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あの晩のことは夢だったのだろうか。
日にちが経つにつれ現実味をどんどん失っていく。
ハイドにつかまれた腕の感触も薄れてきた頃、父のゴードンが護衛を引きつれて帰って来た。

「……おお、我が娘よ」
「このたびは申し訳ございませんでした。私が至らなかったばかりにヴィエルコウッド家に泥を塗ってしまい……」

アイリスが礼をしながら詫びる姿を見、ゴードンは首を振った。

「アイリス。私はそんな風には思ってはいない。どうか顔を上げておくれ」
「お父様……」
「……こんな機会もそうそうないのだから、ゆっくりと今後を考えるといい。……この先、お前が本当に愛する相手と一緒になってもいいのだよ」

ゴードンはハイドとアイリスの間に愛情がないであろうことは承知していた。ハイドの性格は大体わかっている。

愛する相手……。アイリスの脳裏に宵闇色の瞳が浮かぶがすぐに掻き消していると、ゴードンの側近である護衛隊長のロイスダントと目が合った。
昔から寡黙で、ゴードンに献身的に仕えるロイスダント。剣術の腕はこの国でも相当な上位だ。
アイリスの三歳年上で、小さな頃は普通に話したり遊んだりしていた。

「アイリス様、ご無沙汰しております」

漆黒の髪に緑の瞳。意志の強そうな目元。
しばらくぶりに再会したロイスダントはさらに男らしくなっており、アイリスは少し見とれていた。
武器の手入れをするためにテラス横の作業場へとロイズダントが行き、アイリスもそれに付いてゆく。

「……久しぶりね、ロイス」

アイリスが昔の呼び名を使うと、ロイスダントは冷静沈着な表情を崩し、耳を赤くした。

「お嬢様が……そのような呼び名をお使いにならないでください。他の者に示しがつかないので」
「でも、今は他に誰もいないわ。私とロイスだけよ」
「……そうですが……」

頬を赤くしているロイスダントはとても可愛らしく、アイリスはころころと笑った。

「ねえ、ロイス。武器の手入れが終わったら、少しだけ話し相手になってくれる?」
「え? なぜ私が……」
「ここには、気楽に話せる相手があなたしかいないの。お母様もご用事で出ていらっしゃるし……少しでいいから、お茶につきあって? 昔話もしたいわ」

アイリスはロイスダントを気心の知れた友人や兄のように思っていた。ロイスダントは「少しだけですよ」と言うと、黙々と武器の手入れを始めた。
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