん?」
 乱は助手席に座っているカイリに声を掛けた。
「大丈夫だけど、でも」
 どこか顔を強張らせているカイリが、助手席の窓に向けて指を指していた。乱は何だと思い、カイリが指を指している助手席の窓の方に目をやった。
「え? 何だ、あいつら」
 窓の外を見た乱は、危機反応を察した。
 山林の中から、棒みたいな物を持った大柄の怪しげな男四人いた。
 男四人はトカゲみたいな頭部と緑色の鱗持っていて、不気味だった。
 だんだん乱とカイリが乗る車に近づいて来た四人組の男に危機感を感じた乱は外に怪しい四人組のトカゲみたいな男たちから、逃げなければと感じた。
 車が壊れて、もう走らせる事が出来ない。
 乱はカイリを連れて、自分たちの足で逃げるしかないと、覚悟した。
「カイリくん。外に出て。逃げるんだ」
 乱は両方のドアを開けて、カイリに呼びかけた。カイリも分かったと、ドアを開けて車の外に出た。
「う、う、美しいオメガ、我らが人食い爬虫類が望んでいたオメガの男」
 男四人組は、トカゲみたいに長い舌を出して、カイリにじりじりと寄ってくる。
「ひ、人食い爬虫類か? 気仙沼なんかに人食い爬虫類がいるのか?」
 乱は、人食い爬虫類が本当に存在しているなんて、目を疑った。このままじゃまずいと、恐怖で怯えるカイリを守るため、細い体を乱の方に抱き寄せた。
 グロテスクな緑色の鱗の四人組の男は、車から出た乱とカイリに手に持っていた棒を振り回して、襲い掛かった。
「うわああー! 来るな!」
 乱とカイリは禍々しく光るトカゲの眼の四人組の男たちに襲われて、一目散に逃げ出す。
 乱とカイリは手を繋いで暗い山林の道路を走った。妊娠中のカイリは、お腹を抱えて走る。なかなか速く走る事が出来なくて、乱とカイリは追い詰められる。
 乱とカイリは人が住んでいる家に助けを求めて、走る。二人を追いかける人食い爬虫類四人組が疾風の如く追いかけてきた。
 真っ暗な山林の道路を走る乱とカイリに四人組の男たちに囲まれてしまう。
 長く太い棒を持って威嚇する人食い爬虫類四人組が、不気味な気迫で乱とカイリを取り囲む。
「オメガの男、こっちに渡せ」
「し、白井孝をこっちに渡せ」
 武器を持った人食い爬虫類の男の内の一人が、不気味な声で乱とカイリを脅してきた。
 白井孝をこっちに渡せと、眼を光らせる人食い爬虫類に脅された乱は眼を丸くする。
「どうして、カイリが白井孝なんだ? カイリを狙う理由はなんだ!? 答えろ!」
 乱は怯えるカイリを抱きしめながら人食い爬虫類たちに、どうしてカイリを狙う理由を強い口調で歯向かった。
「その、し、白井孝をこっちに渡せ!」
 爬虫類男の一人が野太い声で叫んで、カイリに向かって突進してきた。乱は突進してくる爬虫類男からカイリを守ろうと、立ち向かう。
「うぁあ! こ、この!」
 乱は、人食い爬虫類の男が持つ棒を力一杯掴んで、棒を奪おうとした。
「グウウ、グウウ、白井孝は我らの秘密を持ち出した。このオメガの男を崇継様に差し出す」
「グウ、グ、ッグウ、白井孝は崇継様に逆らった大罪人。このオメガの男は崇継様からの裁きを受けるべきだ」
「き、清瀬さんがカイリくんを求めているのか? だからって、カイリくんをお前たちに渡すものか!」
 乱と戦う人食い爬虫類がカイリを崇継に差し出そうとするのに、乱はまさか崇継からの刺客かと、驚愕する。
「ヒフミヨイ~」
 カイリは、小声でカタカムナを唱え始めた。「マワリテメクル~……う、ああ!」
 カタカムナを唱えるカイリは、人食い爬虫類に背後から棒でガン! と頭を殴られた。
「カイリくん! う、ぐああ!」
 人食い爬虫類に頭を殴られて、地面に倒れるカイリを助けようとする乱だが、乱も人食い爬虫類に棒で頭を強く殴られた。
「う、うう……カ、カイリくんを……は、放せ」
 頭を殴られてあまりの痛みに気を失いそうな乱は、気を失って人食い爬虫類に大きな麻袋に入れられるカイリの姿を遠のく意識の中で映る。
 人食い爬虫類に麻袋に入れられてそのまま連れ去られていくカイリに手を伸ばそうとするが、乱はプツッと、世界が真っ暗になった。

「乱! 乱! しっかりして!」
 眩しい光が乱を包んでいた。乱に呼びかける声が聞こえてくる。
 視界が眩しくて乱はカイリが呼んでいるのかと、眠っていた乱は徐々にまぶたを開けた。
 まぶたを開けた乱は、真っ白に光る蛍光灯に目をやった。
「乱! 良かった。目を覚ましてくれて」
 眠っていた乱のそばに未妃が安堵の声を上げた。
「未妃? どうして? ここはどこ?」
 乱はベッドから起き上がろうとするが、頭がギュッと締め付けるような痛みが出た。
「う、うう、く、くうう」
 乱は頭が痛くて、両手で頭を押さえて痛みを和らげようとする。
「あまり無理しちゃダメよ。ここは気仙沼市民病院の病室。あんた頭ケガしているんだから、入院するのよ」
 未妃が心配そうな顔で、乱をベッドに寝かせようとする。
 頭がまだ痛みがあって思うように体を動かせない乱は、ベッドの上で病室を目で追った。  
病室にはカイリの姿が無かった。
「くう、く、うう。ど、どうして? カイリは! カイリくんはどこにいるんだ!?」
「落ち着いてよ! 乱はベッドで寝なきゃダメよ!」
 乱は頭が混乱して、パニック状態になってベッドから出ようとするが、未妃に止められる。
「あんた三日前の朝早くに、気仙沼大島の住民から電話で、海野の旦那さんが道で倒れているって。それで、救急車で病院に搬送されてケガの手当てをされたって連絡があって、病院に来て看病してたのよ!」
「え、え?」
「幸い、あんたの頭のケガは脳にはダメージ受けてなかったから、三日間ケガの経過を診てもらってから、退院できるそうよ」
「う、うう。そ、それは良かった」
 痛む頭を押さえる乱は頭のケガは重傷ではなかった。自分のケガを治療してくれた医師と看護師に感謝した。
 そういえばカイリはなぜいないのかと、乱は頭の中の記憶を思い出そうとした。
 気仙沼復興祈念公園を出て、家に帰ろうと車に乗っていた乱とカイリは、どこからか金属音が聞こえた。その金属音がうるさくて運転を狂わせてしまった。
「僕とカイリくんは人食い爬虫類に襲われて、僕はカイリくんを守ろうとしたけど、あいつらに頭を殴られて、気を失って、カイリくんはあいつらに」
 昨日の夜の記憶を思い出した乱は、カイリが攫われたことを思い出し乱の顔が一気に青ざめた。
「カイリくんがあの人食い爬虫類に攫われて、どこに行ったんだ!? 助けなきゃ!」
 乱はカイリが攫われて、どこに消えたのか喚く。
「人食い爬虫類~? 何馬鹿な事言ってんのよ」
 未妃は乱が人食い爬虫類に攫われたと、喚き散らしていてまさか幻覚でも観ているんじゃないかと、半分あきれ顔になる。
「ねえ、僕が倒れているのを見つけた人は、カイリくんを見なかったか?」
「それが、乱しかいなかったって言ってたわ」
 未妃は乱に切羽詰まった顔で問われて、もーと言う様な顔でカイリはいないと答えた。
 カイリがいない――そう答えられて、乱の手が嘘だろと、ガタガタ震えた。
「そんな馬鹿な。カイリくんはあいつらに、あ、痛!」
 乱は人食い爬虫類に攫われたカイリを助けなければと気が焦るが、頭の傷がまだ痛む。
「やっぱりカイリくんは、人食い爬虫類に攫われたんだよ! 清瀬崇継がカイリを攫ったんだ!」
「な、何なのよ。落ち着いてよ。乱はケガしているでしょ。三日は安静にしなきゃダメ。カイリさんを探すのは、退院してからよ」
「カイリくん、カイリくん。どうして君があんな人食い爬虫類に攫われなきゃいけないんだ」
 乱はカイリが攫われてどうしようもない不安に襲われる。自分の無力さが原因で、カイリが巨大な権力者に攫われてしまった。
 頭をケガしている乱はケガを治さなければならない。
 乱を睨む未妃の黒い瞳には、かすかに涙で滲んでいた。
 
乱が病院に入院して三日が過ぎた。
 乱の頭のケガはほとんど完治し、もう退院して日常生活に戻れると、医師から告げられた。
 退院した乱は未妃が運転する車に乗って、気仙沼市内にある警察署に向かった。
 
気仙沼市内にある警察署に着いた乱は、相談窓口で自分の友達のカイリが行方不明になったと、警察署の警察官に相談した。
「海野さんのお友達の方が行方不明になったのですか? いつ頃お友達の方が海野さんの元からいなくなったのですか?」
 警察署の相談窓口の警察官が、困った顔をしている乱にどうしてカイリが行方不明になったのかと、落ち着いた声で問いかけた。
 乱は、大切な友達のカイリが三日前の夜に気仙沼復興祈念公園に出かけた帰りに、気仙沼大島大橋を通った後の山林でトカゲ男たちに攫われたと、警察官に打ち明けた。
 乱はカイリが妊娠中のオメガ性の男性であることや、トカゲ男の特徴などを話した。
 乱から事情を聴いた警察官は、とりあえず警視総監に報告してから、捜索に乗り出すと乱に話した。
 
次の日になり、気仙沼の実家にいた乱に警察から電話が来た。
 乱は電話に出た。
 気仙沼の警察署の吉永武という、中年のリーゼント頭の刑事が宮城県の警察が一丸となって、カイリを捜索すると、乱に伝えられた。
 乱は吉永と警察の短髪の黒髪の若い捜査官の葉山に明日の朝九時に乱とカイリがトカゲ男に襲われた現場に案内することになった。
 
次の日の朝九時になった。
 乱は、家に来た吉永と捜査官の葉山と他の捜査官たちと共に現場に案内した。
 乱は、生まれて初めてパトカーに乗った。共に乗る背の高いリーゼント頭の吉永と、葉山と気仙沼復興祈念公園に向かう車道を走らせた。
 
乱を乗せたパトカーは気仙沼復興祈念公園の車道を走る。のどかな田舎道に乱はパトカーの窓から三日前、乱とカイリがトカゲ男たちに襲われた場所を探していた。
「どこでトカゲ男と遭遇したんだ?」
 助手席に座る吉永が、低い声で後ろの席に座る乱に問いかけた。
「トカゲ男に遭遇した場所は、気仙沼大島大橋を通る前の山林の道路で変な金属音が聞こえてきて、運転を狂わせて森の中に車がスリップしたんです」
 乱が話した通りに吉永たちは気仙沼大橋を通る前の山林の道路に向かう事にした。
 
乱たちを乗せたパトカーは、気仙沼大島大橋の前にある山林の道路に着いた。
 山林の道路の周りにはほとんど住宅が無く、夜になれば怖い雰囲気になるところだ。
 パトカーを降りた乱は、吉永と葉山にカイリがトカゲ男に攫われた現場を記憶を手繰り寄せながら、案内した。
 乱が運転する車が大木にぶつかった場所を発見した。力強く太い大木が見事に折れていて、吉永と葉山がその現場を調べていた。
「海野さん、あなたと光国さんが、ここでトカゲ男に襲われたんですね?」
「はい。僕とカイリくんはトカゲ男から逃げるために南側に逃げたんです」
「なら、そこに案内してくれ」
  乱は吉永と葉山と他の捜査官たちに山林の道路の南側の方面に案内した。
  道路の南側の方面に案内した乱は、カイリを攫ったトカゲ男が何か残していないか、吉永と捜査官の葉山とその他の捜査官と共に調べた。
  山林のふもとにあるごみを調べたり、トカゲ男が残した足跡があるか痕跡を調べていた。
  山林の中でゴソゴソと草をかき分ける葉山は、地面に何か落ちていないか調べていた。
  地面に手で触れて、確かめていた葉山が、ん? と、目を凝らした時に地面に小さなラーメンのおもちゃが落ちていた。
「これは、一体。おもちゃか? フカヒレラーメンのキーホルダーか。気仙沼市の星麵とロゴが入っている」
 葉山は地面に落ちていた小さなフカヒレラーメンのキーホルダーを拾い、それを持って乱と吉永の元へ向かった。
「これに覚えはありませんか?」
 ラーメンのキーホルダーを持った葉山が、それを乱に見せた。
 乱は葉山が発見したそれを手に取り、じっと見つけた。乱は、「これは」と、声を上げた。
「これは、僕がカイリにあげたキーホルダーだ!」
「何だって? 光国さんの所持品か?」
 乱の驚きの声を上げて、吉永が乱にカイリの所持品かと聞く。乱は「はい」と、真剣な顔で答えた。
 キーホルダーが、チェーンが取れて、地面に落ちていた。
 もしかしたら、カイリが人食い爬虫類に攫われた時に証拠を残そうと、落としたのかもしれない。
 吉永はそれを目を凝らして調べていた。
「ここに設置している防犯カメラに残っている映像を調べてみよう」
 吉永がこの道路にある防犯カメラを調べると、乱に告げた。
 気仙沼市の警察署はカイリがトカゲ男に攫われた現場に設置してある防犯カメラを調べて、誘拐犯を特定することにした。

警察署でパソコンのモニターで防犯カメラに残っている映像を何度も確認した。
 明かりが少ない山林の道路。深夜は車の通りが少ない。乱と葉山は、パソコンのモニター画面に映る道路を幾つかの防犯カメラの映像で確認していた。
モニター画面の防犯カメラの映像を小刻みに巻き戻している葉山の目が赤くなっていた。
 幾つかの防犯カメラの映像を何度も巻き戻ししている葉山の手が止まった。
「こ、これは! まさか」
 赤外線センサー機能が備わっている防犯カメラの映像には、暗い山林の道路で乱とカイリが手を繋いで逃げ走っている姿が映っていた。逃げる乱とカイリを追う緑色のうろこ状の皮膚のトカゲ男四人組が、長い棒を持っている姿が映っていた。
「そ、そいつらが僕とカイリくんを襲ってきたんです!」
 乱はモニターに映るトカゲ男を指差して、目と口を大きく開けて叫んだ。
 モニターの画面には、乱はカイリを守るために自ら盾となる姿が映っていた。
 トカゲの頭をしたトカゲ男たちは、乱に向かって「そのオメガの男を崇継様に差し出す。白井孝をこっちによこせ」と、乱に不気味な声で脅す姿が映っていた。
「なぜ、奴らは清瀬崇継の名を謳って、光国さんを攫おうとしたのか」
 吉永は、トカゲ男が青の友愛基金の会長である清瀬崇継の名を語ったのだろうかと、疑問に感じていた。
「これは、あの人食い爬虫類か……」
 それを見た吉永は、初めてトカゲ男を見て人食い爬虫類と呟き、驚きを隠せなかった。
乱と人食い爬虫類の男四人と戦い合っている。平凡なベータ性の乱が強靭な肉体を持つ人食い爬虫類からカイリを守るために必死に戦っている映像が映っていた。
傷つき倒れた乱の元に駆け付けようとするカイリが、人食い爬虫類に体を抑えつけられて、泣き叫ぶ映像があった。
捕らわれたカイリは、人食い爬虫類に大きな麻袋に入れられて、彼らに担がれて運ばれていた。
「光国さんを攫った人食い爬虫類の映像が他にないか調べよう」
 吉永と捜査官は、人食い爬虫類がどこに向かったのか、他の防犯カメラの映像から調べることにした。
 幾つもの防犯カメラの映像を秒刻みで巻き戻したり、早送りして再生していた。
 乱はパソコンの複数のモニターから映る息を飲んで防犯カメラの映像を見続けていた。
「何か怪しいワンボックスカーがある」
 葉山がパソコンの操作をいったん止め、その防犯カメラに映る映像をじっと見た。
 防犯カメラの映像の一つに乱とカイリがトカゲ男に襲われた場所から三キロくらい離れた場所にある駐車場があった。駐車場にその車が停まってあった。葉山はその車が怪しいと感じた。
 防犯カメラの映像に何か人影らしきものが映っていた。
  パソコンで防犯カメラの映像を捜査する捜査官は、防犯カメラに映る人影に注視した。緑色のうろこを持つ人食い爬虫類が、大きな麻袋を四人がかりで担いでいる姿が映っていた。
「カイリくん!」
 乱は人食い爬虫類の男四人に担がれてゴソゴソと動く麻袋の映像を見て、怒りの表情を浮かべた。
 防犯カメラの映像に映る人食い爬虫類は、カイリをしまった麻袋をトランクに詰めた。
 そして、彼らはワンボックスカーを走らせて消えた。
「なんてことだ。カイリくんは人食い爬虫類に攫われて。助けないと」
「我々警察が光国さんを必ず助けます。あなたは一人ではありません。光国さんはきっと無事です。我々を信じて」
 本当に人食い爬虫類に攫われたカイリの身を案ずる乱の手に汗で濡れていた。乱は凶悪な人食い爬虫類と戦う覚悟があった。
 重い使命を抱える乱を吉永は乱の肩をポンと叩き、カイリを必ず助けると約束の言葉を言った。

カイリが人食い爬虫類に攫われてから二週間が経った。

「小山のおばちゃん、カフェの方をよろしくお願いします」
「海野さん、安心して探しなさい」
「ありがとうございます。すぐ戻ってきますので」
 乱はステラの営業を未妃と手伝いとして乱が幼いころからの知り合いである小山のおばちゃんに任せて、カイリを探していた。
 気仙沼警察署の刑事の吉永と捜査官たちと共にカイリを探していた。
吉永は行方不明になっていた虎子の行方ももしかしたら、人食い爬虫類に攫われたのかと思い、そちらも捜索していた。
 カイリを乗せて連れ去ったグレーのワンボックスカーの行方を、宮城県に設置してある防犯カメラの映像などを調べて追っていた。
 確信となる証拠がなく、乱と警察はもどかしい気持ちだった。
 
「第六話 特権階級のアルファの野望が潰える」
 

真っ白な四畳半の小さな部屋。
 ベッドと小さなテーブルと椅子だけが置かれている部屋の中でカイリが一人ポツンと座っていた。カイリの口に白いテープで覆われていた。
 窓もない狭い空間でカイリは、暗く沈んだ顔でただ正面を見つめていた。
 キイッと目の前のドアが開いた。
「なあ、白井はん。気分どぉどっしゃろ?」
 紫のチャイナ服姿の紫信と、真っ白な白衣を身に纏った崇継が怪しげな笑みを浮かべながら入ってきた。
 カイリは崇継と紫信に警戒して、身構えた。
「あんなデブチンだった白井が、こんなに痩せて綺麗なお兄さんになってびっくりだ」
 崇継がククッと、笑いながら身構えるカイリを好奇な目で見た。
 喋る事ができないカイリは崇継を睨みながら、その理由を問いかけた。崇継は眼を細めて、カイリの顎をクイッと上げた。カイリは顎を触れられて、嫌で目を伏せる。
「フッ、白井、お前は団体のパソコンに保存してあった重要機密のデータを持ち出して逃亡した。あのデータは公に漏らしていけないものだ。そのデータはどこだ?」
「う~う~、うう」
 崇継に凄みのある声で問われたカイリは、知らないと言い張った。
「何言いたいんやすかぁ!」
青の友愛基金のデータの行方を答えようとしないカイリに、歯ぎしりする紫信はカイリの頬をパン! と強く叩いた。
 紫信に頬を叩かれて、叩かれた頬を抑えるカイリは顔を同じオメガを見下す紫信を軽蔑の眼差しで見つめた。
「アハハハ! 頷くだけでもえぇのに、言うこと聞けへん奴やさかい」
 アルファの崇継に歯向かうカイリに紫信は、高笑いした。
「うちはな、京都府知事の父と京都府の祇園の芸者の母との間に生まれたんやす。父は、京都府の財政を立て直しはった功績ある方やす。せやけど、うちが成長していくうちにオメガであると知ったら、父はうちと母を捨てたんやす。
ほいで、うちと母は貧困生活を送ったんやす。母はうちを育てるために小料理屋を頑張っていたんやす。うちは母の生活を楽にさせるために特権階級のアルファと玉の輿に乗る為に、話術や心理学を勉強して青の友愛基金の秘書になったんやす」
 憎しみめいた顔で自分の過去を語る紫信にカイリは、複雑な顔をする。
「青の友愛基金に入ったのは、アレノアクロムの研究者でノーベル医学賞を獲った崇継はんがおったからや。崇継はんは本当に優しかったんやす。何でもうちの願いを叶えてくれたんやす」
「う~! うう~ うう、うう~!」
「じゃまかしいわ! ボケ!」
「フッ、何かを得るには何かを失う必要がある。犠牲無くして何かを得ようなんて、理想論に過ぎん」
「そや。うちは、金持ちになるために崇継はんとパートナーになったんやす。お金が無ければなにも出来へん。純愛だけで生きていけると、思っとるんはるかぁ?」
 崇継と紫信は口をテープで貼られて喋る事ができないカイリを罵った。
 決して崇継と紫信に従順になろうとしないカイリは、非人道的な事をする二人を許さなかった。
 崇継はカイリを睨み、
「白井! 早く重要機密のデータはどこにある!?」と、怒鳴りつけるように詰めた。
「うう! むう~む~! うう~!」
 カイリは鬼のような形相の崇継に圧されそうになるが、決して怯まない。
「ククククク、ククク、ハハハハハハ!」
 突然、崇継が狂気的に笑った。カイリは、眼を爛々として笑い声をあげる崇継に身をすくめた。
「そうか、そうか。あのベータの男の家にあるのか?」
 崇継が乱が団体の重要機密のデータを持っていると、気づいた。
「う、うう」
「お前が居候しているベータの男の家に置いてあるんだろう? そうだろ?」
「~~うう」
「白井、俺は海野乱を殺す。乱を殺して、重要機密のデータを奪ってやる。ただのベータなんか、赤子も同然だ」
 崇継が鋭い目つきでデータを奪うために乱を殺すと、カイリの心を抉る様に言った。
 乱を殺すと、聞いたカイリはあまりのショックで顔が青ざめる。
「それから、お前がいつも東京の本社のビルの屋上で唄っていたカタカムナのウタは、実に不快だったんだよ。だからカタカムナを唄えない様に口をテープで塞いだ」
 崇継が憎しみにまみれた言葉を投げかけられて、カイリは大きくなったお腹に手を当てた。カイリのお腹の中の胎動が聞こえてくる。
 カイリが諦めたくないような顔をしているのを見て、崇継はフッと鼻で笑った。
「俺はあいつの家にアルファの人食い爬虫類を送ってやる。ただのベータが強靭なアルファの人食い爬虫類にかなうわけがない。まあ、あいつが死なないように神に祈ってろよ」
「乱はんはとてもかいらしい方やけど、うちらの秘密を知られては困るんやす。白井はんもなんぎやなぁ」
 崇継と紫信は、腹黒さがあふれる表情でカイリにそう言い、真っ白な部屋から去った。
 ドアに鍵が掛かり、カイリは再び閉じ込められた。


 カイリを捜索して、二週間が過ぎた。
 もう八月の終わりに入ったがまだ残暑が続く。

 乱はカフェを未妃に任せて、気仙沼警察署と宮城県警と共にカイリを捜索していた。
 カイリを攫った人食い爬虫類が乗って逃げたワンボックスカーの行方が分かった。
 そのワンボックスカーは岩手県雫石町を通って、南昌山の山奥の方に走っていたと、警察署の捜査で判明した。

 その翌日に乱の自宅で乱に報告にやって来た吉永と葉山と共にリビングで話し合いをしていた。
 乱と吉永と葉山は、岩手県雫石町に何かあると感じた。岩手県雫石町は自然が多く、綺麗な湧き水がある為医療業界からも注目されていた。
 南昌山の山奥にある青の友愛基金のグループ会社「清瀬フィクス」の工場があった。
「じゃあ、その工場に乗り込めば、カイリくんの居場所が分かるのでしょうか?」
「清瀬フィクスは青の友愛基金の会長である清瀬崇継会長が経営権を握っている。清瀬崇継会長は海外の特権階級のアルファの人脈が豊富で、後ろ盾もある。そう簡単には入れん」
 吉永が眉間に皺を寄せて言った。
「吉永刑事。カイリくんについて話したいことがあります」
 乱が崇継と紫信の暴走を止めなければと、吉永たちにカイリの事を話し始めた。
「実は、カイリくんは気仙沼に来る前にあの団体で事務員の仕事をしていたそうです。でも、あの団体が未成年のオメガの男女を連れて特権階級と富裕層のアルファたちに性的な接待を強要していると知って、それが怖くなって逃げたんだそうです」
「光国さんがあの団体で!?」
 吉永たちは、カイリがあの団体の職員であったことに驚きを隠せなかった。
「カイリくんはあの団体の追っ手から逃れるために日本中のネットカフェを転々としてたんです。僕は仙台でカイリくんと知り合って、僕の家に匿ってやったんです」
 乱が吉永たちにカイリが青の友愛基金の性的搾取を行っていた事に怖くなって逃げたと、語った。
「そうだったのか。光国さんは慈善団体から追われている身だったのか」
 乱の話に吉永は顎を手で押さえて、何か考えていた。
「青の友愛基金の闇を明かす鍵は光国さんが握っているな」
 吉永がカイリがあの団体の悪事を暴く事が出来る重要参考人だと、確信した。
 リビングにあるテレビのニュース番組で、岩手県南昌山にある清瀬フィクスの工場の研究室で何人かの研究者映っていた。
 無菌のケースに入れられている白うさぎの後ろ足に注射器で血を取っている研究者がいた。その研究者はサラサラの銀髪で、冬に咲くサザンカの様な眉目秀麗な男だった。
「あの男は、どこかで」
 乱は、テレビに映る銀髪の研究者に見覚えがあった。
「横田鍵洋。清瀬崇継と共にアレノアクロムの研究をしてノーベル賞を受賞した研究者だ。今では清瀬フィクスの研究責任者だ」
 吉永が、険な目つきでテレビに映る横田鍵洋を観ていた。乱は思い出した。仙台の焼き肉屋で崇継のタブレットで横田鍵洋の記事に載っていた研究者だ。
〈横田博士は、アレノアクロムの一般普及の研究を進めているそうですが、今年の夏にアレノアクロムを大量生産できる遺伝子操作を成功なさったそうですね〉
 女性アナウンサーが、上品な笑みで鍵洋にインタビューをしている。
〈はい。十何年アレノアクロムの大量生産の実現に力を入れていたんです。ようやく遺伝子操作の研究を成功出来たことに手応えがあるんです。後二、三年で低価格の化粧品やサプリメント販売を実現出来たらいいなと思いますね〉
 ニュース番組のインタビューに謙虚な姿勢で答える鍵洋の姿を見て、乱は「横田という研究者も、不老不死の為にオメガの若者を犠牲にしているのだろうか?」どうも好きになれないと、感じていた。

 ニュースの続きに青の友愛基金のカンボジアの小児がん患者の子どもたちの支援のために会長である崇継が、がん患者の子どもたちに人気アニメのぬいぐるみを寄付して子どもたちを喜ばせていた映像が流れた。
 子供たちにぬいぐるみを一人一人に渡す崇継に子どもたちは「ありがとう!」と、大喜びして抱きついていた。崇継も子どもたちを抱きしめて、「良い子、良い子」と褒めていた。
 カンボジアの小児がん患者の子どもたちを支援する崇継を称賛するキャスターが、「清瀬崇継会長は、現代のガンジーの様な聖人です。皆さん、青の友愛基金に寄付しましょう」と、目をハートにして寄付を呼び掛けていた。
 あの男は、本当の顔は何だ、何個顔持っているんだ? と、乱と吉永と葉山は崇継の本性を探るにはどうすればいいのかと、ニュース番組を観ていた。
 顔を上げる吉永は、「光国さんが残した所持品は無いか?」と乱に問う。吉永の問いに乱は、思わず背筋がピンと伸びた。
「はい。カイリはリュックを残しています」
「なら、被害者のリュックをこっちに提出して欲しい」
 乱は席を立ってリビングにあるカイリが置いて行ったグレーのリュックに触れようとしたその時、ピンポーンと、玄関のインターホンが鳴る音が聞こえた。
「あ、ちょっとすみません」
 一緒に席を共にしていた未妃が席を立って、玄関へスタスタと歩いて行った。
 玄関に向かった未妃は、玄関のドアを開けた。

〈あ、あの。海野さんのお宅でしょうか?〉
 ドアの向こうにさわやかにほほ笑むピンク髪の宅配業者が荷物を持って、立っていた。
〈海野未妃さんにお届け物です。代金は結構ですのでハンコかサインをお願いします〉
 ピンク髪の宅配業者が、玄関に入って未妃に荷物を渡した。未妃は玄関にある靴箱の上にあるハンコを取ろうとした。
〈クククク……〉
 宅配業者の目が爬虫類みたいな眼に変わり、靴箱の上にあるハンコを取ろうとした未妃にグワッと飛び掛かってきた。
「キャアアアアアアア――!」
 
リビングにいた乱たちの耳に、玄関から未妃の悲鳴が聞こえてきた。
「未妃!? どうした?」
 乱は妻の未妃が大きな悲鳴に気付き、すぐさま玄関へ走った。吉永も葉山も玄関へ駆けつけた。
「おい! 未妃!」
 乱は、玄関に着いた時、異様な何かに気付いた。
「ググググ、カカカカ」
 乱の目の前には不気味なトカゲ頭で緑色の鱗としっぽを持つ、人食い爬虫類が未妃の細い体を片手で軽々と抱えて立っていた。
「未妃!」
 人食い爬虫類に抱えられている未妃に乱は大きな声を上げた。
「ああ! お前らは人食い爬虫類! カイリだけじゃない、未妃まで攫おうとするのか!?」
 不気味に笑う人食い爬虫類の背後には、同じくトカゲの頭で緑の鱗を持つ人食い爬虫類がもう一人いた。
 未妃の体を抱えて家の中に入ろうとする人食い爬虫類は、乱に
「ククク、海野乱。この女の命と引き換えに青の友愛基金の重要機密のデータをこっちに寄こせ!」と、迫ってきた。
「重要機密のデータ? そんなの知るか! 未妃を返せ!」
 乱は人食い爬虫類に迫られるが、未妃を返せと怒る。
 乱に拒否された人食い爬虫類は、金色の眼をギラギラと光らせ、乱のスリムな体に向かって勢いよく脚でグワッと、蹴り飛ばした。
乱は人食い爬虫類に強靭な脚で体を蹴られて「うわああ!」と、痛々しい悲鳴を上げて、ドカッと壁にぶつかった。
 壁に強くぶつかり、痛みで倒れこむ乱にもう一人の人食い爬虫類が乱の胸ぐらを掴んだ。
 乱は、眼を光らせる人食い爬虫類に胸ぐらを掴まれて苦しむ。
「嘘を言うな。白井孝が持ち出したデータを持っているだろう? どこにある?」
 乱は思い出した。前にカイリのリュックに白井孝のマイナンバーカードを所持していたのを疑問に思っていた。やはりカイリの正体は白井孝だったのか。
「お前らがカイリを狙う理由(わけ)はカイリの本当の名前が白井孝だったからか?」
「そうだ。光国カイリの正体は、白井孝だ。我らアルファは、光国カイリと正体を偽る彼を追っていた」
「乱! 助けて!」と、人食い爬虫類に捕らわれている未妃は、乱に助けを求めていた。
「まず、未妃を放せ! 僕はお前たちみたいな悪党なんかに従うものか!」
 人食い爬虫類にギラギラとした眼で睨まれても、乱は未妃を守るために決して屈しようとしない。
「お前ら! 彼女を解放しろ! さもないと撃つぞ!」
 玄関に駆け付けた吉永と葉山が、人食い爬虫類に拳銃を向けた。
「おのれ!」
 吉永と葉山に拳銃を向けられた人食い爬虫類の怒りが火みたいに吹き上がって、物凄い速さで吉永と葉山に近づき、吉永と葉山を強靭な拳で何百発も殴り掛かった。
「うおおおおー!」
 人食い爬虫類に強烈なパンチを何百発もくらって、吉永と葉山は絶叫を上げて、倒れた。「クハハハッハ! そんなオモチャでこのアルファの人食い爬虫類に敵うわけがない!」
 吉永と葉山を弱いウサギみたいに簡単にノックアウトさせた人食い爬虫類が、腹黒く笑った。
「吉永刑事! 葉山捜査官!」
 乱は人食い爬虫類にやられた吉永と葉山を助けようと、彼らの元へ向かおうとするが、人食い爬虫類がズイッと乱の前に仁王立ちされた。
 人食い爬虫類二人に行く手を阻まれる乱は、もう一人の人食い爬虫類に体の自由を奪われた未妃が乱に助けを求める目で見つめられて、「未妃」と、苦しげにつぶやいた。
「海野乱よ、白井孝が持ち出した重要機密のデータはどこにある? 早く教えないとこの女の命は無いぞ!」
 未妃を人質にする人食い爬虫類は、低く重厚な声で乱を追い詰めるが、乱は未妃を助けなければと、強気になる。
「やめろ! 弱いベータの女の人を盾にするようなアルファの男なんか、許さない!」
 強気に反論する乱に、人食い爬虫類の怒りのマグマがぐつぐつと沸騰して、爆発した。
「貴様ー! 我ら高貴なアルファに逆らう奴は死んでもらう!」
「うがああ!」
 激怒した人食い爬虫類が、乱の顔に思いっきりパンチをぶつけた。顔に強いパンチを食らわれた乱は強い衝撃でキッチンまで飛ばされた。
床に倒れた乱は、キッチンの中に入ってくる人食い爬虫類の二人を許せなかった。
「乱! しっかりして! 死んではダメ!」
 未妃が人食い爬虫類に抱きかかえられて、自由が利かない中でも乱を想う気持ちは変わらなかった。
「未妃、必ず助けるから。必ずだ」
 乱は愛する未妃を助けるために負けるわけにはいかない。
「そうはさせるか!」
「う、うぐぅ!」
体の痛みをこらえながら立ち上がろうとするが、もう一人の人食い爬虫類にグイっと首を絞められる。
「ぐ、っぐうううう、うううう、こ、このお!」
「もう許さん。お前を殺して、この家の中全て調べてデータを見つけてやる! ハハハハ!」
 人食い爬虫類に首を強い力で絞められる乱は、息苦しくて自分よりはるかに体格良い人食い爬虫類にどうやったら、勝てるのか抵抗する。
「乱! だ、ダメよ! 死んじゃダメ!」
「このアマ!」
 捕らわれの未妃は、人食い爬虫類に首を絞められている乱の悲痛な姿に、体をもがくが人食い爬虫類に体を拘束される。
 いくら抵抗しても、人食い爬虫類が乱の首を絞める力は変わらない。段々意識を失いかけた乱は、「か、カイリくん。ご、ごめん」と、言葉途切れ途切れにつぶやいた。
『乱、困った時にカタカムナを唱えるといいんだよ。神様が僕たちを守ってくれるよ』
 意識を失いかける乱の記憶の向こうにカイリの優しい声が聞こえてきた。
乱はハッと目を覚ました。
「な、何だ!? あきらめの悪い奴め!」
 首を絞められて意識を失ったはずの乱がカッと見開き、人食い爬虫類に怒りの表情を向けた。人食い爬虫類は、負けを認めない乱に苛立ち、乱の首をもっと強い力で絞めようとする。
「ヒフミヨイ……マワリテメクル……ムナヤコト……」
 乱は途切れ途切れの声で、以前カイリに教えてもらったカタカムナの唄を唱え始めた。
「アウノスヘシレ……カタチサキ……ハエツヰネホン……」
 乱が唱えるカタカムナの唄にキッチンの重々しい空気が洗われるような唄声に未妃と吉永と葉山がは、ああっと目を丸くさせた。
「カタカムナ……マカタマノ、アメノミナカヌシ……」
 乱の唄を聴いた人食い爬虫類の手足が急にガタガタと震えはじめた。
「ナ、グウウ! コ、コレハ!」
「こ、この唄は我ら人食い爬虫類のアルファをい、痛め、つ、つける!」
 人食い爬虫類が、乱が唱えるカタカムナの唄声に、痛々しい悲鳴を上げて、乱の首を絞める手の力が急に弱まった。
「タカミムスヒ、カミムスヒ……ミスマルノタマ……」
「ヤ、ヤメロ! ソノウタヲ、ヤ、ヤメ、ロオオオオ!」
 乱の首を絞める人食い爬虫類の手が、カタカムナの唄に恐れをなして、握力が弱まって乱の体を地面に落とした。
「ああ!」
 未妃を捕らえたもう一人の人食い爬虫類も、乱のカタカムナの唄に力が弱まり、未妃の体を地面に落とした。
「乱! キャアア!」
「未妃!」
 逃げ出した未妃は、地面を這いながら乱の元へ逃げた。
 人食い爬虫類から離れて、自由になった乱は、カタカムナの唄を聴いた人食い爬虫類が、どうして弱まったのか、カタカムナの唄に力があるのかと、感じた。
「もしかしたら、カタカムナの唄に人食い爬虫類の活動を弱まらせる力があるかも」
「グウウ、グウウ! コ、コノウ! アヤシイウタヲウタイ、オッテ!」
 カタカムナの唄を聴いて、力が弱まった人食い爬虫類が苦しみの声を上げながら乱たちを睨みつける。
「海野さん! 下がれ!」
 吉永と葉山が、拳銃を構えて人食い爬虫類に発砲しようとする。襲い掛かってくる人食い爬虫類に乱は、毅然とした態度で立ち上がった。
「ウマシタカカム……アシカヒヒコ……トコロチマタノ、トキオカシ」
 乱は人食い爬虫類にカタカムナの唄を唱えた。優しさと清廉な声で唱えるカタカムナの唄に乱たちに向かって飛び掛かってくる人食い爬虫類の体が急激に硬直した。
 体を硬直した人食い爬虫類の頭から、青い血がブシャッと勢いよく噴き出した。
「ウオオオオ! ウ、ウウ、ソノウタヲヤ、メロオオオ!」
「今だ!」
 カタカムナの優しさと慈愛に満ちた唄によって、人食い爬虫類の体が動かなくなったのを機に吉永と葉山は、彼らにパン! パン!と発砲した。
「グアアアアアアアー!」
 吉永と葉山の銃弾にやられた人食い爬虫類の二人は、銃弾が当たった所から青い血を噴き出して、絶叫を浴びて地面に倒れた。
「確保! 葉山は増援を呼べ!」
 吉永が素早い動きで、人食い爬虫類の手と足に手錠をかけた。
 一分くらいで、警察署の増援が乱の自宅に到着した。手足を拘束された人食い爬虫類の二人は、警察に連行された。

 瀕死状態だった人食い爬虫類は、奇跡的に回復して頑丈な檻に入れられていた。
 警察は慎重に人食い爬虫類になぜ乱と未妃を襲ったのかと、問い詰めていた。
 頑丈な檻に入れられて、体を拘束されて自由が利かない人食い爬虫類の男二人は、始めは口を開こうとしなかったが、警察に裁判で減刑してくれるなら、との条件で口を開いた。

 人食い爬虫類を尋問してから三週間が過ぎた。
 乱はカフェの経営をしながら、警察からの連絡を待っていた。
 午後二時に時短営業を終えて、自宅へ戻った乱は、リビングにいた。

 リビングの壁に吊るされていたカイリのグレーのリュックをじっと見つめていた。
 乱はカイリのリュックを見て、どうしてカイリは自分のリュックを触らせないようにしているのか、疑問に思った。乱は、カイリのリュックをテーブルに下ろした。
 乱はカイリのリュックの中身を全部出してみた。二枚の性確認カードと白のUSBメモリ一本、三冊の手帳を手に取った。
 白井孝と光国カイリのそれぞれの名前が記載されている性確認カードを調べてみた。
 サラサラの金髪に丸々とした顔つき、東京都の住所が掲載記載されていた白井孝の性確認カード。もう一枚の光国カイリの性確認カードは、サラサラの金髪にシュッと締まった整った顔立ちで、山口県岩国市の住所が記載されていた。
 乱はどうして光国カイリの住所が山口県岩国市なのだろうかと、疑問に感じた。
 乱は光国カイリの性確認カードの顔写真の部分を爪でひっかいてみた。
 乱は、顔写真の部分を強くひっかいてみたら、ベリッと、カイリの顔写真がはがれた。
 乱は、性確認カードの顔写真って剥がれないようにしているんじゃないのかと、目を丸くした。カイリの剥がれた性確認カードの顔写真の部分が眼鏡をかけた冴えない中年の顔の男性の顔写真が現れた。
「え? このカードはカイリのものじゃないのか?」
 光国カイリの性確認カードと思われたカードが、全くの別人のものだった。
「カイリの本名は白井孝であるのは、本当だったのか」
 乱は、カイリはやはり本名が白井孝と、声を震わせた。
 カイリは、慈善団体の追っ手から逃れるために赤の他人である光国カイリの性確認カードを手に入れて、光国カイリと名乗っていたのかと、乱は気付いた。
 乱は、テーブルに置いてある白のUSBメモリと使い古した手帳三冊に、カイリが持ち出した青の友愛基金の重要機密のデータかもしれないと、思った。
 乱は自分の部屋へ行き、自分の所有するノートパソコンを立ち上げてUSBメモリをパソコンに差し込んだ。
 USBメモリに記録された「オメガの名簿」というファイル名のデータファイルがデスクトップ上に表れた。
「オメガの名簿って、調べてみよう」
 乱はUSBメモリのオメガの名簿のデータファイルを開いてみた。テキスト保存されていたため、簡単に開いた。
 そのデータには、人の名前が何千人ものの名前がずらりと並んでいた。二〇三〇年生まれのオメガの男女から、二〇四八年生まれの男女の名前と顔写真と、出身地や経歴が記載されていた。
 千村 亜樹 二〇二九年五月一二日生まれ オメガ性男性 沖縄県出身 二〇四六年に沖縄県の米軍基地で誘拐。青の友愛基金のアルファとの性接待を受け、日本の政治家の四人の子供を出産したのち、逃げ出そうとしたため殺害。
 千村が産んだ四人の子は、アレノアクロムの材料の為、肝臓と血液をすべて摘出した。
 大塚 マヤ 二〇三九年九月二十日生まれ 
 オメガ性女性 岩手県出身 二〇五五年に清瀬グループ系列の総合病院で誘拐。青の友愛基金のアルファの性接待を受け、アメリカの政治家の子どもを三人出産したのち、病気にかかり用済みとなって殺害。
 大塚が産んだ三人の子は、アレノアクロムの材料の為、肝臓と血液をすべて摘出した。
 カイリが持っていたUSBメモリには、青の友愛基金によって誘拐された若いオメガの男女の名前がデータとして残っていた。
 乱はその他に何千人もののオメガの男女の名簿と、彼らの最期をすべて目を通した。
 そのオメガの男女の名前をネット検索してみた。すると、ネット記事で行方不明になったオメガの男女の名前が載ったニュースがヒットした。
「二〇四六年の七月四日の米軍基地でオメガの少年千村亜樹さんが行方不明になった」と、いう見出しタイトルで学生だった千村亜樹さんが学校の授業で米軍基地に見学した時に行方不明になったと、書かれてあった。
 乱は、カイリが残したUSBメモリの名簿と書かれたのと、同じだと気付いた。
 名簿に記載されていたオメガの男女をすべてネットで検索すると、行方不明になったオメガの男女のネットニュースがヒットして、誘拐された時期と一致していた。
「やはり青の友愛基金は、オメガの男女を誘拐して、アレノアクロムの材料の為に子供を産ませて殺したんだ」
 乱は机にある三冊の手帳を開いた。
 使い込まれた手帳には、カイリの癖のない文字で書かれた文章が書きこまれていた。
 乱は手帳に書かれた文章をじっくりと目を凝らした。
『僕は高校を卒業した。児童養護施設を出て、青の友愛基金の事務員として働く。自分の力で生きるために、コツコツと働く。オメガでも幸せになれると信じて』
『清瀬会長はオメガの僕にも優しくて、職員のみんなと一緒に美味しい物ごちそうしてくれた。あんな素晴らしい慈善活動家は他にいないよ。
 ああ、清瀬会長に酷い言葉を浴びせられた。
「白井、団体の寄付金を勝手に使い込んだのか!」と、怒鳴られて僕はやっていないのに、勝手に疑われて悲しかった。
秘書の加賀美さんからも、「白井みたいなデブチンのオメガなんかいらへんや! 痩せへんと募金集まらへん!」と、怒鳴られて泣きたくなったよ。パワハラされて、もうやめたいよ。』
 カイリが書き留めていた手帳に目を通していた乱は、崇継と紫信から酷いパワハラを受けていた白井孝(光国カイリ)の勤め始めの時の心情が正反対になって、思わず目を疑った。
『東京都のヒルトンホテルで清瀬会長が主催するパーティーに参加した。
 アルファのすごい特権階級の人や、富裕層の人たちが参加していた。優秀なアルファの俳優や漫画家、大手企業の社長や政治家たちがきらきらと輝いていた。僕みたいなデブのオメガなんか、見向きもされなかったけど。
 でも、参加していた他のオメガたちが、清瀬会長とアルファの方々と一緒に恥ずかしい泡踊りにVIPルームに集まっていたな。
 泡踊りに参加していたオメガの若い子たちは、裸になってすごく綺麗でアルファの人たちがにやけて、オメガの若い子たちと抱き合っていたよ。
 オメガの若い子たちを抱いているアルファたちは、トカゲみたいな気持ち悪い姿になって、怖かったよ。』
「ひ、人食い爬虫類がオメガの若い子たちを襲っていたのか?」
『僕は残業でパソコン作業をしていた。不要になった名簿のデータを削除するようにと清瀬会長から命じられて、作業していた。
 オメガの男女の名簿というファイルを見つけた時、何だろうと思い、そのファイルを開いてみた』
『そのオメガの男女の名簿は、青の友愛基金が長年攫ってきたオメガの男女の名簿だった。
 行方不明になったオメガの男女のニュースに出た同姓同名の男女のオメガの名簿だった。
 青の友愛基金は、アレノアクロムを生産するために若いオメガの男女を誘拐して、優秀なアルファと枕を共にしてたくさん子どもを産ませたんだ。アレノアクロムを採るために生まれた子どもを殺して、肝臓や血液を取り出して、そこからアレノアクロムを抽出した。
 あの団体が献血活動を行う理由は、人間の血からアレノアクロムを集めるために行っていた。』
『僕は怖い事実を知った。僕は殺されたオメガの男女のデータを持ち出して、逃げた。
 あの団体の知られてはいけない事実を知った僕を清瀬会長の手下の人食い爬虫類のアルファに追われて、日本中逃げ回った。僕に襲ってくる人食い爬虫類を追い払うために、カタカムナのウタを唱えながら逃げた』
『すごく太っていた僕は、毎日ネットカフェを転々として、ろくに食事もとれないからガリガリになった。ガリガリになって、全くの別人になった』
『青の友愛基金から逃げ出して、一年が過ぎた。山口県岩国市の公園で、性確認カードが落ちていた。光国カイリという名の性確認カード。僕は落ちていた光国カイリの性確認カードを拾い、駅前の証明写真を撮った。撮った証明写真をカードに貼って、光国カイリに成りすました。青の友愛基金の人食い爬虫類に見つけられないように白井孝の名を捨て、光国カイリとして生きることにした』
『スマホのネットニュースで青の友愛基金の本部が東京から仙台へ移転ことを知った。清瀬フィクスの工場もアレノアクロムを大量生産するために、アメリカから岩手県に移転するそうだ』
『何で日本でやろうとするんだ? そんなに日本を乗っ取りたいのか? ふざけるな!』
『また青の友愛基金の人食い爬虫類が、どこかにいるかもしれない。怖い。お腹がすいて誰かに助けてもらうしかない。僕はオメガ性だから、どこかの男性とマッチングアプリで出会って、匿ってもらう条件で子どもを産んでみよう』
『ベータでも同じオメガでもいい。僕をかくまってくれるなら誰でもいい』
『ようやくマッチングアプリで、良い人が見つかった。ベータの海野乱さん。気仙沼でカフェをやっている男の人。既婚者だけど、乱さんが何とか奥さんを説得させて、守ってやると言ってくれた。いけない事なのは分かっている。乱さんにあの団体の悪事を打ち明ければ、助かるかも』
『僕はあのデータをUSBメモリにデータを移して保存している。あの悪行を公にする事ができれば、それでいい』
『カタカムナのウタを唱えるだけでアルファの人食い爬虫類をやっつけられるからだ。心が純粋な人にしか唱えられない神のウタ。清瀬たちアルファは、カタカムナのウタが嫌い。だから、アルファたちはカタカムナのウタを知られない様にネットでも検索できないようにした。アルファの人食い爬虫類をやっつけられる唯一の方法なんだから』
 カイリが残した手帳に書かれたことをすべて目にした乱は、手帳を持つ力が強くなり、
「か、カイリ。君は白井孝だったんだね。清瀬さんがこんな悪い奴だったんだな。必ず助けに行くから、待ってろよ」
 警察に知らせなければと、思った乱はスマートフォンで警察にカイリの事を話した。
 
警察も人食い爬虫類から語った事情を乱に明かすと連絡が来た。
 
気仙沼警察署にやってきた乱は、カイリが残したUSBメモリと三冊の手帳を青の友愛基金が誘拐して殺されたオメガの男女の名簿データだと、説明して渡した。
 吉永と葉山と警察署の警察官たちは、乱から青の友愛基金の重要機密のデータである誘拐されたオメガの男女の名簿データと、カイリが残した手帳を調べた。
 乱は吉永から、留置所に収監されている人食い爬虫類の男二人から、取り調べの結果を聞かされた。
「光国さんの本名は白井孝だというのは君の言う通りだったな。青の友愛基金の清瀬崇継の手下は、誘拐されたオメガの名簿データを取り返すために白井孝を追っていた」
 吉永は、取り調べを受けていた人食い爬虫類が、カイリを狙っていた理由を語ったことを乱に話した。乱は、そうかと、つぶやいた。
「あいつらが僕らを襲ったのはオメガの男女の名簿データを取り返すためか」
 すると、吉永がタブレット端末を取り出し、タブレット端末に保存していた資料を乱に見せた。
 その資料には、人食い爬虫類の正体は、遥か大昔に降り立った宇宙人たちの子孫という、見出し文字の文献だった。
「調べたところ、人食い爬虫類は遥か昔に地球に降りた爬虫類型の宇宙人がルーツだという。その宇宙人は、生き物の血を好んでいた。生き物の血を摂取した宇宙人が、人間に成りすました奴らの子孫がアルファ性の人間だ」
 人類が生まれる前に、地球に降り立った宇宙人の子孫がアルファ性の人間という事を人食い爬虫類が語っていたと、吉永から聞かされた。
「宇宙人の子孫がアルファ性の人間に成りすました化け物とは、優秀なアルファたちは人間じゃないってことか」
「そうだ。アルファの人食い爬虫類は、人間の血液から採れるアレノアクロムという成分を摂取しているおかげで若く健康でいられる。清瀬崇継はアレノアクロムをアルファの権力者たちに売るために、薬を生産していたと、証言があった」
「光国さんは今、清瀬崇継会長が経営している清瀬フィクスで監禁されていると、人食い爬虫類が取り調べで判明した」
「人食い爬虫類は、カイリくんが白井孝ってどうやって分かったんだろうか?」
「奴らが匿名の人物から清瀬会長に光国さんが白井孝だと、知らせたようだ。白井孝と同じホクロがあったと、証言した」
「誰が知らせたんだ? カイリが通う病院の関係者か?」
 カイリが白井孝と同じ右わき腹に同じホクロがあったと、青の友愛基金に誰かが知らせたと、知った乱はどこか怪しいと眉をひそめる。
「ガイシャの光国さんの書き残した通り、清瀬会長とそのオメガのパートナーの加賀美紫信は、クロ確定だ。全国の警察と連携して、他に誘拐されたオメガの男女たちを救出に向かう」
「じゃあ、虎子さんも青の友愛基金に攫われたってことか?」
「実は、鬼頭虎子さんは東京の看護学校で清瀬崇継の手下が経営している看護学校のアルファの役員によって、他のオメガ性の人間たちと共に誘拐されたと、人食い爬虫類が口を割った」
 どうやら崇継は、若返りの薬を作るためにオメガの子どもたちを誘拐していたのかと、乱は憤慨した。
「東京にあった青の友愛基金の本部が二年前に、宮城県仙台に移転したのも東京特捜部から目をくらませるためだったそうだ。仙台にある本部は今、マスコミに団体の寄付金不正疑惑を報道されて大問題になっている」
「清瀬さんは、何故公の場で会見しないんだ? 正直に言えばいいのに」
「あの会長は見栄っ張りだから、いざ不正がバレたら逃げるんだよ。今までの犯罪者がそうだったから」
 吉永が言うには、仙台市にある青の友愛基金の本部は今、閉鎖状態で多くのマスコミの記者が張り込んでいるが職員の一人も出てこないらしい。
 職員たちも団体の本部にいたらまずいから、清瀬フィクスの工場に隠れているかもしれないと、吉永が語った。
「僕もカイリくんと虎子さんを助けに行きます。力になれないかもしれないけど、大切な人たちを救いたいんです」
 乱は警察と共に一緒に崇継の所に乗り込むと、決心した。乱の決心に吉永は、乱の真剣なまなざしに目を向けた。
「実は、家で人食い爬虫類に襲われて死にそうな時に、カイリくんから教えてもらったカタカムナのウタを唱えたら、人食い爬虫類を倒す事ができたんです。実はカイリくんが残した手帳に青の友愛基金のアルファの人食い爬虫類の追っ手から逃れるためにカタカムナのウタを唱えて、生き長らえたそうです」
「あのウタは、本当に不思議な力があった。実はカタカムナというものを色々調べてみたが、あの唄は日本が生まれる前に、神々が地球に侵略した宇宙人を追い払うためにカタカムナを唱えたそうだ」
「神様が宇宙人を追い払うために、カタカムナを?」
 吉永がタブレット端末を指で操作して、保存していた資料を乱に見せた。色んな記号みたいなものがグルグルと書かれてあった。乱は、この暗号みたいなものがカタカムナかと、凝視した。
「神々がカタカムナを唱えたら、宇宙人の脳神経と血管にダメージを受けて、弱って地の果てへ逃げたと、古文書に書かれてあった」
 古文書の資料には、古代の壁画みたいな絵柄で描かれたトカゲ人間と八百万の神々と戦っている絵が描かれてあった。
 八百万の神々が、カタカムナの唄を唱えて宇宙人を懲らしめる絵が描かれてあった。
「そのウタは、宇宙人をやっつけられる力を持っている……カイリくんは、それを知ってカタカムナを唱え続けていたのか?」
 カタカムナの唄が宇宙人を弱らせる力があるのかと、乱の両手の拳に力が入る。
 その唄で、人食い爬虫類をやっつける事ができるのなら、乱はその唄を唄ってみると、唇を結ぶ。
「そのカタカムナを知っている人間は、ほとんどいない。カタカムナは、日本の神様が創り出した出した古代文字だからな」
 吉永が言うには、カタカムナは人類が誕生する前に作られた文字。今の日本人にカタカムナを知る人はほとんどいない。カイリはもしかして、神の使いなのかと、乱は思った。
「カタカムナの唄を唄えるのは、純粋な心を持った人間だけだ。海野さんみたいな純粋な心を持った人間しか唄えないんだ」
 乱は顔を上げて、吉永にこう言った。
「いつ、清瀬フィクスに乗り込むんですか? 僕はいつでも乗り込む準備はできています」
 乱の決意に、吉永は眉間に皺を寄せた。
 吉永は、タブレットを操作して、ニュースサイトの記事を乱に見せた。
「実は、東京都にある清瀬グループ系列の不動産会社の役員が、先日、オメガの子どもを誘拐した容疑で逮捕された。共犯者として大手事務所のアルファの男性俳優と厚生労働大臣のアルファの男が逮捕された」
 清瀬グループ系列が経営している不動産会社のアルファの役員と、大手事務所のアルファの男性俳優と厚生労働省大臣のアルファの男がオメガの子どもを誘拐して逮捕されたと、聞いて乱は善人の振りをして悪行を行っているとはと、恐ろしくなった。
「逮捕された奴らは、取り調べで青の友愛基金の清瀬会長にアレノアクロムの原料にするために、オメガの男女を貢物として献上されたと、明かしている」
「早く清瀬さんを逮捕させないと!」
「今、警察は清瀬会長とその秘書に逮捕状を送った。もう全世界に知られてしまったから、逃げられん」
 乱は警察と特捜部と共に、明日の早朝に岩手県雫石町にある清瀬フィクスの工場に乗り込むことになった。
 乱は命を懸けて戦わなければならない。もしかしたら、自分は生きて帰れない可能性もあるかもしれない。乱は絶対にカイリと虎子を気仙沼に連れて帰ると、眼に火を灯した。

 夜の八時過ぎに自宅に戻った乱は、真っ暗な家の中を歩いた。二階へ上がった。
 久しぶりに未妃の部屋に入ろうとする乱は、意を決して、部屋のドアを開けた。
「何? 乱。遅いじゃない」
 北欧風のシンプルなインテリアに囲まれた部屋に文庫本を読んでいた未妃は、部屋に入る乱にきつい声で言った。
 未妃の服装は、大きく胸元の開いたタンクトップにショートパンツだった。未妃の柔らかそうな胸の谷間と、スラリとした長い脚に目がいってしまう。
「まったく心配させてさ、寂しく一人で待っている私に身にもなってよ」
 未妃ともう穏やかな関係には、戻れないと分かっていた乱は、申し訳ないと思いつつ、
「未妃。よく聞いてくれ」と、真剣な眼差しで話しかけた。
「どうしたの?」
「あのな。僕、明日の早朝に岩手県雫石町へ行く。警察と共にカイリくんと虎子さんを助けに行くんだ」
 乱に告げられて、未妃は文庫本を読む手が止まった。
「雫石町のどこよ」
「南昌山にある清瀬フィクスの工場へ乗り込むんだ。清瀬さんがカイリくんを攫ったんだよ」
 乱の崇継がカイリを攫ったと、聞いた未妃の唇が一瞬震えた。
「噓でしょ? 清瀬会長があいつを攫ったって? バカな事言わないでよ」
 動揺する未妃に乱は、真剣な顔で見つめる。
「本当なんだ。警察が捜査して、分かったんだ。彼に関わった人たちがどんどん逮捕されて、すべて清瀬さんがやったと明かしたんだ」
「清瀬さんが、まさかそんなことするような人ではないと思うわ。信じたくないわ」
「僕は清瀬さんに酷く裏切られたんだ。人の為に力を尽くすような人が、弱いオメガの子たちを誘拐して、アレノアクロムの原料にするために殺したんだ。僕は清瀬さんを許すわけにはいかない」
「清瀬会長がアレノアクロムの為に、人を殺したの? 証拠はどこにあんのよ」
 崇継の犯した悪行を信じられないような顔をする未妃に乱は、
「カイリくんが清瀬さんの悪行の証拠を残していたんだ。彼は青の友愛基金で働いてたんだ」と、カイリが残した真実を警察に渡したから、公に明らかになったと、話す。
 真実を語る乱に未妃は、眉間に皺を寄せていた。
「僕はカイリくんを連れ戻すために、清瀬さんの元へ乗り込む。僕にとってカイリくんは、一番愛おしい人なんだ」
 乱は愛するカイリを救うために、命を懸けて戦うと、告げられて未妃の怒りの炎がメラメラと燃え始めた。
「ひどいわ。私よりカイリさんを愛しているなんて、あんたはバカじゃないの!」
「ごめん。未妃も愛している。カイリくんも愛しているんだ。両方愛してもいいだろう?」
「バカ!」
 未妃は、乱が両方愛するという言葉に、逆鱗に触れて、乱の顔にパン! と、平手打ちを与えた。
 乱は、未妃に顔を叩かれて痛みに耐えていた。未妃の黒い眼から悔しさと愛情に満ちた涙があふれていた。
「私は海野未妃! 海野乱の妻よ! 私は海野乱の妻として何でもやって来たのよ! 私だけを見て!」
「やめてくれ」
「ずっと乱だけを想い続けていたのよ。乱がカイリさんを助けたいのは分かるけど、私の事を忘れないでよ」
 未妃が乱を縛り付けるような言葉をぶつけてくる。束縛癖のある未妃にもう耐えられない乱は、毅然とした態度で、こう言った。
「僕は君の人形なんかじゃない! 僕は僕だ!」
 人形じゃないと、乱に突き放された未妃は、余りのショックでわあっと、泣き崩れる。
「乱。いやよ。私を一人にしないで」
「もう僕は、決めたんだ。僕はカイリくんと共に生きるって。欲張りかもしれないけど、許してくれ」
 カイリを助けに行くために、乱はあえて未妃を突き放した。乱への一途な愛を貫きたい未妃は、乱の険しい顔を泣き顔で見つめるが、乱は未妃から視線を逸らした。
「明日は早いから、もう寝るよ」
「分かっているわよ。私だってカイリさんを心配している。でも、本当はカイリさんを許せないのよ」
 乱はすまないと思いつつ、しくしくと泣く未妃に背を向けて、部屋から出て行った。乱に捨てられたくない未妃は、ずっと泣いていた。

 次の日の早朝。日がまだ昇っていない中、乱は家を出た。自宅前には気仙沼警察署のパトカーが待っていた。乱はパトカーに乗った。
「海野さん。これから警察の機動隊と共に清瀬フィクスに向かうぞ。生きては帰れないかもしれないが、覚悟は良いか?」
 共に乗る吉永に厳しい声で覚悟を決められる乱は、覚悟は既にできていた。
「分かっています。たとえどんな危険があっても、生きて帰ります」
 乱はカイリと虎子を取り戻すために崇継たちアルファ性の人間たちと戦うと、決意を決めた顔つきで言った。
 今の乱の顔付きは、強い意志を秘めた男らしい顔つきになっていた。
 乱と吉永が乗るパトカーが発車した。
 乱の目の前に、各都道府県の警察の機動隊の人員輸送車や常駐警備車、遊撃車が見えた。乱と吉永が乗るパトカーと合流して、岩手県雫石町の方へ向かった。

 二時間くらい経ち、乱と警察は岩手県雫石町にある南昌山の山道を走らせていた。南昌山にある清瀬グループの製薬会社である「清瀬フィクス」の工場を探していた。
 南昌山の北東に緑が多い山に似合わぬシルバーの広大な工場が見えた。
「あれは、清瀬フィクスの工場?」
パトカーの窓から見える広大な工場に乱は、目を凝らした。
「清瀬フィクスは、かなりガードが堅い。君の唄うカタカムナを利用して工場に潜入する」
「どうか無事でいてくれ」
 いよいよ青の友愛基金の悪いアルファの連中と戦う時がやって来た。乱は、平凡なベータの自分が強靭なアルファの人食い爬虫類の野望を止められるか、胸をドキドキさせる。
 カイリを助けるためには、人食い爬虫類のアルファを恐れてはいけない。乱の握る拳に力が入った。
 人員輸送車と常駐警備車、遊撃車が清瀬フィクスの工場の敷地へ突入していく。乱と吉永が乗るパトカーも工場の敷地へ突入していく。
 人員輸送車常駐警備車と遊撃車とパトカーが南昌山の深い緑色の樹々の中へ入っていき、近未来的な建造物が乱の目の前に広がってくる。
 狙撃銃を装備している機動隊員が、門の前にいる警備員に向けて、ガガガガガ! と、銃弾を浴びせた。
「うがあ!」
 門の前にいる清瀬フィクスの警備員は、脳天に機動隊員の銃弾を受けて、絶叫を上げて地面に倒れた。
 銃弾を受けた警備員は、どうやら下っ端のアルファのようだ。
「よし! このまま突入する!」
 地面に倒れた警備員から鍵をとった機動隊員が、門の鍵を開けて、すべての機動隊員が工場へ突入した。
「誰だ! この清瀬フィクスへ無断で侵入する奴は!」
「世界一の製薬会社に何の用だ! 勝手なことをする奴は成敗してやる!」
 清瀬フィクスの工場の敷地へ突入された工場の社員たちが、怒りの形相で乱と機動隊員に立ち向かってきた。
「我ら警察は、青の友愛基金の会長、清瀬崇継容疑者と加賀美紫信容疑者を売春斡旋と誘拐容疑と殺人容疑で逮捕する! 清瀬崇継はどこだ!?」
 機動隊員が、警棒を向けて覇気ある声で清瀬フィクスの社員に向かって、崇継の居場所を暴こうとする。
「答えん!」
「偉大なアルファ性である清瀬崇継様に逆らう愚か者なんか、こうだ!」
「う、うわあ!」
 頑なに崇継の居場所を答えようとしない工場の社員たちは、乱と機動隊員を睨みつけながら自身の体からおどろおどろしい緑色の光を放った。
 工場の社員の体に緑色の爬虫類の鱗が無数に表れ、人間の顔から不気味なトカゲの顔に変わり、長いしっぽが生えてきた。
 両手には、長く鋭い爪が生えて恐ろしい人食い爬虫類の集団が、乱と機動隊員たちの前に立ちはだかる。
「ああ! お前らも人食い爬虫類のアルファか!?」
「我々アルファの人食い爬虫類は、平凡なお前らなんかを殺してくれるわ!」
 人食い爬虫類の集団が、鋭い爪を構えて乱と機動隊員に飛び掛かってきた。
「盾を構えろ!」
 素早い動きで乱たちに襲い掛かってくる人食い爬虫類の集団に機動隊員は盾で人食い爬虫類の攻撃を防いだ。
「海野さん! 今のうちにカタカムナの唄を!」
「は、はい!」
 乱は盾で人食い爬虫類からの攻撃を防いでいるうちに、乱はカタカムナの唄を唱えようとする。
「ヒフミヨイ~マワリテメクル、ムナヤコト~アウノスヘシレカタチサキ~」
「ウ、ウオ! コ、コノウタハ!」
「アアア~~! ア、アタマガ!」
 乱の唱えるカタカムナの唄を聴いた人食い爬虫類が、突如頭を抱えて苦しみ始めた。
「お! カタカムナの唄は効果があったのか!」
 攻撃を防いでいる機動隊員が、カタカムナの唄を聴いて脳神経をやられてのたうち回っている人食い爬虫類たちの姿を見て、ヤッタ! と、歓喜の声を上げた。
「海野さん! そのままカタカムナの唄を唱えてくれ!」
「ソラニモロケセ~ユヱヌオヲ~ハエツヰネホン~カタカムナ~マカタマノ~アマノミナカヌシ~タカミムスヒ~カミムスヒ~ミスマルノタマ~」
 乱は機動隊員の言う通りにカタカムナの唄を唱え続けた。
「グウウ! ヤ、ヤメロ! ソノウタハ!」
「ギヤアアアアアア! アタマガ! ヤラレ、ル~~!」
「ウマシタカカムアシカヒヒコ~トコロチマタノ~トキオカシ~!」
 乱の唄うカタカムナの唄を聴いた人食い爬虫類たちが頭を抱えて、声にならない悲鳴を上げた。人食い爬虫類たちのトカゲの頭部から青い血がブシャーと勢いよく噴き出して、倒れていった。
「ウ、グ、グウ、グウ、グ」
 頭から青い血が流れて、地面に力尽きて倒れる人食い爬虫類たちの姿に乱は、思わず身震いをした。
「このまま工場の中へ入るぞ!」
「海野さんは、カタカムナを唱えてくれ!」
 乱はカタカムナを唱えながら、五人の男性機動隊員と共に重厚な造りの工場の中へ入っていく。

「お、お前たち! 神の薬を製造する工場に勝手に上がり込みやがって! クソ!」
 工場の社員たちが、潜入してきた乱と機動隊員たちに気付き、激しい憎悪を露わにして人食い爬虫類へと変身した。
「このー! 生ゴミ共め! 死ね!」
 人食い爬虫類のアルファが、狂気的な声を上げながら乱たちに襲い掛かってきた。
「ぐああ! このお!」
 普通の肉体を持つベータの機動隊員は、普通の人間の何十倍もの身体能力を持つ人食い爬虫類と、激しく火花を散らす。
 工場の中へ突入した乱と機動隊員は、乱たちの行く手を阻む人食い爬虫類と、戦っていた。
「ヒフミヨイ~マワリテメクルムナヤコト~アウノスヘシレ~カタチサキ~ソラニモロケセ~ユヱヌオヲ~ハエツヰネホン~カタカムナ~」
 乱はカタカムナの唄を唱え続け、強靭な人食い爬虫類たちを仕留めた。
「ギャアアアアアー! ヤ、ヤメロ!」
 カタカムナの唄を聴いた人食い爬虫類たちがそのカタカムナの唄の力で脳にダメージを受けて、頭から青い血を噴き出して、次々と倒れていく。
 工場の中は人食い爬虫類の青い血が流れていて、余りにもグロテスクな光景だった。
「誘拐されたオメガの被害者を救助に向かう! 海野さんも一緒に!」
 機動隊員の一人が、乱にオメガの被害者を救助に一緒に来て欲しいと、頼む。
「カイリくんはどこにいるんだ!? カイリくんの居場所を探さないと!」
 乱はカイリを助けたくて仕方ない。
「まずオメガの被害者を見つけよう! オメガの被害者が彼の居場所を知っているかもしれない!」
 乱は、誘拐されたオメガの男女の被害者を助けに何人かの機動隊員と共に、工場の深部へ向かった。

 乱は機動隊員数名と共に、清瀬フィクスの工場の中を駆け回った。
 乱たちに襲い掛かってくる人食い爬虫類のアルファを蹴散らしながら、オメガの男女が閉じ込められている場所を探していたが、なかなか見つからない。

 一時間くらい工場の中を駆け回ったのち、乱たちは製造部への入り口までやってきた。
 ここがアレノアクロムを製造しているのかと、訝しむ乱はドアを機動隊員の狙撃銃で破壊してもらい、製造部の内部へ潜入した。

 製薬製造の内部は、ドーム一個分はある広さでステンレス製の容器と精密機械が入り組んでいた。
 清瀬フィクスは、機械による自動化されていて、人が全くいなかった。
 迷路みたいな製造部の内部を敵に見つからないように歩く乱たちは、どこからか鉄の匂いがして気分が悪かった。
「う、こ、これは」
 乱の目の前には、巨大な丸の容器があった。太い管が繋がっている巨大な丸の容器の中に赤い液体が大量に入っている。
 乱と機動隊員たちはまさか、青の友愛基金が集めた人間の血液かと、声を失った。
 乱たちは献血活動で集めた血液と、誘拐されたオメガの男女の血液と肝臓からアレノアクロムの原料を集めていた事実を知ってしまった。乱は、誘拐されたオメガの男女たちが無事でいて欲しいと願う。
 乱たちはすぐに製造部を出て、生き残っているオメガの男女を探そうとする。
 地下階段を降りる乱と機動隊員は、地下を捜索していた。乱の身長よりはるかに背の高い鉄製の扉を発見した。そこから、漂う鉄の匂いに乱は怪しいと思い、慎重に扉を開けた。

 扉を開けた部屋からあふれた吐き気を催す匂いに乱たちはウッと鼻を押さえた。
 そこの部屋には、無残にごみのように捨てられた人骨がたくさんあった。
 頭蓋骨があちこち落ちていて、機動隊員の一人がヒイイ! と、恐怖で悲鳴を上げた。
 大量に捨てられた人骨は、老人とかではない、若い人間の白骨化した遺体だ。
 乱はその白骨化した遺体を観察してみた。
「誘拐されたオメガの子たちの体なのか?」
 乱は人骨の一部を手にして、崇継によって、誘拐されたオメガの子たちが、無残に殺されたのかと、乱は声を震わせた。
 もしかしてカイリと虎子もかと、嫌な予感をよぎった乱は、眼を覆った。
「いや、カイリと虎子さんも無事だ! 希望を捨ててたまるか!」
 乱は、感情を乱して幾重にも重なった人骨をガッと強く手で払った。乱の手で払った人骨がバーッと飛び散り、飛び散った人骨の破片の中には、レンズにひびが入ったメガネらしきものが落ちていた。
「メガネ?」
 乱の目の前にあるメガネ。乱はそのメガネを拾った。
「こ、これは……!」
 乱はグレーの縁のメガネをじっと見て、顔が強張った。虎子のメガネだ。
 メガネのレンズが大きなひびが入っていて、赤い血糊がついていた。まさか、虎子は殺されたのかと、乱のメガネを持った手がガタガタと震えた。
その時、近づく足音が聞こえてきた。
「誰だ!?」
 乱は近づく人影に、警戒した。
「クククク、ハハハハハ」
 乱の目の前に、きらきらと輝く銀髪に端正な顔立ちで銀縁メガネをかけて、純白の白衣が似合うスラッとしたモデルの様な若くて凛々しい男が乱の前に現れた。
「ハハハハハ! この子ネズミ共! ここは土足厳禁だぞ!」
「お前は、確か横田」
銀縁メガネの端正なルックスを持ち、切れ長の眼だが冷たい感じがする男を見て、まさか崇継とアレノアクロムの共同研究者の横田鍵洋か、と身構える。
「我が名は横田鍵洋。どんな難病も治す神の薬アレノアクロムの共同研究者だ。清瀬会長の命令で、侵入者を仕留めにやってきた」
 さわやかなイケメン俳優みたいに微笑みながら、乱たちを仕留めに来たと言う鍵洋は、乱たちに近づいてきた。
「横田鍵洋。お前もアルファの人食い爬虫類か?」
 乱はもしかして、この鍵洋という男も誘拐したオメガの男女に言葉に出来ないようなことをしたのかと、疑う様な顔をした。
 乱は床に幾重にも捨てられている人骨に指差しながら、
「この人骨はなんだよ?」と、鍵洋に詰めた。
 鍵洋は、乱が指差す人骨に目をやり、フッと鼻で笑った。
「この人骨は、私たちアルファの逆らったオメガの若い子たちを殺して燃やして地下室に隠しておいたのさ。我々がやってきたことを誰にも知られない様にな」
「な、何だと?」
「オメガから生まれた子どももある程度成長したら殺して、その血液と肝臓からアレノアクロムの原料にした。所詮オメガなんて、それぐらいしか役に立つことしかないからな」
 落ち着いた顔と声で語る鍵洋に乱は、歯ぎしりする。
「まさか、カイリくんと虎子さんもか!」
 乱は頭の中のマグマを沸騰させながら、鍵洋にカイリと虎子の行方を問い詰めた。
「ククク、カイリくんか。白井孝がこんな平凡な男に心を寄せていたのか。実にくだらんな」
 アルファ性の鍵洋に、ベータ性の乱を侮蔑するような目で見られて乱の頭の中のマグマが更に吹き上がった。
「フッ、白井は清瀬会長と加賀美秘書に人質としてここから脱出しているよ。清瀬会長と加賀美秘書は、仙台空港へ向かって海外へ逃げようとしている」
 鍵洋が、語る。金持ちのアルファの崇継が金の力で海外へ逃げようとしているなんて許せない。
「じゃあ、虎子さんもか!?」
 乱は張り詰めた声で鍵洋に詰める。
鍵洋は何か思い出したような顔をした。
「虎子って、ああ、あのメガネの子か。あのメガネの子は、アルファの特権階級の男に宛がわせようとしたが、我らに逆らってな」
 鍵洋は、顔を見上げながら虎子の事を語った。
「え、どういう意味だ?」
 東京の看護学校で清瀬グループのアルファ性の人間によって誘拐された虎子を、崇継たちの取り巻きが何かしようとしたのかと、乱は鍵洋を詰める。
「虎子というメガネの子は、子どもを産むことしかできん低能のくせにアルファに歯向かいやがって。だから我々は、お仕置きしてやったのさ」
「お、お仕置きとは」
「あの子に高圧電流で痛めつけて、更に鞭で体を打ったのさ。あの子は、鞭で打たれた時にワンワンとガキみたいに泣きながら死んだのさ。ハハハハ!」
 鍵洋が、わざとらしく両眉を上げながら明かす。
「!」
 乱は、虎子が酷い拷問を受けて殺されたと知って、乱は怒りの感情が振り動かされる。
「あの子の遺体から、肝臓をえぐり取って、アレノアクロムの原料にしてやった。若いオメガの肝臓から採れるアレノアクロムは、最上質なものだ。世の役に立てれるなら、良かったじゃないか!」
「ふ、ふざけるな!」
 乱は虎子に理不尽なことをする鍵洋を許せなかった。
「と、虎子さんは看護師になりたい夢があったのに!」
 大切な常連客だった虎子を殺されて、乱はあまりにも許せなくて鬼みたいな形相で鍵洋に飛び掛かった。
「このゴミが!」
「うああ!」
 乱は鍵洋に立ち向かったが、素早い動きで避けられて、鍵洋のハイキックにやられてしまった。
 腹部にダメージを受けた乱はあまりの痛さに苦痛の表情だった。
 鍵洋は、苦痛の表情の乱に涼しい顔をしてこう言った。
「アルファに逆らうゴミ共は、すべて殺せと清瀬会長から仰せなさったのさ! だからお前たちも殺す!」
「横田! 動くな! お前を殺人の容疑で逮捕する!」
 機動隊員たちが鍵洋に狙撃銃を構えて、立ちはだかる。
「黙れぇー!」
 叫ぶ鍵洋の体から眩い銀色の光を放った。
 鍵洋は、ヒレの付いたカメレオンの銀色の頭部に銀色の鱗を持った体に銀色の長い尻尾を持った人食い爬虫類に正体を現した。
「我らアルファは、世界の頂点に立つ存在だ! お前たち生ゴミ共を殺す!」
 カメレオン型の人食い爬虫類になった鍵洋が、長い尻尾を振り回しながら、乱たちに襲い掛かってきた。
「撃て!」
 機動隊員たちは襲い掛かってくる鍵洋に狙いを定めて、バンバンと銃弾を放つ。
「愚かな!」
 強靭な人食い爬虫類の鍵洋は、カメレオンの特性を生かして自身の体を黒い壁の色と同化させて機動隊員たちを目くらませた。
 乱と機動隊員たちは、姿をくらませた鍵洋を目で追う。
「カタカムナを唱える! ヒフミヨイ~マワリテメクル~ムナヤコト~」
 乱は壁の色と同化して姿をくらませた鍵洋に攻撃するため、カタカムナの唄を唱え始めた。
「グ、グウウ! こ、コノ!」
 乱の唱えるカタカムナの唄に姿を消した鍵洋の絶叫が聞こえてきた。
「オノレエエエエ!」
 鍵洋が苦しむ声を上げながら、壁の色と同化した長い尻尾をブンブンと振り回し、乱と機動隊員をなぎ払った。
「ウワアアアアア!」
 乱と機動隊員たちは、鍵洋の長い尻尾になぎ払われて、体を吹っ飛ばされた。
「い、いたい」
「我はそう簡単にやられはせん!」
 高らかに笑う鍵洋は、地面に倒れた乱と機動隊員に発達した脚で蹴りを入れた。
「ぐああああ!」
 鍵洋に脚で蹴りを入れられて、乱と機動隊員たちは、悲鳴を上げた。
「う、海野さん。カタカムナ、を!」
 乱は宙に飛ばされながらも、カタカムナを唱えようとする。
 鍵洋は、カタカムナを唱えさせんと、乱にハイキックを喰らわさせる。
「うわああ!」
 体を蹴られた乱は、宙に吹っ飛んでいく。
「お前みたいな弱者如きに思い通りにさせんー!」
 天井から落下する乱を鍵洋は、苦しみながら自身の長い舌で乱を捕らえた。
「あ、ああ!」
 カメレオンの長い舌に乱の体を巻き付かれて、乱は悲鳴を上げた。
 乱は、鍵洋のカメレオンの長い舌に巻き付かれて、動けなくされた。
「海野さん!」
 機動隊員たちは乱を助けようとするが、姿を現した鍵洋が自分の舌で捕らえた乱を盾にして、
「動くな! この男を殺す!」と、機動隊員たちを脅した。
「くっ、くそ!」
 乱を盾にされて、機動隊員たちは悔しさで歯ぎしりした。
「うう、っく、く、み、みんな」
 長い舌で体を締め付けられる乱は、このままではみんな死んでしまう、鍵洋を倒さなければと、もがく。
「おい! 逃げるな。お前が死ねばみんな助かるんだ。楽になればいい」
 鍵洋に舌でギュッとさらに体を締め付けられて、乱は苦しくて、息ができなくなりそうだった。
 まだカイリに会えていない、カイリと生まれてくる子どもを助けるために諦めない。
 ハアハアと、喘ぐ乱は、鍵洋を倒すために、「い、いやだ。ヒ、フミヨイ~ア、アウノ、スヘシレ……カタチサキ~」と、か細い声で唱え始めた。
「ウ、グウウウ、キ、キサマ!?」
 乱のカタカムナの唄声に、鍵洋は眼をギョッとさせた。
「ソ、ソラニモロケセ……ユ、ヱニオヲ、ハエツヰネホン……カタカムナ」
 乱は途切れ途切れの声で、カタカムナを唱え続けた。
「マカタマノ~アマノミナカヌシ~、タカミムスヒ~」
 カタカムナの唄を唱え続ける。
 人食い爬虫類の鍵洋は、カタカムナの波長に触れて腹を押さえて苦しんでいた。
「コ、コノ、ウタハワレラアルファヲコロス、ウタ! オ、ノレエエエエエエー!」
 鍵洋は、口から青い血液を吐きながら、乱たちに襲い掛かってきた。
「撃て!」
 一人の機動隊員が、他の機動隊員たちに鍵洋を狙撃するように命じた。機動隊員たちは乱を傷つけない様に鍵洋に狙撃銃を向けて、バン! と発砲した。
「グウウアアアアア!」
 ドガガガガガ! と何十発も銃弾を浴びた鍵洋は、撃たれた部分から青い血液をブシャーと噴き出した。
「海野さん! 今だ!」
「はい! ウマシタカカム~アヒカヒヒコ~トコロチマタノ~トキオカシ~」
 乱は鍵洋に止めを刺そうとしてカタカムナを詠唱した。
「ウグウウウウ! アアアアアアアアー!」
 乱の唱えるカタカムナによって、鍵洋は絶叫を上げながら、頭から青い血が噴き出した。
 鍵洋は地面に倒れて、床に青い血が染まっていた。
 鍵洋の長い舌に巻かれていた乱は、鍵洋が血を噴き出しながら、地面に倒れた拍子に巻かれた舌がほどけて、解き放たれた。
 鍵洋に捕らわれた乱は、よろめきながら機動隊員の元へと走った。
「大丈夫ですか? ケガはないですか?」
「ええ、ケガはないです。横田は今?」
「グウウウ、アアアア……」
地面に倒れた鍵洋は、体をガタガタと震えていたがすぐに息を引き取った。
 乱は死んだ鍵洋の死体を見て、自分が唱えるカタカムナは、命を奪う事も出来ることに冷や汗をかいていた。
「海野さん! 仙台空港へ向かいましょう!」
「ああ! カイリくんを助けに行こう!」
 乱は虎子が残したメガネをポケットに入れて、カイリを助けに向かうために倉庫から出た。
「あなたたちは、まだ生き残っているオメガの子を探してくれ」
「分かりました」
 乱は二人の機動隊員に生き残っているオメガの男女を探して欲しいと、頼んだ。
 乱はもう二人の機動隊員と共に工場を脱出することになった。

 乱と二人の機動隊員たちは、他の機動隊員たちと合流した。清瀬フィクスの残りの人食い爬虫類を、蹴散らしながら脱出した。

 清瀬フィクスの工場から脱出した乱たちは、すぐさま仙台空港へと走らせた。
 田舎の道路に各都道府県の人員輸送車や常駐警備車、遊撃車が並んで走らせていて、異様な光景だった。

 数時間後、宮城県の仙台空港へたどり着いた乱たちは、急ぎ足で仙台空港のターミナルビルへと突入した。

 大雨が降りしきる仙台空港のターミナルビルのラウンジのソファにいた崇継と紫信は、イラついた顔をしていた。その二人の隅っこに脅えて座るカイリは、細い首に首輪があった。その首輪には長い鎖で繋がれていた。
「カナダ行きの飛行機が、大雨で遅れているなんて、最悪だ!」
 どうやら、早く日本を脱出したい崇継は、オレンジのレンズのサングラスからのぞく眉間に皺を寄せて苛立っていた。
「崇継はん。警察がうちらが仙台空港におるのが、バレたらどぉどすねん?」
「分かっている! 空港の職員に大金バラまけば、手配してくれると思ったら、全然そうしてくれなかった!」
「仙台のお方は、まっとぉやさかい。融通利かへんわぁ。あんたはんが、どやすそやし大金出すんやさかい、嫌がったんや」
 紫信が、ツンと澄ました顔で遠回しな嫌味を言う姿に崇継は、カッとなって紫信のジャケットの襟を掴んだ。
「うるさい! 分かったような口を利くな!」
 崇継に怒鳴りつけられても、紫信は、決して動じなかった。
「はあ? 誰が悪うんか? うちに八つ当たりせぇへんでおくれやす。白井をどこぞで野垂れ死にさせといた方がよろしおす」
「黙れ! オメガ如きに偉そうなこと言いやがって!」
首を鎖で繋がれているカイリは、崇継に鎖を引っ張られて首が締まりそうで息が苦しかった。
ラウンジ内が利用する人たちが、言い争う崇継と紫信にひそひそと声を上げていた。
「お前こそ。我がいなかったら、お前は一生ボロアパート住まいだったんだぞ? 少しは感謝しろ!」
「うちらは追われてる身や。貧すれば鈍するってホンマやわ」
「出るぞ!」
 崇継がカイリを繋げた鎖を引っ張り、ラウンジの外へ出ようとする。カイリは、口をふさがれて声を出せない。そのまま外へと出ていった。崇継は二階にあるエレベーターの方へと歩いて行った。

 国際線チェックカウンターまでやってきた乱と吉永と機動隊員たちは、カイリを探しに周辺を探した。
「カイリくん! カイリくん! 返事してくれ!」
 乱は仙台空港の国際線チェックカウンター周辺で、カイリを呼びかけた。空港内にいる客が、カイリの名を大声で呼ぶ姿に引いていたが、乱は気にしていない。
「カイリ! カイリ!」
 ラウンジから出て崇継に鎖を引っ張られて、嫌そうな顔をしていたカイリは、どこから自分を呼ぶ声に気づいた。
 エレベーター付近にいるカイリは自分を呼ぶ声に気づき、カイリはその呼ぶ声に引き寄せられて、崇継から離れようとする。
「あ! おい! どこへ行く気だ!?」
「~~~!」
 カイリは、崇継に鎖を強く引っ張られて、首が締まりそうだった。それでもカイリは、崇継から逃げ出そうとする。
「カイリ! カイリ! あ!」
 エレベーターの近くまでやってきた乱は、エレベーターを待つ崇継と紫信に気付く。
「~~う、う!」
 遠くから走ってくる乱に気付いたカイリは、眼を潤ませていた。
「清瀬! カイリを放せ!」
 カイリの元へ駆けつけた乱は、黒い瞳に赤い炎が燃えていた。乱と共に機動隊員数百人が崇継と紫信を狙撃銃を構えて囲っていた。
 機動隊員に囲まれた崇継は、サングラスをかけ直しチッと舌打ちした。
「海野乱、ここまで我らを追っかけてくるとは」
 高慢な態度をとる崇継に乱は、ギッとと崇継を睨んだ。
「お前たちの悪事は、すべて警察に明かした。カイリが残した証拠の名簿データと、手帳を警察に出した」
「う、~~う、う?」
 カイリは、乱がカイリのリュックの中にあるUSBメモリと、手帳を警察に崇継の悪行の証拠として、提出したことを知ってハアッと、息を荒くした。
「カイリ、君は白井孝だったんだろ? 白井孝だとバレるから、光国カイリになりすましていたんだろ?」
 乱は穏やかな顔と声で、カイリの本名が白井孝と、カイリに問う。他人に成りすましたカイリを責めることなく、優しく問う。
 話す事ができないカイリは、うん、うんと頷いた。
「僕が助けに来たから、一緒に家に帰ろう。君は悪くない。悪いのは、崇継たちアルファだよ」
 乱はカイリに一緒に気仙沼に帰ろうと、手を差し伸べる。カイリを鎖で縛りつけている崇継は、二人の純粋な愛に鎖を持っている手が、認めたくないと血管が浮き出るくらい強く握った。
「君が教えてくれたカタカムナの唄の本当の力、悪い宇宙人から守るウタだってことを」
 カイリも、うんうんと、頷きながら乱を愛おしい目で見つめた。
 憎らしい顔つきの崇継は、乱の元へ帰りたいカイリを繋げた鎖をグイっと強く引っ張った。崇継に鎖を引っ張られて、カイリは苦痛の表情だ。
「フッ、残念だがこのオメガを渡さない。白井は我の人質として、宇宙へ連れていく」
 カイリをモノの様に扱う崇継を許せない乱は、「お前みたいな若作りのクソジジイなんかに負けるものか!」と、崇継に食って掛かった。
「ハハハハハハ! くだらんな!」
 追い詰められた崇継が、余裕を見せるように爽やかに笑う。
「な、何だと?」
「いやぁ何いぅとぉいやす。乱はん、あんたはんは、知らんはったの?」
 紫信は、鉄扇を顔に添えて、毒を持った口調で乱に言った。
「知らなかったって、どういう意味だ?」
「カイリが白井孝だって、我に知らせた奴は誰か知っているか?」
 崇継にそう言われて乱は、目をパチクリさせた。
 崇継は、口元をニッと上げて、乱にこう言った。
「フフ、それは……君の奥さんだよ」
「み、未妃が!?」
 乱は、未妃が、崇継にカイリの正体を知らせたことに、天から稲妻がドーン! と落ちるくらいの衝撃を受けた。
「そうだ。未妃さんが、光国カイリの正体は白井孝だって、知らせてくれたのさ」
 崇継が、酷薄な笑みを浮かべながら言う。乱は、未妃が崇継と繋がっていた事にショックを隠せなかった。
「未妃さんは、カイリのリュックの中に白井孝の性確認カードが入っていたのを見たと言っていた。後は、カイリが着替えている所に、カイリの右わき腹に白井と同じ三つホクロがあったと言っていた。カイリが通う病院の看護師から右わき腹に三つホクロがあったと」
「未妃が、カイリの右わき腹に三つのホクロが、白井孝と一致していたのか?」
「病院の看護師からSNSに連絡がきて、光国カイリと白井孝は同一人物であると、未妃さんに知らせてくれたのさ」
乱の頭の中にあるマグマが怒りで沸騰しそうになる。
「あの奥さんは、俺にカイリが邪魔だから攫って欲しいと、頼んで来たんだ。君と白井が、気仙沼祈念公園に出かけると、俺に連絡した。俺は白井を捕らえるために、手下の人食い爬虫類を送り込んだんだよ」
「ふざけるな! お前らは人でなしだ! 悪魔だよ!」
 乱は、未妃を利用して自分の犯した罪を隠ぺいするためにカイリを攫った崇継に大火の如く怒りに燃えた。
「はあ? 元はといえば、君が白井と不倫しなければ、こんなことにならなかったにな。自分が悪い癖に」
「む~! うう~! む~!」
 紫信は、愛する崇継に逆らおうとしたカイリの顔を鉄扇でガッと叩き付けた。
「じゃまかしい! えらい目に遭いたいやすかぁ?」
鉄扇で叩かれたカイリは、痛みでギュッと目をつぶっていた。
機動隊員たちは崇継と紫信を囲い、狙撃銃を構えた。
「清瀬崇継、加賀美紫信! 殺人と誘拐と寄付金詐欺容疑で逮捕する!」
 機動隊員たちが二人を逮捕すると、じりじりと詰め寄る。
「イキリやなぁ! このえぇしパワーカップルにいけずなことしとったら、しばくで!」
 紫信は、高慢な態度で機動隊員たちに向けて広げた鉄扇をブーメランのようにヒュイッと投げつけた。頑丈で鋭い鉄で作られた鉄扇は、ヒュウッと宙に舞いながら機動隊員たちに切り付けていく。
「ぐあああああああー!」
 鋭い鉄扇に切り付けられた機動隊員たちの間で、切られた腕と首が赤い血しぶきと共に飛び交っていた。
 周辺の一般人の客たちが、血しぶきを上げている機動隊員たちの姿を見て、「ギャアアアアアー!」と、恐怖の悲鳴を上げてパニックに至っていた。
 投げた鉄扇が宙を舞いながら、紫信の元に戻って、紫信は、血しぶきがついた鉄扇を下でペロリとなめた。
 乱は、上品でフレンドリーだった紫信の残酷な本性を目の当たりにして、絶句した。
 あまりに残酷な光景に絶句する乱に崇継は、クククと不敵に笑った。
 崇継はサングラスを外して、地面に放り投げた。堂々と仁王立ちになり、乱と機動隊員たちに目を光らせた。崇継の黒い瞳が、金色の爬虫類の眼に変わった。
 紫信も黒い瞳が、緑色の爬虫類の眼に変わった。
 空港の窓ガラスから見えるゴロゴロと雷鳴と雷光が、怪しい佇まいの崇継と紫信を不気味に照らす。
「我らの正体を見るがいい!」
 崇継と紫信は、自らの体をカッと強烈な光を放ち、すると二人の体が、たちまち鱗が生えて長い尻尾を生やし、不気味な爬虫類の姿へと変身していった。
「お、おお」
 恐怖に慄く乱の目の前には、ギラギラと輝く黄金色の鱗と禍々しい鋭い爪と極端に発達した腕と脚を持つ鋼の肉体を持つエリマキトカゲの人食い爬虫類と、紫と黒の鱗を持つ毒々しいヒョウモントカゲモドキの人食い爬虫類が妖気に満ち溢れたオーラを放ちながら現れた。
「ひぃいいいいー!」
「ば、化け物がー!」
「助けて! 化け物が空港に!」
 グロテスクな人食い爬虫類に変化した崇継と紫信の姿を見た空港の客たちは、恐怖でパニックに至り、空港から出ようと逃げ回っていた。
「お、お前らも人食い爬虫類だったのか!?」
「フフ、そうやす。オメガのうちもアレノアクロムを摂取してからに、人食い爬虫類にでけるやさかい」
 紫と黒の鱗を持つヒョウモントカゲモドキの姿をした人食い爬虫類の紫信の毒々しく乱をあざ笑った。
「人の血を飲んでいる我らは、強力な力を得られる! 我ら人食い爬虫類に逆らう奴は死あるのみ!」
 崇継は金色の大きな襞襟状の皮膚飾りをゴージャスに見せつけながら、乱と機動隊員たちに鋭い爪で襲い掛かってきた。
 機動隊員たちは、すぐさまエリマキトカゲ型の人食い爬虫類の崇継に向かって、狙撃した。機動隊員たちが放つ銃弾を崇継は、硬い鱗で銃弾を弾いた。
 崇継は、鋭い爪で機動隊員たちをザクッと切り付けた。崇継の爪でやられた機動隊員たちは、腕と生首が飛び交い、赤い血しぶきを上げて絶叫した。
「む~、む~! む~!」
 カイリは、崇継を止めようと走ろうとするが、紫信に鉄扇で強く叩かれて悲鳴を上げた。
「じゃまかしい! 白井は大人しくせなあかんで!」 紫信は、カイリを鉄扇でバシバシと叩き付ける。カイリは紫信に叩かれて、うめき声を上げる。
「やめろ! 加賀美さん!」
 乱は、愛するカイリが紫信にいたぶられて、怒りと悲しみの声を上げる。
 何故紫信は、あんな悪いことをする崇継なんかに従うのだろうか、愛しているからか?
 それとも、お金の為に崇継に付いているのか、乱は紫信の本心を探ろうとする。
 乱は妊夫の紫信だけでも、心を入れ替えさせなければと、紫信を説得させようとする。
「やめるんだ! 加賀美さん! あなたは、どうして清瀬と一緒にいるんだ? 奴は、あなたを利用して私腹を肥やす悪いやつなんだ!」
「乱はん、何も持ってへんベータ性が、何いぅとぉいやす。崇継はんは、貧乏だったうちを救ってくれたんやす。今更離れへん」
 紫信は、乱が紫信を更生させようと説得してくれているのに頑なになっていた。頑な紫信に乱は切なくなる。
「駄目だよ! これ以上清瀬の言いなりになったら、あなたは一生苦しむことになるんだ!」
「じ、じゃまかしい! うちはうちを捨てた父親を見返すために金と権力を手に入れるんやす! 父親が憎いんやす。どんな泥水啜ってでもやす!」
「いくら父親が憎いからって、復讐に生きても幸せになれないよ!」
 紫信は、大きなお腹を抱えながら必死に説得する乱を頑なに拒んだ。
 乱は、紫信はもう人間らしさを取り戻す事ができないのかと、心苦しい中、崇継に鋭い爪でシャッと引っかかれて腕に傷を負った。
「ああ!」
「よそ見をするな! お前は我と戦え!」
 崇継が不敵な声で、素早いジャンプキックと爪で乱を翻弄させる。
「く! うお!」
 崇継の素早い動きで爪での攻撃を避けようとする乱は、なかなかカタカムナを唱える事ができなくて、焦りを覚える。
「ハハハ! まだ守りに入っているのか!」
 崇継の素早い蹴りをガッと蹴飛ばされた乱は、その衝撃で空港内にある受付カウンターにグワッシャーン! とひび割れるくらいぶつかった。
「~、~!」
 崇継に痛めつけられる乱の姿を見て、カイリは乱の元へ駆け寄ろうとする。
「白井! いのくあらしまへん! 何も持ってへん乱はんは、死なはったらよろしおす。フフフフ……」
 鉄扇で身重のカイリの体を非情な手付きでパンパンと叩き付ける紫信は、人の心を捨てている。
 硬いカウンターにぶつけられて、痛みをこらえる乱は、怪しい妖気を放ちながら近づく崇継を許せなくて頭の血が沸騰しそうになる。
「カタカムナを唱えさせん! あのウタは宇宙人の子孫であるアルファを滅ぼすウタだ。特権階級のアルファは、カタカムナを大衆に知らせん為に長年封じ込めた。そのくらい不都合なウタだ!」
 崇継は余裕ある態度で、ダメージを受けた乱にさらに長い脚で蹴り飛ばした。
「ああ!」乱は、崇継に強烈な蹴りを喰らわれて、絶叫がこだまする。
 崇継に強烈な威力の蹴りを喰らわされて、乱は地面に何度も叩き付けられた。
 崇継の強力な戦闘力のせいで、カタカムナを唱える事ができない乱は苦しむ。
「乱よ、我の秘密を教えてやろう。我は」
 崇継は、怒りに震える乱に眼を煌めかせながら、こう言う。
「父と母から、お前は奪われる側になるな、もっと勉強していい大学に入っていいものを生み出せ、実績と勲章、強大な権力者たちの後ろ盾を得よ、奪う側に立てと教えられて育った。両親は厳しくてテストで百点取らないと、鞭で叩かれた。それでも我は、世界の頂点に立つために努力と実績を重ねた」
「奪う側に立てって」
「良いか? 海野乱、お前は奪われる側だ。白井もそう。ベータとオメガは、富と権威を持つアルファに勝てんのだぞ」
「ひ、ひどい」
「我らアルファはベータとオメガに何も与えん。金と心と人権を搾取してやるだけだ。アルファは弱い者に優しいふりをしてすべてを奪うのだ。人類みんな友達という意味は、そういう意味だ」
「弱い人間を傷つけてまで世界の頂点に立ちたいのか!?」
 乱は、奪う側に立つために地位を高めて生きてきた崇継に人を傷つけてまでする事ではないと、一瞬顔を強張らせるが、不快感を露わにする。
「わ、我らアルファは、強く凛々しく、神々しくなければならない! 何も持っていないのは恥だ。世界の頂点に立たなければいけないのだ!」
「じゃあ何故、清瀬は慈善活動を行っているんだ? 善意なのか、自己顕示欲のためか?」
「フッ、そんなの世間受けがいいからやっているだけだ」
「はあ?」
「人類みんな友達。そう謳えば、大衆はその言葉に乗せられて金を出す。単に行動経済学のやり方でやっているだけだ」
 崇継が、自己顕示欲をさらけ出しながら世間受けのために病気の子どもを助ける活動をしていたと、言った。乱は、病気の子どもを利用して、金儲けをしていた事に憤る。
「人類みんな友達なんて言葉を使うな!」
「黙れ!」
 憎しみにかられた崇継に長い尻尾でなぎ払われた乱は、「うわあ!」と、天高く飛ばされて天井にぶつかって、地面にドスッと落とされた。一切の隙を与えずに崇継は、乱の腹に何発もパンチを喰らわせた。
「良いか? 人間はな、常に争っていなければ脳も心と体が衰える。人類の進化の為に争い続けなければならない! 平和など、人類の進化を停止するものだ! お前みたいな平和を愛する者は邪魔でしかない!」
「うっぐああ!」
 腹を強くパンチを喰らわれて、よろめく乱は負けるものかと、立ち上がろうとする。
 体をふらつかせる乱に崇継は、強烈なキックを喰らわせて天井へ吹っ飛ばした。
 空港の天井に吹っ飛ばされた乱は、体を叩き付けられて地面に落ちていく。
 空港にあるベンチに割れるように叩き落された乱は、傷だらけの体で起き上がろうとする。
 まだ死ねないと、満身創痍の体で「……ヒフミヨイ~マワリテメクル、ムナヤコト~アウノスヘシレ~カタチサキ~」乱は、カタカムナを唱え始めた。
「ウオ! ウウウウウウ~~! ア、アタマガアアアアアアア~~!」
「ヤァ~~メェ~~~!」
 人食い爬虫類の崇継と紫信は、乱とカイリの唱えるカタカムナの清らかで神々しい唄声に脳神経と血管にダメージを受けて、体中がボコボコに膨れ上がった。
「今だ!」
 崇継と紫信がカタカムナのウタで苦しんでいるすきに機動隊員たちは、カイリを救助しようと、二人に飛び掛かる。
「ウウ、アアア! コ、コノザコメ!」
「動くな! この国は我らが守る!」
「この国を脅かす宇宙人の思うがままにさせるか!」
 機動隊員たちに体を押さえつけられた崇継と紫信は、機動隊員たちを振り払おうと暴れる。その隙に他の機動隊員が、カイリの口に貼られたテープを剥がした。
「ぶ、は、は! はあっ!」
 テープを剥がされて、息ができるようになったカイリは、乱の元へ走った。
「カイリ!」
「乱、一緒に唱えよう!」
 二人は手を取り合い、共にカタカムナを唱え始めた。
「マカタマノ~アマノミナカヌシ~タカミムスヒ~カミニムスヒ~ミスマルノタマ~!」
「ウウウウウー……! ウアアアアアア―……!」
「僕は、金も権力もないただのベータだ! でも、守りたい人たちや居場所があるんだー!」
 光り輝く乱は、のたうち回る崇継に向かって、守りたい人たちや居場所のために崇継を倒すと叫んだ。その乱の姿は、神様の様に優しいながらも強い武士のようだった。
「ウギイイイイイー! オ、オノレエエエエー!」
 カタカムナの唄に苦しむ崇継は、ブクブクに膨らんだ腕を伸ばし、乱に向かって爪で切り付けようとする。
 乱とカイリは、決して怯まなかった。凛とした姿でカタカムナを唱え続けた。
「ウマシタカカム~アシカヒヒコ~、トコロチマタノ~、トキオカシ~! はああああああああああ!」
 光り輝く乱とカイリは、カタカムナの唄を唱え切った。
「グアアアアアアアア!」
 崇継はカタカムナの唄によって、脳神経と体中の血管が沸騰して、頭と体中の血管から青い血がブワーッと勢いよく噴き出した。 
「タカツグハァアアアアアアアン!」
 紫信も乱とカイリが唱えるカタカムナの唄の力によって、脳神経と体中の血管が沸騰して、全身の血管から青い血が、ブワーッと破裂するように噴き出す。
「シ、シシンンンンンンンンンンンー!」
 血を噴き出す崇継が、絶叫を上げながらのたうち回る紫信に手を伸ばした。紫信も苦しみながら、崇継に手を伸ばした。
「ウッギャアアアアアアアアアー!」
 二人の噴き出した青い血が、地面にビジャーっと広がる。崇継と紫信は、力尽きてバタッと地面に倒れた。
「乱!」
 乱と共にカタカムナのウタを唱えて崇継と紫信を倒したカイリは、大きなお腹を抱えながら乱の元へ駆け寄った。
 乱は駆け寄るカイリの体を抱き寄せ、「カイリ! ケガは無いか?」と、カイリの体の具合を心配していた。
 カイリは、「大丈夫だよ」と手で優しく乱の頬を触れた。
「容疑者、死亡確認!」
 機動隊員たちは、死んで人間の姿に戻った崇継と紫信の遺体を調べて、死亡確認をとった。

 青い血でまみれた崇継と紫信の遺体を機動隊員たちは、担架で運んだ。
 乱とカイリは、死んだ崇継と紫信のビニールシートでくるまれて運ばれる姿を見て、ホッとしていた。
「海野さん。君の奥さんを探しに行きましょう。彼女がなぜ清瀬容疑者と手を組んでカイリくんを攫った理由(わけ)を確かめなければ」
 吉永が、乱に未妃が崇継と共謀してカイリを攫った真実を知るために、未妃の元へ向かうと張り詰めた声で言った。

 全ての悪の親玉である崇継と紫信が、乱とカイリのカタカムナの唄で討たれた。
 まだこの話は終わっていない。

 先に逮捕された崇継と紫信の部下が、警察からの事情聴取で、崇継はアレノアクロムの薬で、世界のアルファの政治家や実業家、エンタメ関係者などに販売して儲けていたことが分かった。崇継は世界中の若いオメガの男女を誘拐して、富裕層や特権階級のアルファと交わり、子どもを産ませていたことが分かった。その子どもをアレノアクロムの薬の原料にしていたことが分かった。

 日本の機動隊員が、南昌山の清瀬フィクスの工場の地下室で、生き残ったオメガの若い男女数十名を発見した。

 生き残ったオメガの若い男女たちは、国内外から誘拐されて、アルファの特権階級と富裕層たちに性的接待をさせられて、子どもを産まされたと泣きながら明かした。

 マスコミ各社は、特権階級と富裕層のアルファが犯した悪行を一斉に報じた。
 金と権力を持つアルファの闇を知った一般庶民たちは、アルファたちを一斉に批判して、世界中にデモ暴動を起こしていた。
 崇継と紫信の部下は、カイリが白井孝であると知って誘拐した理由は、未妃がカイリが白井孝である事に気付き、崇継にSNSのアプリで密告したと語った。
 警察は、未妃を探すことにした。

 その五分後に、現在のアメリカのアルファの大統領とアメリカとフランスと、シンガポールのアルファのクリエイターと富裕層数十名が逮捕された緊急ニュースとして、報道された。
 逮捕されたアメリカとフランス大統領とアルファの富裕層数十名は崇継と交流があり、崇継が攫ったオメガの若い男女を性的接待させて子どもを産ませていたと、警察の事情聴取で判明した。
 彼らは警察に不老長寿の為に清瀬フィクスが製造するアレノアクロムを服用していたと、明かした。
 まだ逮捕者が出てくるだろうと、警察は油断はできない。

 崇継と紫信が死んで、三日経った。乱は、崇継に密告した未妃に真実を求めるために未妃の行方を追っていた。
 カイリを救った後、カイリを警察に保護してもらっていた。乱はスマホで未妃に連絡するが、全く電話が通じなかった。

 乱は地元の自治体に未妃を探して欲しいと、電話で頼んだ。しばらくして、気仙沼市の地元の人から電話があった。
「未妃が、気仙沼大橋にいるのですか? すぐに向かいます!」
 乱は、未妃が気仙沼大橋にいることが分かり、乱は警察と共に気仙沼大橋に向かった。

 パトカーで気仙沼大橋に向かった乱は、雨降る中で未妃の安否を気遣っていた。

 気仙沼大橋に着いた乱たちは、未妃から事情を聴くために気仙沼大橋を閉鎖した。
 パトカーから降りた乱と吉永は、未妃を探した。
「いたぞ!」
 警察官が、指を指した先に気仙沼大橋で猫背で海を眺める未妃の姿があった。乱と警察官たちは、未妃が立っている場所まで走った。
「未妃!」
 乱は、気仙沼大橋の手すりに掴んで足を掛けている未妃に向かって、叫んだ。
 乱の呼び声に気付いた未妃は、険しい目つきで乱を見る。
「やめろ! 未妃! こっちに来い!」
乱は、未妃が気仙沼大橋から飛び降りて死のうとしているのを察知して、未妃に近づこうとする。
「嫌よ! 私は死ぬんだから!」
 未妃は、自殺を止めようとする乱に向かって首を横に振った。警察官たちも未妃の自殺を止めようと、未妃の周囲を囲い込む。
 ピリピリとした空気の中、乱は未妃を失いたくないと、止めなければと表情を硬くする。
「どうして、清瀬にカイリを攫うようにと頼んだんだ? カイリが僕と一緒にいるのが嫌なのか!?」
「そうよ。私は、カイリさんが私から乱を奪おうとするから、凄く不安だったのよ。また私は、一人ぼっちになってしまうって」
 未妃は顔を下に俯きながら、乱を奪われたくなかったからと本音を吐露する。
「だから、清瀬さんとSNSでいろいろ相談に乗ってもらってたの。カイリさんが白井孝とホクロが一致してたって、病院の看護師から連絡があったの。それを清瀬さんに言ったの。カイリさんが邪魔だから、殺して欲しいと頼んだのよ」
「清瀬は、すべての悪行がバレて天罰を喰らったんだ。未妃だけは、死なせたくないんだ」
「カイリさんは今、どうしているの? 生きているの?」
「ああ、カイリは警察に保護されている。君も一緒に帰ろうよ」
「あんたは優しいね。私があんたの愛した男を消そうとしたのよ? もう戻れないわ」
「それでも、君を離したくないんだ!」
「バカみたい」
「未妃、ごめんよ。僕が悪かったから、戻って来てくれ!」
「嘘よ。あんたは、私の事なんかどうでも良いと思っている。子ども産めない私なんか、いらないと思っている。だから、私は死ぬのよ」
「もう未妃を一人にはしない。だから戻ってくれ!」
「嫌よ!」
 悪魔に魂を売ってまで、カイリを消そうとする未妃に乱は、怒りとやるせなさでいっぱいだった。
 未妃は、乱にフフッと気が触れたように笑いながら気仙沼大橋の手すりに登ろうとした。
「彼女を取り押さえろ!」
 警察官たちが、気仙沼大橋の手すりに登ろうとする未妃を取り押さえようとする。
「来ないで!」
 未妃が、キーッと金切り声で自殺を止めようとする警察官たちに来るなと叫んだ。
 気仙沼大橋の手すりに登った未妃は、未妃を申し訳ない気持ちで見つめる乱にこう言った。
「私は乱に私の事一生忘れない呪いをかけてから、死ぬわ!」
「駄目だ!」
 乱は、橋から飛び降り自殺しようとする未妃の体を橋から降ろそうとするが未妃は、
「離してよ!」と、乱を払いのける。
 未妃は、気仙沼の海をバックにして、橋から勢い良く飛び降りる。
「未妃ー!」
 橋から海に向かって落下する未妃に乱は、未妃に手を伸ばしたが、未妃はどんどん海に落ちていく。
未妃は、黒い瞳から涙を流してハハッと狂気に満ちた笑みを浮かべていた。
「乱、私は世界一乱を……愛してる……私は乱の事忘れないよ。何度生まれ変わっても、私は乱の妻として……生まれ変わるの。乱は私から離れることはできないの。ずーっと、ずーっと一緒だよ……!」
 未妃は、乱に呪いの言葉を遺して、海にバシャン!と、沈んだ。
「未妃――!」
 海中に落ちた未妃に向かって、乱は絶叫した。

 未妃が飛び降りてから、三日が過ぎた。自宅に引きこもっていた乱とカイリのもとに、警察から連絡があった。
 警察は、気仙沼の海岸で未妃の遺体を発見したと乱に告げた。
 未妃の死を知った乱は、すぐさま気仙沼市民病院へと向かった。

病院の霊安室に運ばれた未妃の遺体が安置されていた。死んだ未妃の顔は、眉間に皺を寄せ苦しんで死んだのが分かる。未妃の左薬指には、ゴールドの結婚指輪をはめたままだった。未妃は乱を一途に愛していた。結婚指輪をずっとつけていた理由が、乱は初めて知る。

 乱はビニール袋に入れられた未妃の亡骸に手でそっと触れた。一緒に来た病院の医師が、重々しい顔で乱にこう言った。
「未妃さんの死因は、海の深い所でサメに襲われて腹を嚙まれて、大量出血によるものです」
 医師から気仙沼大橋から飛び降りた未妃は、海の深い所でサメに噛まれて死んだと語られて、乱はフルフルと肩を震わせていた。
「うう、くうう……ご、ごめん。未妃……」
 乱はビニール袋に入れられた未妃の遺体にすがり、ずっと泣き続ける。

 未妃が死んで一週間が過ぎた。密葬を済ませて、リビングに小さな仏壇が置かれてあった。未妃の写真と遺骨を入れた壺が置かれてある。乱は、ずっとリビングにある仏壇の前に座り、未妃の死を悔やんでいる。
 未妃が自殺したネットニュースがきっかけで、ネットでは夫の乱がカイリを妊娠させたから、それが嫌で飛び降り自殺を図ったと、報道されてSNSで大炎上状態になっている。
 SNSで乱とカイリの事を「不倫するなんて許さない」、「正妻イジメだ!」、「こいつらを殺してしまえ!」とバッシングした。
 ネットでのバッシングが原因で、乱とカイリは外に出る事ができなかった。
 連日乱の家に、マスコミの記者と暴露ユーチューバーが押しかけていた。
「すみませんー。海野さんのご自宅ですか? 自殺した奥さんと不倫相手についてお聞きしたいことがあるのですがー。良いでしょうか?」
「海野さんー。あなた、自分が何をしたのかわかってますー? あなたは自分の奥さんを殺したんですよー」
 今日も乱の家にマスコミの記者が押しかけてきた。ドンドンと玄関のドアを強く叩いて、乱にコメントを求めようとする。
 乱は、非人道なマスコミに顔を向けたくなかったが、近所に迷惑を掛けたくないので、ドンドンとドアを叩くマスコミの記者を止める為、乱とカイリはドアを開ける。
 マスコミの記者のカメラの強烈なフラッシュの光に眩しそうにしながら、マスコミの前に立つ。
「はい。海野ですが、僕に聞きたい事って何でしょうか?」
 乱は苦い顔をして、マスコミに問いかけた。マスコミはとげとげしい目つきをして、乱の表情の変化の一つ一つを探っている。
「海野さん! 自殺した奥さんのことをどう思っていますか!?」
 一人のメガネをかけた中年のマスコミの記者が、偉そうな声で乱にコメントを求める。
 乱は顔を上げて、マスコミに向けてこう語る。
「確かに、僕は大きな過ちを犯しました。自分は未妃を失って、心に大きな穴が開きました」
「あなたの不貞が原因で、自死なさったんですよね!? あなたはオメガの愛人とのこのこ幸せになろうなんて、最低ですよ!」
「私たちは海野さんの様なゲスイ男なんか許さないですよ!」
「光国カイリさん。あなたは海野さんを騙して、妊娠したって本当ですか? 光国さんは、素性を隠して海野さんに近づくなんてどうかしてますよ!」
「そ、それは違います。乱は僕を助けるために命を懸けてくれたんです」
「本当ですか? じゃあ、何故奥さんは自殺なんかなさったのですか?」
「そ、それは」
 マスコミの記者たちが、自分は正義の味方気取りで乱とカイリのパーソナルスペースの距離なんかお構いなしにゴーゴーと洪水の様に問いただす。
「黙れ、黙れ……」
 カメラの強烈なフラッシュの光と辛辣な言葉を浴びせるマスコミの記者に乱は、違うと反論したいが、自分の発言でさらに非難を浴びせられる恐怖もあってうまく言葉に出来ない。
 乱の目の前のマスコミの記者たちの顔が、グシャグシャとしたグロテスクで粘着質なスライムみたいな姿に映っている。
 乱とカイリを心配して乱の自宅前に来た鮫島とアウリがやって来る。
「あ! 海野先輩!」
「もー! 何なのよ! 乱おじさんとカイリくんを追い詰めるようなことして!」
 乱の自宅の玄関前に多くのマスコミの記者たちが集まって、マスコミに詰め寄られる乱とカイリの痛々しい姿に鮫島は、「おい! やめろよ! 近所迷惑だ!」
 と、マスコミの記者たちを手で追い払おうとしる。高慢なマスコミの記者たちは、乱とカイリを助けようとする鮫島に「うるせぇ!」と、踏ん反りがえる。
 マスコミの洪水の様にゴーゴーと流れる質問攻めされて乱は、自分を貶めようとする質問に耳をふさいだ。
「海野さん。あなたは、奥さんとオメガの愛人をどっちを愛しているんですか!?」
「黙れ ダブスタクソマスコミ!」
 女性記者が、甲高い声で乱を責めるような質問に乱の頭の中のマグマが一気に爆発して、興奮してマスコミに黙れと叫んだ。
「はあ? 何てことを!」
 乱に黙れと叫ばれた記者たちは、大きく驚いて、眼を点にしていた。
 怒りを爆発した乱は、マスコミの記者たちを睨みつけ、こう言った。
「僕は子どもが欲しくて、カイリと不倫した。未妃から物凄く僕に怒ってたよ それは悪いと思っている。でも、カイリと出会わなければ清瀬みたいな奴によって、世界に危険に晒されそうになったんだ! マスコミは、アルファの悪行を報道しないから、ダブスタクソマスコミだぞ!」
「ダブスタって、失礼ですね!」 
「お前らなんか、 何の後ろ盾もない人ばかり貶めて清瀬みたいな特権階級のアルファばかり持ち上げるなんて、本当にダブスタクソマスコミだ!」
「私たちマスコミを批判するなんて、あなたはどうかしていますよ!」
 乱がダブスタクソマスコミだと批判するような主張にプライドを傷つけられたマスコミの記者たちが、正義感を振りかざしてひたすら乱を批判した。乱は、そばにいるカイリの肩をそっと抱き、マスコミにこう言った。
「何も後ろ盾もない様な奴ばかり引きずり降ろす癖に、裏で悪さするような権力者に懐柔するようなマスコミこそ、生ゴミ以下なんだよ!」
「海野先輩」
「お前らは、人を真剣に愛してことがあるか? お前らだって家族や恋人はいるだろう? その家族や恋人の為に誠実になろうとか思ったことあるか? 僕は未妃もカイリも愛している。その二人を守るために、どんな巨悪とも戦うと決めたんだ。たとえ、クズ野郎とか罵られても、巨悪と戦うって」
 乱のマスコミに対する理不尽な怒りに、それを見ていた鮫島とアウリは、乱のありのままの言葉に引き込まれていた。
 乱は、眉間に皺を寄せながらマスコミに問いかけた。
「僕は確かにクソ野郎だよ。世間から叩かれるのは分かっている。でも、人類が戦わなければならないのは、世界を破壊しようとする巨悪だ。巨悪の真実を突き止めるのが人類の役割だ!」
「く、う、海野さん」
 後ろ盾のない乱が、権力者に媚びて私腹を肥やしていたマスコミに向けて、巨悪を倒す報道をしろと、心から叫ぶ。
「もう、僕らなんかを放ってくれ。僕みたいな奴なんか視聴率取れないだろうから、巨悪のアルファと戦ってくれ!」
 乱は、自分に食って掛かるマスコミの記者たちに反論した。
「そうだ! クソマスコミなんか、二度と気仙沼市に来るな!」
「近所迷惑なんだよ!」
「乱おじさんは、未妃さんを裏切ったのは悪いけど、悪い奴をやっつけてくれたのよ。あんたたちマスコミこそ、アルファの悪い奴をほったらかしにしてたくせに何言ってんのよ!」
 乱に続き、鮫島とアウリと大屋冨が、乱を追い詰めるような体を張ってマスコミの記者たちを追い払おうとした。
 一般庶民に報道の邪魔をされたマスコミの記者たちは、怒る乱とカイリと鮫島とアウリと大屋冨に、まずいと感じて「わ、分かりましたよ! 出てけばいいんでしょ!?」と、逃げるように去る。
 乱の自宅前に止まっていたマスコミ記者たちが一斉に退散する。さっきの騒ぎが嘘のように静かになった自宅前に乱は、悔しさと悲しさの余り、「は、はああ。く、くそう!」と、拳で地面を叩き付ける。
「何だよ! 僕はただカイリを助けたいだけだった! 未妃には申し訳ないけど、仕方なかったんだよ!」
「乱おじさん! 乱おじさんは、虎子の仇を取ったじゃない。悪党を倒したから、立派よ。泣かないでよ」
 ガッ、ガッとコンクリートの地面を拳で叩き付ける乱は、黒い瞳から滝のように涙を流す。乱は未妃を失った現実に目を向けられない。カイリも鮫島もアウリも大屋冨も、未妃を失った現実を認めたくない。
 硬い地面にひたすら叩き続ける乱の拳に血が滲んでいた。カイリは、「やめて」と乱を止めようとした。乱は、泣き続けて目が真っ赤に腫れていた。
「もう、死にたいよ……今すぐ死んでやるよ!」
「バカ野郎!」
その時、バンッと乱の左頬に物凄いパンチが当たった。
「死ぬなんて言うな!」
 嘆く乱に激怒して、パンチした鮫島が、乱の胸ぐらを掴む。鮫島の胸ぐらを掴まれた乱は、うつろな目で鮫島の涙ぐむ目を見つめる。
「鮫島、お前」
 普段ひょうきんな鮫島の怒りと悲しみに満ちた瞳に、乱は顔を震わせた。
「お前は確かにクソ野郎だよ。未妃さんを裏切って、辛いからって死にたいだと? ふざけんな!」
「う、う……ぼ、僕は」
「俺ら東北民は、大昔の震災の辛さがあったから諦めないで生きてきた。風評被害があっても、東北民は滅ぶわけにはいかないんだ!」
 カイリと不倫して、子どもを作って未妃を裏切ってしまった乱は、世間から大きな批判を受けた。もうこの世にいられないと絶望して、わあわあと泣きじゃくる。
 泣きじゃくる乱に鮫島は、もーと言う様な顔で乱の顔をグイっと上げさせてこう言う。
「カイリくんを悲しませるな! 先輩は、生きなければいけない! どんな批判を受けてでもそれを跳ね除けて生きろ! だから、死ぬな!」
「うー。あああ、ああ……僕は、もうダメなんだ。何もできない」
 乱は、自身の炎上に耐えられなくてこれからどうすればいいかワンワンと子犬の様に泣きわめいていた。
 乱が泣きわめく姿にカイリは、自分もどうすればいいのか苦悶する。
 先の将来に不安がる乱に大屋冨が、地面に伏せている乱の手を取る。
「海野さん。あんたは腹が減っているんじゃないか? うちの星麺のラーメンでも食べるか?」
 大屋冨からラーメン食べるかと、聞かれた乱は、え? と言う様な顔をしていた。
「大屋冨さん。でも」
「アンタらが元気ないと、こっちも心配でしょうがないよ。フカヒレラーメン食べに来な!」
 包容力のある大屋冨に乱は、泣いて赤く腫れた眼で大屋冨を見つめた。
「……大屋冨のおやっさん。いいの?」
 乱の問いに、大屋冨はニカッと白い歯を見せて、親指を立てる。

 乱とカイリは、大屋冨に連れられて星麺へとやって来た。
 今日は休業日で、店には律子以外誰もいない。
「あれ? 海野さん、どうなさったんですか!? 元気ない顔して。 大丈夫!?」
「うん。ちょっと元気なくしてな」
 店で掃除していた律子が、店に来た乱の泣き腫らした眼を見て、心配気な顔をする。
「今から、海野さんとカイリくんにラーメン作る。ちょっと待ってな」
 乱とカイリは大屋冨に開いている席に座らされて、ラーメンができるまで待っていた。
 厨房で麺をゆでている大屋冨は、ゆであがった麵をシャッ、シャッと勢いよく湯切りをした。スープの入ったどんぶりに麵を入れた。
 それから、星麺特製のスープで煮込んだフカヒレをプルプルと震わせながら入れた。
 しばらくして、律子が出来立てのラーメンとチャーハンと野菜餃子が、美味しそうな湯気を立たせながら運んできた。
 律子は、柔らかな笑みで「はい。フカヒレラーメンと、チャーハンと野菜餃子です」と、乱とカイリのテーブルに出す。
 プルプルのコラーゲンがたっぷりのフカヒレが入ったフカヒレラーメンと香ばしいコショウの香りが漂うチャーハン、餡がギュッと詰まった野菜餃子が落ち込んでいた乱とカイリの眼に食べて食べてとおねだりする。
「ごめんなさい。僕らの為にこんな」
 乱は出来立てのフカヒレラーメンを見つめながら、大屋冨に申し訳ない言葉をつぶやいた。
 大屋冨は元気のない乱を励ますようにこう言う。
「人間は、誰でも失敗はある。完璧を求めすぎて無理をするから、失敗するんだ。その失敗を一部の人たちが笑い者にするから、ますますネガティブになる」
「完璧を求めすぎているから、みんな疲れちゃうのかな」
「あんたは本当にバカだな。海野さんを愛してくれた未妃さんを裏切って、未妃さんは普通の幸せが欲しかったんだ。でも、普通の幸せの意味が分からないから、苦しかったんだ」
「普通の幸せってなんだろう」
「普通の幸せってないぞ。子供がいれば幸せとか安定した収入があればいいってもんじゃないぞ。俺のラーメン屋の経営も大変だぞ。朝二時からスープを仕込んだり、クレーマーの客に冷静に対応しなきゃいけないんだぜ?」
 乱は、普通の家庭を求めて未妃と結婚した。
 子どもも欲しかったが、未妃のがんで諦めるしかなかった。未妃も普通の幸せを求めて生きてきた。完璧な結婚生活を求めすぎて苦しくなって、自らの命を捨てた。
「そうかもしれない。僕も未妃もお互いの弱さを受け入れれば、こうならなかったかも。  
人はみんな弱い。カッコいいアルファも本当は弱いかもしれない。みんなそう」
 自分も未妃も愚かだった。お互い完璧を求めすぎて、壊れてしまった。今更気付いても、遅い。乱は、温かい湯気が出ているフカヒレラーメンを見つめながら、今まで溜めていたダムの水がブワーッと流す。
「もう誰かに期待しすぎるのはやめな。みんな期待しすぎて、思い通りにならなくて事件起こすのもそのせいなんだ」
「先輩。諦めたら試合終了だって、スラムダンクでも言ってただろ? 生きるのを諦めるな」
「鮫島」
「海野さんとカイリくんは、気仙沼にいてもいいんだよ。あなたたちは、大切な存在(ひとたち)だもん」
 乱は、大屋冨と律子から変わらぬ優しさで接してくれて、うんうんと、嗚咽を漏らしていた。
「温かいラーメンを食べて、元気になりな」
 大屋冨にラーメンを食べなと促されて、乱は目の前にあったフカヒレラーメンにガッと、ありつけた。
「うう、うずう~~」
 星麺の特性スープの出汁に煮込まれたフカヒレは、味が良くしみ込んでいてプルプルとした食感を味わっていた。
 麺もコシがしっかりしていて、食べごたえがある。
「お、美味しいです。東北の強い想いが伝わってくるように美味しいです」
「く、うう、う、美味い」
温かいフカヒレラーメンを味わう乱とカイリは、ここにいてもいいと、実感していた。どんな高級レストランの料理よりも、優しい味のラーメンが乱とカイリの暗く沈んだ心を救った。

 ラーメンを食べ終わり、店を出ようとする乱とカイリは、店の外まで見送ってくれる大屋冨と律子に顔を向けた。

 

 

 

 碧が生まれて、数ケ月後が過ぎた。
 四月になり、乱の休業していたカフェが再び営業をゴールデンウィークになってから再開することになった。
 乱はもう一度カフェの経営をやろうと決めた理由は、これしかできないからだ。未妃がいなくても料理を作れるように、カフェのメニューの料理の練習をしている。
 カイリもコーヒーの淹れ方を練習したり、雑貨の商品の仕入れの仕方を乱から学んでいた。

 四月中旬の午前中、乱とカイリは碧を連れて気仙沼の小田の浜海水浴場へと散歩に出かけた。
 乱は碧をベビーカーに乗せて、海岸を歩いていた。
春の気仙沼の海は、まだ海風が寒くて上着着て何とか耐える事が出来る。
小田の浜海水浴場の砂浜を歩く乱とカイリは、変わる事の無い気仙沼の海を見ていた。
「海って良いね。時が流れても変わる事の無いからね」
「カイリ、碧が幼稚園に上がったら、カイリのお父さんの実家の神社に行こう。カイリの叔父さんや親戚の皆様に碧を会わせてやろうよ」
「うん」
「世界は今、変わり続けている。崇継みたいなおぞましいアルファが衰退して、純粋な人間が生きやすい時代になるんだ」
「もう僕たちは自由だもん。誰も僕たちを阻むものなんかないんだよ」
「僕は世界を救うスーパーマンにはなれないけど、カイリと碧を守れるスーパーマンになるよ。世界を敵に回しても守るよ」
「乱、僕も乱についていくよ。乱と碧と一緒ならどこまでもいける」
 カイリの深い湖の底の様に澄んだ瞳で見つめられて、乱は感極まって目頭が熱くなった。
「もう、海野カイリとして生きているんだもん。過去を捨てて、これから幸せになるんだから」
 カイリは笑って言った。
「僕は乱と碧の為に生きるよ。もう乱から離れない」
 カイリは乱の手を取ると、乱とカイリの頭上から煌々しい光が降り注いだ。その煌々しい光は乱とカイリのこれからの人生を祝福してるかのようだった。
「カイリ、ずっとずっと、一緒だよ」
乱とカイリは、晴れた気仙沼の海岸で肩を寄せ合いながらお互い離れないと、一生の誓いをした。
二人はお互いの唇を重ねた。お互いの唇の粘膜を味わいながら、愛を確かめ合った。
愛を交わし合う乱とカイリの間にキャッキャッと笑う碧がいた。

 



 




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