異世界帰りの元陰キャ、今は淫キャ

下城米雪

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5-07.異世界帰りの勇者

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 ──そして彼は、白き泉より現れる。

 予言の時は来た。
 その光は徐々に広がり、やがて世界を包み込む。

 音は無い。色は真っ白だ。
 理性を失った獣のように四人を貪っていた淫魔達でさえ、動きを止めた。

「……この淫力、まさか」

 ただ一人、リリエラ・バキュームだけが理解した。
 の彼と戦ったことのある彼女は、それを全身で理解している。


「──淫力解放」


 声が響いた。


「──かつて夢見た理想の世界」


 それは起動の句。
 淫力は、深層心理に宿る風景せいへきというなの泉から溢れ出た蒸気のようなモノ。ドスケベ・アースの人々は、これを自在に操ることで様々なスキルを発動するようになった。

 当然、そこには段階がある。
 その最終段階は、──性癖による浸食。己の内側にだけ存在するはずの妄想を具現化し、一時的に世界を創り変える程の究極奥義。

 彼は、それをコンマ1秒だけ発動した。
 全ての下級淫魔は蒸発し、涎を垂らして痙攣する五つの人影だけが残った。

 彼は白き泉の上に立つ。
 それから勝気な笑みを浮かべ、少女達に語り掛けた。

「待たせたな」

 少女たちは返事ができなかった。

「……ふむ、やり過ぎたか」

 どこか反省しているようなセリフだが、全く違う。
 彼の表情は、むしろ「やったぜ」とでも言いたげな程に晴れやかだった。

「……な、ぜぇ」

 最初に起き上がったのは、やはりリリエラ・バキューム。
 彼女の疑問を聞き、彼は解説を始める。

「数日前、俺は先読みの巫女と同化した」
「……先読み、だと?」
「ああ、そうだ。そして、俺の性欲が衰えた後に、貴様が侵略してくる未来を視た」
「……まさかっ!?」

 彼女は察した。
 今このタイミングで侵略を開始したのは、ひとえに最大の障壁である「勇者」が姿を消したからだ。つまり──リリエラ・バキュームは、まんまと罠に引っかかった。

「もう忘れたのか?」

 彼は言う。

「俺は最強だが──その勝利は、いつも戦う前に確定している」
「……おのれぇぇぇぇぇ!」

 彼女は残った淫力を振り絞り、極限まで強化した舌を伸ばした。

「──スキル」

 彼は、その舌をそっと撫でた。
 ただそれだけで、リリエラ・バキュームは陸に上がった鯉のように痙攣する。

「……イ、ひひ、イィィヒヒヒヒ」

 明らかな劣勢にあって、しかし彼女は嗤った。

「……勝利……しょうりぃ?」
「何が言いたい?」

 リリエラ・バキュームは立ち上がる。

「みろぉ! この景色、この世界の現状を!」

 紫色の空。崩れた校舎、廃墟のような街並み。
 そして、あちこちに干乾びたヒトの亡骸が転がっている。

「貴様の故郷、大切な人、モノ、全て壊した! メチャクチャにしてやった! なあ勇者、どうだ? 今回は守れなかったなぁ? イヒヒ、イヒヒヒヒヒッ!」

 ──かつて、リリエラ・バキュームはひとつの街を滅ぼそうとした。しかし、その試みは「勇者」と呼ばれた彼によって防がれた。

 しかし今回は違う。
 故に、私の勝ちなのだと彼女は叫んだ。

「……はぁ」

 彼は溜息を吐いた。

「イヒ?」

 そして、首を傾げた淫魔に向かって言う。

「まさか、一度メチャクチャにした程度で、俺の故郷を奪えると思ったのか?」

 彼の足元が光る。
 その光は渦を巻き、加速度的に広がった。
 
「……なんだ、なんだ、これは」
「バックアップ」

 彼はただ一言、そう答えた。
 それはドスケベ・アースにおいて一般的なスキルの名称である。

「……はぁ!?」

 しかし、だからこそ、リリエラ・バキュームは理解に数秒を要した。

「この街全てを復元するとでも言うのか!? そんなこと、できるわけがない!」
「俺は、同級生ハーレムを作ると決意した」
「……何を言っている?」
「一夫多妻。ハーレム。酒池肉林。男の夢。聞こえは良いが、それを実現するのは並大抵のことではない。皆を幸せにするためには、それ相応の器が必要だ」

 光の渦は既に学校の敷地を全て包み込んだ。
 しかし止まらない。それは街中にも広がっていく。

「俺は自問した。その器が、俺にあるのかと」
「……ありえない。街ひとつが、貴様の器に収まるだと?」

 彼は微かに笑った。

「逆に聞こう。たかだか街ひとつ抱え込めない程、俺の器が小さいと思ったか?」

 光の渦は、街ひとつを呑み込んだ巨大な魔方陣に変わる。
 その円周上から柱が現れ、光の渦は天と地を繋ぐ檻となった。

 天から光が降り注ぐ。
 そのひとつひとつに、この街の記憶が宿っていた。

復元せよRestore俺の愛した世界my pleasure

 そして世界は巻き戻る。
 ヒトもモノも、まるで動画を逆再生したかのように。

「……あり、えない」

 その光景を見ながら、リリエラ・バキュームは唖然とした様子で呟いた。

「俺の世界に、貴様は必要ない」
「ヒッ」

 彼は淫魔に向かって手を伸ばす。
 そして──すべては元通りになった。

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