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異世界ベースボール
それが異世界ベースボール
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ブラックキャッツとホワイトウルブスの面子を掛けた試合は白熱し、回を増すごとに真剣味が増していく。
選手の身体も温まり、追いつけ追い越せで点数が加わるとラフプレーも多くなる。
大剣使いが魔獣の鎧の力を解放して塁に出れば、一塁を守る魔術士が地面を底なし沼に変え、火の玉や氷槍の雨で応戦する。精霊使いが古き精霊を呼び出して打席に立たせると、魔物使いは魔竜《ヴェルヴァシュシュ》を召喚したホームランを阻止した。忍者の分身がフィールドを埋め尽くし、侍の絶技が空間を斬り裂いてボールを転移させる。三重の防御魔術を施されたボールが激しく放電しながら勇気あるバッターもろともキャッチャーを黒焦げにし、双方のベンチでは、踊り子と詩人が互いに魔力を込めた舞と唄で選手を鼓舞している。負傷者は加速度的に増加して、浴びるようにポーションを被り、医術士や僧侶の治療を受けて戦線に復帰する。
気がつけばスポーツマンシップはどこへやら。異世界野球はスポーツの皮を被った戦争へと変わっていた。
そうして迎えた九回裏だった。
「「「かっ飛ばせー! ハール!」」」
「「「頑張れお嬢! ここを抑えれば俺達の勝ちだ!」」」
傷だらけの冒険者達が声を枯らして叫んでいる。
今や、大規模な魔境の掃討作戦を行った後みたいに、誰も彼もが満身創痍の有様だ。
僕も前の打席で大爆発木っ端みじん殺人魔球――バッターを戦闘不能にする事を目的とした破滅的デッドボール――を受けてボロボロだ。正直、立っているのも辛い。
でも、カステットもそれは同じだ。いや、もっと酷いかもしれない。異世界野球において、強力な魔球を投げ続けなければいけないピッチャーは過酷なポジションだ。
間に何度か交代を挟んではいるけど――交代に関する制限はない――それでも全体を通して半分近くを担当している。ベンチでは魔力補給剤《エーテル薬》をがぶ飲みしていたけど、それでも追いつかず、魔力欠乏の初期症状を起こして震えている。
「随分顔色が悪いけど、無理はしない方がいいんじゃない?」
乱れた魔力をまとめ上げる時間を稼ぐ為に、僕はカステットに話しかける。
「そっちこそ、喋るだけでも全身の筋肉が張り裂けそうって顔をしてるわよ」
図星だ。先ほどの守備では最後のピッチャーがスタミナ切れを起こしてしまった。開き続ける点差を抑える為に、かなり無理のある身体強化を使って守備を行った。そのツケが早くも回ってきて、身体中が痛ましい悲鳴を上げている。
「お互い様だね。こんな馬鹿げた茶番、いい加減終わりにしよう」
「そうね。あんたを討ち取って、気持ちよく帰らせて貰うわ」
「ここまで来たんだ。僕だって負ける気はないよ」
言葉が途切れる。
お互いに最後の一息はつけたという事なのだろう。
カステットが目を瞑り、小さく息を吐く。開いた眼には煌々とした魔力の輝きが宿っていた。その事に僕は驚く。枯れ井戸のようになっていた彼女の中に、まだこれ程の力が残っていたなんて。
……いや、違う。
「……そういう事か」
気がつくと胸の奥から魔力が湧き上がっていた。それぞれのチームの人達が、僕やカステットに向けて両手を掲げ、なけなしの魔力を送り込んでいる。
「……そんな事されたら、絶対に負けられないじゃない」
泣き出しそうな声でカステットが呟いた。事実、彼女は泣いていたのかもしれない。目元の拭うと、強い決意の表情を浮かべて僕を睨む。
「ハル=アサクラ! あんたとの因縁に、ここで決着をつけるわよ! はぁぁぁぁああああああ!」
天に向かってカステットが叫ぶ。彼女の言う因縁なんかどこにもないけど、そんな事を言える雰囲気じゃない。
彼女の身体が膨大な魔力を帯びて眩く輝き、その先へと至る。一時的に自らの存在を魔力体へと押し上げる秘術、精霊化《エレメンタライズ》だ。
噂には聞いた事があるけど、この目で見るのは初めてだ。まさか、そんなことまで出来るなんて。魔力体となったカステットは白く揺らめく光の精霊みたいで純粋に美しい。
「ちぇ。そんな事されたら、僕だって奥の手を出さないといけないじゃないか」
僕は肉体の隅々に練り上げた魔力を流す。
「身体強化《エンハンス》」
僕は身体の周りに練り上げた魔力を筋肉の鎧みたいに纏う。
「魔力補強《ブースト》」
僕は無形剣の刃を心臓に突き立て、絞られた魔力経路《パス》の中枢を無理やり推し広げる。
「魔炉解放《アンリミテッド》」
三つの強化術の相乗効果で、僕という存在は極限まで強化される。
「三重強化《トリプルブースト》」
激しく燃える魔力の灯のようになった僕を見て、カステットが目を丸くし、微笑む。
「なにそれ。かっこいいじゃない」
「君のもね」
自然と僕の口も笑っていた。
多分これがスポーツマンシップって奴なのだろう。
「でも、あんたの負けよ」
カステットが投球フォームに入り、上級悪魔の革で作った恐ろしく高価な野球ボールを投球する。
僕の魔力感覚は冴えわたり、彼女の胸の鼓動は勿論、この場にいる全員が息をのむ気配まで感じ取れた
たとえ音速を超えるような魔球でも、今の僕なら止まっているみたいに打ち返す事が出来ると思う。
それなのに。
「……ス、ストラーイク!」
奇妙な静寂の後、困惑した様子で審判が告げた。
驚いて僕は振り返る。
音もなく、ボールはべこべこにひしゃげた重装鎧の冒険者の手の中に納まっていた。
「99の魔球の中でも最強の魔球、打てない魔球よ。この魔球に軌道はない。あたしの手から離れた瞬間キャッチャーの手の中に納まってるから。過程をすっ飛ばして結果だけを起こす魔術の極地、奇跡のボールよ!」
ベンチがどよめく。
文字通りそれは、魔術が行きつく一つの究極系だった。
僕は驚くと同時に呆れ果てた。
こんな下らない事にそんなすごい力を使うなんて!
前から薄々思っていたけど、カステットは多分ちょっとお馬鹿なのだろう。
それに付き合う僕も人の事は言えないけど。
「すごいね。でも、そんな凄い球、三球も投げられるの?」
大袈裟な事を言うだけのことはあり、今の魔球はたった一球で並の冒険者なら命が枯れ果てる程の魔力が込められていた。僕を討ち取るには、最低でもあと二回ストライクを取らないといけない。
「投げれるわよ。あたしには、白狼亭のみんながついてるんだから」
カステットが力強く言う。
彼女は気づいてないけど、ホワイトウルブスのメンバーはいや無理! さっき送ったのが全部だから! これ以上は死んじまうって! って顔をしていて、それをエーデルが、カステットさんがあんなに頑張っているんです! わたくし達がそれに応えないでどうしますか! と励ましている。
それでも、精々もう一球が限度だろう。それ以上は、ちょっと本気で危ない。
僕は無形剣を空へと向ける。
「ホームランを打つよ。それで終わりだ」
そうしないと、多分カステットは自分の命を削ってでも打てない魔球を投げ続ける。ただでさえ魔力欠乏に陥っているんだ。草野球なんかで命をかけさせるわけにはいかない。止めるのは無理だから、終わらせるにはホームランを打ち込むしかない。
でも、どうやって?
実は秘策がある。
いざという時の為に考えておいた、多分、一度きりしか使えない必殺の打法だ。
「絶対に無理。言ったでしょ、この魔球は、誰にも打てない。それこそ、奇跡でも起こさない限りね」
「なら奇跡を起こすだけさ」
ムッとすると、カステットが投球フォームに入る。
「打てるもんなら……打ってみなさいよ!」
僕は無形剣を構える。
ボールがカステットの手を離れ、キャッチャーの手の中に納まる。
「……ス、ストラー――」
「まだだよ」
審判の早とちりを僕は諫める。
「まだ終わってない」
「いや、しかし――」
「しまった!? そういう事か!」
重鎧を着こんだキャッチャーが叫んだ。
残念だけど、気づくのが遅かったね。
球はもう、彼の手の中にはない。
ある意味では、僕は既にボールを打っていた。
予め僕は、極限まで強化し、膜のように薄く伸ばした無形剣の刃を彼の手の中に広げていた。そいつを引き戻し、キャッチャーの手からボールを奪い取ると、刀身を素早く伸ばし、フィールドの向こうへと運ぶ。
「そうはさせ……あぅ……」
魔術で迎撃しようとしたカステットがガス欠を起こしてその場に崩れる。
「お嬢の頑張りを無駄にするな! どんな手を使ってでも撃ち落せ!」
ホワイトウルブスの外野手達が空を飛び、弓を射て、使い魔を飛ばし、魔術を放つけど、超強化された無形剣の刃はびくともせず、虹のように空を貫いてボールを彼方まで運んでいく。
「ホームラン! 逆転サヨナラ満塁ホームランだ!」
審判が宣言すると、僕は三重強化を解いてその場にへたりこんだ。
ホワイトウルブスのメンバーががっくりと膝を着き、ブラックキャッツのメンバーが狂喜する。
「やったなハル坊!」
「お手柄ネ」
「ひやひやさせやがって!」
塁に出ていた選手達が戻ってきて僕の頭を乱暴に撫でていく。
少し気恥ずかしいけど、誇らしい気持ちもある。
本当は今すぐ横になって眠りたいけど、そういうわけにもいかない。ホームランを打ったからには、ベースをぐるっと一周してこないと。
そう思っていると、険しい顔でエーデルが叫んだ。
「異議ありですわ! あんなのはインチキです! 一度はキャッチャーが手に捕ったじゃありませんか! それに、打球を捕まえてそのままフィールドの外に運ぶなんてズルいですわ! 監督として、断固抗議します!」
「そーだそーだ!」
「ずるだずるだ!」
「アウトでこっちの勝ちだろうが!」
エーデルの抗議に触発されて、ホワイトウルブスの冒険者達も異議を唱える。
「はぁ? そんなルールないだろ! バットでボールをフィールドの外にぶち込めばホームランだ! 負けたからって屁理屈こねるんじゃないよ!」
「そーだそーだ!」
「大人しく負けを認めるネ」
「往生際が悪いっすよ」
と、こちらのメンバーも黙っていない。
「なにを~!」
「やんのかコラァ!」
イザベラとエーデルがベンチから飛び出し、掴み合いの喧嘩を始める。冒険者達は監督の後を追いかけて、あっと言う間に乱闘へと発展した。
これだから異世界野球は嫌いなんだ。
前回と同じで、結局はこうなっちゃうんだから。
よっこいしょと、僕は重い身体に鞭を打って立ちあると、マウンドに突っ伏したカステットを抱き上げる。
「ひっぐ、えぐ、えぐ……なによ! 助けてなんて言ってないでしょ!」
顔を隠し、ぽろぽろと悔し涙を零しながら彼女は言う。こんな所も前回と同じだ。
「動けないんでしょ。あそこにいたら巻き添えになるよ」
「ひっぐ、えぐ、うっさいバカァ! 次は絶対負けないんだから!」
「別に勝ったとは思ってないけどね。エーデルさんの言う通り、半分はインチキみたいなものだったし。どうせ今回も引き分けになると思うよ」
異世界野球の一番アレな所だ。
文句があるなら実力で訴えるべし。
そのせいで、毎回最後は乱闘で引き分けになるのだった。
選手の身体も温まり、追いつけ追い越せで点数が加わるとラフプレーも多くなる。
大剣使いが魔獣の鎧の力を解放して塁に出れば、一塁を守る魔術士が地面を底なし沼に変え、火の玉や氷槍の雨で応戦する。精霊使いが古き精霊を呼び出して打席に立たせると、魔物使いは魔竜《ヴェルヴァシュシュ》を召喚したホームランを阻止した。忍者の分身がフィールドを埋め尽くし、侍の絶技が空間を斬り裂いてボールを転移させる。三重の防御魔術を施されたボールが激しく放電しながら勇気あるバッターもろともキャッチャーを黒焦げにし、双方のベンチでは、踊り子と詩人が互いに魔力を込めた舞と唄で選手を鼓舞している。負傷者は加速度的に増加して、浴びるようにポーションを被り、医術士や僧侶の治療を受けて戦線に復帰する。
気がつけばスポーツマンシップはどこへやら。異世界野球はスポーツの皮を被った戦争へと変わっていた。
そうして迎えた九回裏だった。
「「「かっ飛ばせー! ハール!」」」
「「「頑張れお嬢! ここを抑えれば俺達の勝ちだ!」」」
傷だらけの冒険者達が声を枯らして叫んでいる。
今や、大規模な魔境の掃討作戦を行った後みたいに、誰も彼もが満身創痍の有様だ。
僕も前の打席で大爆発木っ端みじん殺人魔球――バッターを戦闘不能にする事を目的とした破滅的デッドボール――を受けてボロボロだ。正直、立っているのも辛い。
でも、カステットもそれは同じだ。いや、もっと酷いかもしれない。異世界野球において、強力な魔球を投げ続けなければいけないピッチャーは過酷なポジションだ。
間に何度か交代を挟んではいるけど――交代に関する制限はない――それでも全体を通して半分近くを担当している。ベンチでは魔力補給剤《エーテル薬》をがぶ飲みしていたけど、それでも追いつかず、魔力欠乏の初期症状を起こして震えている。
「随分顔色が悪いけど、無理はしない方がいいんじゃない?」
乱れた魔力をまとめ上げる時間を稼ぐ為に、僕はカステットに話しかける。
「そっちこそ、喋るだけでも全身の筋肉が張り裂けそうって顔をしてるわよ」
図星だ。先ほどの守備では最後のピッチャーがスタミナ切れを起こしてしまった。開き続ける点差を抑える為に、かなり無理のある身体強化を使って守備を行った。そのツケが早くも回ってきて、身体中が痛ましい悲鳴を上げている。
「お互い様だね。こんな馬鹿げた茶番、いい加減終わりにしよう」
「そうね。あんたを討ち取って、気持ちよく帰らせて貰うわ」
「ここまで来たんだ。僕だって負ける気はないよ」
言葉が途切れる。
お互いに最後の一息はつけたという事なのだろう。
カステットが目を瞑り、小さく息を吐く。開いた眼には煌々とした魔力の輝きが宿っていた。その事に僕は驚く。枯れ井戸のようになっていた彼女の中に、まだこれ程の力が残っていたなんて。
……いや、違う。
「……そういう事か」
気がつくと胸の奥から魔力が湧き上がっていた。それぞれのチームの人達が、僕やカステットに向けて両手を掲げ、なけなしの魔力を送り込んでいる。
「……そんな事されたら、絶対に負けられないじゃない」
泣き出しそうな声でカステットが呟いた。事実、彼女は泣いていたのかもしれない。目元の拭うと、強い決意の表情を浮かべて僕を睨む。
「ハル=アサクラ! あんたとの因縁に、ここで決着をつけるわよ! はぁぁぁぁああああああ!」
天に向かってカステットが叫ぶ。彼女の言う因縁なんかどこにもないけど、そんな事を言える雰囲気じゃない。
彼女の身体が膨大な魔力を帯びて眩く輝き、その先へと至る。一時的に自らの存在を魔力体へと押し上げる秘術、精霊化《エレメンタライズ》だ。
噂には聞いた事があるけど、この目で見るのは初めてだ。まさか、そんなことまで出来るなんて。魔力体となったカステットは白く揺らめく光の精霊みたいで純粋に美しい。
「ちぇ。そんな事されたら、僕だって奥の手を出さないといけないじゃないか」
僕は肉体の隅々に練り上げた魔力を流す。
「身体強化《エンハンス》」
僕は身体の周りに練り上げた魔力を筋肉の鎧みたいに纏う。
「魔力補強《ブースト》」
僕は無形剣の刃を心臓に突き立て、絞られた魔力経路《パス》の中枢を無理やり推し広げる。
「魔炉解放《アンリミテッド》」
三つの強化術の相乗効果で、僕という存在は極限まで強化される。
「三重強化《トリプルブースト》」
激しく燃える魔力の灯のようになった僕を見て、カステットが目を丸くし、微笑む。
「なにそれ。かっこいいじゃない」
「君のもね」
自然と僕の口も笑っていた。
多分これがスポーツマンシップって奴なのだろう。
「でも、あんたの負けよ」
カステットが投球フォームに入り、上級悪魔の革で作った恐ろしく高価な野球ボールを投球する。
僕の魔力感覚は冴えわたり、彼女の胸の鼓動は勿論、この場にいる全員が息をのむ気配まで感じ取れた
たとえ音速を超えるような魔球でも、今の僕なら止まっているみたいに打ち返す事が出来ると思う。
それなのに。
「……ス、ストラーイク!」
奇妙な静寂の後、困惑した様子で審判が告げた。
驚いて僕は振り返る。
音もなく、ボールはべこべこにひしゃげた重装鎧の冒険者の手の中に納まっていた。
「99の魔球の中でも最強の魔球、打てない魔球よ。この魔球に軌道はない。あたしの手から離れた瞬間キャッチャーの手の中に納まってるから。過程をすっ飛ばして結果だけを起こす魔術の極地、奇跡のボールよ!」
ベンチがどよめく。
文字通りそれは、魔術が行きつく一つの究極系だった。
僕は驚くと同時に呆れ果てた。
こんな下らない事にそんなすごい力を使うなんて!
前から薄々思っていたけど、カステットは多分ちょっとお馬鹿なのだろう。
それに付き合う僕も人の事は言えないけど。
「すごいね。でも、そんな凄い球、三球も投げられるの?」
大袈裟な事を言うだけのことはあり、今の魔球はたった一球で並の冒険者なら命が枯れ果てる程の魔力が込められていた。僕を討ち取るには、最低でもあと二回ストライクを取らないといけない。
「投げれるわよ。あたしには、白狼亭のみんながついてるんだから」
カステットが力強く言う。
彼女は気づいてないけど、ホワイトウルブスのメンバーはいや無理! さっき送ったのが全部だから! これ以上は死んじまうって! って顔をしていて、それをエーデルが、カステットさんがあんなに頑張っているんです! わたくし達がそれに応えないでどうしますか! と励ましている。
それでも、精々もう一球が限度だろう。それ以上は、ちょっと本気で危ない。
僕は無形剣を空へと向ける。
「ホームランを打つよ。それで終わりだ」
そうしないと、多分カステットは自分の命を削ってでも打てない魔球を投げ続ける。ただでさえ魔力欠乏に陥っているんだ。草野球なんかで命をかけさせるわけにはいかない。止めるのは無理だから、終わらせるにはホームランを打ち込むしかない。
でも、どうやって?
実は秘策がある。
いざという時の為に考えておいた、多分、一度きりしか使えない必殺の打法だ。
「絶対に無理。言ったでしょ、この魔球は、誰にも打てない。それこそ、奇跡でも起こさない限りね」
「なら奇跡を起こすだけさ」
ムッとすると、カステットが投球フォームに入る。
「打てるもんなら……打ってみなさいよ!」
僕は無形剣を構える。
ボールがカステットの手を離れ、キャッチャーの手の中に納まる。
「……ス、ストラー――」
「まだだよ」
審判の早とちりを僕は諫める。
「まだ終わってない」
「いや、しかし――」
「しまった!? そういう事か!」
重鎧を着こんだキャッチャーが叫んだ。
残念だけど、気づくのが遅かったね。
球はもう、彼の手の中にはない。
ある意味では、僕は既にボールを打っていた。
予め僕は、極限まで強化し、膜のように薄く伸ばした無形剣の刃を彼の手の中に広げていた。そいつを引き戻し、キャッチャーの手からボールを奪い取ると、刀身を素早く伸ばし、フィールドの向こうへと運ぶ。
「そうはさせ……あぅ……」
魔術で迎撃しようとしたカステットがガス欠を起こしてその場に崩れる。
「お嬢の頑張りを無駄にするな! どんな手を使ってでも撃ち落せ!」
ホワイトウルブスの外野手達が空を飛び、弓を射て、使い魔を飛ばし、魔術を放つけど、超強化された無形剣の刃はびくともせず、虹のように空を貫いてボールを彼方まで運んでいく。
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審判が宣言すると、僕は三重強化を解いてその場にへたりこんだ。
ホワイトウルブスのメンバーががっくりと膝を着き、ブラックキャッツのメンバーが狂喜する。
「やったなハル坊!」
「お手柄ネ」
「ひやひやさせやがって!」
塁に出ていた選手達が戻ってきて僕の頭を乱暴に撫でていく。
少し気恥ずかしいけど、誇らしい気持ちもある。
本当は今すぐ横になって眠りたいけど、そういうわけにもいかない。ホームランを打ったからには、ベースをぐるっと一周してこないと。
そう思っていると、険しい顔でエーデルが叫んだ。
「異議ありですわ! あんなのはインチキです! 一度はキャッチャーが手に捕ったじゃありませんか! それに、打球を捕まえてそのままフィールドの外に運ぶなんてズルいですわ! 監督として、断固抗議します!」
「そーだそーだ!」
「ずるだずるだ!」
「アウトでこっちの勝ちだろうが!」
エーデルの抗議に触発されて、ホワイトウルブスの冒険者達も異議を唱える。
「はぁ? そんなルールないだろ! バットでボールをフィールドの外にぶち込めばホームランだ! 負けたからって屁理屈こねるんじゃないよ!」
「そーだそーだ!」
「大人しく負けを認めるネ」
「往生際が悪いっすよ」
と、こちらのメンバーも黙っていない。
「なにを~!」
「やんのかコラァ!」
イザベラとエーデルがベンチから飛び出し、掴み合いの喧嘩を始める。冒険者達は監督の後を追いかけて、あっと言う間に乱闘へと発展した。
これだから異世界野球は嫌いなんだ。
前回と同じで、結局はこうなっちゃうんだから。
よっこいしょと、僕は重い身体に鞭を打って立ちあると、マウンドに突っ伏したカステットを抱き上げる。
「ひっぐ、えぐ、えぐ……なによ! 助けてなんて言ってないでしょ!」
顔を隠し、ぽろぽろと悔し涙を零しながら彼女は言う。こんな所も前回と同じだ。
「動けないんでしょ。あそこにいたら巻き添えになるよ」
「ひっぐ、えぐ、うっさいバカァ! 次は絶対負けないんだから!」
「別に勝ったとは思ってないけどね。エーデルさんの言う通り、半分はインチキみたいなものだったし。どうせ今回も引き分けになると思うよ」
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