聖女に殺される悪役貴族に転生した私ですが、なぜか聖女と一緒に魔王ライフが始まりました

下城米雪

文字の大きさ
26 / 44

2-3.バーグ家の秘術

しおりを挟む
* リリエラ・バーグ *

「……ここは?」

 ぼんやりと意識が覚醒した。
 周囲を見る。狭くて、汚くて、暗い場所だった。

「……あれ?」

 動けない。
 手足に何か抵抗感がある。

「……ああ、そうだった」

 ここは王都の地下にある牢獄。
 私は魔力を封じる鎖に手足を拘束され、囚われている。

 今から半年くらい前のこと。
 息子の「おはよう」が聞けないショックで寝込んでいると、大きな爆発が起きた。何事かと体を起こし、廊下の窓から外を見た。

 私は王国騎士団を見た。
 直ぐに地下室へ向かって大切な資料を鞄に詰め込む。

 私は家族を見捨てて逃走した。
 何も知らない使用人達を考えると心が痛む。だけど、バーグ家の秘密を守ることが最優先だった。

 バーグ家には秘密がある。
 表向きは、魔族の末裔として忌み嫌われながら、王国に貢献することで地位の向上を目指す田舎貴族。だけど本当の顔は全く違う。

 私は、その秘密を息子に話せなかった。
 だってだって可愛いんだもの。あんなに純粋で真っ直ぐな子に、こんな運命を背負わせるなんて、そんなことできない!

 私は思ったの。よく考えたら使命とかどうでも良いんじゃないかしら。ご先祖様達が必死に頑張ったみたいだけど、彼らはもういないじゃない。無視しても怒られることは無いはずよ。

 ──だから、これは罰なのかもしれない。
 バーグ家の秘密は無視できる程に軽いものではない。

 でも私は息子の方が大事。
 息子の幸せは世界の命運よりも重いのだ。

(……あの子は、元気かしら)

 この牢獄に囚われる前のこと。
 私は潜伏先を割り出され、一生懸命に抵抗したけど、一人で国を相手にするのは無理だった。多勢に無勢。私は七日目に力尽き、囚われた。

 あの子が本気になれば、ムッチッチ王国を簡単に滅ぼせる。
 でも、この国はまだ滅んでいない。だから息子は狙われていないはず。

(……もしも、あの子に何かあったら)

 不安に思った瞬間、音がした。
 私は顔を上げる。そして、懐かしい顔を見た。

「久しいな」
「……あら、大きくなったわね」

 華美な服装をした男。息子には遠く及ばないけど、まあそれなりに女の子を泣かせそうな容姿をしている。その姿には、幼い頃の面影が残っている。

「王様の仕事に疲れて、盗賊に転職したのかしら?」
「ふっ、その減らず口も相変わらずだな」

 キング・オブ・ムッチッチ。
 その古代語が意味するのは、偉大なる存在の頂点。

「バーグ家の秘術を教えろ」
「……特製ハンバーグの作り方かしら?」
「余は気が短い。貴様の戯れに付き合うのは、今のが最後だ」
「へぇ? 次にふざけたら何をされるのかしら?」

 彼は胡散臭い笑みを浮かべる。

「貴様が最も嫌がることをしよう」
「……やめて。私、人妻なのよ」
「イーロンだったか? 中々に愉快な青年だった」

 ……。

「良い顔になった」
「あの子に手を出したら許さない」
「貴様の態度次第だ」

 ……。

「……何が聞きたいの」
「ふっ、くふふ、くふふふ」

 何こいつ急に笑い出して……。

「あのリリエラ・バーグが、随分と子煩悩になったものだ」
「あなたにも子供ができれば分かるわよ」

 彼は私の嫌味を聞き流し、ひとしきり笑った後で言った。

「時を戻る魔法」

 私には、その一言で十分だった。

「……どうやって知ったの?」
「余を歴代の愚王達と同じにするな。手段など、いくらでもある」

 お互いに先祖を軽んじているのね。
 そんな軽口を呑み込む程度には衝撃だった。

 私は口を閉じて思考する。
 この場における最善の手は何か。

「構わないわよ。全部教えてあげる」
「……ほう?」

 その表情に微かな驚きの色が浮かぶ。
 私は彼に考える時間を与えず、選択を迫ることにした。

「私、息子が幸せなら他のことはどうでも良いの」

 彼は何も言わない。
 顎に手を当て、何か考えている。

「あなたがバーグ家の秘術を使えば、今の歴史は固定される」

 表情ひとつ動かない。
 どうやら時戻りのデメリットを知っているようだ。

「私にとっては、息子との日々を永遠に繰り返せるということ。万々歳よ」
「異世界の魂を使う」
「っ!?」

 しまった、驚きが顔に出た。
 彼はそれを見逃さず、嫌味ったらしい表情をした。

「時を戻る魔法は、記憶さえも元に戻す。故に、歴史を改変することは難しい。だがその副作用は、この世界に生まれた魂にだけ作用する」

 ……こいつ、一体、どうやってその知識を。

「余は全て知っている。貴様が、息子の体に異世界の魂を入れたこともな」
「入れてないわよ」

 本当に入れてない。
 誰がするかそんなこと。

「彼は我が愚息に決闘を仕掛け、聖女を奪い取った。だから余は彼に問うた。聖女を得て、何を為すのかと。彼は言った。何も変わらない。実に愉快な回答だったよ」

 それはきっとあれね。
 成り行きで決闘することになっちゃったけど、その先なんて考えてなかったのね。

「貴様、余の秘密をどこで知った?」
「知らないわよ」
「いつ知った、と聞いた方が良いか?」
「だから知らないわよ」
「とぼけるな。貴様が息子に教えたのだろう」
「だから知らないと言っているでしょう」
「何も知らぬ者が、あの言葉を口にできるわけがない」
「ただの偶然じゃないかしら」
「ふむ、あくまで白を切るか。まあ良い。ならば口を軽くしてやるだけだ」

 彼は踵を返した。

「待ちなさい。息子は本当に何も知らないわよ!」

 彼は私の声を無視して歩く。
 そしてドアを開けると、去り際に言った。

「貴様の公開処刑を宣言した。喜べ。近いうちに、息子と会える」
「だからあの子は何も! ……話を聞きなさいよ!」

 彼は私を無視して部屋を出た。

「くっ、この!」

 息子に危険が迫っているかもしれない。
 何も知らない息子を守れるのは、私しかいない。

「もう!」

 しかし、魔力を封じられては、何もできない。

「……どうなってるのよ」

 彼は息子が何か知っていると確信している様子だった。
 それはありえない。だって私は何も教えていない。あの子は無邪気で、純粋で……。

「そう思っていたのは、私だけなの?」

 呟かれた言葉に返事は無い。
 それは狭い牢獄の静寂に吸いこまれ、不安だけを残して消え去った。


しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

存在感のない聖女が姿を消した後 [完]

風龍佳乃
恋愛
聖女であるディアターナは 永く仕えた国を捨てた。 何故って? それは新たに現れた聖女が ヒロインだったから。 ディアターナは いつの日からか新聖女と比べられ 人々の心が離れていった事を悟った。 もう私の役目は終わったわ… 神託を受けたディアターナは 手紙を残して消えた。 残された国は天災に見舞われ てしまった。 しかし聖女は戻る事はなかった。 ディアターナは西帝国にて 初代聖女のコリーアンナに出会い 運命を切り開いて 自分自身の幸せをみつけるのだった。

悪役令息、前世の記憶により悪評が嵩んで死ぬことを悟り教会に出家しに行った結果、最強の聖騎士になり伝説になる

竜頭蛇
ファンタジー
ある日、前世の記憶を思い出したシド・カマッセイはこの世界がギャルゲー「ヒロイックキングダム」の世界であり、自分がギャルゲの悪役令息であると理解する。 評判が悪すぎて破滅する運命にあるが父親が毒親でシドの悪評を広げたり、関係を作ったものには危害を加えるので現状では何をやっても悪評に繋がるを悟り、家との関係を断って出家をすることを決意する。 身を寄せた教会で働くうちに評判が上がりすぎて、聖女や信者から崇められたり、女神から一目置かれ、やがて最強の聖騎士となり、伝説となる物語。

勇者パーティーを追放されました。国から莫大な契約違反金を請求されると思いますが、払えますよね?

猿喰 森繁
ファンタジー
「パーティーを抜けてほしい」 「え?なんて?」 私がパーティーメンバーにいることが国の条件のはず。 彼らは、そんなことも忘れてしまったようだ。 私が聖女であることが、どれほど重要なことか。 聖女という存在が、どれほど多くの国にとって貴重なものか。 ―まぁ、賠償金を支払う羽目になっても、私には関係ないんだけど…。 前の話はテンポが悪かったので、全文書き直しました。

1つだけ何でも望んで良いと言われたので、即答で答えました

竹桜
ファンタジー
 誰にでもある憧れを抱いていた男は最後にただ見捨てられないというだけで人助けをした。  その結果、男は神らしき存在に何でも1つだけ望んでから異世界に転生することになったのだ。  男は即答で答え、異世界で竜騎兵となる。   自らの憧れを叶える為に。

【完結】追放された子爵令嬢は実力で這い上がる〜家に帰ってこい?いえ、そんなのお断りです〜

Nekoyama
ファンタジー
魔法が優れた強い者が家督を継ぐ。そんな実力主義の子爵家の養女に入って4年、マリーナは魔法もマナーも勉学も頑張り、貴族令嬢にふさわしい教養を身に付けた。来年に魔法学園への入学をひかえ、期待に胸を膨らませていた矢先、家を追放されてしまう。放り出されたマリーナは怒りを胸に立ち上がり、幸せを掴んでいく。

追放された私の代わりに入った女、三日で国を滅ぼしたらしいですよ?

タマ マコト
ファンタジー
王国直属の宮廷魔導師・セレス・アルトレイン。 白銀の髪に琥珀の瞳を持つ、稀代の天才。 しかし、その才能はあまりに“美しすぎた”。 王妃リディアの嫉妬。 王太子レオンの盲信。 そして、セレスを庇うはずだった上官の沈黙。 「あなたの魔法は冷たい。心がこもっていないわ」 そう言われ、セレスは**『無能』の烙印**を押され、王国から追放される。 彼女はただ一言だけ残した。 「――この国の炎は、三日で尽きるでしょう。」 誰もそれを脅しとは受け取らなかった。 だがそれは、彼女が未来を見通す“預言魔法”の言葉だったのだ。

タダ働きなので待遇改善を求めて抗議したら、精霊達から『破壊神』と怖れられています。

渡里あずま
ファンタジー
出来損ないの聖女・アガタ。 しかし、精霊の加護を持つ新たな聖女が現れて、王子から婚約破棄された時――彼女は、前世(現代)の記憶を取り戻した。 「それなら、今までの報酬を払って貰えますか?」 ※※※ 虐げられていた子が、モフモフしながらやりたいことを探す旅に出る話です。 ※重複投稿作品※ 表紙の使用画像は、AdobeStockのものです。

前世を越えてみせましょう

あんど もあ
ファンタジー
私には前世で殺された記憶がある。異世界転生し、前世とはまるで違う貴族令嬢として生きて来たのだが、前世を彷彿とさせる状況を見た私は……。

処理中です...