荒井良治は医師である

いつ

文字の大きさ
上 下
33 / 33
永久

33

しおりを挟む
 さて、どうやって証明しよう。

 永久とわさまで遊んでるみたいな結果になりそうで申し訳ないけど、心電図が分かりやすいよな。

「野島さん、至急用意したい物があります」
「なんでしょう?」

 獅堂さんに検査着を渡す。
「永久さまはこれに着替えてお待ちください。すぐに戻ります。
 野島さんは処置室へ」

 俺がスマホを取りに受付に行ったら3人が立ち上がった。
「少ししたら呼びます」

 処置室に行ってお兄ちゃんに説明する。
「ベッドサイドモニターを呼び出してほしいんです」
「ベッドサイドモニター?」
「患者さんと繋いで脈拍とかをリアルタイムで映してくれるモニターです。商会ってそういうのも用意してくれますか? 荒井病院から持ってくる方が早いですか?」

 お兄ちゃんが指名したのは俺じゃなくて荒井病院だから用意してくれるはず。

「商会に頼んで下さい」
「はい」

 納戸なんどさんに自分のスマホで電話を掛ける。
「もしもし荒井です。ベッドサイドモニターを用意してもらえますか?」
「承知しました。購入ですか? リースですか? レンタルですか?」
 レンタルも選べるんだ。
「レンタルでお願いします」
「……はい。いつもの場所に準備しました」
「え、もう?」
「一刻を争う物はスタンバイさせているんです」

 さすがだな。急患に使うわけじゃないのが申し訳ないくらいだ。
「ありがとうございます。また改めて連絡します」
「はい、失礼します」

 スマホを切ってお兄ちゃんを見上げる。
「準備できました」
 お兄ちゃんは受け止めるように両腕を広げて目を閉じた。
「ああ、これですか」
 そしていつの間にかベッドサイドモニターがその腕の間に存在していた。
「ありがとうございます。準備するので永久さまをこちらのベッドにお連れして下さい」

 診察室から声が聞こえる。
「大丈夫です、自分で歩けます!」
「色んなもんがあるから、倒れた時にケガする可能性が高いやん?」

 お姫様抱っこされてる永久さまの足が壁にぶつからないように、向きを調整しながら獅堂さんが現れた。処置室でも備品やパーテーションに当たらないように、かつ無駄のない動きで永久さまをベッドに横たえる。

 そしてモニターから伸びる電極パッドに眉をしかめた。
「電気流すん?
 それは本家指名の医師でないとあかんわ」
 電気を流すわけじゃないけど、脈だけでもいいか。
「分かりましたこれは使いません。脈拍だけ測らせて下さい」
「ごめんな。信用してないんとちゃうで」
「大丈夫ですよ」

「永久さま、しばらくの間これで指を挟ませていただきます。痛かったらいつでも言って下さいね」
「はい」
 永久さまの人差し指に脈を測るクリップをつける。
 モニターに出た数値は90。健康診断の数値は50だった。

 俺は廊下から入ってきた人の視線を遮るパーテーションを微調整して、永久さまは見えないけどモニターは見えるようにする。
「獅堂さん、野島さん、こちらへ」

 不思議そうに歩いてきて俺の説明を待つ2人に、俺は「静かにモニターを見ろ」という意味で人差し指を口に当ててからモニターを指差した。
 数値が徐々に下がっていき、60で安定した。50までは戻らないか。

 俺は獅堂さんの背中をベッドの方へ押す。獅堂さんは意味が分からないという反応をしつつもベッドまで歩き、脇に置いてある椅子に座ろうとした。
 永久さまが獅堂さんを視界に捉えてから上がっていく脈拍。80まで上がったモニターを、獅堂さんは座らずに不思議そうに見つめている。

 俺は廊下へのドアを頭ひとつ分開けて顔を出し、立ち上がった3人にも静かに来るように手招きする。
 そして瑠琉りるくんだけの手を引いて処置室に入れる。2人には「すぐ呼びます」と囁いて扉を閉めた。

 瑠琉くんの背中を押して永久さまの枕元に連れて行く。
「え⁉︎ 心臓動いてないじゃん!」
「大丈夫! 電極がつながってないだけだから! そもそも測ってないだけ!」
 今ので120まで上がってしまった。瑠琉くんが見えた段階で100まで上がってたんだけど説得力に欠けるな。
「このままお待ち下さい」

 扉を開けて2人を中に入れる。チラッと確認するとモニターが130まで上がってる。両手に花状態だもんな。

 富士さんに瑠琉くんの後ろに立ってもらった。数値は140。

 俺は診察室の机に置いてある未記入のカルテを数枚もらい、その裏に「瑠琉くん、お兄さんに抱きついて」と書いた。

 処置室に持っていき永久さまには見えないように見せると、なぜか瑠琉くんは乗り気で「兄ちゃ~ん」と甘えるように抱きついた。富士さんは不思議そうだけどしっかり受け止めてる。

 脈拍がどんどん下がっていき80まで下がってしまった。ごめんなさい永久さま。

 新しいカルテに「離れて」って書こうとしたら瑠琉くんが自分から離れた。
「ってかなんで今?
 永久の治療と関係あるの?」
 一気に160まで跳ね上がった。

 もういいか。
「こういうことです」
 全員不思議そう。

「永久さまは一族の救世主として、生まれた時から大切に育てられてきました。特別扱いというのは孤独なものです。比較的壁を感じずに接してくれる人に出会い、更に呼び捨てにする人が現れた。
 倒れたのは嬉しさで胸が高鳴り、血流が良くなり体温が上がり過ぎたためでしょう」

 最初に反応したのは瑠琉くんだった。
「つまり兄弟でもくっついたら妬いちゃうくらい俺が好きってこと?」

 あ、まずい流れだ。

「そ、そんなことは……」
 瑠琉くんが富士さんに抱きついて脈拍が110に。
「こら瑠琉」
 瑠琉くんはあっさりと富士さんから離れた。

 永久さまが落としている視線にぶつかる位置から覗き込む瑠琉くん。
「永久。とーわ」
 脈拍が140に。

 俺は急いでクリップを外した。
「そこまでです」
 富士さんもたしなめる空気。
「瑠琉?」
「ごめん、ごめんね?」
 永久さまは困っている。

 こうなる気はしてたのにやった俺にも責任がある。
「失礼しました。体調不良の原因を説明したかっただけなんです」

 獅堂さんは腑に落ちない表情。
「熱が出たんはそれが原因として、肩の赤なったんは?」

 さすがに瑠琉くんに触られたからとは言えないよな。ドン引きにしろ心配にしろこれからの2人に溝を作ってしまう。

 困っていたらお兄ちゃんが説明を始めた。
「契約の副作用じゃないですか?
 肩の傷で瑠琉くんの血に触れたんでしょう」
 そこはそうなんだ。変なこと言わないで良かった。

 獅堂さんよりも瑠琉くんが反応した。
「契約⁉︎
 やっべえ、マジで中2の世界じゃん」

 非リアのアラサーにはついていけない。
「とりあえず医師としてできることはもうありませんので、野島さんも特に無ければあとは獅堂家で話された方が」
「何もありません」
 言い方に興味の無さが出過ぎだよお兄ちゃん。

 フォローしておこう。
「気になることがあったらいつでも来て下さい」

 獅堂家に向かう4人を見送って待合室の長椅子に座った。驚いたことにお昼時。1日分働いた気分だ。

 お兄ちゃんも同じみたい。
「疲れましたね良ちゃん。お昼ご飯はどうしましょうか」

 休憩時間だからと名前呼びを入れてくるお兄ちゃんをかわいいと思った。
しおりを挟む

この作品の感想を投稿する


処理中です...