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兄ちゃんマジ許さない

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*  愛心  *


「おかえり」

 愛心がおかえりって言うと、

「ただいま」

 兄ちゃんはただいまって答える。

「ご飯」

 愛心がご飯って言うと、

「今作る」

 兄ちゃんは今作るって答える。

 恋人かな?
 いいえ、家族です。

 じゅー、と音がします。
 くんくん。この匂いは肉じゃが……あぁ"?

「ん? 愛心、どうしましたか?」

 くんくん。

「すみません。汗臭かったですか?」

 ……女のにおい。

「兄ちゃん誰かとぶつかった?」

 あの女とは違う。
 これ、誰? 知らないにおいだ。

「兄ちゃん誰かと──抱き合った?」

「そんなことは……ああ、もしかして」

 もしかして?
 は? 何それ? 心当たり、あるの?

「楓先輩ですね」

 ふぁーすとねぇむぅ~?

「椅子から落ちた時に、受け止めました」

 椅子から落ちて受け止めたァ~?

「すごいですね。匂いで分かるなんて」

「……」

「愛心? どうしました?」

「……誰よその女」

「先輩ですよ。同じ学校の」

 私は兄ちゃんの胸ぐらを摑む。

「学校のぉ!?」

「愛心、今日はいつも以上に情緒不安定ですね。何かありましたか?」

「今! 私の話は! どうでもいい!」

 てか情緒不安定!?
 こんなにも一途に兄ちゃんラブなのに!?

「何よその先輩ってぇ!?」

「愛心、料理中なので落ち着いてください。楓先輩のことは、昨日も話しましたよ」

「あぁ"!? ……あぁぁぁぁ!?」

 ※断末魔。

「もうその人と会ったらヤダ!」

「久々の幼児退行ですね。まずはご飯を用意するので、待てますか?」

「敬語ヤダ!」

「愛心、ステイ」

「わんっ!」

「椅子、座れ」

 私はとてとて駆けて椅子に座る。
 わーい、兄ちゃんの肉じゃが大好物なの。楽しみぃ~。

「違うのぉ!?」

 子供扱いヤダ!
 でも料理待つ! 待つの~!


 *  *  *


「取り乱してごめんなさい」

「いいよ。慣れてるから」

 ふへっ、愛心の全部を受け入れてくれる兄ちゃん好き。

「……楓先輩って、どんな人」

 今日は二人で夕飯を食べる日。
 共働きの両親は、たまに帰りが遅い。
 そういう時、兄ちゃんがママになる。

「愛心に少し似ています」

「……ふーん?」

 愛心ちゃんのテンションが7上がった。

「髪は黒ですが、短めで、あと眼鏡をしています。身長と体重は同じくらいです」

「あ"?」

 愛心ちゃんのテンションが999下がった。

「なんで会ったばかりの先輩の体重とか知ってるわけ?」

「さっきも言いましたが、椅子から落ちた時に受け止めたので」

「普通そんな一瞬で分かんないじゃん。てか敬語やめて」

「分かるよ。俺が愛心を何度受け止めたと思ってる」

 思い出す。幼い頃……てか最近も、ちょこちょこ高いところから落ちる振りをして兄ちゃんに胸トラップさせてる。その度に私は、兄ちゃんに自分の匂いを擦り付けてマーキングしているのだ。
 
 ……足りなかったか。

「なんで受け止めることになったの?」

「先輩が俺に本を貸そうとしてくれて、それを取る時に」

「ほぉん!」

 私は叫ぶ。

「ほぉん! を! 貸そうとしたぁ!?」

「そんなに驚く?」

「驚くよぉ! 驚き過ぎてどよめくよぉ!」

「そうですね。ご近所さんがどよめいちゃうので叫ぶのはやめましょう」

 むきぃ!
 兄ちゃんマジ許さない。愛心の扱い、雑過ぎ。

「なんで本を借りることになったの?」

「俺が先輩に恋愛相談をして、あっ」

「あぁ"!?」

 兄ちゃんはしまったという表情で、持っていた茶碗を机に置く。

「まぁ、もう隠す必要も無いですね。俺は芽衣が好きです」

「……っ!」

 し、ってる、けど……ぐぬぬぅ~!
 あの泥棒猫っ、まだ嫌われてないのかよぉ!?

「芽衣さんは兄ちゃんに興味ないと思う」

「ぐっ……」

 愛心は兄ちゃんに致命傷を与えた。

「しかし、先輩は嫌いな相手と密室で二人になったりしないと」

「嫌いじゃないと好きの間にはマリアナ海溝より深い溝があるって知らないわけ?」

「ぐぁっ……」

 愛心は兄ちゃんの心をえぐり取った。

「兄ちゃん芽衣さんに勝ったことあるの?」

「……それは、まだ」

「今は男女平等とか言われてるけどさぁ? やっぱり自分よりよわよわな人を好きになる女の子なんて、なかなか居ないよぉ~?」

「かはっ」

 兄ちゃんは吐血した(※イメージ

「あっ、そういえば芽衣さんも自分より強い人が好きって言ってた気がするな~」

「……」

 兄ちゃんは真っ白になった。

「……先に、お風呂に入ります」

「ふんっ」

 私は、とぼとぼ風呂場へ向かった兄ちゃんの背中に向かって舌を出した。それから少し冷めたご飯を食べて、

「冷めてるのは私の心ぉ~」

 それはもう、しめじめと泣いた。
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