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不思議な侍女

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 見知らぬ天井が見えた。
 ぼんやりとした気分で視線を横に向けると、人の姿があった。

「おはようございます」

 見知らぬ女性。
 小さな椅子に座り、私を見ている。

「自分のこと、分かりますか?」

 服装から察するに侍女の方だろうか。
 そうすると、私は誰か貴族の方に拾われた?

「言葉は分かりますか?」
「わ、分かります。ごめんなさい、ぼんやりしていました」

 彼女を無視していた。とても失礼なことだ。
 慌てて返事をすると、彼女は安堵した様子で息を吐いた。

「元気そうで何よりです。二日も寝ていたので」
「二日、ですか?」
「ええ。糞尿が垂れた時には、もうダメかと」
「……それは、それは、大変なご迷惑をおかけしました」
「主の命ですから。お気になさらず」

 それから彼女は説明を始めた。
 曰く、この家の主が意識の無い私を連れ帰ったそうだ。

 その後、彼女が私の世話をしてくれた。
 着替え、傷の治療、粗相の処理など、何もかも。

 私は感謝と羞恥で胸がいっぱいだった。
 何を言うべきか悩んでいると、彼女が口を開いた。

「飯にしましょう。餓死されては困ります」

 彼女は立ち上がり、透明なグラスを私に差し出す。

「食事を用意します。待ち時間に、水をどうぞ」
「ありがとうございます」

 グラスを受け取ったものの何も入っていない。
 不思議に思っていると、彼女は指先から水を生み出した。

 ……魔法!? それも無詠唱で!?

 魔法は素質のある者が修練を積むことでしか使えない。
 無詠唱は極めて高度な技術であり、最高位の魔法学校でも数年に一度しか使い手が現れないと言われている。もちろん卒業生のその後を含めての話だ。

 ……彼女は、侍女ではない?

 無詠唱の使い手は貴重である。
 魔法職であれば、あらゆる道を選べる程に。

 要するに、ただの侍女であるわけがない。
 ひょっとしたら、この家の主ということも考えられる。

「飲まないのですか?」

 しかし彼女はケロッとした様子で言った。
 私は驚愕する気持ちを抑え、グラスの水に目を向ける。

 ここで飲まないのは失礼に当たるかもしれない。
 私は悟られない程度に呼吸を整えて、そっと口を付けた。

 ……美味しい!

 魔法による効果か、飢餓による効果か、あるいは両方か。
 これまでに感じたことの無い美味に驚いた私は、残りを一気に飲み干した。
 
 そして激しく咽せた。

「あーあ、ゆっくり飲まないから」
「……申し訳、ゲフッ、ございません」

 どうやら私の身体は相当に弱っているらしい。
 彼女は嫌そうな顔を隠さない。しかし献身的に世話をしてくれる。

 食事ができる程度に回復するまで、二日を要した。
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