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野良猫

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 二日目には三人のお客さんが訪れた。
 三日目には五人、四日目には八人。

 どなたも高齢の方。
 聞けば最初に来た方のご友人なのだとか。

 五日目には十人。
 六日目にはリピーターの方も現れた。

 少しずつお客さんが増える。
 店としての成功は遠いけど、とても嬉しい。

 一方で大きな課題が残っている。

 自分から何か提案することができない。
 いつだって受け身で、相手の言葉を待ってしまう。つい、エリカさんを頼ってしまう。

 特に、フィル様と話す時。
 いつも彼に喋らせてしまっている。

 私は与えられてばかりだ。
 まだひとつも恩を返せていない。

 変わりたい。
 ──その気持ちが強くなった時だった。

「あら、可愛らしいお客さんですね」

 私は花壇の前で足を止めた女の子を見て呟いた。

 背丈は私のお腹くらい。
 周囲に親の姿は見当たらない。

「どうしたの?」

 私は目線の高さを合わせて言った。

「これ、くれ!」
「……ええっと、お金、持ってる?」
「ない! わるいか!?」

 拗ねたような声。
 私は苦笑して、簡単な言葉で説明する。

「悪くはないですが、こちらは売り物なので、ただではあげられません」
「ケチ! ばーか!」

 その子は走り去ってしまった。
 呆然としていると、隣に誰かが立った。

「気にしちゃいかんよ」

 見覚えがある。
 何日か前に押し花を買ってくれた方だ。

「物乞いなんて、良くあることだ」

 彼は言葉だけ残して、そのままどこかへ行った。

「……物乞い、ですか」

 そんな風には見えなかった。
 でも、平民社会では珍しくないのかもしれない。私は意識的に気持ちを切り替え、その日の仕事を続けた。

 
 翌日。
 また、あの女の子が現れた。


「これ、くれ!」

 よっぽど欲しいらしい。
 私は苦笑して、昨日と同じ質問をする。

「お金、ある?」
「ある!」

 女の子は少し汚れた手を開く。
 そこには、一枚の銅貨があった。

「……ごめんね。これと同じものが、あと九個必要なの」
「はー!?」

 怒られてしまった。

「ばーか!」

 女の子は涙目になって、また走り去った。

「……どうしましょう」

 あの様子だと、また来る。
 正直、ひとつならあげても構わない。
 しかしそれは、あの子のためにならない。

「よぉ新入り、早速あいつの洗礼を受けたみたいだな」

 額に何か巻いた背の高い男性。
 彼は、右隣りの店を営んでいる方だ。

「有名なガキでな。昔はよく商品を盗られたもんだ」
「盗みですか?」
「おうよ。その度に母親が頭下げて……何とかしてやりてぇが、俺達にも生活がある」

 彼は目を伏せて言った。

「野良猫みてぇなもんだ。無視しときな」
「……はい、そうですね」

 私が頷くと彼は店に戻った。
 
 野良猫という表現は、絶妙だった。
 一時の同情で餌を与えても、その先ずっと面倒を見られるわけではない。むしろ餌を貰えると知った猫は不幸になるかもしれない。

「……難しいですね」

 その日は、ずっとモヤモヤしながら仕事をすることになった。
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