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ある晴れた日のこと
しおりを挟む「アイシャ! アイシャはどこだ!?」
ある晴れた日のこと。
私が庭で花の世話をしていると、怒り狂った声が響いた。
「お父様、アイシャはこちらです」
「貴様ァ!? 実の妹に毒を盛るとは何事だァ!?」
まったく身に覚えが無い。
突然の言葉に困惑しながらも、私はどうにか返事をする。
「何かの間違いでは?」
「見ろ! 先日アルルの部屋で見つかったものだ!」
お父様は私に拳を突き出した。
そこには萎れた白い花がひとつあった。
「これは、コガレーナですね」
胸が痛むくらい状態が悪いけれど、見れば分かる程度に原形を留めている。
「これを妊婦に近付けるなど人殺しも同然だ!」
「妊婦? どういうことですか?」
「アルルは妊娠していたのだ!」
「……はい?」
私はポカンと口を開けてしまった。
しかし、直ぐにひとつの予感が頭を過る。
アルルは、私の婚約者──ミカエル様と頻繁に話をしていた。距離が近いとは思っていたが、まさかそんな……
「お父様、ミカエル様とはもう話されたのですか?」
「何を話せと言うのだ!?」
「……彼との子ではないと?」
「馬鹿者! ミカエルは貴様の婚約者であろうが!」
どういうこと?
「それでは、アルルは、どなたと?」
「学友と聞いている。密かに愛し合っていたが、身分の違い故に話せなかったそうだ」
ど、どういうこと?
「貴様は知っていたそうだな!」
「いえ、これっぽちも」
「嘘を吐くなぁああああ!!!」
「お、お父様、落ち着いてくださいませ……」
お酒でも飲んでおられるのでしょうか。
お母様が亡くなられてから少し変わったとは思いましたが、このように叫ぶことは無かったのに。
「アルルが泣きながら教えてくれたぞ! 貴様が学園に居た頃、散々いじめられていたとな!」
「そのような事実はございません」
「やかましい! アルルの学友が証人となった! 一人ではない複数人だ! ハルベール家の恥さらしめが!」
訳が分からない。
困惑する私は、ふとお父様の背後に人影を見つけた。
目が合った。
アルルだ。とても楽しそうな目をしていた。
……ああ、そうか、そういうことか。
「お父様、全てアルルの噓であります」
「ふざけるな! 証人が居ると言ったであろう!」
……これは、ダメだ。
何を言っても聞いてくれそうにない。
「出て行け! 今すぐにだ!」
「……はい、分かりました」
私は頷き、そのまま家の外へ向かった。
我ながら諦めるのが早いとは思う。
しかし仮に無実を証明しても、この家にはいられない。
お父様はアルルの噓を信じた。
そして私に出て行けと言った。
当主の決定は絶対である。
だから大人しく立ち去る判断をした。
行く当てなど無い。
しかし抵抗を続けたら、最悪処刑されるかもしれない。
……少し、気持ちを整理したいですね。
妹がここまで私を嫌っていたこと。
お父様が私の話に全く耳を傾けなかったこと。
どちらも胸が痛い。
思えば良好な関係ではなかった。
それでも私は家族の愛を信じていた。
本当は先のことを考えるべきだ。
頭では理解しているけれど、直ぐには割り切れない。
「お父様、お姉様はどこへ行くのですか?」
歩く途中、アルルの声が聞こえた。
「そんな!? なぜ処刑してくださらないのですか!?」
その言葉を聞き、思わず足を止める。
「私は子を殺されたのですよ!?」
「落ち着け。お前の気持ちは分かる。しかし身内殺しなど、表沙汰になればハルベール家にとって末代までの恥だ」
私は振り返った。
お父様の背と、こちらに顔を向けるアルルが見えた。
彼女は私を見て、ベッと舌を出した。
それから白々しい泣きの演技を始めた。
「酷いですお父様! 我が子の無念は、どう晴らせば!」
……ああ、そういえば、昔からああいう子だったな。
欲の強い子だった。
何事も自分が一番でなければ許せないような子だった。
しかし彼女は努力をしない。
あらゆるものが与えられて当然だと思っている。
だから彼女は私よりも劣っていた。
勉学も、運動も、周囲からの評判も。
むしろ嫌がらせを受けていたのは私の方だ。
花壇を荒らされたり、服を汚されたり、果てには婚約者に色目を使われたり。
……私は、花さえあれば満足なのに。
心の中で呟き、ゆっくりと歩を進める。
こうして私は森の中を彷徨うことになった。
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