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25.Monologue
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会場から帰って、部屋。ソファに寝転がり、天井を背景に揺蕩う水蒸気を眺めて頭を休めていた。
煙を眺めるのは好きだ。細く揺れる白い曲線美の折り重なり。一つとして同じ形は無く、常に変化して瞬く間に霧散する。
あ、でも水蒸気だから煙とは言わないのか――そう考えていると、「おい」と声をかけられる。
首だけ動かして見やると、シャワーを浴び終えてリビングに戻ってきたジムが、もの言いたげな、訝しむような顔でこちらを見ていた。
なんだか嫌な――面倒くさそうな気を感じて思わず顔を顰めてまた天井を向く。小さく「てめえ」と聞こえたが、それにも目を閉じて対話拒否の意を示す。だが強引なのは相手も同じで、そのまま話しかけられる。
「今日の、あいつは何だったんだ」
予想通りの話題にまた目を開いて眉を寄せた。
「……君には関係ない」
寝返りを打ち、ジムに背を向ける。はじめに彼――古い知り合い、が、ギャラリーに来たときにも同じ質問をされた。今回の質問の意は、もっと踏み込んだものを聞かれているのは解っていた。
「お前……」
すこし苛立ったような声と近付く気配がして、しかし止まる。舌打ちのあとに気配が遠ざかって、椅子に座ったらしい音が聞こえた。多分、詰め寄りかけて、止めたのだろう。
『……………………僕はさぁ』
母国語で、呟く。ほんの少しの間を置いてから、ジムがタブレットを取り出したであろう音を確認した。
『……この国は好きだけど、この国にいた頃の自分は、まだそんなに好きにはなれてないんだよね。“あの時の自分がいるから今の僕がある”っていう意味では受容できるけど、それも含めて僕だなんて言い切るほど、あの頃の自分を……認めることができていない』
ベイプを吸い、吐く。
『認めるには、あまりにも痛まし過ぎる』
体勢が居心地悪くなったので、再び仰向けになって天井を見る。ちょうど、煙が消えるところだった。
『僕は自分の価値や人生を他人に委ねたくないんだよね』
また吸って、吐こうとして少し咳き込んだ。
『過去の自分がそうだった。他人の人生に自分の価値を置いてた。それまでの人生ずっとそう。……今日の、あれは……一番、自分の価値を委ねちゃってた人。……彼は別に悪くないよ。でももう思い出したくもない。……多分人生で一番幸せで、一番最悪な時だったなぁ』
また吸って、吐く。
『……僕はさぁ、今みたいになってから、それ以前の記憶がすっごく薄くなったように感じることがあるんだ。多分、それまで僕は生きてなかったんだと思ってる。“生まれ変わった”なんて劇的なもんじゃないけど、僕がちゃんと人生を生き始めたのは……国を出てからだよ』
ふと、国を出て初めて行った先での研修期間を思い出して笑う。あの時期は大変だったが、今にして思えば楽しかった。ジムともそこで出会ったのだと思い返してちらりと相棒を目だけで見れば、テーブルに肘をついて額を支えるようにしていて、顔は見えない。けど、恐らくタブレットを見ているのだろう。目線を天井に戻して再び煙を出す。
『なんだっけ……そう、だから、僕が僕じゃない頃の話っていうか……今の僕とはもう関係が無いっていうか……』
少し考え事で逸れてしまったら、何を話していたのか忘れてしまった。けど、どうだっていい。
どうせ独口だ。
「……だから君にも関係ない」
そうして今度は体を向けてジムを見ると、先ほどと体勢は変わらず、俯いている。顔も片手に隠されてよく見えない。……独り言ではあったけど、はじめに自分から振っておいてさすがに何もなさすぎるのではないかと思う。
独り言の体を取った以上こちらから聞いているのかとも問えず、何も言えずにじっと見るだけの時間。まさか泣いているのかとすら疑って更に凝視するが、そういう気配もなく、ただ黙っているだけのようで一旦安堵する。
しかしその間の時間――実際にはそんなに経っていないのだろうが――にいい加減しびれを切らし、やけくそに立ち上がった。
「もう、僕、寝るからね!?」
あえて大きい声で言えば、無言で俯いたまま片手で雑に追い払う仕草をされる。少し覗いた片目がなんだかすごく不満げな訝し気な――むかつく目をしていて「ジムのばか!」腹が立った。
煙を眺めるのは好きだ。細く揺れる白い曲線美の折り重なり。一つとして同じ形は無く、常に変化して瞬く間に霧散する。
あ、でも水蒸気だから煙とは言わないのか――そう考えていると、「おい」と声をかけられる。
首だけ動かして見やると、シャワーを浴び終えてリビングに戻ってきたジムが、もの言いたげな、訝しむような顔でこちらを見ていた。
なんだか嫌な――面倒くさそうな気を感じて思わず顔を顰めてまた天井を向く。小さく「てめえ」と聞こえたが、それにも目を閉じて対話拒否の意を示す。だが強引なのは相手も同じで、そのまま話しかけられる。
「今日の、あいつは何だったんだ」
予想通りの話題にまた目を開いて眉を寄せた。
「……君には関係ない」
寝返りを打ち、ジムに背を向ける。はじめに彼――古い知り合い、が、ギャラリーに来たときにも同じ質問をされた。今回の質問の意は、もっと踏み込んだものを聞かれているのは解っていた。
「お前……」
すこし苛立ったような声と近付く気配がして、しかし止まる。舌打ちのあとに気配が遠ざかって、椅子に座ったらしい音が聞こえた。多分、詰め寄りかけて、止めたのだろう。
『……………………僕はさぁ』
母国語で、呟く。ほんの少しの間を置いてから、ジムがタブレットを取り出したであろう音を確認した。
『……この国は好きだけど、この国にいた頃の自分は、まだそんなに好きにはなれてないんだよね。“あの時の自分がいるから今の僕がある”っていう意味では受容できるけど、それも含めて僕だなんて言い切るほど、あの頃の自分を……認めることができていない』
ベイプを吸い、吐く。
『認めるには、あまりにも痛まし過ぎる』
体勢が居心地悪くなったので、再び仰向けになって天井を見る。ちょうど、煙が消えるところだった。
『僕は自分の価値や人生を他人に委ねたくないんだよね』
また吸って、吐こうとして少し咳き込んだ。
『過去の自分がそうだった。他人の人生に自分の価値を置いてた。それまでの人生ずっとそう。……今日の、あれは……一番、自分の価値を委ねちゃってた人。……彼は別に悪くないよ。でももう思い出したくもない。……多分人生で一番幸せで、一番最悪な時だったなぁ』
また吸って、吐く。
『……僕はさぁ、今みたいになってから、それ以前の記憶がすっごく薄くなったように感じることがあるんだ。多分、それまで僕は生きてなかったんだと思ってる。“生まれ変わった”なんて劇的なもんじゃないけど、僕がちゃんと人生を生き始めたのは……国を出てからだよ』
ふと、国を出て初めて行った先での研修期間を思い出して笑う。あの時期は大変だったが、今にして思えば楽しかった。ジムともそこで出会ったのだと思い返してちらりと相棒を目だけで見れば、テーブルに肘をついて額を支えるようにしていて、顔は見えない。けど、恐らくタブレットを見ているのだろう。目線を天井に戻して再び煙を出す。
『なんだっけ……そう、だから、僕が僕じゃない頃の話っていうか……今の僕とはもう関係が無いっていうか……』
少し考え事で逸れてしまったら、何を話していたのか忘れてしまった。けど、どうだっていい。
どうせ独口だ。
「……だから君にも関係ない」
そうして今度は体を向けてジムを見ると、先ほどと体勢は変わらず、俯いている。顔も片手に隠されてよく見えない。……独り言ではあったけど、はじめに自分から振っておいてさすがに何もなさすぎるのではないかと思う。
独り言の体を取った以上こちらから聞いているのかとも問えず、何も言えずにじっと見るだけの時間。まさか泣いているのかとすら疑って更に凝視するが、そういう気配もなく、ただ黙っているだけのようで一旦安堵する。
しかしその間の時間――実際にはそんなに経っていないのだろうが――にいい加減しびれを切らし、やけくそに立ち上がった。
「もう、僕、寝るからね!?」
あえて大きい声で言えば、無言で俯いたまま片手で雑に追い払う仕草をされる。少し覗いた片目がなんだかすごく不満げな訝し気な――むかつく目をしていて「ジムのばか!」腹が立った。
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