日刊幼女みさきちゃん!

下城米雪

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第二章 仕事と子育て

就学時健診に行った日

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 気が付けば人形劇が終わってから一月が経っていた。
 すっかりみさきとゴロゴロするのが当たり前になった土曜日、俺は唐突にとある衝動に襲われた。

「みさき、走るぞ!」
「……ん?」

 走りたい!
 ムズムズする!
 とにかく走りたい!

「運動だ! 外行くぞ外!」
「……ん」

 もー仕方ないなー。
 みさきは読んでいた本をパタンと閉じて、ひょこっと立ち上がった。
 それから部屋の奥にある段ボール箱をごそごそして、運動に適した服を取り出す。

 仕事を始めてから半年、この部屋には少しばかり家具が増えていた。もちろん、全てみさきの為の物だ。

 一方で俺は、ここ最近ずっとジャージを着用しているので着替えなど必要ない。

「いいよ」
「しゃあ! 行くぜみさき!」
「……ん」

 冬の近付く寒空の下、俺とみさきは走り出した。
 目的地など無い! どこまでも! 行けるところまで!

「……何してるんですか?」

 残念っ! 俺達は出鼻を挫かれた!

「見りゃ分かるだろ、走ってるんだよ」

 俺はその場で足踏みしながら、目を細めて乱入者を見た。

「おはようございます!」
「おう、ゆいちゃんも一緒だったのか」

 一ヶ月前には威嚇されたが、今日は機嫌が良いらしい。

「あの、走るって、この後に健康診断があるの忘れてませんよね?」
「……健康診断?」

 果たして、俺とみさきの未だ見ぬ世界への旅(小走り)は終了した。



 就学時健診。
 すっかり失念していたが、みさきは今年で保育園を卒園する。その後どうなるって、待ってました義務教育だ。そして初めて知ったことだが、どうやら小学校に入る前に健診を受けなきゃいけないらしい。その直前に激しい運動なんかしたら異常が出るかもしれない、というのが結衣の言い分だ。

「まったく、みさきちゃんが不憫でなりません」

 相変わらず辛辣な結衣。ふとすると、あの夕陽の前の姿が夢か幻だったんじゃないかと思えてしまう。

「返す言葉もねぇな……そういう情報って何処で手に入れりゃいいんだ?」

 成り行きで一緒に現地へ向かう事になった俺とみさきと戸崎親子。
 一歩後ろから聞こえるみさきとゆいちゃんの元気な声を背に、俺は結衣から説教を受けていた。

「手に入れるも何も、自宅に書類が郵送されるはずですが?」
「郵送……なるほど、郵送か」

 少し考えて、

「その住所って、送る方はどっから調べるんだ?」
「どこまで世間知らずなのですか……」
「頼む、教えてくれ」
「……まったく。住民票などですよ。我が国に籍を持つ者であれば誰もが役所などに提出する書類があって、それが無いと保育園へ入園することも適わないはずですが……?」

 ……やべー、郵送されてこなかった理由に心当たりが有りすぎる。

「郵便事故じゃないかな」
「嘘ですね」

 馬鹿なっ、一瞬で!?

「まったく、貴方がチャランポランなのは仕方ないとして、そのせいで娘に迷惑をかけるなんて、恥ずかしいとは思わないのですか?」
「……」
「そんなことだから、奥さんにも逃げられるのです」

 目的地へ着くまでの間、俺はずっとサンドバック状態だった。
 なんかこいつ、前よりキツくなってねぇか?



 辿り着いたのは小学校だった。
 まるで全てを知り尽くしているかのように迷い無い足取りで歩く結衣の後に続いて、俺達は受付まで辿り着いた。

「――はい、よろしくお願いします。それから、こちらの親子ですが、どうやら書類が郵便事故か何かで届いていないようで……はい……はい……はい、ありがとうございます」

 至れり尽くせりだった。

「どうせスリッパも持ってきていないのでしょうね。まったく、少し待っていてください」

 本当に、至れり尽くせりだった。



 受付の後、みさきとゆいちゃんは小学校の上級生に連れられて健診に向かった。そこで身長と体重、視力や聴力、それから歯の検査なんかも行うらしい。

「なんか緊張するな」
「静かにしてください」
「いやでも、もしもみさきに異常が見つかったらと思うと、俺は、俺は……!」
「静かにしてくださいっ」

 その間、保護者は待機。
 俺と結衣は、体育館の外に用意されたパイプ椅子に、ひとつ間を開けて座っていた。

 やがて、とことこ走るゆいちゃんに引っ張られてみさきが戻って来る。

「ひゃくじゅうななせんち!」

 と、ゆいちゃん。

「みさきのさんわりましです!」

 117÷1.3=90
 マジかよ、みさきマジで九十センチしか無いのかよ!?

 という衝撃の事実が発覚した後、俺達は別の部屋に向かった。次は面談を受けるらしい。
 保護者への質問もあるとのことなので、俺はとても緊張していたのだが……。


「それではみさきちゃん、お名前は?」
「……みさき」
「おー、良く出来ましたー。好きな食べ物はなんですかー?」
「……ぎゅうどん?」
「あははは、みさきちゃん面白いねー」
「……ん?」

 みさきへの質問攻めが続いた後、

「では次、お母さんは」
「お父さんです」
「え、あ、失礼しました。お父さんは、普段みさきちゃんとどんなお話をしますか?」
「その日あったこと、などです」
「はい、ありがとうございました」

 と、あっけなく面談は終了した。


 
 それから戸崎親子と合流して、共に診断結果をもらって小学校を後にした。最初はどうなることかと思った就学時健診だったが、終わってみればどうということは無い。みさきに身長以外の異常が無いと分かったし、様々な心配も全て杞憂で終わった。

「そんなわけないでしょう。明日の午後、市役所に行きましょう。十六時半であれば、なんとかなります。貴方もなんとかしてください。いいですね」

 ……杞憂で、終わるわけが無かった。
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