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「勇者ニコラス……。私は魔王なんだけど……」
「知ってるよ。王様にはめられて、死刑になりそうだった俺達を救ってくれた、お人好しの魔王だろ?」

それは誰にも口外するつもりのない秘密だった。
敵である勇者に塩を送ったなんて、命を懸けて守ってくれた仲間に申し訳なかったし、裏切り行為に他ならなかったからだ。けれど、10年もの間、しのぎを削って戦ってきた勇者が、あんな姑息な手で死ぬなんて、魔王リオルは見て見ぬ振りができなかったのだ。

「そ、そんなことしてないわ……!」
「カプリスってやつが、聞いてもいないのに、全部げろってくれたよ」

(カプリスのバカ! あれだけ秘密だよって言ったのに……!)

よりによって勇者に知られてしまっていることに、リオルは動揺した。

目玉の小悪魔、カプリスはお調子者だが明るい性格で、気分が落ち込みやすいリオルにとって、心強い仲間だった。

だからこそ、戦闘能力はないが側近として、最後まで傍に置いていたのだ。そのカプリスも「ちょっと遊びに行ってきますね!」と言い残して魔王城から居なくなり、数日が経つ。

音信不通になり、ずっと心配していたのだが、居なくなってから数日の間に、勇者と接触していたことは知らなかった。

(どうして、私の知らないところで、勇者と戦ってるの!?)

カプリスは魔族の中でも最弱と言われる小悪魔である。

まだ生まれて間もなく、お世辞にも強いとは言えなかった。なにしろ、食事番のゴブリンにさえ負けるぐらいだ。勝ち目がないことぐらい分かってそうなのに、カプリスのお喋りで短絡的な性格なら、やりかねなかった。

リオルが秘密裏に勇者を助けてしまったことを、偶然カプリスに知られた時、その性格を危惧して、何度も「お願い! 誰にも言わないで! これは私とカプリスだけの秘密だよ!」と口止めをしていたのだが、どうやら無意味だったらしい。

「……俺の仲間は、命の恩人である魔王を倒さないと決めた。だけど、俺にとって魔王討伐は、悲願だった。せめて勝敗をつけることで気持ちに踏ん切りをつけるつもりだったんだが……」

勇者の告白に、リオルは耳を疑った。勇者のことは好ましく思っていたが、所詮は敵同士だと思っていたから、馴れ合いは避けていた。
勇者と魔王としての宿命を果たすべく、この10年間、切磋琢磨してきた。それなのに、たった1度、勇者を助けた。それだけで、勇者は魔王リオルを倒す気が無くなってしまったようだった。

なんといえばいいのか分からず、言葉に迷って思案していると、柔らかいものが唇を覆って、リオルは目を大きく見開いた。

(――え……!? 嘘……っ!? 私、勇者とキス、してる……!?)

勇者の栗色の髪の毛が額に触れ、その舌が歯列を割って差し込まれた。

「ん、んっ……!?」

勇者ニコラスの舌は、逃げ惑う魔王リオルの舌に絡みついた。息つく暇も与えず、勇者ニコラスは何度も角度を変えて、繰り返しキスをした。勇者ニコラスの唇と舌の感触と魔力に、甘く痺れるような快感が、せりあがって、リオルは熱い吐息を漏らした。
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