荒井良治は医師である

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永久

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「大事な話をしている時に、そんな妄想をしていたんですか?」
 俺がため息混じりに言うと、お兄ちゃんは普通に答えた。
「ちゃんと話も聞いていましたよ」
 この言い方は本当だな。

獅堂しどうくんがうっかり永久とわさまに触れてしまったという話でしょう?
 清めが甘くて障気が残っていたんじゃないですか。普段から最前線で戦い大雑把な性格で頑丈な獅堂くんは平気でも、温室育ちの永久さまにはわずかな刺激になってしまった。火傷の患部が熱に当たるとうずくように、俗世の空気に触れている間は疼いたんでしょう。それもすぐにご自身の神気しんきで根本から浄化。
 もう僕たちは息抜き場所を提供すればいいだけです」

 俺は思ってたのと違って拍子抜けした。
 そういえば虎縞とらしまさんがうっかり聖夜せいやさんを退治しそうになってたな。あれに近い感じ?
「そういうことでしたか。おれはてっきり『好きな人に触られた所が熱い』っていうのが異次元レベルというか思いっきり現実になってしまったのかと。やっぱりこの業界の常識を基礎から学んだ方が良いですよね」

 お兄ちゃんが意外そうに俺を見た。それから目にも声にも無防備っぽさがなくなる。
「僕もそういうことを言ってほしいです」
 急な変わりように俺の方が無防備になってしまった。膝に置いていた左手をお兄ちゃんの右手がすくいあげナイトと姫のような手になる。そのままゆっくりと、見つめ合ってる視界にも入る高さまで上げられた。
「今も熱いですか? そうならとても嬉しいです」

 熱いに決まってるだろ。
「ぁ」
 非リアで生きてきた30歳にはハードルが高過ぎる!
 しかも羽織っているシャツの袖口から親指が入ってきた!?

 ん? シャツ?
「ああ! 俺まだ着替えてなかった!」

 荒井病院では研修医はケーシーって決まってて、本当は正式な医師になってシャツに白衣って組み合わせに憧れていた。
 でもここで働くと決めた時にお兄ちゃんでさえ納戸なんどさんに用意してもらった方がいいって言うからよっぽど重要なんだろうってことで、特別なケーシーを洗濯込みで商会に用意してもらっている。

 待てよ。ってことはここって永久さまにとって危険な場所じゃないか? そもそも黒魔術の施術院だぞ?

 拗ねることに慣れたように机に頬杖をついているお兄ちゃんに聞いてみる。
「そういえばうちって黒魔術の施術院ですよね?
 そんなに温室育ちの永久さまがここにいて大丈夫なんですか?」

 お兄ちゃんは少し間を置いてから答えてくれた。声は意外と拗ねてない。
「君のために念には念を入れて浄化をしていますから、施術の直後以外は繁華街よりよほど清浄です。獅堂くんもそれを知っているからここへ連れて来たのでしょう」
 もしかして毎日俺の出勤時にはもう黒ローブなのも浄化してくれてるから?
 でも今の間はなんだ?

「それよりも」
 立ち上がったお兄ちゃんは拗ねてる空気ゼロ。むしろちょっと興奮してる?
「今のもう1回言って下さい」

 今の? ああ、結構甘えん坊なところもあるからな。慌てたからとはいえ手を振り払ってしまったから、お詫びにちゃんと言おう。
「大丈夫ですか?」
「もっと前です」
 食い気味にダメ出しされた。

 もっと前? すぐに妬くから念のため永久さまの名前は省いたのに。

 戸惑ってる俺に焦れるように催促された。
「『うちって黒魔術の施術院ですよね』ってところですよ!」
「え、そこ?」
 なんで? 肝に銘じてほしいってこと? 逆に実は違うとか?

 お兄ちゃんは俺が繰り返すのを待てなかった。
「『うち』って言いましたよね? いま、『うち』って!
 まだ数段階は先のことだと思っていましたが、決心がついていることに気付かず申し訳ありませんでした。
 良ちゃんグッズの部屋のドアも鍵付きに変えました。今日からでも一緒に暮らせますよ」

 だから良ちゃんグッズってなに?
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